2010/01/16(土)22:59
「わたしを離さないで」 カズオ・イシグロ
優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく─全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。
<感想> ★★★★★
カズオ・イシグロを読むのは『日の名残り』以来二作目になりますが、本書
もたいへん読みやすい作品でした。 前に英作品は米作品と比較すると
読みにくいと書きましたが、それって翻訳のせいかなぁ~と思いました。
米作品ではなく英作品をチョイスする読者の嗜好を踏まえる訳というのが
あるような気がします。 そのあたりを私は苦手と感じるのかもしれません。
一方で、本書の訳者である土屋政雄さんはカズオ・イシグロをチョイスす
る読者の嗜好を踏まえて訳しているように思います。
さて、本書は主人公の回想シーンからはじまります。 読んでいるとビミョー
な違和感を覚えますが、それは本筋に入ってからも解消することはありま
せん。 読者はその違和感の正体を見極めようと頁を進めていくわけです
が、気がつくと寄宿舎で暮らす子供たちの世界にどっぷりつかっています。
それってもしかして・・?という想像がつくころ違和感の正体が明らかにな
ります。 しかし、それはあくまで少しずつです。 メインキャラクターの子
供たちも同様に少しずつ真実を知るようになります。 それは私たちが少
しずつ大人の世界を知って行った過程と異なることはありません。 しかし、
子供たちが知る真実はあまりにも過酷です。
これ以上書くとネタばれになってしまいますが、本書は単に少女を主人公
にした成長物語としても一級品です。 特に、単行本の表紙で使われてい
るカセットテープのエピソードは秀逸で、じんわりと胸に響いてきます。
現在でも絶滅が危惧されるカセットテープですが、本書は「カセットテープ
ってなに?」という時代になっても残る要素を兼ね備えてるように思います。
新しいブリティッシュスタンダード。 一読の価値はあります。