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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

カフェ・ヒラカワ店主軽薄

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2009.01.04
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カテゴリ:ヒラカワの日常
お正月も今日で終わり。
明日から、
いや、まだ終わっていないので考えるのはよそう。
今日は、アゲインマスターの石川くんに誘われて、
武蔵小山清水湯へ、朝風呂。
天然懸け流しの銭湯である。
いいねぇ。朝寝、朝風呂。
のんびりと全身をゆるめて、
家に戻って原稿書き。
本年三月以降に講談社から出版予定の
「退化に生きる、我ら」。
このタイトルは、二十代の頃やっていた同人誌『赤目』第二号に
同人、森下哲志くんが書いた、詩ともエッセイとも言えない
短い作品のタイトル。
三十余年後に、おれはそのアンサーソングを書こうというわけである。
でも、筆は遅々として進まない。
進まないから、こうやって新年の書初めとしてブログに書くのである。

新年二日は、
いつもの年と同じように内田くん、アゲイン店主石川くんと
自由が丘の書店で待ち合わせて、
新年のご挨拶と時局に関する意見交換。
早速、元旦の晩のNHKスペシャル『激論2009』の感想を
述べる。
竹中平蔵、岡本行夫、八代尚宏といった新自由主義を推進してきた連中と
それに対抗する金子勝、山口二郎、斎藤貴男が討論。
勝間和代という人も出ていたが、何のためにどんな立ち位置で
出ていたのかよく判らない、というか
このひとなんにでも顔をだして、「正論」を吐いているが
その言葉のひとつも胸に届いてこないのは何故だろう。
まあ、知らない方だし、どうでもいいっちゃいいんだけどね。
俺は、金子にせよ、山口にせよ、
ディベート巧者の竹中を何故論破できないのかと思いながら
この見たくもないテレビを見ていたのである。
「だったら、見なけりゃいいじゃねぇかって。
そりゃ、そうだけど」
さて、鉄面皮の竹中さんが、「誰が今日の経済的混乱の犯人かなどという
犯人探しをしたってしょうがないではないか。
具代的にどうするのかが、問題だ。」と言う意味のことを
言っていた。
「問題は、停滞した経済を復活させるために何を今具体的にすべきかだ」
と言われると、金子も山口も同じ文脈で別の答を探そうとする。
違うだろ。違うってば。停滞は歴史的な必然なのだと
何故、金子は自説(たぶん彼はそうじゃないかと思っているだけだけど)
を展開しないのだ。
資本主義の高度化のなかで、
労働賃金の高騰と、飽和してゆく市場キャパシティなどによって、
経済成長の停滞(というよりは均衡というべきか)は必然的な結果である。
それをさらに続けようとすれば、経済成長の見込まれる発展途上地域を
見つけ出して略取する(グローバリズムだね)か、
詐欺のような金融システムで、仮想的な成長を延命させるかといった
無理筋を押し通してゆくしかない。
その結果が、この度の金融システムの崩壊なんじゃないのか、
それを推進したのがあなたではないのかと何故言わないのか。

「問題は、元気がなくなっている。内向きになっていることだ」と
若者の海外渡航の現象をデータで示しながら
正論めいていてよく訳がわからないことを勝間も言う。
これも、違うぜ、データの意味づけが全く反対だと思いながら、
我慢してみていたのである。
「経済は成長させなければならない」「若者は元気で外に向かわなければならない」
という呪文に、囚われているかぎり、この間の金融破綻までと同じ文脈で思考する
ことから自由になれない。

問題は(これこそ問題というに値すると俺は思うのだが)、
文脈それ自体を変更するのかどうかということではないのか。
つまり、経済成長しなくてもよい、その代わりに何を指標とするのかということ、
内向きになることで、何が失われるのか、何を得られるのかを考え直すこと。
自分を見つめなおすときには、内向きになるのは当たり前の話だ。
まだまだ、内向き度が足りない。

具体的に何をすべきか、なんていうことは
いま、NHKがそれらしく用意した番組でいくら
話し合ったところで、現状を変えもしなければ、に何も付け加えはしない。
もちろん、具体的な行動というなら今すぐ、スタジオを出てやればよい。
現実は逼迫している。
いや、俺たちは言論でというなら、
具体的な行動と乖離した具体案を並べ立てるより、
現在の文脈そのものを続けるのかどうかという
ことを考えるべきだろうと思うのである。
考えるとはそういうことだ。

視聴者の価値観にくさびを打ち込むような言葉を
発してほしいと思いながら、
俺は、だらだらしながら、だらだらとした討論を見ていたのである。
勝間は、若者が内向きになっているのは、経済が停滞する原因だと
考えているようだが、それは原因ではなく、経済成長を単一の
指標としてやってきた
これまでのこの国の施策や、作り上げてきた社会の結果なのだと
何故考えないのだろうかと思う。

金子も、山口も、「それなら社会主義を選ぶというのか」という
恫喝に口をつぐんでしまうが、別にそんな古臭い恫喝に怯えることはない。
いま、まさに竹中らがモデルにしようとしたアメリカシステムこそが
社会主義を採用しようとしているのである。
そもそも、市場原理主義なんていうようなレッテル貼りはナンセンスと言っている
竹中に、社会主義なんていうレッテルを貼りをする資格はない。
だめだぜ。経済学者が社会主義なんて言っちゃ。

俺は、内向き、下から目線が、
しばらくのトレンドになるだろうと思う。
それでいいと俺は思っている。
その目線の先に、金融システムが崩壊したように、
競争原理の称揚、自己決定自己責任といった価値観、労働形態の多様化といった
労働市場システムなどの総体が、溶解してくるのを
見据えてみるべきだとおもう。
谷川雁ではないが、「イメージから先に変えよ」ということだ。
この間のレバレッジ金融の崩壊は、
お天道様に叱られたようなものだ。
叱られたら、しばらくはシュンとなって、
雑巾がけからやり直しますというのが正しい態度だと俺は思う。
喩え仮想的にではあれ、一番低いところに位置どりしなければ
システムの全体は、見渡すことなどできない。
(と書きながら、新年早々の上から目線を反省)





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最終更新日  2009.01.05 00:21:00
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