昼ドラHolic ~美しい罠~

2006/11/12(日)16:29

槐目線で見る『美しい罠』/第12話「向けられた銃口」1/2

昼ドラ(87)

向けられた銃口が鈍く光る。 不破はすぐにでもその引き金を引きそうな勢いで言った。 「お前らはいったいどういう関係だ。洗いざらい話してみろ!脅しじゃないぞ。 手入れ中の銃が暴発したと警察に言ってのけるくらい俺には屁じゃない。どっちからだ?」 俺に、そして類子にと順番に銃口が向けられた。 その様子を見てレイさんが不敵な笑みを浮かべる。 ・・・冗談じゃない!この男は本当に引き金を引くだろう。 俺達のような使用人など、虫けら同然に思っている男だ。 どうしたらいい?どうしたらこの場を切り抜けられる?! ・・・そうだ。とりあえず謝ってしまえ。 膝を付いて足元を見て、10秒数えれば済むことだ。 いつものように、さっさと謝ればこの男はすぐに納得するだろう。 俺が口を開こうとしたその時、類子が先に言葉を発した。 「申し上げます。実は・・・実は、沢木さんにプロポーズされました」 その言葉に不破が、そしてレイさんが驚く。 俺も思わず目を見開いて類子を見た。 類子は臆せず真っ直ぐに不破を見ていた。 この間の葉巻の件もある。この言葉も何か策があってのことだろう。 ・・・類子に任せてみよう。きっと、大丈夫だ。 不破「と言うことは、結婚を申し込まれたということか?」 類子「出来れば人前では申し上げたくは無かったのですが」 不破「いつだ」 類子「夕べです。突然だったので驚きましたが。 でも、今は結婚なんて考えられないと気持ちを正直にお伝えしまた」 不破が銃を置き、俺に聞いた。「本当か」 槐「・・・はい」 不破「しかし、意外だな。お前が結婚を口にする男とは」 槐「自分でも少々驚いてます。ですが、敬吾さんが婚約されたと聞いて 私ももう31ですし、家族が欲しくなりました。 ・・・ですが、それは表向きの話。 結婚を口にすれば、女はどういう反応をするか試してみたかったんです。 私もだんな様と同様、この看護師の高慢な態度には不快を感じていましたから」 レイ「なんだか怪しいわね。もっと何かあるんじゃないの?」 俺はその言葉を遮るように続けた。 「女性の前で失礼ですが、私の生活に女性が入り込むのは はっきり言って衛生上の必要からでしかありません。 いわば、歯ブラシのようなもの。だから始終取り替える必要がある」 その言葉を聞くと、類子は俺の頬を平手で打った。 「もう結構よ!そこまで貴方に侮辱されるいわれはないわ!」 類子は肩を震わせ、怒った様子で部屋を出て行った。 不破が高笑いをする。 「あの女をああまで怒らせるとは、槐、お前もなかなかやるじゃないか!」 打たれた頬に手を当て、俺も笑みを浮かべた。 俺は心の中で思う。 さすが類子だ。頬を打つその手も、決して緩めはしない・・・ その夜俺は自分の部屋で、実にいい気分で酒を呑んだ。 ふと星空が見たくなり、グラスを持ったままテラスへと出る。 星空を見ながら俺は今日の出来事を思い返した。 祝杯には早すぎるが、あの場を無事切り抜けることが出来た類子の機転、 その力を信じられた事が俺には嬉しかった。 と、そこに類子から電話がかかって来る。 類子「槐。気分はどう?」 槐「一時はどうなる事かと思いました。 しかし、私にプロポーズされたなんて、咄嗟によくあんな嘘をつけるものだ」 類子「貴方こそ。女を歯ブラシ扱いするなんて。嘘というより貴方の本心ね」 槐「それでもかなり上品に言ったつもりですよ。それにしても、 なぜ不破が我々の仲を怪しんだりしたのか。今後はもっと気をつけた方が良さそうだ」  類子「そうね。・・・でも、私達、お互い良いパートナーだと思わない?」 槐「当然です。だからあなたと手を組んだ。ではまた連絡します」 電話を切ると、俺は再びテーブルの上のグラスを手にしようとした。 その時、誰かがそのグラスを横取りするように取り上げた。 振り返ると、レイさんが微笑みを浮かべて俺に笑い掛けていた。 レイ「さっきは上手く逃げたわね。あのナースとは本当に何でもないの?」 シルクの部屋着姿を惜しげもなく披露して彼女は俺に微笑みかける。 槐「私は昔から、消毒くさい女は苦手でして」 肩越しに、彼女に腕が首に絡んで来る。 レイ「こういう匂いはどう?」 槐「いい香水ですね。私の給料では買えない」 レイ「歯ブラシは買い換えられるのに?」 槐「あまり虐めないでください」 レイさんの手から酒を取り、俺は腕をかわして椅子に座った。 続いて彼女も同じテーブルに着き、細長いパイプをふかしながら話す。 「・・・いいわ。そういえば貴方、昔から澪さんのことが好きだったものね。可哀想に。 敬吾なんかに取られて悔しいでしょう。お金さえあれば敬吾なんかに負けないのに」 槐「とても敬吾の叔母様の言う事とは思えませんが」 レイ「確かに敬吾は姉の子だけど、恒大の血を引く息子でもある。 これがどういうことか分かる? 私にとって人間は、美しいか美しくないか。 手に触れたいか、触れたくないか。そのどちらかだけ。 私はね、敬吾はともかく、恒大が嫌いなのよ。醜いんだもの。