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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

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2009.02.18
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カテゴリ:ヒラカワの日常
村上春樹のエルサレム賞受賞に関しては、賛否両論があった。たとえば大阪の「パレスチナの平和を考える会」は、かれに受賞を辞退するよう求めていた。
賞を辞退すべしの論拠は、この賞をスポンサーしているのがエルサレム市であり、エルサレム市長から賞が手渡されるその式典に村上春樹が出席することは、イスラエルによるガザ虐殺の犯罪性を隠蔽することに加担することになるというものであった。

勿論、村上春樹の小説や、洩れ聞こえてくるかれの言動から、かれがガザ虐殺(こう呼ぶべきものだとおもう)のような行為に対して同意を与えてはいないということは明らかである。だからこそ、市民運動の立場から見れば、その村上さんが、無辜の犠牲者の敵が贈る賞を嬉々として受け容れるべきではないということになる。
この賞が「社会における個人の自由」を標榜しており、エルサレム市がそれを掲げる事自体が欺瞞であり、イスラエルはこれを政治的プロパガンダとして、自らの行為の正当性を根拠付けることに利用するだろうというのが、その理由である。この理由、つまり今回の式典がイスラエルの政治的プロパガンダに利用されるということに関しては、私はまったく異論はない。

あらゆる人間の行為は、歴史の中では必ず政治性として抽出される宿命にある。世間の耳目を集める出来事に、高名な作家がどう関わるかということになれば、その政治性はさらに鮮明度を増すことになる。そのことに対してもその通りだと思う。ただ、それがどのような政治的な背景のものであったとしても、その文学賞に対して、それを受賞するか辞退するかという決断に対して、それが政治的に利用されるという理由によって、他者がその決断に関与するということに関しては大いなる違和感を感じざるを得ないのである。
私は、この問題を聞いたときに、受賞を拒否するにせよ、イスラエルに行くにせよ、村上氏は村上氏らしいやり方をご自分で決めるだろうと思ったし、そうしなければ意味はないだろうと思った。同時に、かれはイスラエルに行って自分の言葉で喋るだろうと思ったのである。

この問題は、新しくて古い問題でもある。
かつてサルトルが「飢えた子どもの前で文学者は何ができるのか」と問うて以来、文学者による文化大革命支援声明のときも、文学者の反核声明のときもこの問題が議論されてきたと思う。それぞれ、場面も登場人物も異なっているが、中心にある問題は同じである。
人間は、とくにかれが作家であるならば、主観的にはたとえば文学的人間でありたいと思ったり、政治的に正しい人間でありたいと思ったりすることはできる。
しかし、生きている限りかれは、文学的なものと、政治的なものとの両方にいくぶんかの影響を与え、両方からいくぶんかの規制されることを逃れることはできない。
政治的であるとはどういうことか。
最も極端な比喩で言い表すなら、それは敵の敵は味方であり、味方の敵は敵であるというところに立ち位置を定めるということである。
文学的であるとはどういうことか。
それはまさに人間が政治的であること自体を拒否することであり、政治的言表を相対化し、無化することである。
勿論、現実はそれほど単純でもなければ、旗色が鮮明でもないことは承知している。
重要なことは、人間は社会的な存在であると同時に、個人的な存在でもあるということである。そして、その上で、人間はひとつの行動を選ばなくてはならない。

村上氏は、最終的にエルサムに行くことを選んだ。
それはまさに、政治的な色合いを帯びているだろうこの授賞式というものに対して、小説家というものに何ができるだろうかという問いを携える旅であっただろうと想像する。
つまりは、政治的であると同時に文学的でもあることはどういうことかという解けない問題に、どうこたえるのかということである。

So I have come to Jerusalem. I have a come as a novelist, that is - a spinner of lies.
(私は、ひとりの小説家、つまりは嘘を言うもののひとりとしてこのエルサレムに来ました)

かれは、自分がひとりの小説家であり、小説化とは虚構をつくりながら真実を暴きだすことを仕事にしているものだということをスピーチの冒頭で述べた。そして、しかし、この度は嘘ではなく、正直な気持を話したいと続けたのである。
その話とは政治的なシステムの比喩としての「壁」と、その「壁」にぶつかって壊れる人間の比喩としての「玉子」の話である。
そして、どんなに「壁」が正しくとも、自分は常に「玉子」の側に立つことを表明する。
If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will stand on the side of the egg.

そして最後に、イスラエルの人々に向かって、あなたたちと何か意味のあることを分かち合うことを望んでおり、あなたたちの存在こそがわたしをここに来させた大切な理由なのだと結んだのである。

I am grateful to you, Israelis, for reading my books. I hope we are sharing something meaningful. You are the biggest reason why I am here.

この度の村上春樹の行動と、スピーチに関して、ガザ虐殺についての批判がなまぬるいとか、中途半端であるという批判はあるだろうと思う。しかし、私は小説家の仕事とは、この中途半端さに耐えながら、敵の中に届いていく言葉を探すことであり、その意味ではこのスピーチは村上春樹らしいと思ったのである。
村上春樹らしいとは、皮肉でもなんでもなく、よいスピーチであったということである。





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最終更新日  2009.02.18 21:39:09
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ご自身の立ち位置   元社員 さん
>政治的であるとはどういうことか。
>最も極端な比喩で言い表すなら、
>それは敵の敵は味方であり、
>味方の敵は敵である

