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JINさんの陽蜂農遠日記

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2020.11.11
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カテゴリ:JINさんの農園
この日は10月26日(火)。
江の島の島内の「あるいて。みつけて。ふじさわパブリックアート散歩」に行って来ました。



小田急線で片瀬江ノ島駅に向かう。
今年の5月に新装なった小田急・片瀬江の島駅。



1929(昭和4)年の開業時から「竜宮城スタイル」の駅舎で知られた片瀬江ノ島駅。
新駅舎は2018年2月に着工し、長年親しまれた旧駅舎のイメージを残しつつ、
より「竜宮城らしい」駅に生まれ変わったのだ。



新駅舎の外観は、神社仏閣の技法である”竜宮造り”を採り入れた本格的で品格のある造り
真っ赤な柱と緑の屋根、黄金に輝く竜や、屋根の上には鯱ならぬイルカが。



楼門上層の窓ガラスには、江の島に伝わる「天女と五頭竜(ごずりゅう)」の伝説にちなんで
天女の絵が描かれ、迫力ある竜の像も。



別の場所からズームで「天女」を。



波間から立ち上がる黄金の龍の姿が。



下層のアーチ部分の天井は神奈川県産のヒノキ仕上げで、竜宮城らしく四隅にカメの彫刻が泳ぐ。



改札口横には、新江ノ島水族館とコラボした「クラゲ水槽」が設置されていた。



正面から。



クラゲをズームして撮ったが背景が映り込んで。



更にズームで。



更に・・・。



改札を出た裏側にも。



そして江の島弁天橋に向かって進む。



龍が彫られた巨大灯籠が迎えてくれた。



弁天橋入口にある石碑・「名勝及史跡江ノ島」と
セーリングの帆を形どった2020オリンピック・セーリング会場の記念のモニュメント。
2020年1月5日、ここ弁天橋の袂に記念モニュメントが建てられたのだと。
モニュメントは高さ約2・5mで、テラコッタと呼ばれる焼き物製。セーリングの帆が風を受けた
膨らみや傾きを表現し、帆の中心部には大会エンブレムを焼き付けている。
また、台座は真鶴町の特産品である本小松石が用いられていると。
ここからが江の島弁天橋。



左側に「潮音



「円弧型日時計」といい、日時計作家 小原輝子氏の作。
長洲一二元神奈川県知事の揮毫になる「潮音」という文字が黒御影石に彫られていた。
平成元年4月、藤沢のライオンズクラブが結成15年を記念して建てたものであるとのこと。



日時計の位置は、東経1392911秒、北緯351809秒であると。



「円弧型・日時計
時は形がなく見えません。しかし、私達には確かに時が過ぎていくのが感じられます。
人々は大昔、太陽の動きをつかまえて、とりとめもなく流れる時に区切りをつけました。
それが日時計と時刻です。三角形の石の指針(ノモン)の影を円弧形の石の時刻目盛りで
読んでください。影は止まることなく刻々と動いています。それが宇宙における地球の
雄大な回転なのです。
午前は西側の影、午後には東側の影で真太陽時(ここの太陽による時刻)がわかります。
日本標準時と真太陽時はちがいます。標準時が兵庫県明石市・東経135度で決めてあるからです。
いつも真太陽時が進んでいてその差は毎日ちがっています。左の時差表グラフを見て計算すると
標準時がわかります。湘南海岸にたつ日時計に明るい風が吹き抜けていきます。
太陽と地球と私達、すべてを大切にしたいと思います。」



江ノ島弁天橋を渡り終え、道路の反対側にある江の島北緑地広場(江の島1-1)に到着。
①「弁財天と世界女性群像
東京オリンピック(1964年)記念として作られた。
噴水内、周囲には5体の像が。
作者:加藤顕清氏。
竣工年月日:1964年10月1日
作品材質:ブロンズ



中央に弁財天。



七福神中の紅一点、琵琶を弾く妖艷な姿で現される弁財天(弁才天とも書く)は
福徳・諸芸能上達の神として広く信仰されている。



江の島・辺津宮の境内の八角の堂・奉安殿(ほうあんでん)には、八臂(はっぴ)弁財天と、
日本三大弁財天のひとつとして有名な裸弁財天・妙音(みょうおん)弁財天 が安置されている。
江戸時代には、この江島弁財天への信仰が集まり、江の島詣の人々で大変な賑わいを見せた。
世にいわれる「日本三大弁財天」とは、安芸の宮島、近江の竹生島、江の島の弁財天のこと。



