NHK・BSP放送「空からのクルージング特別編 ポルトガル・世界遺産を巡る旅」: その3・バターリャ
そして次はこれも訪ねた「バターリャ(ポルトガル語でBatalha)」👈リンク。バターリャは、レイリア県にある地方自治体。中心市街地には、7,500人ほど、そのほかの行政区を含めて、15,000人が居住している。北と西をレイリア県の県都であるレイリアと接し、南東部では、サンタレン県のアルカネナ、南西部は、南西部は、ポルト・ド・モスと接する。バターリャの歴史は、ジョアン1世が1385年8月14日にアルジュバロータの戦いでカスティーリャ王国軍を破ったことを祝して建設したバターリャ修道院とともに始まった。バターリャとは、ポルトガル語で「戦い」を意味する。このバターリャ修道院は、ユネスコの世界遺産に登録されている。聖母マリアに感謝を捧げるため、修道院が建設された。このバターリャ修道院は、ユネスコの世界遺産に登録されている。歴代指揮をとった建築家は15名、100年以上の歳月をかけて築いた。その中でも、6人の建築家の名前(アフォンソ・ドミンゲス、フュゲット、フエルニヤーオ・ド・エヴォラ、マテウス・フェルナンデス、ディエゴ・ボイタック、ジョアン・ド・カスティーリョ)が知られている。また、膨大な人的、物的資源が投入されると同時に、バターリャ修道院の建設を通して、ポルトガルは国内では未知であった建築技術、芸術様式が導入され、独自の発展を遂げた。外観はゴシック様式。バターリャ修道院外壁の石灰岩が時の経過と共に黄土色に変色し、更に雨風に晒される事で黒ずみ、外観からだけでも歴史の重みが感じられ、威容な雰囲気のあるこの修道院。正面の上部窓は幾何学模様のゴシックウィンドウ。西側の広場に面している修道院の入口は、アーチ・ヴォールトの形をとっている。そのヴォールトの中には、78の聖像が飾られている。78体の聖像は6列に分けて並んでおり、それぞれに旧約聖書に登場してくる王、天使、預言者、聖者が天蓋の下に並んでいる。また、ヴォールトから地面へとつながる部分の両脇には、使徒と鎖で縛られた悪魔の彫像がある。加えて、修道院の入口のアーチ・ヴォールトの上部の三角形のような形をしたスペースには、キリストの戴冠の様子が彫刻で施されている。中央扉口左側。使徒と鎖で縛られた悪魔の彫像。中央扉口右側の使徒。ゴシック様式の尖塔。外壁の石灰岩が時の経過と共に黄土色に変色し、更に雨風に晒される事で黒ずみ、外観からだけでも歴史の重みが感じられ、威容な雰囲気のあるこの修道院。2世紀にかけて、15人の建築家が携わり、国内では未知であった様々な建築技術、芸術様式が導入さた事が理解できたのであった。「未完の礼拝堂」は、ジョアン1世の息子のドゥアルテ1世の命でドミンゲスの後を継ぐダヴィ・ウゲットにより着工された。100年ほど工事が続けられたが、1521年に即位したジョアン3世がジェロニモス修道院の建築に集中し、バターリャ礼拝堂の建設を中止したため、未完に終わっている。王の回廊。回廊の装飾はマヌエル様式と呼ばれるポルトガル独自のもの。レースのようにきめこまかに図柄が刻まれている。中庭の緑も美しく。植栽は幾何学的に。回廊の狭間飾り。中央には天球儀、左右にはエンリケ航海王子の十字の紋章が刻まれていた。食堂の入り口の手洗い場を。教会は奥行き80m、高さ32m。ポルトガルで最も古いステンドグラス。 ・・・もどる・・・ ・・・つづく・・・