子供の教育
アルフレッド・アドラー著、岸見一郎訳『子供の教育』2回目を読了。機会があるごとに何度も読み返してみよう。 「(育児)は(育自)」)という言葉をよく聞いたり目にしたりすることがあったのだけれど、本当にそうだな。親が間違っていることが多ければ、それに気付き、改善しようとすることが大切なのだろう。それを獲得し継続するのにはパワーと長い集中力が必要だな。 子供を甘やかすことと寛大であることは同じではないのに、あまり区別できていない自分がいる。たぶん間違って甘やかしていることもあるにちがいない(涙)。この本を2回読み返した今、ほんの少し区別ができたつもりでいる。臨機応変にやりたいけれど、基本になるものが自分の中になければ臨機応変というものはほとんどありえないと思う。 今日は朝から総合病院へ。とても混んでいて待ち時間が長かった。 近くの小児科とは違い、子供の手の届くところにビーズなどで作られたきれいな置物がたくさん置かれていた。喫煙室には大きな自動ドアがあって、人が7人ほど横に並んで通れるほど開く。本棚がいたるところに置かれていて絵本や子供図鑑がたくさんあった。 院内はとても暑かった。飲んでいたお茶を次女が革張りのベンチに少しこぼしたので拭いたりしていると、隣のベンチに座っていたおばあさんが、たくさん話を聞かせてくれた。ほとんどご家族の話だった。そのおばあさんが少しお茶をこぼそうものなら、ひどく家族に叱られるのだというような話だった。 私は子供の世話に忙しくてちらりとしかおばあさんの顔をみることができなかったのだけど。 おばあさんの話が終わると、「自分も歳をとったら、そうなるんですけどねぇ」と言ってみた。すると、「そうねえ。・・・私は若いときにひどく子供を叱っていたのよ」とおっしゃって会話が終わってしまった。 おばあさんには、私が次女を叱らないのが意外だったのかもしれない。私はおばあさんからそんなことを聞けてなんだかうれしかった。子供も一緒に聞いていた。