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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

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ヒラカワの日常

2009.03.23
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カテゴリ:ヒラカワの日常
本日新宿にて開催された
ラジオデイズ立川談笑独演会。ゲストは米粒写経。
俺が落語担当プロデューサーの大森さんに
お願いして(恫喝してともいうが)組んでもらったカードである。
ありえない組み合わせでもある。

前回の落語会は、
小田嶋隆さんと並び座布団で、大友浩プロデュースのきわめつけの古典を聞いたが、
今回は、やや離れた席で、とんでもない新作というか、本歌取り落語。
『天災』を談笑がやると、こうなる。
『芝浜』は、『シャブ浜』になる。
さすがは、立川流四天王である。
とにかく、俺はこの師匠には天才的な広がりを感じているのである。
さきほど、
小田嶋さんちを覗いてみたら、
ちゃんと談笑師匠がコメントを入れていた。(いいなぁ)
この律儀さにも敬服する。

テレビでは見られない暴走漫才、米粒は、どんどん凄い世界に入っている。
談笑、米粒、談笑の順であったが、
米粒の爆裂漫才の後は、普通の噺家ではどうにも始末がつかなくなる。
しかし、談笑師匠は平気な顔で
まくらなしで、
シャブを打つのである。
凄いものをみさせてもらった。

次回は、瀧川鯉昇独演会。
腹の皮がもたない。







最終更新日  2009.03.24 00:16:59
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2009.03.22
カテゴリ:ヒラカワの日常
いま書いている本の校正が、ほぼ終了した。
いくつかのトピックは、全面的に書き換えたり、
あるいは、まったく別のものと入れ替えたりした。
一冊の図書においては、<流れ>が重要であると考えて、
惜しいものもあったが、敢えて削除したのである。

削除したものの中に、村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチに
関する文章もあった。
以前、ブログで書いたものと重複する部分が多いが、
書き足したところもある。
それをここで公表しておくことにしたいと思う。

政治的な現在、文学的な立ち位置

さて、村上春樹についての文章で本書を締めくくろうとしていたとき、その村上春樹がエルサレム賞を受賞との報があった(二〇〇九年二月十五日)。このエルサレム賞受賞に関しては、賛否両論があった。イスラエルによるガザ攻撃の直後ということもあり、かれがどのような行動をとるのかが注目されたのである。大阪の「パレスチナの平和を考える会」は、かれに受賞を辞退するよう求めていた。賞を辞退すべしの論拠は、この賞をスポンサードしているのがエルサレム市であり、エルサレム市長から賞が手渡されるその式典に村上春樹が出席することは、イスラエルによるガザの一般人虐殺の犯罪性を隠蔽することに加担することになるというものであった。

もちろん、村上春樹の小説や、洩れ聞こえてくるかれの言動から、かれがガザ虐殺(こう呼ぶべきものだとおもう)のような行為に対して同意を与えてはいないということは明らかである。だからこそ、市民運動の立場から見れば、その村上さんが、無辜の犠牲者の「敵」が贈る賞を嬉々として受け容れるべきではないということになる。

この賞が「社会における個人の自由」を標榜しており、エルサレム市がそれを掲げる事自体が欺瞞であり、イスラエルはこれを政治的プロパガンダとして、自らの行為の正当性を根拠付けることに利用するだろうというのが、その理由である。
この理由、つまり今回の式典がイスラエルの政治的プロパガンダに利用されるだろうということに関しては、私にはまったく異論がない。

ガザ虐殺で世界中の非難を浴びているイスラエルの当局者にとって、少しでも自国の正当性を主張できる機会があればそれを利用するのは当然のことだと思うからである。しかしそのことと、この度のイスラエルの行為に正当性があるかどうかということとは別の問題である。
あらゆる人間の行為は、歴史の中では必ず政治性として抽出される宿命にある。世間の耳目を集める出来事に、高名な作家がどう関わるかということになれば、その政治性はさらに鮮明度を増すことになる。

私はイスラエルの今回のガザ攻撃には、どのような意味においても正当性はないという気持を持っているが、そのこととイスラエルという国家を地上から抹殺せよと主張するハマスに陣営に立って政治行動をするということは別の問題であると思っている。ほんとうは、中東問題を引き寄せて考えるということは、(自分の問題としては)できればスルーしたい問題である。政治的な課題に関しては誰にも、それをスルーする権利があると思いたい。もし、政治的な課題をひとりの個人がスルーすることが、別のかたちでの政治的な立場の表明であるといわれるかもしれない。確かにどのような立場も政治的には何らかの意味を持つものだということには同意できるが、そのこととどちらか一方の陣営に同意署名して戦列の末端に組み込まれることとはまったく別のことであると答える他はない。

それゆえ、今回のエルサレム賞受賞に関して言うなら、それがどのような政治的な背景のものであったとしても、それを受賞するか辞退するかという決断に対して、それが政治的に利用されるという理由によって、他者がその決断に関与するということに関しては大いなる違和感を感じざるを得ないのである。

私は、この問題を聞いたときに、受賞を拒否するにせよ、イスラエルに行くにせよ、村上春樹はかれらしいやり方をご自分で決めるだろうと思ったし、そうしなければ意味はないだろうと思った。同時に、かれはきっとイスラエルに行って自分の言葉で喋るだろうと思ったのである。

