ワカレテモ」スエニアハムトゾオモウ
「対幻想」という言葉が、有り難かったというのはたぶんそれまでこのような概念が思想的有意味だと考える姿勢が存在しなかったからだと思う。「対」は、「対なるもの」は、つねに離別と疎遠ではない。瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ」(詞花集・229・崇徳院)上等な境地を謳ったものだが、現実には男女はおろか家族も村も、会社もみな一触即発、いつでもチリジリバラバラになってもおかしくないほど時代は、我々に等しく「個」的(孤的)に解体を強いてはいないか。ここで「幻想」と、あえて呼ばれているものはおそらく「対」を個に解体させぬなにか大きな力となりえるような水源を意味しているはずだ。「子は、かすがい」などといってみても、昨今子どもが「対」を軋ませて解体をより促すという場合だって、ありえる。そもそも、男と女が対をなすにつけて、そこに少しは根拠性がないというのは、あまりにも情けない。性愛といってみても、現実には犬猫と大差ない遺伝子のエゴセンットリックさをいくら露骨に表出してみても、案外人は見事に疎遠となる。この日記に、巡回されるご同輩は、それぞれ胸に手をあてて、回顧いただければ済むのでは。なにしろ自身の体験と向かい合うことほど正直なものは無く、自分自身を騙すことは案外できないものだ。つまり、「対幻想」というものはなにがしかの理由で対の当事者を強く結束する幻想力とでも呼ぶべきものが存在するのではないか、というたたみかけだったように思う。待っても待っても戻らぬ恋でも無駄な月日なんてないといってよめぐり来る季節をかぞえながらめぐり逢う命をかぞえながら畏れながら憎みながら いつか愛を知っていく泣きながら生まれる子供のようにもいちど生きるため泣いてきたのね漫然と聞いている限りでは、このくだりはしんみりさせる。だが、自分自身は感傷的すぎてあまり好きではない。「恋」が、無前提に価値あるものだと一度も思ったこともないし、手放しで礼賛するという暗黙の御作法にちゃっかりあわせて、上手な世渡りをしたこともない。自分は、なんと生き方が下手なのかと痛感するばかりだ。聖化してまで語られる中島みゆきだが、いつも自分の眼にはその俗っぽいまでの高踏趣味が薄気味悪い。ところが、そんなにも中島みゆきを好まない自分が、はっきりと凄いと思うのは以下のフレーズだ。Remember 生まれたことRemember 出逢ったことRemember 一緒に生きてたことそして覚えていることRemember けれどもしも思い出せないなら私いつでもあなたに言う 生まれてくれて Welcome「ああ」っと、息を呑んだ記憶がある。踊り子のおばさんが、ユニオンのおやじ達の前で中島みゆきを舞った。なんという不思議な唄だ。そういう風に感じた。森崎和江がいう、「海岸線の思想」というものは多分そんないつでも離散しそうな「対」に対しても見事に気の利いた「Welcome」だったのだ。この「Welcome」は、「こんにちは赤ちゃん」という意味ではなかろう。いや、それをも含んでいていい。実は、さらに根源へ。一層遠くへ我々を運んで行きそうな気配がする。「いのち」についての「Welcome」は、ただの偶然を運命であったかのように化体させる。いってみれば強力なマジックだ。吉本が「幻想」という風なまがまがしい言葉を、あえて連行してきた理由は、そこにあると思わずにいられない。みゆきの「誕生」を聞きながら、ふとそんな事を思った。 (つづく)ひとりでも私は生きられるけどでもだれかとならば人生は遥かに違う強気で強気で生きてる人ほど些細な寂しさでつまずくものよ呼んでも呼んでも届かぬ恋でも空しい恋なんてあるはずないといってよ待っても待っても戻らぬ恋でも無駄な月日なんてないといってよめぐり来る季節をかぞえながらめぐり逢う命をかぞえながら畏れながら憎みながら いつか愛を知っていく泣きながら生まれる子供のようにもいちど生きるため泣いてきたのねRemember 生まれた時だれでも言われた筈耳をすまして思い出して 最初に聞いた WelcomeRemember 生まれたことRemember 出逢ったことRemember 一緒に生きてたことそして覚えていることふりかえるひまもなく時は流れて帰りたい場所がまたひとつずつ消えてゆくすがりたいだれかを失うたびにだれかを守りたい私になるのわかれゆく季節をかぞえながらわかれゆく命をかぞえながら祈りながら嘆きながら とうに愛を知っている忘れない言葉はだれでもひとつたとえサヨナラでも愛してる意味Remember 生まれた時だれでも言われた筈耳をすまして思い出して 最初に聞いた WelcomeRemember けれどもしも思い出せないなら私いつでもあなたに言う 生まれてくれて WelcomeRemember 生まれたことRemember 出逢ったことRemember 一緒に生きてたことそして覚えていること中島みゆき「誕生」