これは、ご自身の立ち位置として、「政治的」には、味方の味方は味方、とならざるを得ないものの、文学的存在、つまり
>人間が政治的であること自体を拒否することであり、
>政治的言表を相対化し、無化する
ことで「イスラエルの味方」ではない、ということを表明されていると解釈してよろしいのでしょうか?
(2009.02.18 18:02:07)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   灰猫2003 さん
ちわ。
>Some even warned me they would instigate a boycott of my books if I came.
http://www.haaretz.com/hasen/spages/1064909.html
そういうことを(人の後ろから集団で)扇動する(instigate)人に対する私怨みたいなのが、きっと彼の中にはあるんだと思う。それにくらべれば中東紛争なんて、ついでみたいな感じ。

でも、JerusalemPostの記事は(見出しや要約の仕方が)ちょっとこわい。(It carries a deeper meaning. )とか言っても、「文学」なんてうけつけないんだろうな。
(2009.02.18 18:26:10)

前半は正しいのに後半が支離滅裂   イカフライ さん
ヒラカワさんのおっしゃるとおりです。
文学者は政治的であってはいけない。政治をモチーフに書く場合にも政治的であってはいけない。作家はあらゆるものから自由であるべきだ。そういう意味では、仮にも文学者に対して受賞を辞退しろなどと、おせっかいな要求をした連中は、それがどんなに正しい政治的スタンスからの発言だろうと間違っている。それはすなわち、自らが否定しているイスラエル軍の強圧=つまり人間の自由を奪う力とどう違うのか? 作家の自由意志にイデオロギーをもってして圧力を加える態度は、いずれイスラエル軍のあの独善性に行き着く。
ただ、村上春樹がヒラカワさんのおっしゃるような思想からエルサレム賞を受賞したのなら、かれ自身も政治的な発言からできるだけ遠のくべきだったのだ。
ところが、ヒラカワ的作家の自由意識をまっとうするためにイスラエルに行きながら当地では政治的な発言をしてしまった。村上春樹は、イデオロギーから作家は自由であることを貫くためにあえて受賞したのではなかったのか。なら、そこで政治的な発言をしてはいけなかったのではないのか? だれが見てもあの批判的言辞は、イスラエルに批判的な世界の文学者たちへの弁明であり、媚としか映らない。日本の低脳活動家どもの余計なアドバイスなど無視してエルサレム賞をもらうのなら、村上はその場でも、いっさいの善人めいた政治発言などせずに黙って賞をもらって、さっさと帰るべきだったのだ。それこそがまさにヒラカワさんのいう作家の自律性をまっとうしたことになるのだ。
つまりヒラカワさん、あなた、作家の自由を守るために村上春樹がイスラエルに赴いたといいながら、後半では自身で自身のイデアを見失っているのですよ。
(2009.02.18 22:09:10)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   しー さん
村上春樹のような有名人になると、存在自体がきわめて政治的であるわけだから、そのような人に政治的な意味合いの強い賞が贈られることになった、と報道されるだけで(村上氏の意思に関わらず)十分政治的なわけです。だから、今さら村上春樹は政治的な発言をすべきでない、などというのは全くピントはずれの批判でしょう。それじゃほとんど「息をするな」と言ってるのと同じ。仮に受賞スピーチが「みなさんこんにちは、ありがとう」だけだったとしても政治的であることからは完全に逃れることはできない。だからこそ中途半端だとか役立たずだとか叩かれながらもしぶとく書き続けることが彼のような立場の人のすることかな、と思います。

まあ、この手の問題に関して渦中の人物を中途半端だとか役立たずだとか安直に非難する人ほど御自分の生活領域では無能だったりする気がしますが。

>村上春樹らしいとは、皮肉でもなんでもなく、よいスピーチで  あったということである。

まったくその通りですね。まあ、財務大臣のあのていたらくが世界に発信されてしまった時でもあるし、日本人はこんなんばっかりじゃないんですよ、っていう意味でも良かったと思います。

(2009.02.18 23:43:25)

高校生の冗談   灰猫2003 さん
つまりこういうことに見えるんです。

自己愛からの同情に基づいて他人の生産物(子ども)をボイコットするような人たちは、そのうち自分たちの生活を護るというような名目をつけて毛色が違っている人たちを強制収容所に収容するのだろう。自由の敵である。
カフカはユダヤ人であり、その成長を(メタファーを駆使して書かれているので読むのは難しいが)みごとな作品に綴ったあなたは「社会における個人の自由に貢献した文学者」として表彰されるに値する。

しかし自由を求めて新しく国を建てた父親を持つ人たちは、自分たちの自由を護るためにガザを攻撃したり、ヒロシマナガサキに原爆を落とすだろう。

わたしは「仏壇の前に正座して祈る」父親を持つ国の作家です。
あなたたちには塀の上でノンキにそれらを眺めている卵に見えるかもしれませんが、自分に罪がないとは思っていません。あなたたちの行動は理解できます。個人の自由を自分たちが掲げ従っているイデオロギーによって抹殺しようとするやつには反撥を感じます。
でもわたしもわたしの父親と同じように祈ることしかできません。


わたしのコメントは舌足らずで、そのくせマンガみたいに単純化してるのでまるで(社会をはすに眺めることができる-しかし社会に参加してそれを変える実行力はない)「高校生の冗談」みたいだと言われて、論理的にもあちこちに穴が開いてて、他人には説得力ゼロなんで自分でも困っちゃうんですけど、気に触ったらごめんなさい。いまも考え中ですから、もうちょっとましなこと思いついたら、またコメントします。 (2009.02.19 03:51:46)

がり勉はダメだなぁ   イカフライ さん
しーさん

>村上春樹のような有名人になると、存在自体がきわめて政治的であるわけだから、

どこやらで借りてきたような通俗的セリフを丸暗記して悦に入っている場合かね。
村上ごときが政治的であろうとなかろうと、読んだこともないわたしにはどうでもいいことだ。
そうではなく、