この問題に関しては、これまでも様々な論争のバリエーションがあった。
かつてサルトルが「飢えた子どもの前で文学者は何ができるのか」と問うて以来、文学者による文化大革命支援声明のときも、文学者の反核声明のときもこの問題が議論されてきたと思う。それぞれ、場面も登場人物も異なっているが、中心にある問題は同じである。
人間は、とくにかれが作家であるならば、主観的にはたとえば文学的人間でありたいと思ったり、政治的に正しい人間でありたいと思ったりすることはできる。
しかし、生きている限りかれは、文学的なものと、政治的なものとの両方にいくぶんかの影響を与え、両方からいくぶんかの規制されることを逃れることはできない。

政治的であるとはどういうことか。
最も極端な比喩で言い表すなら、それは敵の敵は味方であり、味方の敵は敵であるというところに立ち位置を定めるということである。
文学的であるとはどういうことか。
それはまさに人間が政治的であること自体を拒否することであり、政治的言表を相対化し、無化することである。

もちろん、現実はそれほど単純でもなければ、旗色が鮮明でもないことは承知している。
重要なことは、人間は社会的な存在であると同時に、個人的な存在でもあるということである。そして、その上で、人間はひとつの行動を選ばなくてはならない。
人間は自分が意図しようがしまいが、必ず政治的な加担者になってしまうがゆえに、文学というものが存在するのだ。

村上春樹は、最終的にエルサムに行くことを選んだ。
なぜならかれは政治家ではなく、小説家であるからである。
それはまさに、政治的な色合いを帯びざるを得ないこの授賞式というものに対して、小説家というものに何ができるだろうかという問いを携える旅であっただろうと思う。
つまりは、政治的であると同時に文学的でもあることはどういうことかという解けない問題に、どう答えるのかということである。
その答えを、村上春樹はそのスピーチの中に潜ませていたはずである。
そのひとつは、すでに有名になった「壁と卵」の件りである。

<高くて頑丈な壁と、壁にぶつかれば壊れてしまう卵があるなら、私はいつでも卵の側に立とう> ええ、どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立ちます。

この卵と壁の比喩は、ある意味ではわかり易い。前者はひ弱な人間であり、後者は冷酷な政治システムで、村上春樹はあくまでも人間の側につくというように解釈された方が多いだろうと思う。確かにそういう意味でこの比喩は使われている。だが、そんなことは村上春樹でなくとも言える事であり、ことさら小説家を自認するかれが問題の地で発言することだろうか。私は村上春樹の重点は、この比喩の後段にあると思っている。

つまり、小説家(自分)というものは、善悪正邪の判定者という立ち位置をとらないのだということである。では、かれは何処に自分の立ち位置の重心を置いているというのか。その答えもまたスピーチの中にある。かれはそれを直接名指しはしないけれど、「毎朝、朝食前に自宅の仏壇に向かって、長い祈りをささげている父親の姿」の上に、あるいは「死んだ人みんなの冥福を祈っているんだよ、味方も敵もみんなだよ」という言葉の中にその答えを暗示している。そして、こう続けるのである。

私たちはそれぞれ形のある生きた魂を持っています。体制にそんなものはありません。自分たちが体制に搾取されるのを許してはなりません。体制に生命を持たせてはなりません。体制が私たちを作ったのではなく、私たちが体制を作ったのですから。
(村上春樹エルサレム賞受賞スピーチの翻訳は、二〇〇九年三月二日および三日の毎日新聞夕刊掲載に拠る)


どうだろうか。読者はかれの発言に、物足りなさ、中途半端、政治的な日和見的主義を読み込むだろうか。その惧れは十分にありうるだろうと思う。しかし、私は、この稀有の作家が続けてきている努力、それは効率と正邪に依拠する政治的な言語(体制を支えるもの)から身を離してなお、否応無く向き合わなければならない政治的な場所に、小説家としてどのようにしてコミットしうるのかと問い続けていることに敬意を払いたい。かれは人間のヒューマニズムや善意に対して誠実な態度をつらぬこうとしているが、それと同じ分だけ愚かさや悪意に対しても誠実であろうとしているからである。

本書の筆をおくににあたって、私は政治的であることを拒む作家への共感を記した。同時に経済的であることもまた拒む立ち位置に立ちたいと思うのである。人間は誰もそれらから自由にはなれない。しかしそうであるがゆえに、政治的な力学関係や経済合理主義的な思想に回収されることのない「個の思想」の立ち位置というものを確保しておきたいと思っている。






最終更新日  2009.03.23 13:25:59
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2009.03.20
カテゴリ:ヒラカワの日常
ご注意:最近(というか以前より)スパムコメントが多く、ドメインでフィルターをかけています。このブログシステムがそれ以外のフィルターがないので、そうしているわけですが、これによって善意のコメントも一部フィルタリングされてしまう場合があります。悪しからずご了承下さい。(店主敬白)



