テーマ:猛暑(189)
カテゴリ:歴史を語る
永らくこのブログも夏休みとなってしまったようです。
写真を張り込んで簡単な注釈で今月の感想としましたので写真だけでもご覧ください。 ーーーーーーーーーーー 久し振りの猛暑日が2日続いたと思ったら本日は急に涼しくなった。 それまでは、西日本は猛暑日の連続の日照りで毎日の水かけに追われていました。 梅雨明け以来一度の夕立の降雨もなく3週間ぶりに10mm程度の降雨となった8/15撮 が「焼け石に水」夏野菜にまで手が回らない。 朝食後、少しだけ柴犬と運動をと思っていても8時半からオリンピック中継となりそのまま居座って観戦・・・・そんな毎日が続いた。 競技で興味の度合いも違うのだが、楽しませてもらったのは水泳、体操、卓球、陸上400リレー、睡眠不足が続きました・・・ 一方、国内は高校野球でTVはスポーツだらけ! 日中は焼けつくような猛暑で誰も外出姿はみかけない かっての市内の繁華街も今では閑古鳥が鳴いてゴーストタウン、ただひたすら車だけの往来がみかける程度で賑やかな光景は既に過去の懐かしい思い出になってしまいました。 一方、東日本は1週間に3つの台風襲来で特に北海道は河川の増水氾濫で浸かった町も多かったようだ。 ーーーーーーーーーーーーー <何かしようかな・・・> 猛暑、熱帯夜の8月だったが、お盆の提灯を土蔵に収納しようとしたら不要な蓋付の空箱が無造作に片隅に放置してあった。 焼却しようとしたが、それでもお先祖様からのお預り物と考え直して虫くいの蓋は処分してアクリル板(これも再利用)加工して部品入れを作成 プラシチック等の計量ジョッキです。蓋がないとゴミが付着し燃料、噴霧器故障の原因ともなります。 こんなことをしないでも、ホームセンタに出かけたら手ごろな収納函があるのですがね。 これもお盆だったからでしょうかね(笑) ついでに在り合わせの廃材で2段棚を作りました。 孫(小学校1年生)の颯真も釘打ちの練習です、さすがに男ですね、私の真似をやろうとします。 「危ないから止めろ!」ならだれでも言えます、しかし丁寧に教えてやれば熱心に学ぼうとします <語り継ごう>美保関事件 昭和2年8/24、島根県美保関沖東北東32kmで海軍史上空前の大事故が起きた。 深夜の無灯火での演習中、駆逐艦「わらび」に巡洋艦「神通」が激突し大破、わずか2分で沈没して120名の水兵が犠牲者となった。後に「海の八甲田山」と云われた。 それ以来、戦前、戦後ずっと今まで慰霊祭が行われています。 <激突した神通>WEBより 沈没した「わらび」は今もなお120m海底に眠っています ※この美保湾が選ばれた理由は佐世保、舞鶴軍港からの中間点にあり、島々が点在しないこの場所が訓練の最適地であった。 <美保関のかなたへ>著者「五十嵐 邁」氏は沈没した「わらび艦長」の長男で当時3歳であった。 特に世界的なチョウ類研究者として著名な方です(1924〜2008年) 美保関事件 <参考文献> ・五十嵐邁 『黒き日本海に消ゆ 海軍・美保関遭難事件』 講談社、1978年11月。 ・再版:『美保関のかなたへ―日本海軍特秘遭難事件』 角川ソフィア文庫、2005年 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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