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テーマ:双子ママの日記♪(1296)
カテゴリ:海外旅行記
1月下旬の旅行記を今頃アップって
少しずつ打ってたんだけど決算などもあって遅くなっちゃった 東日本大震災や原発で大変な時ですが・・・。 自分の記録も兼ねてぼちぼち書いてたけど長くなりそうなので楽しく過ごせた所まで第1弾でアップしますー。 9日間の予定で出発したバリ島ですが、16日間で帰国。 のんびりバカンスとは程遠く、気疲れしに行ったような旅行でした 1月25日(1日目) 出国。機内では絵本を借りたりおもちゃもらったりして愚図ることもなく過ごす。 1人が中々寝てくれなくて、前日の睡眠時間が1時間半で眠くて仕方なかった私、素直に寝てくれたもう一人とうとうとしてた旦那にキレる 7時間半のトランジットはジャカルタ空港を説明出来る位子供達とウロウロ。 伯母さんの会社の人・Kさんが一緒だったからね、交代で荷物を見てる係りをして、子供1人に大人1人が着く感じで自由に行動させました。空港内にトランジット客向けに時間貸ししてるホテルがあって、Kさんが『6時間借りましょうか?以前借りた事ありますけど楽ですよ。』って言ってくれたけど、ここで寝られたらホテルに着いてから寝てもらえない!!!って事で却下。けど長かった…。 Kさん、何度も『全然じっとしてないんですねぇ。こりゃ大変だ・・・!』とつぶやいてました(^_^;) 1月26日(2日目) タクシーチャーターして伯母さんにお香典やお花を頂いた方々への挨拶回り。 皆さんダイビングの会社や旅行会社、飲食店を経営してて、突然訪問したのでお留守の方もいたけど、従業員からの連絡で戻って来てくれたり。 日本からわざわざ挨拶に来てくれた!って事で逆に招待されちゃった感じでした。 スーパーにも寄ってお水やジュースを購入。 1月27日(3日目) 伯母さんと40年来の友人でバリで旅行会社やってる人が、会社の車をガイド付きでホテルまで迎えに寄越してくれました。その人の会社で旦那の知人・Mさん(♀)も合流して、亡くなった日本料理屋やってた方のお宅へお参りに行きました。 ここでもすごく持て成して頂いちゃって、昨日今日で自分達が持ってきた日本からのお土産がしょぼく感じてしまった! バリでは輸入の高級品になっちゃう日本の物メインで、一番大きいスーツケースの半分がお土産だったんだけどねー。 私は亡くなった方の孫にあたる1歳半の子供とうちの子を遊ばせてずっと別室に居ました。 その子のママ(チャイニーズ系)とお手伝いさんも一緒にいたけど、片言の英語での会話は愛想笑いとジェスチャーで余計疲れました(@_@;) ここで上の子はタイヤの付いたおもちゃに体重かけて転び、額を切る 最後にお骨を返した自宅近くのサヌールの海に行って籠の花びらを流してお別れしました。 その後、マッシモでランチ。 ディナーは混み合ってるという人気店だけど、予約してくれてあったしランチ後の時間帯だったのでお客さんも少なかったです。 ここ、メチャクチャ美味しい!気に入っちゃったー! Kさんが夕方帰国の日だったのでホテルへ。Mさんも一緒に来て、翌日からの相談をしたけど… 『午前中は子供達をプールで遊ばせるでしょ?毎日お昼前に迎えに来るよ。』と。 まさかこれで私のストレスがピークになろうとは!!! 1月28日(4日目) 朝食後、ホテルのプールへ。小さいけど清潔なプールで、子供が立った時に顔が出るくらいの浅さの部分もあったし貸切状態でゆっくり遊べました。 Mさんがお迎えに来てくれて、欧米人が良く来る(控え目に言ってたけど、要は私のような縦にも横にも大きいサイズが豊富な)洋服屋さんへ。ここの服は私好みが多くて、あれもこれもイイ!って感じでテンション上がりまくり けど若干サイズが厳しく Mさん、『今はチャイニーズニューイヤーの時期で欧米人少な目だからサイズが揃ってなかったね。』と苦しいフォロー その後中華のランチへ。チャイニーズ系の集団ばかりでお祝いムードで騒ぎまくり。 双子っちが多少騒いでも平気なほどで助かりました。 その後クタのセントロでショッピング。 子供達にはミッキーのビーサンを持ってきてたんだけど、鼻緒が当たる指の間を気にし始めてたし走ったら脱げちゃうので、踵がちゃんと止められるサンダルを購入。 私もミュールで靴ズレが出来てたので、ファスナーで脱ぎ履き出来る夏物パンプスを購入。 