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久恒啓一

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書家としての石川九楊(昭和20年生まれ)の名は知っている。独特の考え方をする異才である。

佐賀で見た明治の元勲・副島種臣の抽象画のような書や、函館を訪ねたときの鴎亭という書家の記念室などで書を見て、「書」という分野に関心を持ったことがある。

石川九楊は、インターネット時代の今日に、横書きが主流となりつつある潮流に敢然と立ち向かう議論を展開している。奔流となって席巻するIT時代への日本人、日本文明からの反論の書である。


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古来、「天」から「地」へ向かう重力と格闘しつつ、縦に文字を書き、言葉を紡ぐことによって日本人の精神は醸成されてきた。日本語を横書きにすることは、英語を縦に綴るのと同じ「愚」である。だが、その愚行が世を席巻したいま、日本人の精神は荒み、崩れつつある。その最大の犠牲者は。言葉習得途上の子どもたちである。ネット社会に狙い撃ちにされる彼らは、日々見えない血を流している。

文化的な意味では人間は言葉であるから、日本とは日本語を指す。この日本語が乱れているのが日本人が。特に子どもたちが崩れている真の原因である。
縦書きでは紙に文字を書く場合、天から地に向けて書くから、全体の中の個を意識しながら書くから、常に適正な自己の位置を確認することができるようになる。

「書く」と「打つ」では脳の使い方に大きな違いがある。「打つ」のは分裂的、否定的に働き、「書く」のは統合的、肯定的に作用する。「秋」と書く場合は春や紅葉を思い浮かべながら書くが、akiとローマ字入力すると分裂し、「空き」がでると否定的に働く。

日本語は、漢字、片仮名、平仮名という三種類の文字を使い分けながら、外来語を取り入れてきた。日本語は書き言葉(文)を中心とする言語であり、アルファベットを使う言葉は、話し言葉(言)を中心とする言葉であり成り立ちが違う。

日本語、特にひらがなは横に書くようにつくられてはいない。
縦書きは、歴史や社会とともにある自分という形の文体が多く、横書きでは「私」を中心とした文体になる傾向がある。横書きは、です・ます調になる傾向があり、縦書きは、だった・と思う調の文体になる傾向がある。
縦書きは理論的で、筋道立てて考えるようになり、横書きは経験的、具体的な題材が多く、身辺雑記的な文章になる。

人間は手である。
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石川九楊は、この本の中で「私自身は、インターネットはもちろんのこと、パソコンを手にしない」と述べているが、書という独自の視点からの主張にはうなづける点も多い。
今後、「日本人とは何か」というテーマが強く意識される時代になっていくと思うが、「書」の観点からの石川九楊の発言も重みを持つようになるのではないか。






Last updated  2008/01/27 09:09:57 AM
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