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久恒啓一

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英雄ナポレオンは1769年にコルシカ島に生まれ、フランス革命で活躍した後、1804年に35歳でフランス皇帝に就任する。1814年にエルバ島に流されるが脱出し再び帝位に就くが百日天下で終わり、セントヘレナ島に流され、1821年に52歳で劇的な生涯を閉じる。
江戸東京博物館で開催された「皇帝戴冠200年記念 ヴェルサイユ宮殿美術館所蔵 ナポレオンとヴェルサイユ展」を観た。太陽王ルイ14世のベルサイユ宮殿は廃墟となっていたが、過去の栄光ある伝統と自らの権力の融合を目指したナポレオンはヴェルサイユを重視し全体の改造計画を夢見るが果たせず、自らと家族のための空間を整備するにとどまっている。ダヴィッド、ジェラール、グロたちのナポレオンをめぐる油彩画、ナポレオンの書斎で使われた家具や家族の住んだ空間、皇妃ジェセフィーヌゆかりの宝飾品、2度目の皇妃であるハプスブルグ家のマリールイーズの調度品、食器、宝飾品など152点が展示されていた。ヴェルサイユ宮殿美術館はナポレオンに関する所蔵では世界有数。

英雄伝・歴史書を好んだ少年時代のブロンズ像、ロベスピエール、断頭台に消えるルイ16世の絵、修道女のような表情をするマリー・アントワネット、ジャコバン派のリーダーを描いた「マラの死」。

ナポレオンの書斎「地形図の間」の再現。簡素で機能的で仕事師を髣髴とさせる書斎。壁布やカーテンはすべて緑色である。緑はナポレオンの好んだ色である。執務をした机は横2m、縦60cmほどだった。椅子はマホガニーで緑の革張り、机もマホガニーで同じく緑の革張り。

グロの描いた「アルコル橋のボナパルト将軍」は決意と自信に満ちて先頭に立つ姿。「ボナパルト、第一統領」出赤い服を着たナポレオンは聡明な眼と引き締まった口元が印象的だ。コレベの「ボナパルトの胸像」は哀愁を帯びた眼を表現している。
ダヴィッドの描いた「サン=ベルナール山からアルプスを越えるボナパルト」は馬が前足を上げた躍動感あふれる絵で、左手は手綱、右手は進む方向を示している有名な絵である。

文化人の肖像では、画家ルノワール、自由主義思想者スタール夫人、文学者・政治家シャトー・ブリアン、カミュ、ドノン、「マラの死」を描いた皇帝の首席画家ダヴィッド。

「ナポレオンとジョセフィーヌの戴冠式」(1804年12月12日)。皇帝35歳、皇妃41歳。「アウステルリッツの戦い」(3帝会戦)、「フリードリッヒ大王の墓の前の皇帝ナポレオン」は墓を見ながら腕を組んで物思いにふける姿を描いている。

8人兄弟の次男であったナポレオンは家族を大切にした。大国との緩衝材として王国をいくつもつくり、家族を王位につけたり、婚姻を行ったりした。それらの国は、イタリア、ザクセン、ヴュルテンベルク、バイエルン、ウエストファリア、オランダなど。兄ジョセフはナポリ王からスペイン王、弟ルイはオランダ王、ジェロームはウエストファリア王など。
「私の光雲は母の子どもに生まれたこと」「私のなしたことは全て母のおかげ」といったマダム・メールの肖像。

グラン・トリアノンの午餐の間」丸いケシの花をあしらった薄い緑色の色調。ここで家族で朝食を摂ったりしたプライベートな空間。ナポレオンは寒がりだった。

1810年には「世継ぎができない」という理由でジョセフィーヌと離婚し、41歳のナポレオンは18歳のオーストリア皇女マリー・ルイーズと結婚しているが、そのときの8000人が招待された結婚式などを描いた作品。授かった子どもと頬を寄せる幸せな父としての絵もあった。


一世の英雄ナポレオンの生涯とその偉業を美術品を中心に辿る豊かな時間となった。
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幕末から明治という時代は、ナポレオンを知った人々によって開かれた。

・吉田松蔭----「那波列翁伝初編」(小関三英)を味読
・佐久間象山--「ナポレオンもかつては私と同じ書生であった」
・徳川慶喜--ナポレオン三世から贈られた軍服、ナポレオン帽。フランス式軍隊。
・西郷隆盛--尊敬する人物。ジョージ・ワシントンとナポレオン・ボナパルト
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ナポレオンの言葉から。


兵士諸君、ピラミッドの頂から、四千年の歴史が諸君を見つめている。

不可能という言葉はフランス語にはない。

天才とは、彼らの世紀を照らして光輝くべく運命づけられた流星である。

愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語る。

最大の危機は勝利の瞬間にある。

宗教なき社会は、羅針盤のない船のようなものである。

人はその制服どおりの人間になる。

約束を破りたくなければ、約束などしないことだ。

私は確かに野心家だった。しかし、それは今までにないほど、偉大で気高い野心だったのである。

私は常に仕事をし、よくよく瞑想をする。私がいつもすべてのことに応えすべてのことに立ち向かおうと待ち構えているように見えるのは、何かを企てる前に、永い間瞑想をし、起こるかもしれないことを予見しているからだ。他の人々にとっては思いがけないと見える場合にも私のいうべきことなすべきことを突如としてひそかに私に啓示してくれるのは、天才ではなく熟慮であり、瞑想なのだ。

戦争においてはいたずらに多くの人間がいても何もならない。一人の人間こそすべてである。

ひとたび戦いを決意したならば、その決意を持続しなければならない。

翌日の戦闘に備えて新鮮な部隊を残しておく将軍は、ほとんど常に敗れる。

将軍とは軍隊の頭であり、一切である。ガリアを征服したのはローマの軍隊ではなく、カエサルである。ローマの入り口で共和国を震え上がらせていたのはカルタゴの軍隊ではなく、ハンニバルである。インダス河のほとりへ赴いたのはマケドニアの軍隊ではなく、アレキサンダー大王である。

いかなる生涯においても、栄光はその最後にしかない。
それにしてもわが生涯は何と言うロマンか!







Last updated  2006/06/24 06:53:50 AM
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