お顔をズームで。鳥の糞?が所々に。



横顔を。



4体の像が「弁財天」を囲んでいた。
西洋:ギリシアの古代女性像。









「湘南港竣工とオリンピック
東京大会ヨット競技開催記念
弁財天と世界女性群像噴水池
弁天の江の島といわれる江の島弁財天は、近江の竹生島、安芸の厳島とともに日本三弁天の
一つであり江の島の象徴であって、この弁財天にちなみ、冥想の弁財天を池の中央に配し
江の島の歴史と文化を表現しこれを囲んで東洋と西洋、古典と現代の四つの像つまり
東洋の古典像は、オリンピック発祥の地ギリシャの古代女性像、これに対し西洋現代像は
優雅な女性裸像と東洋の現代女性像として東南アジア踊り子像をくみあわせこの五体は
オリンピックの五輪を表し世界とその平和親善を表現しヨット競技開催を永久に記念する
ものでこれらはいずれも格調高く気品にみち全体的に美的統一がはかられています。
噴水は弁財天を水のベールにつつみ、昼間は太陽のひかりをあびて七色の虹をいろどり
夜間は水中照明により様々に変化しつつ一層の美観をくわえます。」



「弁財天と世界女性群像噴水池を後世に
この弁財天と世界女性群像噴水池は平成十年第五十三回国民体育大会かながわ・ゆめ国体を機に
江の島北緑地の再整備事業として現在の姿となりました。
当初の位置は現在地より約二十メートル程南側に位置しその景観は左の写真のとおりであります。
弁財天は、発祥地インドではサラスバティーすなわち水の神 音楽の神と云われ
それにふさわしく弁財天を中心として世界女性群像はこの水面の上にたたずみ幾年の歳月を
潮騒の調べにだかれて流れる雲とともにその女性美を水面に映してまいりました。
ここを訪れ散策する多くの人々の心に安らぎと美しき感銘をあたえ静かにいならぶ弁財天と
世界女性群像この五体の彫刻の製作者こそ昭和九年に日本彫刻家境界を創立、造形と精神の
両面にわたる人間性の追求に専念した日本彫刻界の重鎮、加藤顕清氏であります。
氏は晩年を藤沢市ですごし昭和四十四年市内大庭で没した。享年七十二才。ここに氏の
生涯にわたる彫刻美術の偉業に敬意を表し弁財天と世界女性群像噴水池を後世に残すもので
あります。                  平成十二年三月 藤沢市長 山本捷雄」



現代:東南アジアの踊り子像。









東洋:法隆寺の百済観音像。









古典:西洋の女性裸像。







そして同じ江ノ島緑地広場にあった
②「エドワード・S・モース記念碑」。
作者:山本正道氏
竣工年月日:1985年4月14日
作品材質:ブロンズ



大きな御影石にレリーフがはめ込まれた碑。



ブロンズ製の博士と子供たちのレリーフ。



「エドワード・S・モース記念碑 日本近代動物学発祥の地」碑。



「東京大学の初代動物学教授エドワード・S・モースは明治10年(1877)7月から8月末まで
ここ江の島に日本最初の臨海実験書を開き、シャミセンガイなどの研究をしました。」



島内の「江の島 モース臨海実験所推定地」にも立ち寄りました。



「工ドワード・シルベスター・モースは1877年(明治10年) 7月17日~ 8月28日
ここに東洋初の臨海実験所を設け海産動物の研究・指導を行い我が国の近代動物学の
基礎をつくりました。」



そして江の島サムエル・コッキング苑まで足を延ばす。
夜間は、約10000基のキャンドルが灯る「湘南 2020 Candle」が開催中。



昆明広場(春澤園)。中国の昆明市から寄贈されたものであると。
昆明市は、中華人民共和国雲南省の都市。
1981年に藤沢市と友好都市提携を結んだと。
四阿(あずまや)騁碧亭(ていへきてい)の手前にあったのが

