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カテゴリ:出版秘話
昨夜見たテレビは「二十四の瞳」。
原作は昔読んだ記憶があります。 その頃一番印象に残ったことは「新米のおなご先生とこども達との絆」。 そして今回は、、、「戦争」。 私は広島の呉という町に生まれ、12歳まで育ちました。母はずっと呉で生まれ育ちました。小学1~2年生の時に空襲、原爆を体験しています。 人のうめき声、死体が横たわる焼け野原を歩いた人。 大切なお兄さんたちの命を戦争で奪われた人。 自分の愛する夫を、息子を、、、 そのかけがえのない命を奪われても「万歳!」と言わなければならなかった時代を知っている人。 その母が病床で綴った本の原稿を今、私は預かっています。 母が綴ったのは、戦争そのものの体験ではありません。 それ以前の、まだ3~4歳のこどもだった母が大好きだった商店街「とうせんば」(いつでも人がごった返し、なかなか前へ進めない→「とうせんぼ」→「とうせんば」と呼ばれるようになった、呉で栄えていた商店街)についての思い出です。 お転婆で好奇心旺盛な乾物屋の少女が飛び回っていた、かまぼこ屋さん、酒屋さん、畳屋さん、魚屋さん、、、商店街が焼け野原になるその瞬間まで、それぞれの人がそれぞれの暮らしを営んでいました。 60年経った今、母がどうしても書き残しておきたかったのは、戦争の悲惨さよりも、「とうせんば」での幸せな暮らしの懐かしい思い出でした。 戦争ですべてが失われてしまったあとも、その時代の楽しかった記憶が母の心をずっと支え続けてくれたからでしょう。 戦後60年。8月の終戦記念日が近づいた今、新聞でもテレビでも、戦争についての話題が目につくようになりました。 そして昨日の新聞では、憲法9条に「自衛軍保持」??? 戦争を体験しているおじいちゃん、おばあちゃんたちは、どんどん少なくなってきました。母がこれを生きているうちに書いてくれたことに、私は心から感謝しています。 「戦争もの」としての本ではない、国が選んだ教科書でもない、一人の少女の目で見た「心の歴史」は、「とうせんばと私」というタイトルで、11月に出版される予定です。(杉山津矢子・著 文芸社) 母の容態が思わしくないため、今週末までにすべての原稿の赤入れを私がすることになっています。そして「あとがき」も私、ひなたまさみが書かせてもらうことになっています。 母と私は、どこにでもいる母娘です。 一般庶民の目と心で、飾らないことばで、母から託されたこの本を、全力で仕上げていこうと思っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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