カテゴリ:ふるさとわが町
私たちの集落の中ほどに観音さまが祀ってあります。
20年ほど前までは木造10畳程度のお篭り堂の中に本尊がありそこに安置してありました。 昔からの建造物、修繕される事もなく朽ち果て取り壊されて鉄筋コンクリート住まい(平成1年頃)となり現在に至っています。 <観音堂> 木造からコンクリートブロックへ・・・・平成初期 立地条件が良いからなんでしょうか 近所、通りすがりの方のお参りもあるようです(賽銭より) 自宅はこの観音さまから300mも離れています。 --------------------------------------------------- <不思議な話> まだ木造の時代の頃(昭和50年頃)のお話です。 この観音さまの隣家の青年に縁談話があり夕暮れ時に母親と連れ立ってお見合いにきたS嬢が云うには・・・ タクシーから降りると薄っすらとした闇の中の路傍で見知らぬお観音さまが微笑のお姿で青年宅の門前でお立ちになっていたというのです 不思議な事に付き添いの母親もしかと見たというのです・・??? 「慈悲に満ちた美しい姿に気分がスッーと楽になって・・・」と今でもSさんは語ります。 縁談話はとんとん拍子に進んで目出度く二人は結ばれたのは云うまでもありません ところが、この観音さまの近所でも(縁談話には無関係なのですが)時々そんな体験をする人が出てきたのです。 <観音立像>約36cm 野鳥、ネズミ等入れないよう防御網で・・・・ 「我家の前でもあった」「夢の中に出てきた」「うちはその話の以前からだ・・」 尾ひれが付いて「枕頭にお立ちになっておられた」とまで・・ 「この観音さまには意志がある、大切に祀らなければならない」 田舎ですから噂は直ぐに伝わりました。 昔話ならよくありそうな話ですね・・ このような話題が元になり冒頭の話となってコンクリート建ての観音堂を作ったという経過があるのです。 <近接撮影> 拝礼してシャッターを押しました・・・合掌 これ以来「観音さん当番」を設けて毎月16日の「観音さまのお祭り」には掃除、お供えをして翌月にお隣さんに当番が廻っていくようにしています。 市街地からわずか6kmしか離れていない地区なのにこんな古い習慣が今でも残っているのです。 ---------------------------------------------------- さて、この観音堂の敷地内に石仏の「六地蔵さん」が祀ってあり「観音さん当番」は一緒に掃除をすることになっています。 古いものらしくかろうじて※「宝暦12年」が読める程度です。 ※1751年から1763年までの期間を指す江戸中期、将軍は徳川家重、徳川家治。 ところが事もあろうことか、私が自治会長になった今春、風雨に曝された「六地蔵さん」の整備計画の話が持ち上がってきたのです。やれやれ・・・・ 随分と最初から前置きが長すぎたですね ------------------------------------ これからが本題に入ります 随分と下手な長談義で失礼致しました。 次回は早めにUPしますのでお立ち寄りくださいね お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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