③「孔雀彫刻(吉祥永駐)
竣工年:2003年
作品材質:黒御影石



2002年に同市から贈られた像。



三羽の孔雀の家族の姿。



「雲南省においては、孔雀は吉祥のシンボルであり「吉祥永駐」は三羽の孔雀の一家族が、
この世に暖かく、ハーモニーに溢れた雰囲気を作り出し、見る人々に愛情や幸福に対する
追求を引き起こさせ、21世紀が人々にとって平和な発展の世紀であるよう本作品を通し
美しい祈願を込めて凛々たる表現をされたものである。」



「昆明碑記」



「彩雲の南端、眞池(昆明市)の畔、聳え立つ城、名は昆明。
二千年にわたる歴史、優れた人や物が集まり、光り輝く。
眞国王の金印、東寺塔と西寺塔、拓東の古典建築、金馬碧鶏、講武学堂、数多くの古跡、
我が都市の輝かしき足跡を刻む。この景色、天下一品とも言る。
洋々たる眞池、雄大な石林、九郷の鍾乳洞、すべて天の賜り物。四季は寒暑なく、
通年花咲き乱れ、人はここに身を置くと、まるで仙界にいる様である。
この地にニ十六の民族が集まり、純朴な民風、習俗多様、情調が色濃く満ち溢れる。
ここ百年の間、英才を雲の如く輩出、日本国藤沢に寄寓した中国人民音楽家ー聶耳も、
昆明にて生まれ育つ。
占く「西南シルクロード」に遡り、昆明の対外交流は絶え間なく続く。一九八一年、昆
外交流は絶え問なく続く。一九八一年、昆明、藤沢友好都市提携、昆明・藤沢友誼館を
昆明に建設する。壬午の年( 2002年)、昆明市政府は藤沢江の島にて吉祥孔雀を鋳る、
騁碧亭を建て、中日友好が代々にわたる証とし、この石碑を立ち、文を刻み、
これを記とする。」



そして「江の島シーキャンドル」方面に更に進むと右手にあったのが
④「石塔
竣工年:2003年
作品材質:黒御影石



2002年に藤沢市と姉妹都市になった保寧市(ぼりょんし、大韓民国・忠清南道)から
2003年に姉妹都市提携を記念して起草された2本の石塔。



「市の象徴 記念物 内容解説」
上の作品は大韓民國忠淸南道保寧市聖住面聖住里の聖住寺(ソンジュサ)跡にある
聖住寺大朗慧(デナンへ)和尚白月(ペクウォルポグァン)塔碑である。新羅第一の塔碑で
國寶第8號に指定されている。この碑には新羅後期( 780~935 )九山禪門の一つである
聖住山門の開山祖である大朗慧和尚無染(ムヨム)國師の生涯が5120字に及ぶ長文で敍述されて
いるが、文は新羅末期の文豪である孤雲(コウン)崔致遠(チェチウォン)が王様の命令を受けて
撰述し、文字はやはり新羅末期の「三崔」の一人である崔仁○(チェインヨン)が歌陽詢體で
書いた、無染國師が入寂して2年後の眞聖(チンソン)女王4年( 890)、舍利塔を建立する時に
塔碑も一緒に建てられたものと推定される。無染國師は法號が無染であり、俗姓は金である。
太宗(テジョン)武烈王(ムョルワン)が彼の8代租になる新羅哀莊王(エジャンワン) 1年( 800)に
生まれ眞聖女王2年( 888 )に入寂した。13歳で出家して雪嶽山の五色石寺(オセクソクサ)の
法性(ポプソン)禪師にを習い、続いて浮石寺(プソクサ)の釋燈大德(ソクドゥンデク)に
華嚴經を學んだ。憲德王(ホンドクワン) 14年( 822 ) 唐の国に留學し終南山(ジョンナムサン)の
至相寺(チサンサ)で再び華嚴を學にだが、すぐに麻谷寺(マゴクサ)の寶徹(ポチョル)和尚の門下に
入って、禪を問い印可を受けた。寶撤禪師が入寂した後、四方の古蹟と高○大徳を訪ねて長い間
苦行を重ね「東方大菩薩」と呼ばれた。文聖王(ムンソンワン) 7年( 845 )に歸國し、大臣で
ある金昕(キムフン)の懇請で熊川州(ウンチョンジュ)の烏合寺(オハプサ)に駐鯣すると法益を
求める人が大勢集まり禪が盛んになった。このため文聖王は寺の名前を「聖住寺」と改稱して
國師として敬いその後慮康王(ホンガンワン)もやはり國師として敬い禮遇を盡くした。
聖住寺は以後日本書紀にも記録されるほど有名を伽臻になり'また門徒が榮えた。」



