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久恒啓一

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土曜日は一日金沢で過ごす。
朝食前に駅前のホテルから金沢城まで歩く。広い敷地と豊かな緑と歴史の匂いの中を散歩している人が多い。帰りは市場の中の店で刺身定食を食べた。
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河北町にある西田幾太郎記念館を訪ねようと思ったが、思い直した。
金沢には三人の文豪がいる。昨日は泉鏡花記念館(泉鏡花1873-1939年)を訪ねたので、今日は後の二人を訪ねることにした。金沢の二つの川のほとりに立つ記念館を訪ねる。
まず、浅野川に面した場所にある徳田秋声記念館。
徳田秋声は明治・大正・昭和に活躍した、自然主義を標榜した小説家である。
ビデオの中の進藤兼人監督は徳田秋声を女性を中心に描いた作家で、自分たち映像作家に多くの影響を与えたと述べている。徳田の代表作である「縮図」を主人公銀子に似たところのある音羽信子の体当たり演技を描いている。そして機会があったら「仮想人物」を映画化したいとのことである。
女性を書かせたら神様という評価もあるが、川端康成は日本文学は、源氏、西鶴、それから秋声に飛ぶといっている。

「縮図」のモデルとなった小林政子にあてた誓文が秋声の性格を示しているようで面白い。
 1.永久に変心せざる事
 1.絶対の信を置く事
 1.営業上の事に関する限り如何なる
   場合にも彼是意地悪の文句を言わぬ事
  右誓約す
   昭和9年4月  徳田秋声

「生きのびて 又夏草の 目に沁みる」

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次に犀川のほとりにある室生犀星記念館。犀星は1889生まれで1963年に没している。
「現代の日本語によって美の極限の一つを創造したと思はれる」(川端康成)犀星の文学は、多彩で、多作で、その活動範囲は俳句、詩、短歌、小説、随筆、評伝など実に多様である。著書は生涯で150冊に及んでいる。
故郷の犀川の東側のほとりに犀東という漢詩人がいたので、自分は川の西に生まれたので犀西、それを変化させて犀星とした。
「夏の日の匹婦の腹に生まれけり」。妾の子として生まれた自分の運命を詠んだ悲しい句である。犀星は生涯で1750の俳句と4冊の句集、20冊の詩集を出している。

 ふるさとは遠きにありて思うもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて異土の乞食(かたい)となるとても
 帰るところにあるまじや
 ひとり都のゆふぐれに
 ふるさとおもひ涙ぐむ
 そのこころもて
 遠きみやこにかえらばや
 遠きみやこにかえらばや

誰でも一度は耳にしているこの「小景異情 そのニ」の詩は、室生犀星の作品だった。この記念館では、犀星自身肉声でこの詩を聴くことができるコーナーがある。とつとつとした誠実な人柄を思わせる声である。

この詩に感銘を受けた3つ年上の萩原朔太郎との生涯にわたる付き合いが始まる。北原白秋は、この二人の好一対の様子を書き記している。
ビデオでは上品な物言いをする堀多恵子という女性が犀星を語っていた。多恵子は犀星が息子のように可愛がった堀辰雄の妻である。
水が流れていたり、水が湧き出ている様子を描いたモニュメントがあり、犀川を意識したつくりになっている。

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そして最後は、小松空港からほど近い能美市根上町にある松井秀喜ベースボールミュージアムである。私は巨人からメジャーリーガーになって活躍する松井秀喜のファンであるから、このミュージアムに行くのを楽しみにしてきた。大人から子どもまで随分と訪問者が多い。中には外国人もいる。「僕には夢がある。I have a dream.」という言葉がこのミュージアムの正面に掲げられている。入ると最初の写真が目に入る。右打ちの少年がいた。松井は右利きだったのだが、左打ちに変えたのである。ビデオで少年時代からの松井の歴史を追った番組が流れている。最初に現在の松井が登場して挨拶をするが、人柄の出た堂々とした挨拶だった。

・僕は不器用だから、人の一倍練習してやっと追いつける
・日本海の「ような広く深い心と
 白山のような強く動じない心
 僕の原点はここにあります。

松井秀喜の人柄や振る舞い、仕事に感銘を受ける人は多い。
ヤンキースのトーリー監督の言葉があった。
・彼は男の中の男だ
 たとえ不調のときでも全力で試合に集中した。
 野球選手のあるべき姿を教えてくれた。

NY,タイムス
・A star, Modesty included
(慎み深さを兼ね備えたスター)

山下智茂星陵高校野球部監督(甲子園で5打席連続敬遠にあったとき)
・松井はすべて投球に対して
 バットをしっかり構えていました。
 いつでも打てる体勢でいたんですね。
 そして、バットを投げたりしないで
 そっと置いていったんですよ。
・松井は努力の天才

山下昌雄(父)が小学校3年生の秀喜に贈った言葉
・努力できることが才能である

阿久悠の「敗れざる君たちへ」という詩も素晴らしかった。
この詩は探してみたい。

松井のメジャーリーグでの記念すべき打席を実況放送したものを聴くことができた。
ヤンキーススタジアムでのデビュー戦での満塁ホームラン
 「ゴジラ、ニューヨーク、!上陸、ウボ声をあげました」
2003年10月16日「チャンピオンシリーズのレッドソックス最終戦」
 ジャンプした歓喜の同点ホームイン
2004年3月31日
 東京ドームでの開幕戦でのホームラン
これらはずべて見たり聞いたりしてが、聞いていてゾクゾクした。

このミュージアムには、松井がバット一本で勝ち取った数々の記念のものが飾ってある。
メジャーリーガーの帽子、ユニフォーム、バト、球、グラブなどがある。
その名前をみると、ソーサ、ボンズ、ジオンビ、ラミレス、ピアザ、バーニー・ウイリアムズ、マグワイヤ、シュエフィールド、ジーター、ランディ・ジョンソンなど錚々たるメンバーだ。

松井がずっとお世話になっているバットづくりの名人・久保田五十一さんのバットも並べてある。

188センチ、95キロ、O型。握力は右70、左65、足29センチ。
最近の資料によると体重は110キロほどになっている。オフに筋肉トレーニングをした結果というが、テレビでみても体の厚みがわかる。やはり努力家なのだ。

このミュージアムの隣に松井」という札が貼ってある松井の実家があり、その隣に松井秀樹野球の館がある。この館が発展してミュージアムになった。ミュージアムの周りには広い駐車場がある。その周辺は整備された土地や畑である。タクシーの運転手に聞くと周辺の土地をかなり買っているそうだ。ベースボールミュージアムが手狭になったときの準備だろうか。

松井秀喜はいずれ指導者として監督をやることになるだろうが、
その舞台は、巨人かあるいはニューヨークヤンキースか。
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今回の旅では、5人の記念館を訪問した。
泉鏡花、五木寛之、徳田秋声、室生犀星、松井秀喜。
資料や書物を随分買い込んで宅急便で送った。
しばらくは楽しめそうだ。
それを踏まえて改めて訪問記を充実させたい。







Last updated  2007/06/17 08:30:41 AM
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