《文学的であるとはどういうことか。それはまさに人間が政治的であること自体を拒否することであり、政治的言表を相対化し、無化することである。》
とヒラカワ氏はいい、
そして、「村上よ、賞をもらうな」という「政治的な」横槍を拒否することによって、村上は政治的なものに取り込まれることにノーを突き付けたのだ、とヒラカワ氏は評価したのではなかったのか。
ならば、授賞式でわざわざ政治的な発言をするのはおかしいではないか。そこにおいて村上は少しも政治的発言を相対化しようとしてはいないではないか。むしろ、全面的に政治的であることを表明しているではないか。べつにそれが悪いとは言ってない。作家が政治的でありたいのならそれもよい。
しかし村上が見事に「政治的言表を相対化する」ことに無頓着で、作家としての矜持も見識もない、民族差別野郎であることはあきらかになってしまったのではないのかね?
かれはたしか日本ではサイン会をしたことがなかったね。しかし海外での授賞式では必ずサイン会を催す。それと同じように、日本の政治的なアナウンスには一切答えないで無視し、海外では政治的アナウンスで答える。これはもはや作家というより機を見るに敏、利に聡い商売人の姿勢だわな。
わたしはね、ヒラカワ氏や内田樹の文学を見る目が濁っていると指摘したんだよ。村上のような糞などどうでもいいのさ。(▼。▼メ)y-~~ (2009.02.19 08:31:18)

それからもうひとつ   イカフライ さん
村上の「壁」と「卵」という喩えが何を意味しているのか?
イスラエル軍の戦闘機やミサイルなど「動」の側を動かぬ「高い壁」に喩え、暴圧にさらされる「静」的なガザのパレスチナ人を自ら壁にぶつかって「壊れる卵」に喩えている。この二つの取り合わせは比ゆとしては少々強引な気がする。

日本人には馴染みがないかもしれないが欧米では子どもから大人まで知っているポプラーな歌に「ハンプティ・ダンプティ」という童謡がある。
おそらくほとんどの欧米人は「壁」と「卵」と聞けば反射的にこの童謡が頭に浮かぶだろう。

Humpty Dumpty sat on a wall.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again.
ハンプティ・ダンプティが 塀の上
ハンプティ・ダンプティが おっこちた
王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも
ハンプティを元に 戻せなかった。

この歌はもともと「なぞなぞ」だったそうな。18世紀まで、その答えは「かたわ者」「不器用者」となっていた。しかし最近では「卵」が正解として広く流布している。
村上がわざわ「壁」と「卵」を持ち出したのはおかしくないか。
「卵」にはもともと醜い不器用者という揶揄がこめられていたのだよ?
広く西欧で知られているそのような童謡を村上が知らなかったといえども、演説で「その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても」と仮定を語るとき、暗に正義はイスラエルにある(としても)という思い込みを世界に流布することになっている。
そして、この童謡を日本の昔話のようによく知っているイスラエル人の内心にほくそ笑みを与えることになる。
それ以後に展開される村上のかっこいい演説は胸糞の悪くなるような大江健三郎流の「わたしは善人です」風自己宣伝、自己アピール以外の何物でもなかった。
(2009.02.19 11:09:40)

Re:それからもうひとつ(02/18)   あーあ さん
自分の知らない話はこき下ろすくせに、
自分の信ずる知識はさもありがたいもののようにひけらかすのはなんなの?

何かを批判するのに、こんなもん読んでないから知らんとか批判もくそもないし。読んだら分かるとか言うのは間違いだと思うが、以前だろ。まあわざとやってるんだと思うが、うざいだけ。 (2009.02.19 12:16:33)

勇気あるスピーチに一票(^^)   あぱしー さん
複雑なる関係性の中から、自分がやりたいことと「しなければならないこと」の連続性を見出し、自分そのものである彼の作品をないがしろにすることなく勇気あるスピーチをしたのではないでしょうか\(^^)/
それにしても、RSSリーダのサルベージが遅すぎてコメントがまぬけるにゃ~(x_x) (2009.02.19 12:31:40)

権威にこれほどまでに弱いインテリ   イカフライ さん
おまえら何のために大学行ってるんだ?
ケツの毛まで権威にむしられて、いったいそれで生きていて何が楽しい? 生存して、息を吸っているだけのゾウリムシ以下じゃねえか。何のために心と頭を持っているのだ?
村上春樹がそんなにありがたいか。文学がそれほど高尚か。
「村上春樹のような有名人になると、存在自体がきわめて政治的であるわけだから」だと?
それは所詮、「人間はみな愚かだ」「等という哲学的言明とどう違う? インテリがそんなことを呟いても、現実生活世界では愚か者もいれば賢い人もいるのと同じで、村上春樹なんかインテリ以外のだれが知っている? 中国で売れているだと? いったい中国のどのような層が読んでいる?
村上春樹がもともと政治的であったのではなく、「賞」という餌によって無理やり政治的な存在にさせられようとしたのが今回の出来事たのだろうが。それがふつうの生活世界の出来事なのだよ。低脳くん。なーーーにが、「高名な文学者はそれだけで政治的な存在だ」だ。親のすねを齧っているバカが寝ぼけたことを言ってるんじゃねえや。
村上春樹を担ぎ出すことによって、担ぎ出したほうも出されたほうも政治的に存在することを意図したんじゃねえか。事実、村上春樹を知らなかった子どもたちまでその名を知っただろ。これが政治だ。そして、その陰でまたしてもイスラエルも春樹も幾ばくかの利益をあげたのだ。つまりどちらもいい商売をしたのだよ。あほう。
糞でも食らってくたばりやがれ。糞便どもが。 (2009.02.19 12:49:25)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   源三郎 さん
弱者である私から見て、直感的にあのスピ-チは「上から目線でよう言うは」といったものでした。本当の弱者には、弱者にすり寄るものへの見極めに対して、動物的な嗅覚を持っているものです。所詮、村上春樹は林芙美子にはなれない。・・・なんのこっちゃ。 (2009.02.19 13:11:03)