「藤沢市・保寧市姉妹都市提携締結
これまで藤沢市と大韓民国との交流は、少年サッカーが1972年から、また、小学生
バスケットボールが1989年からの長きにわたり、いろいろな地域の子どもたちとの交流を通じ、
相互理解と友好を深めてきました。
その中で保寧市とは、2000年から交流が始まりました。
保寧市は大韓民国で最大の海水浴場を有する風光明媚な都市で「農漁業や商工業の盛んな
産業都市」「市内に大学を持つ学園都市」など本市との類似点も多いまちです。
また、2002年は「日韓国民交流年」であると同時に、サッカーワールドカップ日韓共同開催が
歴史的大成功を納めた年でもありました。
この記念すべき2002年11月15日に藤沢市・保寧市が姉妹都市提携の記念として石塔
(記念碑)を寄贈され「江の島コッキング苑保寧広場」に設置されました。
日韓両国は、もともと文化などで共通点の多い国ですから、両市がお互いに発展して
いけるよう、これからもさまざまな分野で交流を進めてまいります。」



こちらは「萬世保寧」と刻まれた石碑。



「昔から豊かな自然環境に惠まれた保寧市は、美しい山々に圍まれ、水のきれいな山紫水明の
地に先祖代々が平安に暮してきたというので、萬世保寧と呼ばれてきた惠みの深い土地で
『萬世保寧』は保寧市の別稱でもある。
書秋史體は朝鮮時代の文臣であり、著名な書家の秋史金正喜のものである。
金正喜は、20歳前後には既に百家の書に通じ、13經に全力を盡くし、特に周易に
造詣が深かったといわれる。
金石、圖書、詩文、篆隷學の書法としても天下にその名が知られている。
彼は漢隷の筆法を研究して楷書に應用し、いわゆる秋史體を創り上げたが、その書體は
平凡な楷書とは比べものにならないほど優れていると語り、まずは文字香・書卷氣を心に
持っことで禮法の基本を備えた者となり、書藝の神訣となる神髓を極めると語った」



そして「江の島シーキャンドル(展望灯台)」を見上げる。



「江の島シーキャンドル」を後にして、下り階段を進んで行く。
途中、江の島ヨットハーバーそして相模湾、三浦半島の景色を楽しむ。



次に訪ねたのが、湘南港の岸壁近くにあった
E 「1964年のオリンピックの聖火台



以前、聖火台は横にあるセンタープロムナードと呼ばれる道の正面にあったが、
工事のためか2015年現在センタープロムナードの脇に置かれているのだと。



五輪のマークと1964と描かれた聖火台。



裏面には
「第18回オリンピック東京大会
THE GAMES OF THE XVIII OLYMPIAD
EUX DE LA XVIII OLYMPIADE
Tokyo, 10TH Oct. - 24TH Oct.,1964
ヨット,YACHTING」
と。



江の島ヨットハーバー。



そして聖天島公園の横の道を進み左に折れ海に向かって進むと、岩場の手前、
右側にあったのが
F 「自由の翼
作者:熊坂兌子氏
竣工年月日:1987年
作品材質:大理石



正面。



裏面。



左斜から。



表面を右斜から。
この大理石には多くのマーブル模様が。



自由の翼



「タイトル:自由の翼<
作者:熊坂兌子
作品解説:
この彫刻は1982年に完成した神奈川県婦人総合センター(当時)に設置されていたもので
施設の老朽化による解体に伴い.2017年に現在の場所に移設されたものです。
「女性よ.元気よく立ち上がれ」との願いを込め、さんさんと輝く湘南の太陽を浴びた
女性が翼をげて力強く大地に立つ姿を表ています。」



センタープロムナード。



その先端はサザエ島と呼ばれている。
さざえ島は1999年に整備された遊歩道と人工島状の高い部分からできていた。
サザエ島周辺はタイドプールになっており、安全に磯遊びを楽しむことができるようだ。
タイドプール(Tide pool)とは、岩礁海岸や干潟の潮間帯において、干潮時に岩や
砂泥底などの底質のくぼみに海水が取り残されてたまったもの。潮だまりとも呼ばれる。





                              ・・・もどる・・・

                  ・・・つづく・・・





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Last updated  2020.11.11 01:12:44
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