国際問題解説者の田中宇さんとの連続対話六回が、昨日で終了した。世界の膨大な情報を読み続けている田中さんの身体は、すでに巨大なハードディスクのようになっており、その情報の堆積の中から、本当らしいものとジャンク、新鮮なものと腐りかけたものを分別し、ひとつのストーリーが生れてくる。
奇想天外なものもあれば、たんに俺が知らなかったこともある。
いや、ほとんど俺は何も知らねぇなと思い知らされることが多い。
六ヶ月もご一緒にやっていると、呼吸も随分合ってきて、話がどこへ転がっていくのかが楽しくてしょうがないといった状態になっていたのである。

四月からは、年越し派遣村で一躍、社会運動のリーダーになった『反貧困』の著者、湯浅誠さんと数回の対話をする予定である。
ご両人とも、俺が普段立っている場所とは異なるところで、着実な成果を上げている異分野の方であり、必ずしも阿吽の呼吸で話が通じるわけではないのだが、
異なる角度、異なる立ち位置、異なる見方を発見する時間を持つことは
俺にとってうまい煙草やコーヒーを味わう以上の感興がある。
どちらも、ラジオデイズでお聞きいただければ幸いである。

ということで、本日も現在執筆中の『経済成長という病』の中から、新原稿の
ちょっと出しをしてみることにする。
もうすこして、執筆地獄から抜け出せる。

本末転倒の未来図

 こどもの頃、私は身体を動かすのが大好きな落ち着きのない悪がきだったが、絵を描くことも大好きだった。とりわけ、「未来の東京」といった題材は私を魅了した。モノレールが高層ビルの間を走り、高速道路がクローバーのように交差し、美しいループを描いている未来都市。あれから半世紀が経過して東京の景観、例えば赤坂見付あたりの高速道路とビル群と掘割がつくりだす光景は、私がこどもの頃描いた絵とほとんど変わりがないように見える。

ひとつだけ違いがあるとすれば、私の絵のなかでの東京は光り輝く未来都市だったが、半世紀後の実際の東京は少々くたびれ、薄汚れているように見えることである。しかし、それでも東京は、ニューヨークやロサンゼルスと並んで、人間が作り上げた最もエネルギッシュで、文明化された都市であることに変わりはない。少年だった私は、未来を見通す透視力で、あれらの絵を描いたのだろうか。いや、そんなことはない。実際のところ、まだお尻の蒙古斑の残っているようなこどもに未来を構想するなどということはできまい。本当は当時、自宅に毎月配達されてきた科学画報の口絵のイメージを、自分なりにアレンジしたり、誇張したりして味付けしただけの話である。私は自分の過去の体験(画報を読み耽ったという体験)を引き伸ばして未来図を作り上げたに過ぎない。
 
このことは、私に二つの重大な(と私が思っている)ことを想起させる。ひとつは、多くの人間は、未来を思い描いていると思っているが、実はただ自分が知っている過去をなぞっているだけなのではないのかということである。丁度わたしが、数ヶ月前の雑誌の口絵をなぞりながら、未来図を描いたようにである。私たちにとって、未来とは成長を成し遂げてきて現在に至ったというその成長の残像を、未来に引き伸ばせばそれでよかったのである。こどもの私には、そのときまだ日本の社会が、社会発展史のどの段階にあるのかについて何も知りはしなかった。ただ無邪気に、目に焼き付けられた未来図の残像を信じていたのである。

経済成長を至上の命題として、経済政策をつくりあげようとしている今日の政策担当者の場合はどうだろうか。かれらもまた、戦後六十年の経済成長の残像を、ただ未来に引き伸ばしているだけではないのか。人口減少社会に突入した現在社会というものがほんとうに見えているのだろうか。

 もうひとつの重大なこと。確かにこどもだった私は、過去を参照しながら未来図を描いた。しかし、それでも未来図は未来図である。そこには当時の私たちの生活を一変させる便利さと、スピード感、合理的な美しさがあった。それは、当時はまだ改善されるべき不便や不合理が身のまわりに、街のいたるところにあふれていたということを意味している。あれから半世紀、高度消費資本主義社会の最先端を走ってきた私たちの国において、産業の発展が解決し得るような不便、不合理というものが、どれほど私たちの身の回りに残っているのだろうか。私にはむしろ、利便性や贅沢の過剰が、処理しきれないゴミとなって人間の社会を圧迫しはじめているように見えるのである。インターネット空間の八割を占めるといわれるジャンクメールは、そのひとつの現れかもしれない。

私が未来図を描いた時代とは、私じしんがこれから成長してゆくとば口に立っていたように、私をとりまく世界もまた成長のとば口にあったということはいえるだろう。このことは案外重要なことだ。
そして、私は思う。果たして今のこどもたちはどのような未来図を描くのだろうかと。リドリー・スコットの『ブレードランナー』や、リュック・ベッソンの『フィフスエレメント』が描いた未来都市の姿は、今の東京の姿とあまり変わらないように見える。確かに空飛ぶ流線型の飛行体や、奇妙にメタリックな服装は目に付くが、そのどれもがことさら目新しいものではなく、すでにあるもののバリエーションに過ぎない。