バリに行く前、スカイプでMさんにラッシュガードの水着が欲しかったけど高いから普通のを買った、という話をしてて、事前に下見に来て探しといたよと長袖の水着と腕や胴体に装着する浮き輪を勧めてくれました。 内心では子供はすぐサイズ変わるから水着なんて1着買ったらサイズアウトまで買わないよ~、浮き輪も2個持って来てたからそれでいいんだけどなぁと思ってた。 けど強く強く勧められて(下地が出来てない日焼けはバリの日差しじゃ水膨れになるだとか、浮き輪は無しで飛び込んで溺れる危険性があるから装着型の物の方がいいだとか。注:Mさんに子供はいません)まぁいいかと思って買いましたが… ここで思ったのは…バリって物価上がってる!でした。 Mさんが言うには今って日本がデフレで、バリはインフレだからね、 セントロって所詮観光客向けのデパートで、バリの庶民はこんな所で買い物出来ないし。って。 Mさんは2月下旬から日本に一時帰国してるんだけど、その時『日本に行ったら100均行って買い物しまくるよー。』って言ってました。 セントロはクタの海岸と繋がった敷地のデパートなので、Mさんと旦那がお茶してる間に子供達と夕日を見に海岸沿いへ行ったりしてました。 ランチが遅かったし子供達も昼寝してなかったせいかぐずり気味で、夕食は急遽止めにしてホテルに送ってもらいました。 夕食はホテル近くのコンビニで旦那がパンなど買ってきてくれて済ませましたが、私は食欲がなくて食べず。 振り返ってみたら私はこの日から食欲落ちて1日数回の軟便だった… 1月29日(5日目) 朝食後、またホテルのプールへ。前の日に買った長袖水着と装着型の浮き輪を使いました。 が!!!装着型の浮き輪、胴体用×2人分&腕に巻く用×2人分は子供が嫌がって使えず!!! 下の子、浮き輪に掴まって深い所へ行きたがるので浮き輪を押してあげてたら、『あっち行って。』と! 自分でバタ足っぽい事してご機嫌に移動。私が浮き輪を支えてる事に気付くと『ママ、あっち行って。』と 自分で!って主張するのは嬉しいような悲しいような…。 この日はMさんに昨日みたいに昼食が遅くなると夕食も食べ損ねるからプール遊びは11時までにしてね、と言われていたので早々に切り上げ お迎えに来てもらってすぐにランチ。イタリアンのスティッフチリ・サヌールへ。 目の前が海のレストランだから泳ぐ予定で水着持参。 味はお参りの日に行ったマッシモの方がこってり濃厚で好きでした。 旦那はあっさりした物が食べたいとトマトソースを選んでいたからこっちの方が好みだったかも? 食後に旦那とMさんが話してる間、子供達と海沿いの遊歩道をひたすらお散歩。 遊歩道の砂浜じゃない側はお店やレストラン、ホテルが建ち並んでいて、物売りが少ないから気楽にお散歩出来たけど、バリの人って子供が好きだからとにかく話し掛けられます。ほぼ100%『ツインズ?』と。 英語、多少聞き取れるけど頑張らないと上手く話せないので、ここでも愛想笑いと片言の英会話で疲れる…(-.-) その後レストランのシャワースペースを借りて着替え、海で泳ぎました。 旦那、バリの海は汚い(排水とか日本みたいにちゃんと設備整ってない)からと、バリで海に入ったことなかったんだよね。確かに海よりホテルのプールだわ…と思っちゃいました^_^; 子供達が満足したところで次はMさん宅へ。 旦那は元々Mさんの亡主人と知り合い。亡くなる前に数年分まとめて家賃を払ってあったから住んでられるけど、1人で死ぬまでバリに居るかどうかは分からない、かといって日本に家があるわけじゃないし今から働くって言ってもね…って。 収入源はどうしてるか分からないけど、セキュリティ替わりに住み込みのお手伝いさん1人、通いのお手伝いさん1人、運転手1人の計3人雇ってるの。生活は大変そうです。 夕食に中華を食べに行って、下の子がぐずぐずギャン泣きだったので旦那はほぼ食べられず。 子供達も疲労気味だったし私達もMさんとの行動に精神的に疲れてしまって、翌日はホテルで過ごすからとMさんをお断りしました。 ここまでが楽しく過ごせたバリ旅行記。 翌日からはバリでの入院のお話ですぅ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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