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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

2007.08.31

 
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カテゴリ:ヒラカワの日常
先日は、小池昌代さんが
川端康成賞を受賞されて、ご近所が盛り上がったところだが、
その余熱が冷めぬうちに、
今度は、内田樹、小林秀雄賞受賞のニュースが舞い込んできた。
この受賞の前日に、
うちだくん、養老先生との鼎談をしたばかりなのであるが
(審査員のお一人は、養老先生である)
(新潮社の足立さんも同席していたのである)
そんな話はどこからも聞こえてこなかった。
賞の選定は、深く静かに進行していたというわけである。
おめでとう!

名実ともに、というが、
実はあったが無冠だったからね。
これからもきっといろいろな賞を受賞することになるだろうが、
その一発目が小林秀雄の名前のついた賞であったことが
感慨深い。

俺が最初に買った全集は、筑摩の太宰治全集。
その次が新潮の小林秀雄全集であった。
もっとも、この全集は夭折した画家武谷くんへの貸金のかたで
預かっていたものであった。
あの頃俺は、小林秀雄の独り喧騒を離れて歩むような文章を
毎晩、聖書を読むような敬虔な気持ちで読んでいたような気がする。

さっき電話をして受賞のお祝いを述べたところである。
本人は照れたような謙遜したようなことを言っていたが
声には受賞者の艶が漲っていた。
うちだくんは、何といっても専業のもの書きではない。
専業ではないが、専業のもの書き以上の水準で
書き続けてきた。
好きでなければできないが、
好きなだけではなしえないことである。
普通ひとは、
学習の成果や、体験の蓄積を言葉に変えるのだと思うかもしれない。
しかし、
うちだくんのような人は、先に言葉があって、
その半歩後ろを生活がついていくといった書き方をしていたはずである。
それこそ、言葉の正しい使い方なのだが、
それを現実に実践してゆくということは
才能とか努力以上の何かがなければなしえない。
それには、正業を続けながら
ものを書き続けるということに伴う
通常以上の倫理を必要とするからである。

通常以上の倫理を己に課してなしえたことのご褒美であるとするならば、
今回の受賞は、
彼にとっては通常の受賞以上に
よい贈り物であると言ってよいと思う。

この報を聞いて、
俺もまた、たいへんうれしいプレゼントを
いただいたような気持ちになった。







最終更新日  2007.08.31 17:47:58
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