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最近、中国のドラマや映画を見ていて、はたと気づいたことがありました。 というのも、出てくるメインの男の人たちのふるまいが、ちょっとナゾだったのです。 主人公の女性とそんなに一緒に時間を過ごしたわけでもなく、 会話も少ししか交わしておらず、 それなのに、どうして、こんなに主人公を大事に思ったり、細やかな配慮をしているのかな?と。 しかも、クールというか、そんなそぶりは微塵も見せてないのに、 「え? 彼女のこと好きだったの?」とびっくりするほど。 ただ、今回、考えてみるに、私の大好きな中国人の武術の老師たちに思い当たるふしがあったのです。 彼らにとって、私なんてただの1生徒。 しかも、1年に1度会うぐらいで、今までに実際に会話した時間を総量ではかっても、30分もないんじゃないかな? それが、後々、いかに彼らが私の言った一言一言や、 小さな出来事を覚えてくれていたかを知って、かなり不思議だったのよね。 例えば、誕生日近辺にわざわざ贈り物を送っていただいて、 ただ、私は、彼に誕生日を言った記憶がなかったので、どうして知っているんだろう?と思っていたら、 みんなで血液型や星座の話になった時、 私が、〇座だと言ったのを覚えていた、とか、 (誕生日は、いつなのか?と聞いてこないこのクールな感じがポイント) それが、あまりにも自分の欲しいお茶だったり、センスも私にぴったりのものだったのでお礼を言うと、 「君は、初めて会ったとき、ジャスミン茶が大好きだと言っていましたね。」とか 「君は、〇色のものをたくさん持っていたので、その色が好きなんだなと思った。」 「君の服の感じで、似合うものや好みがなんとなくわかった。」などなど。 彼が、私のことをそんなに見てくれているとは気づいてもいなかったし、 しかも、彼の生徒はたくさんいるから、私が言ったことをいちいち覚えてないと思ってたので。 そして、ドラマや映画を見て、わかったことというのは、 彼らにとっては、過ごした時間や、話した総量は関係ないってこと。 たった1度のピンとくる言葉や出来事があれば、一瞬で彼らの心が開き、近しい関係になるんだな、ということ。 私は、初めて、彼に会って、稽古をつけてもらった時、 緊張してたし、自分の能力もあきれるほどダメダメで、かなりな苦難の連続。 それが、明日はもう帰国日だという練習日の最後の最後に、老師と一緒にある動きの型を通した時のこと。 今までの緊張や、あせりがどこかに消え去り、 周りの空気が、ゼリーのように感じられて、まるで水の中で動いているよう。 しんどい動作のはずなのに、身体がすっと動き、軽く、 びっくりするぐらい気持ちがよく、この感覚は何?と驚いたのを覚えています。 終わってから、なんとか、その気持ちを伝えたくて、 でも、その時の私に言える中国語では、老師に「私は、本当に武術が好きです。」というのが精一杯。 今、思えば、「ああ、あの時に、老師の心が開いたんだな。」というのがわかります。 なんとなく、あの時、言葉でなく、同じあの感覚を共有したものとして、認めてもらえたんじゃないかな。 それがきっかけとなって、彼とは、細々ながらも、今につながる交流が始まったんだ、ということが、 このドラマを見て気づいたのでした。 大陸流?だから、気づかなかった~。 私は、やっぱり育った環境のせいか、 過ごした時間の長さや、密度の濃さでじょじょに近しい関係を築くタイプで、 周りもそんな友人が多いので、それが当たり前だと思っていたのですが、 そうじゃない文化もあるということ...ですね。 私も、彼らに倣って大陸流に、 心が開いたその1瞬を大事に、友人関係を作っていこうと思ったのでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.04.01 16:37:40
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