私たちは、これらの映画を見ながら、輝く未来なるものが実は合理を欠いた無理筋であることをすでに知っているのである。交通渋滞や排気ガスによる公害といった文明の裏側の実態をすでに知っている私たちにとって、自由に空中を飛ぶ高速飛行船や、技術は一方で高度に繁栄した社会を描き出すが、同時に事故や渋滞、さらには公害といった問題と無縁には存在し得ないことも経験済みというわけである。もちろんそれは、莫大な資本を投下され、石油資源をふんだんに使って作り上げられた超近代的な都市に住んでいるからこそ云えることである。世界には今も圧倒的な非対称が存在しており、富の配分は公平でもなければ均一でもない。だからここでの視点は、あくまでも消費文明の最先端にある国家、都市に限定したものだとお考えいただきたい。

そこでもう一度問いたいのだが、今のこどもたちは、半世紀前こどもだった私のように、無邪気な未来図を描くことができるのだろうか。もし、できるとすればそれはどんな絵になるのだろうか。実際に、こどもたちに未来図を描けと命じたことがないので、よく判らないのだが、私には、今のこどもたちにとって未来図を描けというのは、案外難しい課題なのではないかと思われる。(もし小学校で実際にやっているのならば、是非見学したいところである)。想像をたくましくする他はないのだが、ロボットが何でもやってくれる社会、バーチャルリアリティの中での生活、あるいは反対に孤島でのロビンソンのような社会への憧れが描かれるのだろうか。よく判らない。よく判らないが、私にはそれがあまり楽しそうな世界だとは思えないような気がする。


今日はここまで。実はこの後に、人口減少社会というものに関する、俺の「驚くべき」見解が続くのであるが、それは4月に発売される講談社の新書でお読みいただきたい。
(って、講談の「切れ場」だね。そうです、宣伝活動中なのであります。)






最終更新日  2009.03.20 18:25:57
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2009.03.16
カテゴリ:ヒラカワの日常
4月に講談社から発刊される予定の『経済成長という病』(仮)の中の一文。
まあ、こんなことを毎夜だらだらと書いているわけです。
でも、もうひと踏ん張りといったところだ。そして、仕事に戻る。


 
 私は、経済的な打撃とそれが生み出した社会不安や格差の拡大という現象は確かに大きな問題だが、経済成長至上主義が人々に与えた心理的な影響、それによってこの十数年に起きた効率主義、合理主義に対する盲目的な信仰は将来に計り知れない禍根を残すのではないかと心配しているのである。
人々の心理に及ぼす影響は、徐々にしかし、確実に目に見えるようにその姿を現す。たとえば、教育の場面で、労働の現場で、家庭の中で。

繰り返すが、どのような経済システムを採用しようが、そこには必ずプラス面とマイナス面がある。だから、日本が現在陥っている状況のすべての責任を、為政者に求めているわけではない。たとえば、この十年間に急速に増加した非正規労働についても、もちろんその根本要因は派遣法の施行にあるが(その理由はここでは述べない)、どこかで国民もそれに加担していなかったとは言えないと私は思っている。それを象徴的に示しているのは、「消費の多様化」「労働の多様性」という言葉である。

 確かに、消費者のニーズは多様化し、街は若者向け、あるいは中高年向けといった具合に分化し、商店やデパートにも多様なニーズに合わせて多種多様な商品が並んでいるように見える。私は、しかしこの「多様なニーズ」などという言葉は、実は多様でも何でもなくて、ただ供給側が消費者の欲望を刺激するために作り出した虚構であると思う。ほんとうは、消費者のニーズは多様化などしていない。ただ過剰な商品が過剰な欲望を喚起しているだけであり、消費の選択肢が膨らんでいるように見えるだけである。つまり個人の欲望が限りなく細分化されているだけである。失礼を承知で言えば、ニーズなどという言葉を嬉しそうに語っているマーケターだとか、ビジネスコンサルタントも、時代という人形師に操られた腹話術の人形みたいなものに見えてくる。

 多様な消費生活。いつの頃からか、そのような言葉が生まれ、これまで見なかったような光景が出現し、やがてそれが当たり前のようになった。おそらくは、(吉本隆明も何処かで書いていたが)週休二日制が採用され、人々の関心が労働から消費へと移った八十年代にはすでにその兆しがあったということだろう。消費は金と時間さえあれば、誰もが自由気ままにその対象を選択し、必要とあれば交換したり廃棄したりすることができる。
しかし、労働=生産の形態は本来多様でもなければ、自由に選択したり交換したりすることができるわけではない。もちろん、職業の選択の自由は国民に保障された権利だが、現実的には生まれ育った環境や、能力などに応じて職に就き、働きながら技術・技能を蓄積して成熟した働き手となってゆく。多様な働き方というような言い方は、虚構でしかない。

秋葉原に行けば、不景気の今でも家電製品が圧縮展示されている。数え切れないほどのゲームソフトを並べている店がある。家電もゲームも新商品が次々と販売される。塾通いの子どもがいれば、ゲームばかりやっている子どもがいる。子どもばかりではない、大人もゲームに夢中になる。韓流ドラマに明け暮れている主婦もいれば、スポーツジムでダイエットに勤しむ主婦もいる。一方で食べていくのに精一杯のフリーターがいれば、親の脛をかじって外車を乗り回している学生もいる。研究室で毎夜データとにらめっこしている勉強家もいればフィギュアと添い寝しているオタクもいる。そしてそれぞれが、違う国の言葉を話しているかのごとく、仲間内だけで通じるジャーゴン(=符丁)を交わしてお喋りする。これだけ、生活の場面が多様化してくれば、当然、消費も多様化する。消費が多様化すれば生活も多様化する。生活が多様化すれば、働き方も多様化する。ほんとうだろうか。これが多様化した社会なのだろうか。

