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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

2006.07.04
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カテゴリ:ヒラカワの日常
「浮雲」を見る。
成瀬巳喜男の作品は、「州崎パラダイス」を
見ただけであったが、(いやこれは川島映画でしたわ)
なにせ、川本三郎さんが何度も
熱く語っていた作品である。
面白くないわけはない。

オープニングの仏印の回想シーンから
俺の目は画面に釘付けになった。
何もかもが「はじめて見る」ような衝撃であり、
同時に何もかもが「何度も見てきた」光景でもある
といった二重性の感覚を呼び起こす。
この映画のどこに、その不思議な喚起力が
潜んでいるのか。

森雅之がいい。
翳りのある目と、鋭利な頬の線は
太宰治そのものである。
「いやぁ、違うんだよ。そんじょそこらの
やつとは。何せ親父の首吊りを
目近で見てきたわけだから」
とは安部くんの言である。
なるほど、
有島武郎の遺児であることが
その相貌から滲み出ていやがるね。
「太宰に似ているなぁ」
これが、俺の感想であった。
しかし、俺は動いている太宰を見たことがない。
見たことがないのに、似ていると思ってしまう。
その役柄もそうだが、
そのたたずまい、表情が太宰そのもののように
思えたのである。

高峰美枝子(ちがいました。秀子のほうですがな)
がすごい。
いや、すごいですよ。
おとなのおんなですね。
オンリーに堕ちようが、陋巷に暮らそうが、
どこか気品を漂わせながら、朽ちることがない。
艶があり、いさぎよさがある。
やっていることったら、
とてもいさぎよくないだらだら
ずるずるとした腐れ縁の引きづりなのだが。
伊香保の温泉宿で
高峰と森が背徳の湯につかる。
たまらんな。これ。
こんなおんなはどこにもいない。
いないのに、妙な親近感を覚える。

何よりも、戦後日本の原風景のような
リアリティのある風景がいい。
木造の千駄ヶ谷駅。
線路脇の道。(俺もよく歩いた。)
特飲街を横切る犬。(うちにもいた。)
長屋であそぶ洟垂れ小僧。(俺も袖を鼻汁で光らせていた。)
ぼろぼろの靴とよれよれのスーツ。
シャッポ。
そのすべてが、懐かしく、美しい。
そのひとつひとつの光景をそのまま切り取って
記憶の中にとどめて置きたいと思わせる。
いや、もともと俺の記憶の中に登録されている
風景である。
小津の風景は、どこか牧歌的なところがある。
黒澤の風景は、芝居の書割めいている。
成瀬の風景は、どこまでもリアルな空気が横溢している。
そこがなんともいえない魅力であり、
いつまでも心に残る。
この映画のように、
だらだらと。
ずるずるとね。

戦後の日本、(俺が育った時代だ)
そのどこにでもあったような人間の模様と風景は
記憶のかけらをつなぎ合わせることでしか
再現できない、どこにもない景色なのかもしれない。
それが、不思議な既視感を湧出させる。







最終更新日  2006.07.05 22:53:46
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