2015/06/04(木)13:22
自分のいるこの場所で
いつものことなのですが 大学での同窓会の終わった次の日の朝
例えばお布団の中で少しまどろむでしょう?
そのまどろみの中で 同窓のみんなの笑顔、笑い声
構内の美しい風景が心に迫ってきて淋しくなるのですね。
ああ、昨日はみんな傍にいてくれたけれど
今朝はもう、私は1人なんだって。
今もう一度あのキャンパスに戻っても、既にみんなはそれぞれの土地に戻っていて
あと数年待たなければ再びみんなに逢うこともないのだと。
そう、ほんの数時間前までは みんな傍にいたんだよね。
あの頃と変わらず笑いあっていろんなことおしゃべりして。
改めて この大学に進んで本当によかったなと思うんです。
こんなにもかけがえのない友人達に逢うことができた。
・・・そういえば10年ほど前 当時まだ1歳だった娘を連れて
この大学にきたことがあったのですね。
八王子駅からバスに乗って大学まで行くのですが、1歳の娘を抱っこして
バスの中に立っているのはさすがに辛いものがありまして往生していたのです。
そうしましたら 在学生が自分の席を譲ってくださり「どうぞお座り下さい」と。
・・・・本当に有り難かった。
大学に着きましてからも キャンパス内を歩く在学生達が
「荷物をお持ちしましょうか」と、私の重い荷物を持って一緒に歩いてくださり
「お嬢さまと一緒に写真をお撮りしましょう」と 私と娘の写真を撮ってくださったのでした。
この大学の校風は未だ少しも損なわれてはいないのだ・・ととても嬉しく
その時、初夏の頃だったと記憶しておりますが
新緑の美しい大学構内を 少し涙ぐみながら歩いたものでした。
構内には美しい名の付いた道、庭がたくさんあります。
春には桜が咲き誇り 初夏には緑が生い茂り その美しい自然の中、
時には友人と一緒に芝生の上に寝ころんで 高く広い空を見上げたこともありました。
構内の大きな池にも橋が架かり 鳥が憩い魚も悠々と泳いでいます。
・・・私たちは何と美しい教育環境の中にいたことだろうと
改めて創立者に対し感謝の思いでいっぱいになるのです。
鉄塔のすぐ下に「○子桃」という花桃の木があります。
これは 当時私たちが4年生になったばかりの春に
交通事故で亡くなったクラスメートの木なのです。
クラスメートを偲び 大学の創立者が植樹してくださいました。
私たち教育学部14期生はこの鉄塔の下を通り過ぎるとき、必ずこの「○子桃」を想います。
私自身、このクラスメートには思い出があるのです。
彼女が亡くなって数ヶ月経った頃でしょうか 大学の図書館で教育関連の本を探しておりまして
ふと、ある一冊の本に紙片が挟んであるのに気付きました。
その紙片を見てみますと それは大学で行われた何かの会合の入場券だったらしく
氏名を書く欄に彼女の名が書かれてあったのです。
生前、彼女もこの本を手に取り その時手元にあった入場券を大事なページに挟み
おそらくはそのままになっていたものでしょう。
・・・・・私は思わず その入場券の裏側に書きつけました。
「この入場券は 昭和○○年○月にお亡くなりになった○子さんのものです。
この入場券には彼女の手書きの文字が遺されています。
あなたにお願いがあります。この入場券を決して捨てないでください。
このまま、この本にずっと挟んでおいてください。
彼女が確かにこの大学に在学していたという思い出の品です。
彼女と同じ14期生からの心からのお願いです。」
おそらくは今後、この本をたくさんの後輩が手に取ることでしょう。
そして私と同じくこの挟まれた紙片に気付くことでしょう。
そのときに、何の気無しにこの紙片を捨てることのないよう
彼女が確かにこのキャンパスにいたという記憶を消さぬよう、
これから続く後輩達にお願いしたかったのです。
・・・41歳ともなりますと 友人達の訃報が入るようになります。
2002年には同じ教育学部生だった2人の友人が病で亡くなりました。
その前の年には1人、交通事故で。
1984年春、希望に胸をふくらませてこのキャンパスに集い記念の写真におさまった友人達が
1人また1人とこの世を去っていきます。
もう二度と全員が揃うことはありません。
時折、23年前の春の 入学式のことを想うことがあります。
皆緊張し、真新しいスーツに身を包み
大学の体育館内で肩を組んで学生歌を歌いました。
同じ教育学部でありましても 仲の好かった人、さほど交流のなかった人、
おそらくは一度も言葉を交わすことのなかった人もいることと思います。
他の学部ともなりますとますますそのつながりも薄いことでしょう。
けれど同じ年の春にこのキャンパスに集い
同じ年月を過ごしたという思い出は消えることはありません。
学部は違いますが 同じ14期生だということだけで連帯感が生まれます。
これから先 本当にいろいろなことがあるでしょう。
悲しいことも辛いことも。
けれど 「私は何があっても君たちを守る」との大学創立者のお言葉を胸に
自分のいるこの場所で精一杯生きていくだけです。
全国に散らばる同窓の友に想いを馳せつつ
そして 私たちの後に続く後輩たちの幸せを祈りつつ。