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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

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ヒラカワの日常

2017.09.27
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カテゴリ:ヒラカワの日常
すすり泣く美術館
信州に無言館を訪ねる




 先月の長岡に続いて、今月は長野に講演にやってきた。会場は、善光寺からほど近いホテル。長野駅に降り立つのは二十年ぶりのことである。二十年前、この地で冬季五輪が開催された。わたしが経営していた会社で、オリンピックのガイドブックと、公式記録集の制作を請け負い、打ち合わせのために何度かこの地を訪れていた。そのとき、善光寺さんにお参りに行ったかもしれないのだが、記憶が確かではない。善光寺までの参道も、当時とは比較にならないほどモダンになっている。それにしても、長野駅前の変化には目を見張った。二十年という歳月の凄まじさを感じないわけにはいかない。
昔はよかったなどと言うつもりはないが、駅前の風景は、まるで別の都市に降り立ったのかと錯覚したほど賑やかになっていた。これでは、ほとんど東京近郊の、たとえば八王子や、溝の口の駅前と変わらない。味気ないと言えばそれまでだが、新幹線の駅前はどこも、こんな感じで、地元の人々には歓迎すべき変化なのだろう。それもこれも平和の恩恵である。それでも、長野新幹線が金沢まで延長してからは、長野は通過点としての地位に甘んじなければならなくなったとは、タクシーの運転手から聞いた話である。
 講演が終わった日は、参道沿いにある古い旅館に一泊し、翌日わたしは友人の画家伊坂から聞いていた無言館へ向かった。無言館とは、画学生戦没者の作品を展示した美術館。美術評論家で作家の窪島誠一郎氏が、やはり出征の経験を持つ画家の野見山暁治氏と日本全国を回って収集した作品および、手紙、写真などが展示されている。講演が終わったあとで、明日は無言館を訪ねてみようと思うと主催者に告げると、是非お出でください。衝撃を受けると思いますとも言われていた。
わたしは、上田駅から無人のローカル線である別所線に乗り込み、無言館までのシャトルバスの発着駅である塩田町を目指した。ところが、ローカル線から見える長野の風景に見とれているうちに、何故か途中の下之郷駅で下車してしまう。駅前には何もない。かつてはここから上田丸子電鉄西丸子線という支線が出ていたらしく、その発着ホームだけが今も残っている。
 下車駅を間違えた自分を責めたい気持ちにもなったがが、これもまた風情と、近隣を歩いたのちタクシーを呼んで、直接無言館を目指した。
三十分ほどのドライブの後、車は木々の間を抜けるように、坂の上にある美術館に到着した。
 数人の年配客が、庭にある戦没画学生の名前を彫り込んだオブジェをのぞき込んでいた。
その奥に、戦没画学生慰霊美術館、無言館と刻られた、打ちっぱなしのコンクリートのファサードがあった。一瞬、入り口がどこなのかわからず、わたしは館を一周して、再び正面にに立ち、木製のドアを開けた。
薄暗い館内の壁に、いくつもの絵が展示され、中央にはガラスケースの中に写真や、肉親に宛てた手紙やはがきが展示されていた。
説明用のパネルには、おそらくは館長の窪島氏の印象的な文章が添えられていた。
「あと五分、あと十分、この絵を描きつゞけていたい。外では出征兵士を送る日の丸の小旗がふられていた。生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから…安典はモデルをつとめてくれた恋人にそういゝのこして戦地に発った。しかし、安典は帰ってこれなかった。」
ルソン島バギオで戦死した日高安典さんの絵に添えられた文章が心に染みる。
この無言館には、百人以上の画学生のみごとな作品が展示されている。そのどれもが、観る者の心に直接訴えかけてくる。帰ってきたら続きを描こうと思いつつ戦地に散った人々の作品である。遺族が、大切に保存していた形見が、窪島氏らの努力によって、美術館に所蔵され、毎日心ある人々の目に触れられるようになった。
 わたしは、しばらくの間、絵に没頭していた。自然に目頭が熱くなる。気が付くとあちらこちらから、すすり泣きが聞こえてくる。誰かが「すすり泣きの聞こえてくる美術館」と評していたが、それは誇張ではない。
入館料は出口で支払うようになっているのだが、わたしは誰かと話がしたくなって、途中で出口の受付に行った。
「いやあ、衝撃を受けました。素晴らしい作品ばかりです」と受付の女性に告げて入館料を支払い、何枚かの絵ハガキと窪島氏の画文集を購入した。支払いの時、「ここに、天皇陛下はお見えになったのでしょうか。天皇は、是非ここに来るべきです。いや、天皇にこそ、観てもらいたい」そんな言葉がのど元にこみあげてきたのだが、そのときはそのまま飲み込んだ。
いや、いいではないか。この信州の山の中を訪ねてきたひとたちの口伝えで、多くの人々がこの地を訪ね、絵を見てくれること。それが戦没者画学生の栄光であり、遺族への慰撫になる。
 来年もまた来よう。いや、この美術館の四季を味わうために、何度でも来たいものだと思いながら、わたしは木漏れ日の降る路を降りていった。
(雑誌『望星』平成29年7月号からの転載です)






