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久恒啓一

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カテゴリ:カテゴリ未分類
三笠書房のホームページに連載中の、「人物記念館の旅」。
今回は、司馬遼太郎。
全文は、三笠書房ホームページ参照
http://www.mikasashobo.co.jp/column/hisatsune/
----------------------------------------------------------------------
日本史を独力で書き換え、戦後の日本人に誇りと自信を植えつけた司馬遼太郎の記念館を東大阪市に訪ねた。自宅の玄関には「司馬遼太郎(福田)」との表札があり、みどり夫人が住んでいる裏の表札には「福田(司馬)」とあった。
---------------------中略-------------------------------------------

  故人を一度だけ見かけたことがある。大阪のホテルで開かれた、民族学者・梅棹忠夫先生の文化功労者のお祝いの会だった。きらめくような各界著名人の中に、黒と茶をコーディネートした衣服を纏った、あの白髪に黒ブチの眼鏡の司馬遼太郎がいた。会場の中で、一瞬そこだけ光が当っているような錯覚に陥ったことを、今も鮮明に記憶している。

--------------------------------中略--------------
 コンクリの天井部分に雨の「しみ」が浮き出ていた。そのしみは写真で見る竜馬の上半身にそっくりで「竜馬が現れた」と話題になっていて、愉快だった。

 コーヒーを飲みながら受付で買った「以下、無用のことながら」というエッセイ集を読んでいると、あの優しい眼差しの司馬遼太郎が傍らにいるような不思議な柔らかい感覚があった。そして「もっとちゃんと考えな、あかんで」(誰かに言ったことば)という声が聞こえたような気がした。

追加:
金曜日:司馬遼太郎記念館を訪問

・午前中は、東大阪市にある司馬遼太郎記念館を訪問。いい時間を過ごした。
近鉄奈良線の河内小阪という準急の止まる駅で降りて、果物を売る店や食べ物屋のある
昔風のアーケード商店街を歩く。途中で時計屋を見つけて、最近遅れがあってやや
困っていた時計をみてもらうことにした。「2年半換えていなかった電池が原因」
であると職人風の趣のあるご主人に換えてもらう。商店街を抜けて小さな道を
案内に沿って歩くと朝日新聞東大阪支局が目に入る。司馬遼太郎記念館はその隣に
あった。表は「司馬遼太郎(福田)」との表札があり、
みどり夫人が住んでいる裏の表札には「福田(司馬)」とあった。

雑木の繁る庭を歩くとすぐに司馬遼太郎の書斎の前に出た。
写真などでよく見かける書斎で、窓越しに執筆や本を読む姿が浮かんでくるようだ。
ちょっと斜めになって原稿を書くくせがあったとかで、机は手元の側で緩やかに
カーブを描いた変形仕様。万年筆や色鉛筆、ルーペが亡くなった当時を偲ばせる
ように置いてある。
記念館は、建築家の安藤忠夫の設計で、この家の隣に建っている。
地下から一階に向けて有名な大書架があり、2万冊が収納してあるそうだ。
蔵書は4万冊。
司馬遼太郎を一度だけ見かけたとがある。梅棹忠夫先生が文化功労者を
もらったときに、大阪のホテルで祝賀会を開いたことがある。
知的生産の技術研究会の顧問をお願いしているご縁で、参加した。
きらめくような著名人の姿を多く見た。その中に、銀髪に黒ブチ眼鏡の
司馬遼太郎がいた。一瞬会場の中でそこだけ光が当たっているような
錯覚に陥ったことを記憶している。

大書架の下の方にはものを置く台があって、故人のゆかりの品が並んでいる。
推敲用の色鉛筆がとてもカラフル。独特の黒ブチのメガネ、懐中時計。、、、
年譜を見ると72歳で死去するまで、驚くべき量の仕事をこなしたことがわかり
改めてそのエネルギーに敬服した。96年2月12日の死去のあとも、96年8冊、97年4冊、
98年5冊、99年6冊、00年7冊、01年4冊と対談集や書簡集が続々と世に出ている。
「蔵書は司馬遼太郎の頭脳の延長」と誰かが言ったというが、下から
11メートルに及ぶ蔵書や著作を見ていると、圧倒的な迫力で存在が迫って
くるようだ。
コンクリの天井の部分に「しみ」が出ているという。よくみるとそのしみは
坂本龍馬の姿にそっくりだ。龍馬が司馬遼太郎記念館に現れたと話題になって
いるそうだ。
コーヒーを飲みながら記念館で買った「以下、無用のことながら」という
エッセイを読んでいると、司馬遼太郎がそこにいるようで、静かで豊かな時間を
過ごすことができた。
友の会に入る手続きをする。「遼」という冊子が季刊で送られてくるという。
故人とゆかりの著名人のエッセイなど、豊かな内容の冊子であり、毎号が楽しみだ。
地下には150席のホールもあり、「司馬遼太郎の遺した言葉」「時空の旅人」など、
NHKの映像を放映している。わずかな時間だったが、映像を楽しむことができた。

2時間ほどの贅沢な時間を過ごして、八戸ノ里といいう駅に向かう。
こちらは、河内小阪に較べて駅前は風情が乏しい。
「以下、無用のことながら」という文庫を読みながら、近鉄電車で難波に
向かったのだが、その中に「駅前の書店」というエッセイがあった。
私が電池を換えたのはこの日本堂だった。
河内小阪から司馬遼太郎記念館、そして八戸ノ里というルートは正解だったらしい。
この夏は、大いに影響を受けた司馬遼太郎をまた読んでみることにしよう。








Last updated  2006/06/29 11:53:04 AM
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