存在そのものが嫌い!」 俺のグラスにレイさんがパイプを突き当てると、氷が音を立ててグラスの中で踊った。 彼女は再び、俺の背中から両手を肩に回して言う。 「ねえ。私と手を組んで、恒大の鼻を明かしてやる気はない? 上手くすれば、敬吾から好きな女を奪い取れるかも」 槐「一体、どうやって?」 レイ「聞きたい?」 槐「とりあえずお話をお聞かせ願えますか。それから考えたい」 レイさんは口元に笑みを浮かべた。 「私の加奈子を恒大さんと結婚させられる可能性が出てきたのよ。その鍵は、子供」 槐「・・・子供?」 レイ「ええ。恒大はね、自分の子供を産んだ女は誰でもすぐに妻にすると言ったの。知ってた?」 勿論、類子に聞いて知っていたが俺はいつものように嘯いた。 「いいえ、初耳です」 レイ「ところが加奈子ったら、恒大と寝るのは我慢できても あの男の子供まで産むのは嫌って言い張るの。でも、貴方の子供なら産んでもいいって言うの」 槐「・・・私の?」 レイ「産まれた子供はもちろん恒大の子だって言い張るわ。 DNA鑑定だって、秘書の貴方がついてればサンプルをごまかすくらいどうってことない」 槐「いろいろ考えてるんですね。 それで、加奈子さんがめでたくだんな様の妻になったとして、私はどうなるんです?」 レイ「それなりの報酬は払うわ。これでどう?」 彼女はそう言うと、細い人差し指を俺の目の前に立てた。 ・・・1億? 思わず、笑いそうになってしまった。 俺のゲームの取り分は、類子とそれぞれざっと2,30億。 もちろんそれは建前上で、実際は類子の取り分も、ゆくゆくは俺のものになる計算。 なのに、1億くらいで俺を動かそうだなんて、俺も甘く見られたものだ。 レイさんは微笑んで言った。 「いい話でしょ。子種を仕込むだけで1千万よ」 槐「・・・!」 思わず素頓狂な声を出しそうになり、咄嗟に俺は口を押さえた。 レイ「そんなに喜ばなくていいじゃない。 あのグラマラスな体を抱ける上にお金がもらえるのが嬉しいのは分かるけど。 あ、女は間に合ってたんだわね。でも加奈子の体は使い捨てにするには勿体無くてよ」 俺はその時、ふと考えた。 この状況を逆手にとって、上手く加奈子を追い出せないだろうか。 とりあえず、ここはレイさんの味方と思わせておいた方が得策だろう。 相手の手の内を分かってしまえばいくらでも策は練ることが出来る。 間違って本当に不破の子種でも仕込まれたらそれこそ大変だ。 槐「・・・分かりました。前向きに考えます」 レイ「嬉しいわ。早速加奈子に伝えなきゃ。あの子喜ぶわよ」 レイさんはシルクの袖を翻し、嬉しそうに屋内に入って行った。 翌日。 地下室から出て玄関の前を通り掛かると、川嶋さんが俺に声を掛けた。 川嶋「敬吾さんはもういらっしゃってるか? 不破社長が敬吾さんの新しい事業に出資することに決めたから、 挨拶に来るって言ってたのだが」 槐「そう言えば先ほど車の音が。もうサロンにいらしてるかもしれません」 二人で話しながらサロンに入ると、敬吾が俺に向かって声を掛けた。 「槐!お前、結婚話があったんだって?」 俺は思わず、敬吾の隣に座っていた澪を見た。少し悲しそうな表情の澪。 槐「いや、それは誤解で・・・」 俺の言葉を遮ってレイさんが口を挟む。 「看護師の類子さんよ」 澪が更に驚いて目を見開く。 槐「あれは本気じゃないとはっきり・・・」 敬吾「照れるなよ。いいじゃないか。お前にはお似合いだよ」 俺の頬を軽く小突いて敬吾が言う。 「・・・あ。何なら、俺たちと合同で式を挙げるか? どうせ1000人近い客を招待することになる。 お前たちの客が少々紛れ込んだとこで、誰も気にもとめないよ」 「・・・失礼よ敬吾!」澪が立ち上がって怒り気味に言う。 敬吾「何が?」 槐「・・・失礼ですが、仕事がありますので」 俺は川嶋さんに挨拶をしてサロンを出た。 関係ない事だ。 澪が敬吾と結婚しようと、俺が誰と結婚しようと。 俺は自分の全てをゲームに賭けることにしたのだから。 しかし、あの澪の瞳・・・。 澪のあの瞳だけが、僅かに俺の人間らしい部分を蘇らせそうになる。 お願いだから、そんな風に、悲しそうな瞳で俺を見ないでくれ・・・ 地下のワイン蔵に入ると、後から追いかけてきた澪が俺を呼び止めた。 澪「槐!」 足を止めて振り返ると、澪は中に入って来て格子戸を後ろ手に閉めて言った。 「さっきはごめんなさい。敬吾が失礼なことを・・・」 槐「別に気にしてません。そうやって謝られると、かえって気になる」 澪「そういうつもりじゃ・・・でも驚いたわ。 貴方この前、結婚をするつもりはないって言ってたから」 槐「あなたもまだ結婚する気はないと言ってませんでしたか」 澪「そうね・・・その通りよ。でも、貴方のお相手が類子さんでよかったわ。お幸せにね」 槐「澪さんも、敬吾さんとお幸せに」 澪「・・・ありがとう」 寂しそうに、澪はワイン蔵を出て行った。 ・・・これでいい。俺達には最初から何も無かった。 そしてこれからも、何も無い。 (2/2に続く)

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