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カテゴリ:出版秘話
「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」・・・感動しました☆ ガンと闘った青年医師、井村和清氏が、妻と2人の娘のために書き遺した一冊の本。父としての限りない愛に溢れたメッセージに、涙が止まりませんでした。 ●「あたりまえ」のこと。 歩く。食べる。笑う。泣く。息を吸う。叫ぶ。手をのばせば取れる・・・ その素晴らしさに喜ぶ人がいない。みんな「あたりまえ」のこと、と笑う。 その素晴らしさに気づいているのは、それを亡くした人だけ。 なぜでしょう? ●「思いやりのある人になって欲しい」(娘たちへ) 思いやりのある人は、周りの人を幸せにできる。 周りの人を幸せにできる人は、周りの人たちからもっともっと幸せをもらえる。 世界で一番幸せな人・・・。 ●「大切なものは目には見えない」サン=テグジュペリ(「星の王子さま」より)のことば。 (父としての)私も目には見えないけれど、いつでも心の中で生きている。 これはとても切なく、あまりにも悲しい話です。にもかかわらず、その事実ほどの喪失感を覚えなかったのは、井村氏の愛が「命」という限られた時を越え、家族や周りの人々の心に間違いなく届いただろう、と見ている人たちが確信できたからでしょう。 私は2人目の子供を産み、その息子が目に障害を持って生まれたことを知ってから、そしてその息子が私の母乳だけで育っていたことから、最初の子を産んだ時にも増して強く思ったことは、 (この子たちを残して)「死ぬわけにはいかない」 ということでした。 それでも、命の保証はどこにもありません。今日元気だからと言って、明日必ず生きている、とは言えない現実を思ったときに、 「もしも私が、我が子がまだ私の面影すら覚えられないほど幼い時期に、突然この世を去らなければならなくなったとしたら・・・自分がこの子たちをこんなに愛していたことをどうやって伝えることができるだろう?」 と考えました。そして他の誰かから伝え聞くのではなく、私は自分自身のことばで、子供たちに対する愛を直接伝える手段として、子育て手記を綴り始めたのでした。 母親を早くに喪った子供たちは、きっと寂しく辛い人生を送らなければならないだろう、それでも自分たちがどれほど親に愛されていたか、それがわかることで、人をむやみに憎んだり、傷つけたりするような人にはならずにすむだろう。 それまで一度も「作家」を目指したことのなかった私が夢中で手記を書き始めたのは、そんな我が子への「遺書」として、というのがきっかけでした。 井村氏のことばは、25年経った今も、私たちの心にしっかりと響いてきます。彼が引用していたサン=テグジュペリのことばもまた、今より60年以上も前に書かれたものとは思えないほどの新鮮さを持って、私たちに呼びかけてくれています。 「ことばを書いて遺す」ということの意味をもう一度しみじみ考えることができました。 これからも、思いやりのあることばで、子供たちにひとつでも多くのメッセージを遺していこう、と改めて思いました。 ひなたまさみ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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