結果としての「示現」
名作映画「カサブランカ」の成功は、偶然の要素に恵まれて辛くも成立したもののようだ。はじめてこの映画を通してみたとき、緊張感溢れるキビキビとした進行とは裏腹に謎めいた迷走感がそこかしこにあるのに気づいた。たしかに20世紀映画史上で、最大の完成度を誇る素晴らしい作品なのだが、なぜか尋常一様ではない。酸いも甘いもかみわけた男リックは「生涯ただ一度愛した女性」ルイザとはからずも再会します。第二次世界大戦下の犯罪都市モロッコでのことでした。しかも恋敵に伴われて。その恋敵はファシズムと戦う英雄であり、リックとは異なる勇気の持ち主でした。彼は賄賂と女性が大好きな警察所長、偽パスポートの売人、流れ流れてきた女性歌手、その歌手にぞっこんのバーテン、いかがわしく雑駁な人々に失った自由と尊厳を目覚めさせていきます。これらの人々を加えて愛憎劇が繰り広げられ、リックとルイザも以前運命によって断ち切られた恋を燃え上がらせていきます。しかし限られた脱出の機会を捉えて、リックは彼女達を出国させ、自らはルイザとの愛の思い出に生きることを決意します。その別れの美しさ、リックの男気に映画ファンは涙したものです。バーグマンの潤んだ瞳、ボギーのぶっきらぼうなやさしさ渋さ、警察所長との友情などなど、見せ場山場は今や映画の金字塔になりました。何年経っても色褪せないこの作品は私たちのハートを捉えて離しません。そしてこの映画の虜になることの、なんと心地よいことよ! 映画ファンを魅了し続けて, 2004/1/24 By sato (埼玉県草加市) - 埼玉のsatoさんのような熱烈な「カサブランカ」ファンを輩出するこの映画は、ほとんど作品世界にカルト的傾斜を生じさせているほどの匂いたつ存在感がある。これは認めざるを得ないのだが、しかし不思議な映画だ。主人公リックとかつての恋人ルイザは、「状況」に翻弄されているとはいえ相互にたがいへの愛情よりも反ファシズム闘争に関与する思想の同志であるかのように設定されている。本来ならば思想的同志ならではの親密さから恋愛に発展する筋あいのものが、たまたま恋に落ちた二人の男女が、実はそれぞれ密かに反ファシズムの闘士だったというわけなのだ。スペイン市民戦争から第二次世界大戦に続く「大状況」が存在することは、ともかくもその状況とは別にこの二人の恋人たちにはもうひとつの「小状況」が特異にからんでいるのである。映画「カサブランカ」の神秘的なまでの成功は、このカップルのなりたち難い重層的な抑圧的な時代にもかかわらず、耽美的な恋愛感情を描こうとすればこうなるはずだという不可避さが示現している点ではないだろうか。それは悲恋には違いないのだが、その「不可避さ」のリアリティが、この映画の作品世界の魅力の最大のものだろう。このリアリティの示現は、実のところギャンブルのようなものだったらしい。ルイザ演じる女優イングリッド・バーグマンの「自伝」によれば、映画制作の現場は混乱を極め映画制作者、監督、脚本家らはハンフリーボガードの演技方針を混乱させるほど、連日連夜大喧嘩だったらしい。つまりシナリオは存在しているようであって、存在してはいなかった。書き換えと修正の連続。つまりは支離滅裂な流れに、結果として示現したもののようだ。