2021/01/25(月)07:49
一年に百曲
韓国語を勉強してみようと思ったきっかけは七十七歳から勉強し始めたという友の話を聞いたからだ。小児科の女医をしていた彼女が特別有能だとしても、目や耳が弱くなっているはずなのに、およそ彼女より三十歳も若い自分にやって出来ないということがあるだろうか。
韓国語ができたらいいな、そう思い続けて長いはずなのに、自分にはその能力がないと決めつけていた。韓国小説読書会に入って間もなく韓国語教室の誘いを受けた。咄嗟に両掌パーに力を込め押し出す。小首を小刻みに震わせる。自分には絶対に無理なんだと信じこんでいた。
数年がたち変化が起こる。読書会で一番親しくなった人は八十代女性。彼女が突然詩の翻訳本を出版したのだ。読書会で一番の友達が私ということで出版記念会では彼女の隣に席が用意された。彼女は七十七歳から翻訳家の先生のもとで本格的に勉強し始めた。ご主人を見送ったその年、もし韓国語を始めていなかったらうつ病になっていたと言う。
彼女が翻訳をしたのは震災の只中。家に籠って朝から晩まで辞書を引っ張り作業に集中した。夜になると辞書が膨らんでしまう。電話帳を重ねておもしにして寝る。朝になるともとに戻っている。また一日辞書を引く。「韓国語はボケ防止に最高」彼女の口癖だ。翻訳家先生から電話がきた。「途中からだけど勉強してみませんか」「やります」即答した。既に教科書の三分の一が過ぎた授業に混ざった。その夏、暑かったのか寒かったのか覚えていない。どんなに恥をかいてもしがみついていく。フルタイムで仕事をしている。授業に続けて参加するには睡眠時間を削ることもある。泣きたくなる場面だ。そうこうしながらも長く付き合った者勝ちだ。 忍耐を続けていく中、私は出会った。喜びを見出した。韓国の歌だ。目標は二千曲。今年百曲を歌えるようになった。一年に百曲。二十年で二千曲。この目標は生きる意欲。健康でエネルギッシュに生きるということだ。
できないという信念を砕き大好きに変えたではないか。毎週金曜日は午前午後の授業。そのあと十六時から二十一時まで一人カラオケに行く。水を二リットル持って行く。はじめの二時間は発声練習。とても下手。分岐点を超えると自分の歌に酔う。うまく歌えるようになる。
体を前後に左右にスウィングしながら時々飛び跳ね汗いっぱい。不思議なことに声が枯れない。歌うほどに声が良くでてくれる。一人コンサートをしながら次の一週間もっとがんばるぞと決意をかためる。ラスト三十分というとき歌は最高潮に達している。
これからもっとうまく歌えるのにというところで引き上げる。その時間が励みだ。授業のあとは歌スタジオへ。歌の境地これが脳内モルヒネというものなのか。泣きたい思いは解けていく。負の思いを思い出せない。そんなことはどうでもよくなるのだ。生きている間に朝鮮半島南北縦断の旅をするだろう。
2018年 夏