Re:権威にこれほどまでに弱いインテリ(02/18)   廣蔵 さん
イカフライさん

これがあなたの壁だな。
もうすこし、面白みのある人物と期待したのだがね。
言い逃れと、ありきたりの言説ばかり
がっかりだね。
「関東大震災時に朝鮮人の虐殺はなかった」と書いて「歴史の本くらい読め」と書き込まれて、「そんなこと知らない。生まれてないから」と開き直った若い人がいたが、あれと大して変わらないんじゃないか。 (2009.02.19 14:42:57)

もう少し頭を冷やして勉強しなおしなさい。   イカフライ さん
>村上春樹は林芙美子にはなれない。・・・なんのこっちゃ。

林芙美子はいいですねえ。『放浪記』は苦しいとき寂しいとき何度読み返したかわかりません。そのたびに疲れたこころを慰められ、癒されました。
それにひきかえ村上の「われわれは壊れやすい〈卵〉だ。作家は卵の側に立つべきだ」にはイチローじゃないけど、わらっちゃいですよ。なんと陳腐な対立図式だことか。ノコノコ史上最悪の政治プロバガンダ賞をもらいにいって政治的に正しい演説をするバカがどこにいるか。政治的に正しい連中の脅迫を否定するために行ったのなら、黙ってもらって黙って帰るのが由緒正しい作家の作法じゃないか。
陛下から紫綬褒章を受けた現代詩人の吉増剛造のようにいっさいの弁明もなく陰口に耐えるのが、政治的なものに抗う者の厳しい姿勢なんだよ。
村上は安直すぎる。もっとも、あんな商売人、目端の利く奴はだれも相手になんかしないだろうが。
それから廣蔵さん、わたしは、開き直った若い人は正しいと思いますよ。それが「イノセンス」ですよ。かれらは責任もないのに、望んだわけでもないのに、そこに生まれたというだけで一方的に歴史的な責任を押し付けられている。あなたのようにそれを非難する人は、知的な暴力を行使していることに気がつかない。
もう少し頭を冷やして勉強しなおしなさい。 (2009.02.19 18:44:39)

敵の中に届く言葉   まろ0301 さん
 「小説家の仕事とは、この中途半端さに耐えながら、敵の中に届いていく言葉を探すことであり」

 たしかにそうですね。プロパガンダとしての「文学」なるものは、どこまで行っても「敵の中に届く言葉」とは千里の距離がありますから。
 文学者ではありませんが、黒羽清隆という歴史研究者が『日中15年戦争』という本の前書きで、「この本が「向こう側の人」にも受け入れられる本であることを願う」と書いておられたことを思い出しました。 (2009.02.19 23:11:46)

Re:敵の中に届く言葉   イカフライ さん
まろ0301さん

「敵」とか「味方」とかいう弁別自体がもう時代遅れな全共闘世代的、蒙昧なんですよ。内田樹とかヒラカワ氏はすぐにある理念を提出したら、その理念に合致する者を是とし、それ以外を「否」とする言説パターンが顕著だけど、そんなところからは戦いや差別や排除しか生まれてこないんだよ。
イスラエルもパレスチナも、「敵」だの「味方」だのといった二項選択的な捉えか方でやっているから、いつまでたってもダメなんだ。
正直、まともな文学者なら、あるいはまともな活動家なら、イスラエルがパレスチナで無体な虐殺をしていることを理由に村上さん、あなたはエルサレム賞をもらうな、とはいわないはずだ。
そのような二項選択的な、一方を悪であり敵であるとする、排除的な感性から生まれた正義による要請は、錯誤であり蒙昧なんだよ。
つまりこの国にはまともな活動家はいないてことだ。そもそも低脳活動家どもは黙っていればよかったのだ。村上春樹は黙って断るか、黙って受け取るかのどちらかにすればよかったのだ。なぜなら、イスラエルは村上春樹を「そのような作家」として認定してしまっているのだから。「そのような作家」でなければ、イスラエルは賞をそもそも出さんだろう。小説の中身を検討して、こいつはわが国の行いに賛同するに違いないと考えたのだろうからね。w
(2009.02.19 23:38:27)

敵の中に届かない言葉/バカバカしい   イカサマ語録 さん
一連の論の流れを受けて、「敵」とか「味方」とかいう弁別自体がもう時代遅れで全共闘世代的と、しゃあしゃあと決めつけるその蒙昧さ。提出された自身の理念に合致するものを「是」とし、それ以外を「否」とする言説パターンが顕著なるイカフライ氏の主張が、無意味に差別や排除というものを膨張させているだけのことじゃないのかね。
「敵」だの「味方」だのといった二項選択的な捉え方から、実は自身が一歩も抜け出せていないから、いつまでたってもダメなんだ。正直、まともな者なら、あるいはまともな生活者なら、お前さんの無体な暴言に諌言したくなるヒトは多いと思うよ。
「そのような二項選択的な、一方を悪であり敵であるとする、排除的な感性から生まれた正義による要請は、錯誤であり蒙昧なんだよ。」とは片腹イタイ。「この国にはまともな活動家はいないてことだ。」などという言い草もまたおかしい。なにゆえに活動家という語句をここで使われるのか?その狭く愚かで限定的な認識がこの語句を選ばせている事に気づいたらどうかね。「そもそも低脳活動家どもは黙っていればよかったのだ。」などと筆を滑らせて、調子づくんじゃないよ。
村上春樹は黙って断るか、黙って受け取るかのどちらかにすればよかったのだと言いたいのは、なぜなら、イカフライは村上春樹を「そのような作家」として認定してしまっているからであって、「そのような作家」であるがゆえに「黙る」を強要するイカフライこそが、そもそもが硬直的な政治的スタンスに落ち込んでいるわけだ。なにを根拠に「小説の中身を検討して、こいつはわが国の行いに賛同するに違いないと考えた」のだ?勢いに任せて、阿呆な言説をまき散らすんじゃないよ。 (2009.02.20 05:58:35)

