警視庁本部見学(その1)
この日は2025年12月2日(火)、藤沢地名の会の見学会。(警視庁、国会図書館、国会議事堂)に参加。警視庁の見学会は初めて。小田急線で代々木上原、東京メトロ千代田線に乗り換え、表参道駅へ、半蔵門線に乗り換えて永田町へ、そして有楽町線で桜田門駅へ。4番出口から地上に出ると警視庁本部庁舎の横に出た。時間は集合時間の約30分前の10時過ぎ。「警視庁本部庁舎・Metropolitan Police Departmentt Headquarters」案内板。 少し時間があったので「桜田門」を訪ねることとした。 正面の三角錐に似た白い塔は「日本水準原点(副標)」。日本水準原点👈️リンク とは、日本全国の 標高(高さ)を決めるための基準点 で、「東京湾平均海面」を0mとしたときの基準高さを定めています。本標(本体)は、すぐ近くの 国会前庭(北庭) 内にあるとのこと。役割は、本標が万一損傷した場合に備えた バックアップ(補助基準点)。これが千代田区・北の丸公園(旧 近衛師団司令部跡地)にある 「日本水準原点標庫(にほんすいじゅんげんてん ひょうこ)」。「日本水準原点日本水準原点は、わが国の土地の標高を測定する基準となる点である。明治24年(1891年)5月にこの場所に設置した。日本水準原点の位置は、この建物の中にある台石に取り付けた水晶板の目盛りの零線の中心である。その標高は、明治6年から12年までの東京湾の潮位観測による平均海面から測定したもので、当時24.500メートルと定めた。その後、大正12年(1923年)の関東地震による地殻変動に伴いその標高を24.4140メートルに改正したが、平成23年(2011年)3月11日の東北地方太平洋沖地震による地殻変動に伴い24ミリメートル沈下したため、新たに24.3900メートルに改正した。平成23年10月21日国土地理院」 「桜田門」交差点の手前から「桜田門」を望む。 振り返れば「警視庁本部庁舎」。 航空写真をネットから。屋上にはヘリポートが造られていた。「霞が関中央官庁案内図GOVERNMENT BUILDING GUIDE」 「桜田門」交差点の横断歩道を渡る。 「桜田濠」方向を見る。 この場所が「桜田門外の変」👈️リンク の場所。衆人環視の中で江戸幕府の大老井伊直弼が暗殺されるという、前代未聞の事件が起きたのだ。 桜田門外の変を描いた『安政五戊午年三月三日於テ桜田御門外ニ水府脱士之輩会盟シテ雪中ニ大老彦根侯ヲ襲撃之図』(部分/月岡芳年画) をネットから。「桜田門」に向かって進む。 ① 小さい門(手前側)高麗門(こうらいもん)通路側に先に現れる、屋根付きの比較的コンパクトな門。外敵の侵入をいったん受け止め、動きを制限する役割。城門では「前門」にあたる。② 大きい門(奥側・石垣に囲まれた門)桜田門(さくらだもん)正式には 桝形門(ますがたもん)。石垣で囲まれた方形空間(桝形)の奥に構える主門。江戸城三大門のひとつとして有名。再び「警視庁本部庁舎」を振り返る。警視庁創立100年を記念して1980年に建設された「警視庁本部庁舎」は、東京都を管轄する警察本部として機能しています。地下4階、地上18階建ての庁舎は、110番を受信する通信司令センターや留置施設を設置。建物は、警察庁と警視庁が使用する警察総合庁舎、警察庁本庁が置かれている中央合同庁舎第2号館と隣接しています と。1874(明治7)年、「東京警視庁」が設置され、庁舎は「鍛冶橋」の旧「津山藩松平家上屋敷」(現在の「東京駅」の南端付近)に置かれた。その後、制度や名称の変更を経て、1881(明治14)年より「警視庁」となった。1911(明治44)年、「東京駅」建設のため日比谷へ移転したが、1923(大正12)年の「関東大震災」による火災で焼失、復興時、「桜田門」前に新庁舎を建設し、1931(昭和6)年に竣工した。写真は昭和戦前期の様子で、右奥に「帝国議会議事堂」(現「国会議事堂」)が見える。【画像は昭和戦前期】桜田門橋(さくらだもんきょう)から有楽町駅方向を見る。「重要文化財(建造物)指定 昭和三十六年六月七日旧江戸城 外桜田門(きゅう えどじょう そとさくらだもん)現在この門は桜田門と呼ばれますが、正式には外桜田門といい、本丸に近い内桜田門(桔梗門)に対してこの名か付けられました。古くこの辺りを桜田郷と呼んでいたことに由来します。外側の高麗門と内側の渡櫓門のニ重構造からなり、外枡形という防御性の高い城門で、西の丸防備のため異例の大きさで造られました(三ニ〇坪)。建築されたのは寛永年間(一六ニ四~四四)とされ、現存する門は、寛文三年(一六六三)に再建された門がもとになっています。大正十ニ年(一九ニ三)の関東大震災で破損し、復元されました。万延元年(一八六〇 )三月三日、この門外て大老井伊直弼が水戸藩脱藩士に暗殺されました(桜田門外の変)。」