最終更新日  2017.09.27 14:38:49
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2017.09.26
カテゴリ:ヒラカワの日常




「路の記憶」より

湯田川温泉

 友人の内田樹のお兄さんが、肺がんで亡くなってから一年が過ぎた。わたしと同じように、若くして起業したが、わたしとは違って立派な会社に育て上げた。ビジネスの才能があるようには思えなかったが、将来を見る独特の見識眼があった。何事も自分の頭で考え、思い立ったら真っ直ぐに行動した。徹底した合理主義者だったが、会社を離れれば情のひとであった。最終的には大手の医療機器メーカーに全株式を売却して、悠々自適の生活に入った。

 生前、公私ともにお世話になり、亡くなるまでの十数年は、毎年箱根の吉池という宿で二泊三日の麻雀を楽しんだ。

「生きていれば返してもらうが、俺が死んだら君にあげるよ」といって貸してくれた五本のチャン・イーモウのDVDは返さずじまいになった。

 一周忌ということで、内田樹くんをはじめ、ご一族がお墓のある鶴岡に集合した。わたしは、前日に飛行機で庄内に飛んで、そこからタクシーで前泊予定の湯田川温泉を目指した。

  「湯田川温泉までやってください」「久兵衛旅館かい」とこちらが旅館名を言う前に運ちゃんが言った。「いや、つかさや旅館です」

 鶴岡といえば、ほとんどの観光客は、温海温泉か、湯の浜温泉へ流れていく。

どちらの温泉場にも、近代的で快適な旅館が多く、日本海を眼下にする露天風呂の施設も充実している。

いっぽうの湯田川は、三方を山に囲まれ、かつては湯治客が長逗留する温泉場として栄えていたようだが、今はひなびた温泉街であり、宿もどちらかといえば、古風な日本家屋である。

 空港から二十分も車を走らせると、こんもりと常緑樹が茂った山が間近になり、隠れ里のような末枯れた温泉街に突き当たる。

 つかさ屋の説明書には、「庄内藩主酒井家の湯治場として、また出羽三山参拝の精進落としの歓楽街として賑わっていた湯田川温泉にあって、つかさや旅館は湯のぬくもりが時代を経ても決して変わらぬように、一貫して訪れる人々の心をねぎらうおもてなしに心掛けてきました」とある。現在の当主は9代目だそうで、江戸時代から続く旅館の風情を味わうには、もってこいの宿であった。

  宿の隣に、正面湯という共同浴場があった。わたしは手ぬぐいも持たずに、いきなりこの正面湯の、正方形の湯に浸かった。湯船の他に何もないが、加温、加水なしの源泉かけ流しである。いまや、こうした純粋な源泉かけ流しの温泉は、全国でも一パーセントしかない。透明で、やはらかい湯に浸かりながら、いいところへ来たと思った。 当地の湯の守り神である、由豆佐売神社(ゆづさめじんじゃ)の正面に位置しているので正面湯という。 

 風呂から上がって、しばらく身体を乾かしてから、浴衣に着替え、由豆佐売神社まで、散歩をすることにした。苔生した参道に続く石段を登り切ったところには県指定天然記念物の乳イチョウの巨木がそびえ立っている。銀杏の幹が、途中でおっぱいのように地面に向かって垂れ下がっている不思議な巨木で、なんとも奇妙な光景である。

 寺の上り口に、藤沢周平原作、山田洋次監督による映画「たそがれ清兵衛」のロケーションが、この湯田川で行われたという説明板があった。そう言われれば、あの貧乏侍が暮らしていた山里の光景は、この神社周辺の光景そのままであり、誰が保存するでもなく当時の空気が保存されていることに改めて気づかされる。夕暮れ間近の神社には、セミの声だけが反響している。