センベイ一枚だな   イカフライ さん
イカサマ語録とかよ(o_ _)ノ彡☆

他人の語法を剽窃するならもっとうまくやれよ。
しどろもどろじゃないか。閲覧者のみなさんは、もっと熾烈な反語、秀逸な論理の反転をを愉しみたがっているんだ。頭の悪さが滲み出ているおまえの支離滅裂な弁舌じゃ座布団一枚も出せないぜ。
((^p^))アフォー

さ、もう一度やりなおして御覧? 低脳くん。((^p^))アフォー
(2009.02.20 08:17:10)

ハンペン一枚だな   イカサマ語録 さん
自分の話法を剽窃されたぐらいでさわぐんじゃないよ。
しどろもどろじゃないか。閲覧者のみなさんは、
もっと熾烈な反語、秀逸な論理の反転をを(←ママ)愉しみたがっているんだ。
頭の悪さが滲み出ているおまえの支離滅裂な弁舌じゃ座布団一枚も出せないぜ。
さ、もう一度やりなおして御覧? 低脳くん。

(2009.02.20 10:37:14)

おいおい(▼。▼メ)y-~~~    イカフライ さん
顔文字がないぞ。((^p^))ププッ
わしのコメントで一番大事な顔文字を真似なきゃそりゃおまえ、もぐりだよ。((^p^))アフォー

はい、もう一度やりなおしっ!

└(ー_ ー;)ヾ(・_・ )ドウシタンダイ? ナクンジャナイヨ? パンツ一枚やるかんね。((^p^))
(2009.02.20 12:19:14)

へー。   イカフライ さん
《たとえ間違っていても私は弱いものの側につく、村上春樹はそう言う。
こういう言葉は左翼的な「政治的正しさ」にしがみつく人間の口からは決して出てくることがない。
彼らは必ず「弱いものは正しい」と言う。
しかし、弱いものがつねに正しいわけではない。
経験的に言って、人間はしばしば弱く、かつ間違っている。
そして、間違っているがゆえに弱く、弱いせいでさらに間違いを犯すという出口のないループのうちに絡め取られている。
それが「本態的に弱い」ということである。》(内田樹)

おそろしき詭弁を聞きて大仏も裸足で逃げるユダヤ主義かな。(三茶)
左翼はかつて「弱い者が正しい」なんて言ったためしはない。左翼が、弱いものを弱いものたらしめている強者の論理は間違っている、と言ったことがあっても、「弱者が正しい」とは一言も言ったことはない。弱者とは正しいとか正しくないとかいう範疇の問題ではないからだ。それは倫理の問題ではなく生存の問題である。生きるか死ぬかの問題に、正しいもくそもない。
それを倫理の問題ととらえる内田樹の脳みそは腐っているのではないか?
迂遠に内田樹はパレスチナは弱い。弱いから間違いを犯す。間違いを犯しても、可哀想だから、村上(腹黒)春樹と同じように、そちらの側に立つ。
そういっている。だから、見る人から見ると、村上春樹のことばは上から目線としかみられないのだ。
内田樹はこんな拙劣な詭弁を弄してまでもユダヤ教の教理を守りたいのだろうか? ユダヤのお陰でいまの地位があるにしてもだ。 (2009.02.20 13:30:21)

春ですねぇ   お婆 さん
イカフライさん イカサマ語録さん

笑わせてもらいましたよ。
ご供養様(ご苦労様と打ったつもり。ま、いいか)
ちーん。お線香1本あげとくれ。 (2009.02.20 15:37:08)

樹さん大好き   ルツータ さん
私、樹さん大好きでした。以前、樹さんの勤務先まで訪ねていきました。でも彼合ってくれなかったの、無視されたの、こんなに好きなのに、
だからストーカーになって彼のブログ荒しまわったの、そしたら書き込みできなくなって、でもこのブログ見つけたの、私にはヒラカワさんなんてどうでも良いの、樹さえ振り向いてくれたら、村上春樹なんてどうでも良いの、ただ樹に振り向いてほしいだけ、樹を傷つけたいだけなの。
って嫉妬に狂う女のようにしか思えませんよ、イカフライさん。
ここはヒラカワさんのブログです。内田 樹批判はどうかご自分のブログでどうぞ (2009.02.20 15:56:12)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   身分もなきノマド さん
この混沌とした世の中には、他人の家にあがりこみ、そこを自分の家のように錯覚する変わり者もいないではない。主人をさしおいて、ときどきの訪問客に語りかけたりもするんだから。訪問客はみな主人を訪ねてくるので、主人の名(家)を借りた変わり者は、自分にも客の応対くらいならできると錯覚するんだろう。キツネである(じつは老いた)。大方そうして、自分を主人の知的レベルに対等の、主人と似た者であるかのように思い込むんだろう。キツネは追い出したほうがいい。キツネが潜りこんだほとんどの家では、そうしてきたみたいです。また訪問客のみなさんも、人間の皮から飛び出る古びた尻尾に驚かないで、ニッコリ微笑み、玄関先で対応しよとする老いたキツネの真似事を暖かく無視してやることも必要なのでは。 (2009.02.20 16:17:23)