インターネット技術も、金融技術も、それ自体は人間が利便性や、金儲けというものを志向する限り発展を止めることはないし、そのこと自体に良いも悪いもないであろう。ただそのことと、人間の社会が営々として築いてきたアナログ文化や、職人的な矜持や、労働倫理といったものを、ただそれが非効率で非生産的であるという理由で、別なものに置き換えるということとは、まったく別のことだといわなければならない。あるいは欧米に遅れをとるなと、小学校で株式取引を教えろといい、大学は実学優先、即戦力の育成機関にしろといい、国際語である英語教育の時間を増やして国際人を養成すべしというような声があちこちから洩れ聞こえてくるが、そのあまりの無邪気さに唖然とする他はないのである。

たとえば日本語。
最近では、電車に乗っていても、街を歩いていてもやたらと、英会話スクールの看板が目に付く。ビジネスマンも、主婦も、学生も、流暢な英語を話せるようになるために資本投下することを躊躇しない。英語こそはインターネット時代の、世界の共通語であり、世界の共通語を操れなければ、世界に伍してたたかうことはできない。いや、何も世界に伍してたたかわなくとも、この日本での就職やキャリアアップ、はては結婚相手探しにいたるまで、英語を喋れないことは機会損失につながるとでも考えているかのようである。経済学者も評論家もしばしば、アメリカでは小学生から株取引を教えている、アメリカの会社では・・・、アメリカの大学では・・・、とアメリカがいかに合理的なシステムを遂行しているかのようなもの云いである。

そして多くの日本人が、このグローバル化の掛け声を背景にして、漢詩や、旧仮名遣いの近代文学を読むことが出来なくなってもほとんど気にかけずに、むしろ英語のできないことを恥じるようになっている。英語が今やユニバーサルランゲージであり、世界の覇権語であることは誰も否定できない事実である。しかし、そのことと日本語でしか表現できないような感情や、日本語があったからこそ育まれた感覚は、あいまいで閉鎖的であり、無価値であるかのように思ってしまうこととは、まったく別なことだといわなければならない。この十年間に書かれた日本語論、グローバリズム批判の書として最も重要な本『日本語が亡びるとき』(水村美苗著、筑摩書房2008年10月)の中で、著者の水村氏はこう書いている。

だからこそ、日本の学校教育のなかの必修科目としての英語は、「ここまで」という線をはっきり打ち立てる。それは、より根源的には、すべての日本人がバイリンガルになる必要などさらさらないという前提―すなわち、さきほどもいったように、日本人は何よりもまず日本語ができるようになるべきであるという前提を、はっきりと打ち立てるということである。学校教育という場においてそうすることによってのみしか、英語の世紀に入った今、「もっと英語を、もっと英語を」という大合唱に抗うことはできない。

まったく同感である。この本は日本人のすべてに読んで欲しいが、彼女が何故このような認識に至ったのか、堂々たるバイリンガルが日本に生まれることを可としながらも、何よりも日本語が読めることの枢要を説くに至ったのかを知る必要がある。
その理由は十九世紀の後半から始まった日本近代文学の多様性に、まさに世界文学に伍して次ぎ次ぎに生れた作品に直接触れながら成長してきたからだろう。

『浮雲』『たけくらべ』『にごりゑ』『坊ちゃん』『三四郎』『道草』『銀の匙』『阿部一族』『渋江抽斎』『歌行燈』『或る女』『墨東奇譚』『春琴抄』『細雪』などを始めとして、枚挙にいとまないほどの優れた作品―それも、ひとつひとつが、驚くほど異なった世界を提示する作品があとからあとから書き継がれ、日本人の心を大きく豊かに形作っていった。(同書)

多様であるとは、このようなことを言うのであり、同じことをして多様な表現、多様な感覚、多様な形式、多様な方法を、お互いがお互いを参照しながら模索し、追及し、表現できることを言うのである。
今日、多様なライフスタイル、多様な趣味、多様な働き方と言われているものに含まれる多様性、アメリカ合理主義の参照者が褒め称えられるダイバーシティーという価値観は、多様というよりは、個々の欲望の目先が細分化し、お互いがお互いを参照する必要のないところで自己決定、自己実現しようともがいている光景だとしか思えないのである。






最終更新日  2009.03.16 23:22:05
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2009.03.11
カテゴリ:ヒラカワの日常
大阪に向かう新幹線の中で読んだ本は、
『街場の大阪論』(江弘毅 バジリコ出版)である。
たまに、知人の著書を読むと、そのひと本人と、書かれていることの
ギャップに違和感を感じることがあるが、
この本からは、江さんの肉声がそのまま聞こえてくる。