 この地には、柳田国男、種田山頭火、斎藤茂吉、竹久夢二、横光利一など錚々たる文人墨客が来湯しており、あちこちにその碑があるということなのだが、神社の境内のあまりの蚊の多さに辟易して、すぐに退散した。東京もんには、この地の蚊の凶暴さに打ち勝つ免疫は備わっていないようだ。
 正面湯の向かい、神社への参道の横手には、四角い足湯があった。観光客もない平日の夕方に、足湯を利用するのは、近所の家族三人だけであった。裸の足を湯に浸しながら、楽しそうに今日一日の話をしている若い母親と二人の子どもの光景が、目に焼き付く。こんな風に少年や少女の時代が過ぎていく。 東京では失われた景色である。 
 宿に戻り、夕食をいただいて、風呂に直行した。風呂は二つしかない。一つは四人ほどは入れる四角い「ゆったりの湯」で、もうひとつは二人入ればいっぱいの「こじんまりの湯」である。時間制で、男湯女湯が入れ替わるしくみ。 この宿には、露天風呂はないけれど、千三百年前から湧出し続けている本物の硫黄泉、かけ流し温泉がある。当今の観光旅館としては、質素過ぎて物足りないと思われるかもしれないが、ひとり旅のこちらとしては、その素っ気なさがありがたいのである。宿のホームページを覗いてみると、「当館がお客様にとって第二の田舎のような、何かほっとして安らげる、そんな場所に感じていただけたら幸いです」とあった。お料理にしても、中居さんや女将さんの対応にしても、みごとなほど自然なやわらかさがある。 
 本当に、ここを第二の田舎にしてもいいなと思った。  







最終更新日  2017.09.26 02:27:53
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2017.09.25
カテゴリ:ヒラカワの日常


ミシマ社、10年でいい会社に育ったなあと思う。
結婚、出産で辞めた元社員も家族で参加して、あちこちで、子どもが駆け回り、その間に爺さんたちがうずくまっている光景を見ていて、なんだかうれしくなった。
会場は自由が丘支社。一戸建てのボロ屋である。
バイクで駆け付け、小田嶋さん、三島社長とわたしの鼎談イベントも。
写真はイベントが始まる前の、イラストコーナーで描いてもらったもの。
いかにも、ミシマ社である。
ミシマ社には、ミシマ社にしかないものがある。






最終更新日  2017.09.25 14:16:27
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2017.09.24
カテゴリ:ヒラカワの日常
この写真大好きである。なんでだか、『青い山脈』を思い出す。
さきほど、一本記事書いたのだけれど、ちょっと確かめる必要が出たので、いったん削除しておきました。
さて、今日のおことば。ずっと、D・グレーバーを引きづっております。
「わたしたちはみな、親しい友人のあいだではコミュニストであり、幼いこどもに接する際には封建領主となる」
こんな短い言葉で、人類学的本質を表現してしまうのが、グレーバー。

ではこれからミシマ社10周年へゴー。






最終更新日  2017.09.24 16:37:16
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2017.09.23
カテゴリ:ヒラカワの日常
 先々月の、100秘湯巡りの第二回目。姥湯温泉の写真。たまらん。






最終更新日  2017.09.23 19:37:15
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カテゴリ:ヒラカワの日常


日本空手道松濤会の新館長就任式の帰り
隣町珈琲に立ち寄る。
四国から読者の方がいらしてくれていたらしいのだが、
お会いできなくて残念であった。
遠方よりはるばるありがとうございました。

隣町珈琲に着くと、駒場くんと、荻原くん(ふたりとも中学校の同級生)と
偶然の邂逅。
こういうのは、うれしいね。
駒場くんに家まで送ってもらって、さっそく銭湯用具一式をかかえて
明神湯へ。
このところ、いちにちおきに明神湯である。
やはり、この銭湯は俺のオールタイムベスト銭湯で、
とにかく、気持ちのいいことこのうえない。
先だっては、某雑誌の取材でお世話になり、番台にすわらせていただいた。
旦那さんとおかみさんは、無類の好人物で、
今日はおかみさんが番台に座って、
無くしてしまった下足札を一緒にさがしてくれました。
何はなくとも、銭湯だな。
帰途、西の空が夕焼けに染まっておった。
(写真は、別の日のもの)