それを説教強盗といいますな。   釜の さん

>この混沌とした世の中には、他人の家にあがりこみ、そこを自分の家のように錯覚する変わり者もいないではない。 (2009.02.20 17:02:44)

それを「説教強盗」といいますな。   釜の春爺 さん

>他人の家にあがりこみ、そこを自分の家のように錯覚する変わり者もいないではない。 (2009.02.20 17:05:05)

あはは、盛況盛況 q(^○^ )♪   イカフライ さん
これまでのパターンをみると、わたしが急所を衝いた発言をした場合にかぎって必ず反応が増えるねえ。((^p^))
つまし、反感や罵倒や誹謗、中傷、ねたみそねみはわしの批判が間違っていないと言うバロメーターじゃ。( ̄^ ̄)!
さて、ここでもうひとつ、きょうれつな一発を。

村上(腹黒)春樹くんは確かに「卵の側に立つ」とは言ったが、「ガザ攻撃をすぐにやめろ」とはいわなかった。かれは「自分のこと」を語ったのだ。つまり「自分は善人である」と語った。これほど胡散臭い語りが世にあろうか。 (2009.02.20 17:22:21)

あんたが一番胡散臭い。   釜の春爺 さん

>これほど胡散臭い語りが世にあろうか。

(2009.02.20 18:38:25)

Re:あはは、盛況盛況 q(^○^ )♪(02/18)   お婆 さん
イカフライさんや、あんたって人はまあ。
人様に迷惑かけちゃあいけないよ。
はよう成仏しなされや。(あれ?ちがったかな。ぼけたかねぇ)
みっとないまね、おしでないよ。 (2009.02.20 19:51:25)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   歴史は繰り返す さん
イカの思う壺になっている。
しばらくはコメント者同士は干渉しないほうが良い。
一人二役の可能性もあるので、怪しいコメントは無視すること。
ブログの知恵が試されるところである。
やはり管理者を置いて削除する知恵しか出ないか…?。

しかし、「居付き」は迷惑なものである。ここに居着かせるのもボランティアですか。頭が下がります。 (2009.02.20 20:07:39)

居付きの子守唄(´-ω-`)   イカフライ さん
歴史は繰り返すさん

>ここに居着かせるのもボランティアですか。頭が下がります。

そうだよ、きみ! 
ヒラカワさんわ、たとえどんなにちみが正しくとも、イカフライが間違っていようとも「卵」の側に立たれたのだ!qq(^○^ )♪
きみわいったいヒラカワさんのお考えのどこを読んでいたのら!(・o・;)バカ

とまあ、これは冗談で、きみねえ、わたしはゴミのような返答が来るから、やむをえず反論しているだけで、きみのいうように、黙っていればそれ以上、コメントなどする気はないのだ。
つまりきみたちが、わしのコメントに動かされるところがあるから、コンナことになる。これまでのように無視すればいいのだ。それですべては収まる。
わたしはこちらから連続投稿するつもりはない。

(2009.02.20 20:57:18)

お目出度き人   釜の春爺 さん
>つまし、反感や罵倒や誹謗、中傷、ねたみそねみはわしの批判が間違っていないと言うバロメーターじゃ。( ̄^ ̄)!
(2009.02.21 08:13:38)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   coffee さん
イカフライさんに一票です。
村上春樹は受賞に際して、あんな発言をすべきではなかった。
そして、ただ祈れば良かったのだ。
彼の父親と同じように。 (2009.02.21 08:36:02)

五月雨や大河を前に家二軒 蕪村   イカフライ さん
coffeeさん
ありがとう。
自分では確信をもってコメントしていても他者から賛同を得られないときは、なかなかにさびしいものです。たえず多くの人たちから賞賛や同意を得ている有名人にとっては当たり前になっているのでしょうが、わたしのような、孤独な思考を紡いでいる人間にとっては人生でもっとも嬉しいことのひとつです。たしか、昨夜の日本アカデミー映画賞の受賞式でも山崎努がそんなことをいっていました。

山崎努じゃないけど、村上春樹は相手がだれであれ、自分の「お粗末な小説」を賞賛してくれるものがいたというそのことに感謝して受賞すればよかった。
あるいは相手が自分の小説を評価したのではなく、ただ政治的に利用しようとしているのだと感じたのであれば、断固受賞を拒否すればよかった。
イスラエルから、まえもって賞を受けるかどうかの打診があったに相違ない。そのときが決断のタイミングだった。そこで受諾しておきながら、スピーチでのあの見苦しい自己弁護。おそらくスピーチの内容についてもイスラエル側と事前に表現内容についてやりとりもし相手方の了解をえていたのだろう。

作家や思想家がいかに複雑難解な人間洞察のことばをとり結ぼうとも、それはその人の倫理性とはまったくいっさい何の関係もない、ということを人々はもっと自覚するべきだ。つまり作家や思想家は、いかに複雑難解な人間洞察のことばをとり結ぼうとも平気でレイプもするし盗みもするし権力に媚びへつらう人間であることを見失ってはいけない。
(2009.02.21 11:33:30)