見た目は豪快、がさつ、いつもガハハと大笑いしている大阪の名編集者だが、
ほんとうは気づかいと、やさしさ、含羞をうちに隠した知性人である。
この見た目と内実の落差が、絶妙な文体を作り出している。
磊落な放言をしているような言葉遣いの下には
呻吟し、吟味し、ときに照れているような作家の精神が息づいている。
その微妙なずれは、大阪という町が持っているずれをそのまま
体現しているかのように思える。
「コテコテ、お笑い、たこ焼き、あきんど、おばちゃん、ヤクザ、阪神タイガース・・・」
は確かに大阪の一面ではあるが、
そんなことを繰り返し刷り込んでいるメディアも、ひとも、
いつも重要なことを見失っている。

そこには、ステロタイプ、書割り的な大阪はあるが、
生きている大阪の街の風貌は、その分だけ隠蔽され続けてきたのだ。
こう、江さんは言っているように思える。
「けれども断言するが、街の中にいて、聞いていても話していても
何といっても断然おもろいのは、やっぱり商売人のえげつない銭もうけや
おばちゃんの無自覚やヤクザ者の与太や店の食べ物についての街場の話で
あったりする。」
しかし、これもまた、大阪を語るもうひとつのステロタイプであることを
江さんは気付いている。

ほんとうは断然おもろいのは、
もの心がついた頃より、大阪のディープサウス岸和田のだんじり遣り廻しの
人の渦の中でもまれ、考えてきた街場の知識人である江弘毅の
大阪に対する「婀娜(あだ)な深情け語り」なのである。
いや、深情けと知性という相反する精神のせめぎ合いが面白さの源泉だろう。

― 若いOLの娘が忘年会などの後、家に帰ってきて「てっちりだった。
ヒレ酒がおいしかった」などと言おうものなら、親は「この娘は、
なんというものを・・・・」と顔をしかめる。
大阪では少し前まではてっちりは玄人筋のヤクザな食べ物であったのだという

この江さんの指摘には、少なからず驚いたが、
かれの文章もまた玄人筋のヤクザな文体を隠しているといってもよいかもしれない。








最終更新日  2009.03.11 20:27:06
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2009.03.10
カテゴリ:ヒラカワの日常
いやぁ、忙しい。
で、そこいら中で予定が重なっている。
ナイス・バッティング!
今週と来週は、大阪出張があり、
ラジオの収録が二本あり、
さらには落語会がひとつ、勉強会がひとつ。
来週は、某社株主総会と、箱根極楽麻雀が重なり、
談笑と米粒の落語演芸競演がひとつ。
楠美津香のロンリー・シェークスピア・ドラマもある。
もちろん、それ以外は本職の仕事がびっしりと入っており、
気が抜けない。
空手の稽古日はほとんど他の予定に重なっており調整不能。
もう還暦手前の爺だぜ。
こんな日程を調整しながら動き回るのは無理がある。

と、前振りをしたところで
四月の予定を見たら、な、なんと本願寺落語会と
俺の主催する二宮清純さんを囲む箱根一泊経営者ブレストが
重なっているではないか。
まいったをしたのだが、誰も許してくれない。
というわけで、スマン、フジモト!
本願寺には手抜かりなきよう社長以下、ラジオデイズのスタッフが駆けつけますので
お許しください。

このところ、毎日毎日聞き続けている
大瀧詠一師匠の『日本ポップス伝2』(面白いのなんのって)について
書こうとおもったのであるが、
ケツに火がついているので、火が消えてからゆっくりとやっつけたい。
というわけで、
ひとまず、ドロンさせていただきます。






最終更新日  2009.03.10 15:14:48
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2009.03.05
カテゴリ:ヒラカワの日常
ほとんどあらゆる問題に対する答えが「さらなる経済成長」なのだ。失業率が高まっている―雇用を創出できるのは経済成長だけだ。学校や病院の予算が足りない―経済成長で予算は増額できる。環境保護がふじゅうぶんだ―経済成長で解決できる。貧困が広がってきている―経済成長によって貧しい人々は救われる。収入の分配が不公平だ―経済成長でみんなが豊かになれる。何十年にもわたって、経済成長は過去の世代が夢に見ることしかできなかった可能性を実現するための鍵なのだといわれつづけてきた。
(クライヴ・ハミルトン『経済成長神話からの脱却』アスペクト刊、嶋田洋一訳)

 経済成長それ自体は、良いも悪いもない。文明化が進み、都市化が進み、消費生活が活発になれば総需要は拡大し、生産もそれにつれて拡大して経済は成長する。もし、問題があるとすれば、それは社会の発展プロセスは均一ではなく、まだら模様であり、発展の進捗は地域によって大きな差があるということである。

そもそも経済成長とは、何を意味しているのか。話をわかりやすくするために実質国民総生産の増加を経済成長だと定義してみる。要するに市場に供給する生産物、サービスの増加が経済成長だと考えてみる。文明化が一定の水準に達し、消費者の手元に必需品としての生産物がいき届いた時点で、需要は原則としては買い替えのための消費だけになるので経済は成長することを止めて均衡へと向かう。もし、この段階で人口減少が起これば総需要はさらに減少することになり、経済成長はマイナスの局面に入ることになる。簡単な算術である。