最終更新日  2017.09.23 19:38:47
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カテゴリ:ヒラカワの日常
本日は、日本空手道松濤会の、新館長、新理事長就任の式典に出席。
癌の治療後、空手の稽古はしていない(できない)のだが、
こういった式典には出席している。
また、ぼちぼち稽古をしたいですな。






最終更新日  2017.09.23 09:51:36
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2017.09.22
カテゴリ:ヒラカワの日常
『その日暮らしの哲学』(仮)という本を書いています。
年内には書き上げるつもりですが、その中からすこし、抜き書きしてみましょうか。
こんな感じです。

ところで最近『負債論』っていう本が出たので、読んでみました。
「負債」で、世界を説明してしまおうという大著です。ものすごく厚い本です。
ですから、いくつかの重要な章以外は流し読みなのですけどね。でも、この本はとにかく面白くて、こちらの興味のあることが次々と出てきます。

一言で言えば、世界の歴史や現代のシステムを「負債」という言葉で説明してしまおうという本です。同時に、わたしたちが現在考えているような負債の概念そのものをひっくり返してしまうようなことが書かれているのです。

 たとえば、この本の中でデンマークの著述家ピーター・フロイヘンの『エスキモーの書』が紹介されます

ある日、セイウチ猟がうまくいかず腹を空かせて帰ってきたとき、猟に成功した狩人の一人が数百ポンドの肉を持って来てくれたことについて、フロイヘンは語っている。彼はいくども礼をのべたのだが、その男は憤然と抗議する。そして、こんなことを語りだしたのです。
その狩人はいった。「この国では、われわれは人間である」。「そして人間だから、われわれは助け合うのだ。それに対して礼をいわれるのは好まない。今日はわたしがうるものを、明日はあなたがうるかもしれない。この地でわれわれがよくいうのは、贈与は奴隷をつくり、鞭が犬をつくる、ということだ


いやあ、面白いですね。日本にも、「困ったときは相身互い」なんていうことばがありますが、「負債」というのは、人間にとってそれほど、本質的なものなのかもしれません。イヌイットにとって、「負債」と「返済」あるいは、「贈与」と「返礼」といった等価交換は、人間がするべきものではないと考えているかのようです。負債の計算をすれば、それは奴隷をつくることになり、犬をつくることになるのだということですね。






最終更新日  2017.09.23 23:32:09
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2017.09.21
カテゴリ:ヒラカワの日常
Twitter社とは、いったいどうやって利益を確保しているのでしょうか。

Twitter社による説明によれば、利益のほとんどは、広告収入だということになっています。

ツイッター社とはいったい、どうやって利益を確保しているのか。
公表されている投資家向けの資料などによれば、この会社は、創業以来赤字を続けてきており、累積赤字は2017年6月末で、約3034億円ということになっています。

では何で事業を存続できるのかと言えば、この会社に対する投資家の期待値が非常に高く、投資のお金がたくさん集まっていること、その資本金によっていくつかの事業体を買収して、そちらからの利潤があるということです。

なぜ、赤字の会社に投資のお金が集まるのか。
これはひとえに、この会社が囲いこんだ潜在顧客の膨大な多さを、爆発的な増加率によっている。

本業で赤字にもかかわらず、この会社は無料で、コミュニケーションの場を提供しており、誰でも自由にその場を使って情報発信ができる。

会社側から見れば、この会社が無料でコミュニケーションの場を提供しているのは、潜在顧客を集めるための方法でしかありません。もともと、それがどのような性格を帯び、どれほどの公共性を獲得し、社会にどんな影響を与えるのかについて、大きな興味は持っていなかったはずです。
とにかく、顧客を集めろ!ですね。
でも、それを続けていたら、巨大な公共空間のようなものが出来上がった。

しかし、あくまでもこの場の主催者は、いち私企業であり、この場の使用に関するルールや運用に関しての権限はこの会社に属しているということが、言おうと思えば言える。しかし、この会社の経済的基盤である、企業価値を保証しているのは、この場を自由に出入りしているユーザーがいるからこそなのです。だとすれば、ユーザーと、主催者たるTwitter社は相補的な関係にあるわけで、一方的にユーザーに対して、お前はフリーライダーなのだから、いやなら利用しなければいいだけだとも言えない気がします。