そうでしょうか   一読者 さん
イカフライさん
>つまり作家や思想家は、いかに複雑難解な人間洞察のことばをとり結ぼうとも平気でレイプもするし盗みもするし権力に媚びへつらう人間であることを見失ってはいけない。
-----
人間の内の1人であることを、もしくは人間でもありうることを、ではないでしょうか。
そうではない作家や思想家も、普通の人と同様に、いるでしょうから。
(2009.02.21 13:03:15)

勝つことか。俺が絵を描いているのは人生から足を洗うためだ。   coffee さん
もしくは村上春樹も耳を切り落とすべきだったのかもしれない。 (2009.02.21 16:33:16)

Re[1]:村上春樹のスピーチ。(02/18)   緑茶 さん
coffeeさん
>イカフライさんに一票です。
>村上春樹は受賞に際して、あんな発言をすべきではなかった。
>そして、ただ祈れば良かったのだ。
>彼の父親と同じように。
-----
(2009.02.21 22:48:48)

Re[1]:村上春樹のスピーチ。(02/18)   緑茶 さん
イカフライさんにもう一票です。COFFEEさんには、座布団1枚です。

>村上春樹は受賞に際して、あんな発言をすべきではなかった。
>そして、ただ祈れば良かったのだ。
>彼の父親と同じように。

(2009.02.21 22:52:33)

村上春樹のスピーチ。   たか さん
内田先生にあるのはレトリックで無いのは魂。システムと記号の違いなんてどうでも言いと思う。逆にイカフライさんやcoffeeサンのほうが魂があると思う。 (2009.02.22 11:24:50)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   身分もなきノマド さん
ネットじゃ、味方はいくらでも作れるんだな。とくに孤立した老人はひとり舞台がお上手。IP分析中…。 (2009.02.22 12:43:42)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   coffee さん
結局あなたたちのような彼を持ち上げるような人間のためにこそ、彼は語らざるを得ないんですよ。
それがsystemということで、彼にとっての回避不可能なジレンマです。
だからこそ、彼は語らなかった父のことを語らざるを得なかったわけです。
だからこそ、私は彼は語るべきではなかったと思う訳です。 (2009.02.22 13:28:01)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   クマぁ さん
ああいう場でそれなりの評価と説得性を持たせもっともらしい妥当性を見出そうとすれば、だいたい無難にああいう所に落ち着いてしまうのではないでしょうか。それを良いスピーチだという人が多いのもまあ判ります。ただ、良いスピーチだと言っている人たちの文章よりも、イカフライさんのおっしゃられる指摘のほうが断然、鋭いと思います。なぜ多くの人が良いスピーチだと言っているのに、その良さが誰の文章からも伝わって来ないのでしょうか。 (2009.02.22 18:57:50)

Re:五月雨や大河を前に家二軒 蕪村   廣蔵 さん
こがらしや何に世わたる家五軒 蕪村

増殖してますね。
無聊をかこつ人達ならいいけど・・・ (2009.02.23 15:19:57)

Re[1]:村上春樹のスピーチ。(02/18)   ボン さん
クマぁさん
>良いスピーチだと言っている人たちの文章よりも、イカフライさんのおっしゃられる指摘のほうが断然、鋭いと思います。

イカフライさんがさっている指摘の、どのあたりが鋭いのでしょうか?(これは批判ではなく、単なる疑問です) (2009.02.23 22:33:35)

Re[2]:村上春樹のスピーチ。(02/18)   クマぁ さん
ボンさんは何も発言されておりませんね?まずボンさんの発言を聞きたいですね。上の読んだらわかると思いますし、それと僕の書いたことを読めば大体わかると思います。簡単に言えばあのスピーチはいけてないってことです。 (2009.02.24 01:49:20)

哲学的深遠さに解消できる問題じゃない   イカフライ さん
ガザ市民虐殺の原因には宗教民族政治歴史問題が深くかかわっている。しかし、いま、目の前で白燐弾に焼かれているガザ市民の受難をそこから語ることは現実離れしている。わたしたちが言えること、また言うべきことは「イスラエルは今すぐ虐殺をやめろ!」。これだけじゃないでしょうか?
「遠い国の話だから実感がわかない。自分の生活の方が大事だ」と語る人もいる。たしかに人々はそう思い込んでいる。だけど、テレビ画面でそのような映像をみせつけられるわたしたちは確実にある種の暴力にさらされている。そのことに気がついていないだけです。あるいは麻痺しているだけです。イスラエルの虐殺はガザの人々を虐殺するだけでなく、その映像を見せつけられた人の心をも「虐殺」する。わたしたちはそのような映像の前に無力である。わたしたちはノンという声を届けるすべをもたない。だけど、人ならだれしも、そのような映像から確実に心を傷つけられ精神を荒廃させられているはずなのです。いまという時代は、そのような無力と荒廃と傷痕が世界を覆っている時代なのだ、とわたしはとらえている。そのことに自覚的な人たちが今回、村上に「受賞するな」と圧力をかけたNGОの人たちだったのかもしれない。しかしそれなら拒否しろと圧力をかけるのではなく直裁に一言、「イスラエルは今すぐただちにガザの人々への虐殺をやめろ」と発言して下さいとお願いするべきだったのだ。
もちろん、村上がそんなお願いを聞き届ける人物でないことはわかりきったことである。
内田樹は村上春樹のスピーチを哲学的深遠さのなかに解消しようとしているが、噴飯物の低脳的ごまかしだとしか思えない。自分を育ててくれた編集者が亡くなって、反論できなくなってから文春上で罵倒に近い批判をする村上春樹という人物のどこに「死者」への敬虔さがあるというのだろう。バカも休み休みいえと言いたいですねえ。
(2009.02.24 13:12:01)