しかし、何故か現実の世の中では、与党の政治家も野党の政治家も、企業家も、経済学者も、メディアも、一般の人々も「経済は成長しなければならない」という観念に支配され続けている。小泉政権下のスローガンは、「改革なくして成長なし」というものであった。二〇〇八年の米国大使館のホームページには、米国国際開発庁長官ヘンリエッタ・フォアの次のようなアナウンスメントを掲載していた。「経済成長は、私たちが推進している分野です。なぜなら、経済成長はほかのすべての活動の基礎であり、貧困の低減の主な原動力になるからです。経済が成長すれば、人々が教育や医療の費用を負担することができ、自らや家族が当事者意識と安定感を感じられる活動にかかわることができます」。 

また、OECDの広報誌「オブザーバー」は、「全体として,ゼロ成長シナリオはすべてに不利に作用する。特に開発途上諸国では失業と環境の悪化が広範囲に広がるだろう」と述べている(一九九九年夏号掲載論文「経済成長は人口問題を解決するか?」)。

かくして、経済対策も、医療政策も、教育方針も、人口対策も、経済を持続的に成長させるという前提のもとに設計され、施行される。経済成長は、人間の社会が達成しなければならないほとんど唯一の目標となる。ほんとうは、経済が成長するか鈍化するかは人間の社会の様々な要因が生み出す結果であり、成長への妄信はただの願望に過ぎないとしてもである。しかし、何故か経済がマイナス成長するという前提は、禁忌とでもいうように遠ざけられ、よくとも見て見ぬ振りをしてきたのである。

何故、私たちは経済成長という神話から自由になれないのだろうか。
 その理由はいくつか考えられるだろうが、世界中の国家という国家は、一時的な移行的混乱はあるにせよ、文明化、都市化、民主主義化といった歴史を辿っており、いまだ明確な衰退局面といったものを経験していないということがあるだろうと思う。

「軍人はいつも過去の戦争を戦っている」の喩えどおり、私たちの思考の基底には、すでに経験済みの事象が共同的な記憶として堆積しており、私たちはその既知の堆積物をさまざまに組み替えながら現在の世界観というものを無意識的に構成してしまうのである。私たちは、私たちとその祖先がまったく経験したことの無い、未知の事象に関しては、ほとんどうまくイメージすることができない。ほんとうは、イメージできないということと、それが私たちの上に到来しないかどうかということとはまったく関係が無いにもかかわらず、私たちはその未知の可能性を勘定に入れて思考することができない。

(中略)

人口が減少する。経済が均衡する。これらは、原因ではなく結果である。すくなくともそのように考える余地を残しておくべきだろう。もし、そうだとすれば、経済が右肩上がりを止めた後の社会の作り方というものを、冷静かつ具体的に考想しておくべきではないだろうか。私には理論的にも実感としてもそれが自然な考え方であると思われる。経済成長というものを至上の命題として、飽食した市場にさらなる商品を投入し続け、その結果として人々が過剰消費、過剰摂取に明け暮れる光景は滑稽を通り越して悲惨なものがある。

卑近な例を挙げるなら、世間にダイエットという言葉が流行しはじめたとき、すでに経済成長はその本来の動機を失いつつあると思うべきではないのか。食料を必要以上に摂取し、肥え太って動けなくなり、何とかしなければならないと思ってスポーツジムに通い、ルームランナーで余分な水分を搾り取るというのは、どう見ても間尺に合わない行動である。しかし、自分がブロイラーのニワトリのような生活をしていてもやがてそれを奇妙だとは思わなくなる。より効果的なダイエット器具が開発され、新しい需要が喚起される。しかし、こんなことが永遠に続くと考える方が不自然である。


(続きは五月頃発刊の新書で)






最終更新日  2009.03.06 02:24:41
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2009.03.02
カテゴリ:ヒラカワの日常
三月一日日曜日、松濤館流空手の始祖である船越義珍先生生誕百四十周年
松濤館創建五十周年の式典が、菊川の本部道場で行なわれた。
写真は、式典の開始を待つ樽酒。麒麟山。
麒麟山はリナックスカフェの桃ちゃんの生家が造る酒で、
新潟から車に揺られて道場に着いた。


あけて月曜日、朝オフィスに着いたら
本が二冊、雑誌が一冊届いていた。
いづれも、いただきものである。
まずは、大阪の盟友江弘毅だんじり親父から『街場の大阪論』。
バジリコ出版の安藤さん経由でお送りいただいた。
おっさん、忙しいのによく書いている時間があるなと思っていたが、
ミーツに連載していたものをまとめたものらしい。
帯文は、うちだたつるである。
「江さんの文章には、読んだ人間に何かをはじめさせる力がある」
いや、会った人間はみんな得体の知れないエネルギーを注入されるのである。
だんじりを遣り回すのも天職かもしれないが、
編集者としてこのおっさんの天賦の力を感じないわけにはいかない。

もう一冊は、『トヨタ・ショック』(講談社)
これも、もとはといえば江さんつながりでお会いし、
ラジオにもお呼びした井上久男さんのトヨタレポートである。
今回は、伊藤博敏との共著。
あの、トヨタに何が起こっているのかを知るには格好の本である。