わたしのところにも、「投稿を控える」宣言をして以来、信頼できないなら止めればいいだけとか、いつまで続くかなといった冷笑系のツイートが来ているわけですが、何か、こういうすべてに、嫌気がさしているのが正直なところです。

ツイッター社のビジネスモデルは、一時期流行した、いわゆるシリコンバレーモデルで、収益とか、商品とか言う前に、とにかく顧客を大量に囲いこんで、顧客データを集積すれば、広告媒体としての価値が生まれるというわけです。

駅前でティッシュ配って集客するキャバクラと基本は同じで、顧客に対して無料サービスを提供して、顧客を集める。集まった顧客の情報が商品であり、この場合の本当の顧客は、マーケティング情報が欲しい企業や、場合によっては政府機関、自治体ということになるのかもしれません。

世界で数億人が利用している、ツイッター空間は、確かに公共空間という側面を持っており、これを公共空間として確かなものにしていこうという努力も、さまざまな形で行われているようですが、わたしは、やはりこれは私企業が収益のために作り上げた仕掛けであるということも忘れてはならないと思います。

そのうえで、今回の事件は、ツイッターという、私企業が運営する公的空間という矛盾した存在を見直してみる良い機会だったのではないかと思っています。









最終更新日  2017.09.21 21:32:29
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2017.09.20
カテゴリ:ヒラカワの日常
「控える」宣言をしてから、一日、ツイッターから離脱しているわけだが、
止めてみればどれだけ、自分がこのSNSに依存していたのかがよくわかる。
一種の、依存症である。
手慰みというものが、突然消失した気分。
なにかが物足りない。
残尿感。
一番似ているのは、ニコチン中毒症状。
そんなわけで、この依存症から脱出するために、もうしばらくは、ツイッターから
離れようと思っている。
いや、もう戻らないかもしれない。

 離れてみれば、ツイッターというのは、一民間企業がお金儲けを目的として
やっているビジネスで、見世物客を囲い込むことで、「場」の広告価値を高める
という、2000年当時シリコンバレーを席巻したビジネスモデルを基本としている。

 その意味では、すべてのSNSは同じビジネスモデルを採用している。
あるレポートによれば(http://www.garbagenews.net/archives/2098071.html)
営業利益率は、創業以来赤字を続けているようで、当該のレポートは以下のように報告している。

「売上高は累乗的に増加する一方、営業利益率はマイナス圏のまま。つまりツイッター社は本業の上では赤字を計上し続けている。累積赤字(Accumulated deficit)は2017年6月末時点で27億4171万3000ドル(約3034億円、1ドル110.65円で換算)にのぼっている。無論グラフの動きを見れば分かる通り、収益状況はともあれ売上は上昇し続けており、上場で得た資金を用いて各種投資をした上で、さらなる規模の拡大と収益改善を図る目論見のようだ。」

​なるほど、広告だけではやはり無理があるということで、ツイッター社​​​
これが何であるのか。

以前、化粧品のネット販売会社の経営について、調べたことがあった。
その会社は、アクセス数が多いことで名を馳せていた。
会社の表の収益は、もちろん化粧品小売販売なのだが、
裏でもう一つのビジネスがあった。
それは、アクセスする人々の購買動向を分析して、それをレポートにして他の企業に販売する
というもの。
勿論、このビッグデータ解析は、購買企業がマーケティングに利用する。

わたしは、唖然としながら、インターネットが危ういところに差し掛かっていることを
直感したものだ。

ツイッターには、ひとびとの思想、信条、政治的立ち位置、生活など、プライバシーにかかわる重要な情報が無防備に氾濫している。
もし、ツイッター社がやろうと思えば、これらのビッグデータから特定の人物のプライバシーを暴き出したり、あるいは反政府的な人間のグループリストを作成したりすることなどたやすいことである。そのデータを欲しがる企業は多いだろうし、政府もまたそれを利用したいという誘惑に勝てないだろう。
スノーデンがデビットカードとメトロカードのデータがあれば、人々のプライバシーは丸裸になると言って、米国家情報局の活動を暴露し、実際の多くの米企業が国家情報局に協力したようである。

 わたしたちは、あまりに無防備に、ツイッターを使い、ついには、依存症になりつつあることに、もう少し自覚的であるべきだろう。






最終更新日  2017.09.20 13:26:40
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