Re:哲学的深遠さに解消できる問題じゃない(02/18)   廣蔵 さん
イカフライさん
>「イスラエルは今すぐただちにガザの人々への虐殺をやめろ」と発言して下さいとお願いするべきだったのだ。

「イスラエルは今すぐただちにガザの人々への虐殺をやめろ」と言う言葉が反感を伴わずに相手の心に届くことはありうるのでしょうか。
「村上がそんなお願いを聞き届ける人物でない」ようにイスラエルとて同じ事。
相手に届く言葉を模索する試行錯誤は、たとえ間違っていたとしても、価値はあるのではないでしょう。

(2009.02.24 13:49:34)

訂正   廣蔵 さん
価値はあるのではないでしょう。→価値はあるのではないでしょうか。

(2009.02.24 13:55:47)

なにを寝ぼけたことを言ってるの?   イカフライ さん
廣蔵さん

あんたもわからない人だねえ。
内田樹的な合理的有効主義に塩漬けになってるんじゃないの?
届くか届かないかなんて、そんなもの、だれにわかるの? やってみないとわからないじゃないか。やってみて届かなかったなら、また別の方法を考えればいいだけのことだろ。要は出来ることの出来る人が出来るだけのことをやればいいのだよ。山に登る前から登れなかったらどうしょうなんて考えるバカがどこにいるんだよ。ましてや、あんたのいう、
>相手に届くことば
のこの「相手」って、その手の「哲学的な深遠」を解する一握りの特権的なインテリ層じゃないの。バカ言ってんじゃねえよ。
それにね、「いますぐ、やめろ!」って言葉はすべのお茶の間のふつうの人々の心の叫びの代弁でもあるわけだ。内田樹が否定する朝日の社説の「イラク爆撃を許すな」という届け先のない言葉でもあるのだよ。内田はこういう言葉をバカにするけど、考えてみれば、これこそが「祈り」でなくして何なのだ? すべてのお茶の間の「否」を代弁する祈りの言葉であるから、それは、ひとまずは世界に蔓延する諦念や傷や病を僅かながらでも癒しているのじゃないのか。内田は「届かない声」の無効性を揶揄しているくせに、村上腹黒春樹のスピーチを「祈り」として評価している。この矛盾に満ちたチンピラ風情の詐欺野郎のことばをここでおたくが蒸し返しても意味なかろう。よそを当たりな。 (2009.02.24 16:10:16)

Re:なにを寝ぼけたことを言ってるの?(02/18)   廣蔵 さん
イカフライさん
 
これで最後にしますが、ご自分の言葉の矛盾にお気づきでしょうか。
(2009.02.24 19:46:33)

Re[3]:村上春樹のスピーチ。(02/18)   緑茶 さん
私は、村上春樹は賞を受けるだろうと思っていた。彼はそういう人だ。で、あのスピーチだが・・、普通のスピーチだ。なぜ日本人がこんなに「感動」しているのか、不思議だ。ブログでも、賞賛のブログばかり。で、一生懸命探した、納得できるブログを。かなり時間を要したが、見つかった。
どうぞのぞいて見てください。
http://watashinim.exblog.jp/9358776/

(2009.02.24 22:20:30)

読んでみました   イカフライ さん
わたしは最初、ヒラカワさんや内田樹の村上擁護発言の矛盾についてコメントし、次にNPOの要請の中途半端さに言及しました。村上スピーチの内容についてはそれほど踏み込んだ感想を述べていませんでした。中卒のわたしにはあんな文学的な発言は曖昧すぎてよくわからないし、あんな哲学的な発言はガザで無差別爆撃を受けて重体の子ども、年寄り、母親には理解不能だろうと思ったからです。
村上はイスラエルによるガザの虐殺などほんとうは屁とも思っていないのですから、そういう意味では、世界を見そえてヒューマンを装うにはアレがもっとも適切な振る舞いであり、内容であったと思われます。計算ずくですね。
でも、どうせ計算ずくなら、その位置からイスラエルと対抗するすべがあった。戦闘機から発射されるミサイル一発の値段はたとえば誘導ミサイルだと4600万円、一番安いのでも一発1000万円といわれています。エルサレム賞の賞金はその十分の一、100万円です。村上は遠く日本から呼んだ割りは安すぎるじゃないかと抗議すべきだった。少なくとも最新ミサイル一発分、4600万円はくれるべきだ。そういって当局ともめるべきだった。 (2009.02.25 08:26:08)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   カキフリャー さん
「世界のハルキが、あのイスラエルの賞を受賞する。」ということのインパクトは計算されているはずであり、国際世論への影響は一定程度あり、イスラエルの政治目的に利用されているのは紛れもない事実です。
受賞スピーチ自体は、われわれ日本人にはいささか感銘を与えるものであっても、イスラエルに甚だ有利に働く今回の受賞の政治的効果へのいささかの中和作用にもならないと思います。
「辺境の文学である日本文学から世界文学へ」という単純な嬉しさが、海外の賞を欲しがる日本の作家の動機でしょう。その心理をうまく衝いたイスラエルの計算勝ちです。受賞スピーチはきわめて上質の「いいわけ」みたいなものです。


(2009.02.26 17:57:01)

Re:村上春樹のスピーチ。(02/18)   たまたま立ち寄り人 さん
・貴方の文を読んで、とてもバランスの取れた感性と思考の持ち主であると感じ、大変
感心しました。
・村上春樹氏の作品を読んだ事はなかったのですが、少し興味が沸きました。
機会があれば読んでみようかな、とも思いました。

結構な文章をありがとうございました。 (2009.05.09 00:11:24)


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