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久恒啓一

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人生は決断の連続である。生きていくということは決めることと同義語であるといっても不思議はない。食事メニュー、旅行先のチョイスから始まって、就職先や、配偶者の選択など、私たちの毎日には決めるということがついて回る。

学生時代、襲ってくるあらゆる問題に対して常に優柔不断な自分がいた。あれにしようかこれにしようかと考え出すと、決めることができなかった。常に迷いの中で苦しんでいた。このとき出合ったのが岡本太郎の「迷ったら自分がダメになる方を選べ。そうするとエネルギーが湧いてくる」という言葉だった。そのときの自分はどちらが「得か損か」という観点から物事をみていたことに気がついた。ダメになる方を選ぶことは出来なかったが、どちらを選んでも選んだ方向で走ればいい、問題は選んだ後であるということがわかって気が楽になった。それ以来、決めるということにあまり苦しさを覚えなくなった。

ビジネスマンになって、同じ問題に出くわした。仕事もまた決断の連続だったのである。小さなグループでもリーダーが受けるプレッシャーは大きい。自分が決めるということは大変だ。いきおい他の人に相談することになる。相談するとその人は次の相談相手を紹介してくれる。次の人はさらに次の人を親切に紹介してくれる。ふと気がつくとぐちゃぐちゃになっていて疲労感だけが残り、決断して挑戦する意欲がしぼんでいるという経験を何度もした。

責任ある立場になった時、根回しや相談をしすぎると蜘蛛の巣にひっかかり身動きがとれなくなるから、人には相談しないことにしようという方針を立てた。自分の責任で決められるなら自分で決めようではないかということだ。

うまく行きそうなときには私たちはあまり迷わない。私たちが迷うのは成功の確率が5分5分前後のときである。あるいは4分6分で不利な場合である。ここで逡巡が始まる。この逡巡はリーダーである自分を抜きに考えている場合が多い。客観的にみてうまくいくかどうかを値踏みしている限り結論は容易にはでない。自分が主体的に関与すれば5分5分は間違いなく成功させられる、4分6分、3分7分で不利でも自分がもっと深く貢献すれば成功する確率が高くなる。そういうことなら躊躇なく決断する。責任を携えて突っ込んでいく。これが決断ということだと気がついたことがある。

自分が決めようとして決められないことなど実際はほとんどないのである。






Last updated  2006/12/27 07:39:46 AM
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