2021東京オリンピックの記憶は?
毎週末の朝、ボストンにいる次男がビデオチャットしてくる。一人者だし、中々帰省できないこともあって、家族と話したいのだろう。お互いの生活の様子を話すのだが、今週は日本の感染状況とオリンピックの話題。宮城でサッカー競技のボランティアをした話をしたら驚いていた。私も辞退しようか大分迷ったが、淡々と静かにお手伝いすると決めて参加した。本来の役割は通訳だったが、何せ海外の観客は入れないのだから、通訳など必要となる場面はない。何のためのボランティアとは思ったが、何らか参加したかったからとしか説明しようがない。さて、このオリンピックとボランティアはどんな思い出になるだろう?1964年の時は、5歳。宮城県庁前に聖火ランナーを見学にいって迷子になり、おまわりさんに保護された淡い記憶がある。(おまわりさんに肩車され大泣きしたような)TVから流れた東京オリンピックの行進曲に、幼い心にも高揚感があったことを思い出す。それから57年後の2021年は、コロナ感染者が激増する中の開催。宮城では利府のスタジアムで男子の準々決勝スペインーコートジボアール戦。観客を1万に制限しての開催。でもボランティアの場所はスタジアムでなく、仙台駅前のインフォメーション。。。2021年の思い出は、駅前のブースに立って、七夕飾りを見つめたひと時になるかな。