先日も江さん繋がりで
釈徹宗先生から、『仏教ではこう考える』(学研新書)
『いきなりはじめるダンマパダ』(サンガ)
『不干斎ハビアン』(新潮選書)
の三冊をお贈り戴いたばかりであった。
ラジオ仲間の田中宇さんからは
『世界がドルを棄てた日』(光文社)も届いた。
この場をお借りしてお礼申し上げたい。

さらには文芸春秋の『諸君!』
なんで、この雑誌がと訝る読者もあるかもしれないが、
書評を頼まれて書いたのである。
今回の号には、養老さんが面白い論文を寄せている。
田母神論文の真贋論争を秦郁彦と西尾幹二がやっていて読みごたえがある。
テレビで幾度かご意見をお聞きした限りでは、
秦という人をあまり好ましく思っていなかったのだが、
この論争を読む限り、歴史家として公正な態度をもつ方だと思った。

この雑誌への書評は、二回目で、
前回は今話題の神谷秀樹さんの『さらば、強欲資本主義』
今回は、半藤一利さんの『幕末史』。
『昭和史』とならんで、半藤節が冴え渡る歴史語りである。
俺は半藤さんが好きである。
この人の歴史観というものには、人柄から滲み出る味わいと、
信頼できる立ち位置というものを感じることができる。
文芸春秋の山口さんからお電話いただいたときは大変忙しかったのであるが
半藤さんのご著書であれば、お断りするわけにはいかない。
何人かの書き手には、こういう気持にさせられる。
中野翠さんもそうだし、もちろん川本三郎さんの本は
ほとんど涎をたらしながら読んでいる。








最終更新日  2009.03.02 17:42:59
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2009.02.27
カテゴリ:ヒラカワの日常
年に一度だけ、
ラジオデイズの顧問である演芸研究家の大友浩さんが
この人のこの落語が極めつけであるという組み合わせを選んで
プロデュースする落語会が『きわめつけ落語会』である。
その第二回目が3月18日水曜日、お江戸日本橋亭にて行なわれる。
春風亭小柳枝「井戸の茶碗」
八光亭春輔「旅の里扶持」
立川談四楼「浜野矩随」
の三題ネタ出しである。
「井戸の茶碗」は、色々な噺家さんのものを何度も聴いているが
通の間で評価の高い小柳枝師匠のものはお聴きしていない。
「浜野矩随」は、講談話からきたもので、できそこないの職人が、
きっかけをつかんで名人になるまでの話である。
春輔師匠の「旅の里扶持」は、一度も聴いたことのない落語なので
どんなものなのか見当がつかないのだが、長谷川 伸作の泣ける噺のようである。
落語は、笑いだけではない。
今回はおそらくは、笑いながらもしみじみとして、そして動けなくなるという
体験をすることになるはずである。
大友さんの選択なので、間違いはない。
落語の奥深さをじっくりと味わう絶好の機会で、
俺が一番楽しみにしている。
ああ、待ち遠しい。

まだ、残席があるようなので、ラジオデイズから是非お申し込みを。






最終更新日  2009.02.28 18:15:35
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2009.02.26
カテゴリ:ヒラカワの日常
脂の乗り切った白鳥とは言っても、
スワンを食うわけではない。

25日、新宿ハーモニックホールにて
ラジオデイズ落語会。
三遊亭円丈&白鳥の親子会である。
これまでは、確かに物凄いエネルギーと才能を感じはするが
作りすぎ、入れ込みすぎ、ねらい過ぎといった感もあり
ときには、うまく笑いの中に引き込まれないこともあった。
その白鳥師匠が、確実に変化しており、
いままさに脂が乗り切ったという状態になっている。
とくに、この日の出し物である
『エコ時そば』『スーパー寿限無』はどちらもぶっ飛んでいて
存分に笑える素晴らしい出来であった。
凄いことになっているのである。

もちろん、このところの円丈師匠は俺にとっては
高座姿を見られるだけで幸福感を感じるといった稀有の噺家の一人になっており
この日も、かねてよりリクエストしていた
『ヤブツバキ(藪椿)』をたっぷりと聴かせて頂いた。
やっぱり、「円丈以前」に円丈なく、
「円丈以後」に円丈師匠のような噺家は現われないという気にさせられる。
今見ておかなければいけないのだ。
両師匠を囲む打ち上げには、産経新聞のトリイさん、新潮社のアダチさん、
本願寺出版のフジモトさんも駆けつけてくれた。
俺の対面には脚本家の稲田和浩さんの顔も。
大笑いしたあとの気持のよい脱力感は、心地よいものである。


三月は、ラジオデイズ企画会議で、もうこれしかないっしょと、
ヒラカワ渾身一押しの
立川談笑独演会&米粒写経の組み合わせが実現した。
(チケット売り切れ必死なのでお申し込みはラジオデイズのサイトからお早めに)
第15回ラジオデイズ落語会 立川談笑独演会 (立川談笑、ゲスト:米粒写経)
2009年03月23日 19時00分

なんか、宣伝しているみたいで気が引けるが
宣伝しているのである。






最終更新日  2009.02.26 23:33:09
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