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2005年01月17日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
日本は、たしかにアメリカほど「資源がありあまる国」では
なかったが、さりとて資源小国だったわけではない。日本は
近代の資源大国とは別の意味で立派に世界に誇りうる資源を
保有していた。

自分は、バイクが好きで奈良などを走ることがある。



奈良公園などの外周を走っていると、外気が鼻啌にはいって
大気の繊細な微小成分が肺腑に染み入ってくる。あれはどう
考えても日本の固有の資源だと思う。鳥瞰図の絵師、石原正
などの講演でも事実植物相の繊細にして多岐にわたり手厚い
ことは日本の植物公園ほど素晴らしものは滅多に海外では
みあたらないそうだ。一木一草を描きわけてきた鳥瞰図絵師
が証言するのだから間違いない。奈良なら、奈良にある大気
は間違いなく我々日本人のながらく貴重な資源だった。

問題は、戦後「資源、資源」だと喧しくいわれてきたものと
日本の資源の様相が少しずれているという点にある。
日本にないものは、産業資源であって資源の無い国ではけして
ないのである。

そうでなければ、あんな資源大国のアメリカと闘って64機
も撃墜した坂井三郎などという人物がこの日本から育つはず
がないのである。すでに坂井三郎の高い「錬度」については
言及した。実は、この高い錬度を坂井個人の資質などに求め
て、「凄いおやじがいた」という逸話にして流してしまえば
それでおわり。われわれのトリビアがいま一つふえるだけの
ことになってしまう。

坂井三郎の高い錬度を裏支えしたものや、奈良公園の大気中
の雰囲気は、すべて日本の資源に発しているものではないか。
これは精神論を言っているのではなく物質的な資源でもある
と指摘したい。

坂井三郎や、思い起こす司馬遼太郎の憂鬱はまさしくこの
資源を戦後日本人が根こそぎ見落としていることに根源が
あるように思う。



まず日本の降水量、水は比較的潤沢に与えられ生活を潤してきた。
すでにこの日記でも水という物質の資源的な奥行きの深さは
再々言及してきている。これだけ雨水に恵まれている国も、
珍しい。当然、植物相は豊かになる。豊穣な植物相と旺盛な
植物の繁殖は、たとえばあの有名な踏鞴製鉄(砂鉄精錬)を
可能にし、分かりやすい話日本刀の成立や秀逸な農耕器具の
形成に基礎づけをなしている。こんな国を資源小国といえば
そうでない国々から、お叱りを被ろうというものだ。贅沢を
いうものではない。



つまり、日本は物質的、産業資源には多少ハンデはあったものの
ワザについての成立はむしろ豊穣であって資源皆無な国などで
はなかったのである。





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最終更新日  2005年01月18日 07時11分22秒
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