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久恒啓一

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母が来ているので松島のホテル一の坊で牡蠣料理の昼食をとり、そのホテルの
敷地内にある藤田喬平ガラス美術館を訪問する。帰りに塩釜神社にも寄った。
どちらも結婚式が多かった。

藤田喬平ガラス美術館は、松島の海のほとりに建っていて、ここから眺める
海は実にすばらしい。

1921年生まれの藤田は1976年に日本ガラス工芸協会会長に就任するが、その翌年の
1977年にはイタリアヴェネツイアに渡りガラス制作を始める。このとき、56歳。
「すかっと抜けた地中海気候のヴェニス。同じ赤、同じ青でも、鮮やかさが違う。
自分の色でも日本ではとても使えない色が、割と楽に使えるということがある。」
と述べた藤田は、「ベネツイアの恋」などベニス花瓶などの新作レース文様
ガラス器を次々と発表して新境地を開いていく。

その後、68歳で恩賜賞、日本芸術院賞を受賞、76歳で文化功労者、81歳で文化勲章
と進んでいく。明らかにベニスでのガラス制作が藤田を大きくしたのだが、
この56歳という年齢に興味を覚える。
企業勤務の場合、56歳という年齢は役職定年という時期である。この時期から
一念発起してイタリアのベニスに住み、美校時代から日本の琳派にあこがれた
藤田は、独特の飾ばこ(藤田のドリームボックス)と命名した美しい作品を
つくって世界の耳目を驚かして
いるが、その過去の自分の殻を破っていく姿には感動を覚える。
藤田も中年の危機をこのようにして乗り切って高みに登っていったのである。

「美というものに対しては日本も外国もない。「美しいものは美しい」という
見方があるんだよね」

「ヴェネツイアと松島は似ている。この水と緑の風景は日本における私の
ライフワークの源である」

今度の訪問で4回目になるが、そのつど気づくことがある。
訪れた時の年齢や心境が新しい事実を発見させるようである。


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Last updated  2007/11/18 10:53:30 AM
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