「Sotosakurada-mon Gate of Edo CastleCurrently called Sakurada-mon, this gate is officially named Sotosakurada-mon,soto meaning “outer” as opposed to the “Uchisakurada-mon” or “inner” Gate(Kikyo Gate) near the citadel. These gates were named Sakurada-mon becausethe area was called Sakurada-go (town) in the past.The Sotosakurada-mon Gate has a dual structure consisting of the Korai Gate on theoutside and the Watariyagura Gate on the inside with a square in-between. It covers an exceptionally large area (approx. 1,056 m²) as a highly defensive castle gate for theNishinomaru (west compound). The Sotosakurada-mon Gate was originally built inthe Kanei era (1624 to 1644), while the existing gate is based on a gate reconstructedin 1663. The gate was damaged by the Great Kanto Earthquake in 1923 and repaired it.On March 3, 1860, the Japanese Chief Minister Tairō Ii Naosuke was assassinatedby a group of samurai who seceded the Mito-han feudal state outside of theSotosakurada-mon Gate in an event known as the Sakuradamon Incident.」【旧江戸城 外桜田門現在は桜田門と呼ばれていますが、この門の正式名称は外桜田門です。これは、本丸近くにある「内桜田門(桔梗門)」に対して、「外」を意味する Soto(外)付けられた名称です。これらの門が桜田門と呼ばれるのは、かつてこの一帯が「桜田郷」と呼ばれていたことに由来します。外桜田門は、外側の高麗門と内側の渡櫓門からなる二重構造をもち、その間に枡形の空間を備えています。西の丸を防備するための城門として、非常に防御性が高く、約1,056平方メートルという例外的に大きな規模を有しています。創建は寛永年間(1624~1644年)とされ、現存する門は1663年に再建されたものを基にしています。1923年の関東大震災で損傷を受けましたが、その後修復されました。1860年3月3日、この外桜田門の外で、江戸幕府の大老・井伊直弼が、水戸藩を脱し浪士たちによって暗殺されました。この事件は「桜田門外の変」として知られています。】 高麗門(こうらいもん)を正面から。枡形から外桜田門(そとさくらだもん)を見る。外桜田門を枡形(ますがた)内部から、本丸方向へ見た景観。① 厚い石垣と高い門 両脇の石垣が強く迫り、進路が限定される 敵は横移動できず、集中攻撃を受けやすい構造② 渡櫓門の重厚さ 上部は櫓(やぐら)状で、兵が配置された防御拠点 扉は極めて分厚い板戸で、突破が困難① 扇勾配(おうぎこうばい)の高石垣 下部はゆるく、上部ほど急になる江戸城特有の反り 石の大きさ・形を不規則に組む打込接(うちこみはぎ) よじ登りにくく、崩れにくい防御の要② 渡櫓門の櫓台(白壁部分) 石垣の上に載る門櫓の基壇 白漆喰仕上げで、火災に強く、視認性も高い 小窓は採光兼、内部の見張り用③ 枡形内の“袋小路”感 右に門、左に高石垣で逃げ場がない 上からの攻撃(矢・鉄砲)を想定した圧迫的空間外桜田門の渡櫓門(わたりやぐらもん)を、枡形の内側(城外側)から見た姿。外桜田門の渡櫓門(わたりやぐらもん)を潜って。皇居外苑側から、丸の内・大手町方面を望んだ景観。「皇居外苑 案内図」。 二重橋方向、そして大手町の高層ビル群を見る。正面の坂道を上ると、二重橋が見える場所に辿り着くのだ。引き返して、外桜田門の渡櫓門方向へ。外桜田門・渡櫓門(わたりやぐらもん)を、城内側から見上げて。高麗門(こうらいもん)を潜ると、国会議事堂が見えた。法務省旧本館(中央合同庁舎6号館赤れんが棟)方向を見る。法務省旧本館(中央合同庁舎6号館赤れんが棟)とその先に東京地方裁判所。再び警視庁本部庁舎を。 ・・・つづく・・・