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風鈴のページ 

言語学/音韻変化の法則

アポロの神託について調べているうちに、スサノオ、アマテラス、などがどのようないきさつで、日本語になったのかという記述をみつける。その中で音韻変化の法則にも巡り合ったわけなのです。
「話し言葉は音韻変化の法則にしたがってのみ、変化する」
ふむふむと納得ですが、・・のみ変化・・・ってところが気になる風鈴です。「なんか夢がない。」などと思うのです。

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K大学教授、KT氏より(理論言語学者・音韻理論)
2002/12/11(Wed) 08:43


今時、そういうのが出てくるとは...。その主張は、19世紀末からぼちぼち始まって、20世紀初頭まで盛んに行われていた「青年文法学派」というヨーロッパ系の言語学者が提唱していたものです。一面の真理ではありますが、今では法則的なものに加えて、勝手な類推、勘違いによる変化というものもあるのだ、ということになっています。おおざっぱに言えば、「いぬ」が、「ちぬ」「いむ」「うぬ」「いづ」などに変化することはあっても、いきなり、「ねこ」に変化することは無い、という程度の主張だと思っていただければいいかと思います。ただし、外来語などの輸入によって、いきなりボキャブラリーが変化することはありえますので、上のような場合も完全に無いとは言い切れません。要するに、「規則的な変化(偶発的でないもの)は、規則的である」というごく当たり前のことだと思います。多分、推測するに、いわゆる「ら抜き言葉」などの話になると、こういう埃をかぶったものが出てくるんじゃないか、と思うのですが、歴史的には、可能の「られ」と尊敬の「られ」と受身の「られ」と自発の「られ」は、同じところから出てきていますから、その中から可能形が、他との区別を明確化するための自己主張をしているのだ、と思っています。「規則的」といえば規則的ですが、では何故受身では同じことが起こらないのか、というと、そこは偶発的だとしか言いようがありません。最近の文法理論は、もう少しこの辺の偶発性を説明できる方向に行っているような気がします。

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大昔、外来語の少なかった(一般人には皆無?)時代では音韻変化の法則にしたがってのみ話言葉が変化するという説はあながち嘘でもないのですね。若干、言葉をテレコにしすぎる傾向が気になりましたが、テレコという言葉が歌舞伎に由来→芸能→業界用語と考えると関連がなくもないと思いました。大昔は言葉を暗号化する際にテレコにするのが簡単で、言葉遊びとしての楽しみもあったのでは?と勝手に推測しました。(風鈴)

現在、言葉が偶発的に変化するということがあっても、外来語の、例えば、「スタジオ」がだんだん「ステューディオ」といった具合に、より本来の発音に近づくような変化もすでに、たくさんあると思います。だからいろんな言い方があるのですね。ギリシアとかイギリスなんてのもそのうち死語になるのだろうか。

どんなに偶発的でも、地球上で生まれる音韻変化なら、どのようないきさつで変化してきたかを必ず突き止めるための手がかりが残されているのではないかと思います。隠れた謎があるほうが楽しいなどと思うのです。


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