「早弁」の思い出
息子の「居眠り」の不名誉などとと大げさな言い方をしたが、自分もたいしたことはない。 ささやかな「お詫び」にもならないが、自分の経験で思い起こすのは「早弁」だ。 あれは中学校二年生の時だった。先生の目を盗んで授業中にあろうことか早弁をした。担任の先生が、今ひとつ毅然とした態度をとれない先生であることを見抜いて、それを面白がって実行した「愉快犯」的でもあり、級友の目を引く目的で見事「ウケた」こともあり、そこまでは「得意になって」いる自分があった。 ところが、週末のクラブ活動のために体育館に顔をだした途端、学年主任の先生に正座を命じられた。要は、担任からその事件の顛末を聞きだした学年主任は、自分が始末をつけるとばかり、勢い私に処罰を与えようとした訳だ。 長い正座の後、それは猛烈なビンタが私を襲った。もう当時は、暴力などへの批判もあまりなかった時期ということもあり、腕力のある先生はそれで子供を抑えようとしたし、生徒もそれに左程の抵抗そ示さなかった。 その頃の自分は、学業の上では優等生でもあり、まさかそんな「早弁」程度の軽い悪戯に、そんな「シゴキ」が待っていようとは思いもしなかった。それは、一言でいえば、顔面が「ジーン」と痺れてしまって、涙ももちろん流れたであろうが、唖然としてしまった衝撃を覚えている。 青春というものは、つまらない、そういった衝撃的なひとコマを何歳になっても思い起こすことなのだろうか。息子の「居眠り」騒動を考えながら、そんな昔の自分を思い出した。