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2006年09月14日
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幼稚園に行く、行かないというぐらいの時代にみたのは映画「挽歌」だ。
映画の中で、シーズンという言葉を覚えた。これが57年。それと無理やり
連れて行かれた、「ゼロの焦点」が61年。

久我美子は、好きも嫌いもなく只々眼と感情に押しかけてきたという記憶だ。
もう、圧倒的な気品とまずくはない容姿にくわえて、背筋の通ったキリっとした
演技と度胸の良いところ。あの時代の俗っぽい女優と隔絶する有無をいわせない
格別な技量の物差しになった。

評論家の夏目通利が、可愛くてたまらない姪の久我美子については新聞連載で手放し
だったので、よく記憶している。父親は、侯爵で貴族院議員。東京府知事を務めた
ほどの人。いまなら石原慎太郎の娘みたいなものだ。


村上源氏の流れを汲む華族の家系とかで清華家格を有した堂々の御公家さん。
堂上十家のひとつ。
ちなみに、村上源氏ということで行くと久我家、中院家、六条家、岩倉家、千種家、久世家、
東久世家、梅渓家、愛宕家、植松家 ということらしい。「おひいさま」という語感は、
こういう人のためにあるのだろうか?







それが、あの岡田英二とのガラス越しのベーゼだから戦後的には話題沸騰というのは
分からないでもない。ただ、なにせ右も左も分からない洟垂れ小僧であった自分は、
久我美子のお値打ちが、当時それほど明瞭に理解できたわけではない。今回「戦艦大和」
(53年)で、ひさしぶりに久我美子の姿をみて愕然としたものだ。


ちなみに、旦那はあのゴジラ初代でがんばった平田 昭彦だ。旦那の方も、子供の自分が毎回
東宝SFでお世話になった個性派俳優だが、東京陸軍幼年学校、陸軍士官学校を経て、なんと
東京大学法学部卒というから並大抵ではない。マニア級SFファンの中では、初代ゴジラの
芹沢博士は、不滅のヒーローだろう。なんといっても、オキシジェン・デストロイヤーは凄い。
ゴジラが、一瞬でぼろぼろになる。ついついOxygenと聞くたびにゴジラを思い出しちまう。






ただ、自分的には小学生になってからの岸恵子、浅丘ルリ子に気持ちがいってしまう。

昨今、ロリコンなどという正体の分からない言葉があるがウラジミールナボコフが嘆息
しそうなほど、下品な用法に貶められ残念だ。しかし、個人的な考えとしてはあの女子大生
猥褻行為実行犯として鳴り響いてしまった元NHKディレクターにして脚本家の和田勉がいう
ように、女優など焼肉につかう牛肉と大差なくて、やや痛みかけぐらいで朽ちかけているほうが
美味しいなどという。まずは暴論というべきか、希代の正論か。左様な視点もある。あの夏目雅子などから神憑りなまでの魅力を導きだしたおやじの弁として、興味深い。

確かに、18歳の林 真理子よりも還暦前の岸恵子や久我美子の方が興味を惹くものだ。
若ければいいというものではない。


いま片っ端から棺桶に向っていそうなぐらいの婆さま達が個人的には、大変いとおしい。
浜美枝などまだ、ニ三十年は大丈夫だろうが、この美貌の記憶が次々遠慮がちに消えて行く
のが惜しい。すでに新珠三千代は、逝ってしまった。上海では、まだ「夜来香」と李香蘭
の迫力は通じるし、大東亜共栄圏とは、詰まるところ高峰三枝子のブロマイドだったのでは
ないか、などと思ったりする。


実は、誰も気づいていないが日本の国力と経済的発展が減衰し始めたタイミング。
やはり樋口可南子が、元中核派の糸井重里だけにみせればいいものを写真集で売り物にし
始めてから加速したと感じる。婆さま達世代では、絶対にありえなかったことだ。









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最終更新日  2006年09月15日 12時15分58秒
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