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とうとう、火山まで。。。
被害は、数千人か。。。 地震と津波に続き火山が噴火、生存者発見は時間との戦いに インドネシア (CNN) 地震と津波で壊滅的な被害が出たインドネシア中部スラウェシ島で3日、被災地の北部にある火山が噴火した。噴火による被害は確認されていないものの、地震と津波による死者は同日までに1407人に増え、捜索救助活動は時間との戦いになっている。 災害対策当局によると、スラウェシ島北部にあるソプタン山は現地時間の3日午前8時ごろに噴火し、上空4キロの高さにまで噴煙が上がった。 ただ、現地の空港は今のところ営業を続けており、住民の避難が必要な事態にはなっていない。地震と津波の被災者の捜索救助活動にも現時点で支障は出ていないという。 噴火を受けて当局は警戒レベルを引き上げ、半径4キロ以内を危険区域に指定した。 同島では9月28日に起きた地震で津波が発生。生存者発見の限界とされる発生から7日目の期限まであと2日に迫る中、捜索救助隊はがれきをかき分けて生存者を探す活動を続けている。 被災者は推計240万人に上り、うち6万1000人が住む場所を失った。 被災地には航空機や船舶を使って食糧などの支援物資が届けられ、これまでに29カ国が援助を申し出ている。支援物資の略奪なども相次いでおり、国家警察は2日、49人を窃盗容疑で逮捕したことを明らかにした。 ジョコ大統領は3日に再び被災地を訪れ、復興に向けて経済活動を正常に戻すことが重要だとの認識を示した。 専門家は、今回の地震と噴火が関係している可能性を指摘している。 インドネシア地震、死者は数千人の恐れ 5日で1週間、被害全容見えず 4日、インドネシア・スラウェシ島パルの空港で、支援物資の分配作業を手伝うインドネシア軍の隊員ら(AP) 【ポソ(スラウェシ島中部)=吉村英輝】インドネシア・スラウェシ島を襲った地震の発生から、5日で1週間となる。先月28日の金曜午後6時過ぎ、マグニチュード(M)7.5の揺れが、だんらんの時間を迎えた家族らを切り裂いた。国家災害対策庁は4日、死者が1424人、行方不明者数は114人と発表したが、死者は最終的に「数千人に達する」(カラ副大統領)恐れがあり、被害の全容は把握できていない。 被害は、中スラウェシ州の州都パルとその周辺に集中。津波の高さが6メートル以上に及んだ沿岸部では、がれきの撤去作業が4日も続いた。連日の強い日差しで気温は30度超。作業員や家族はマスク越しに、険しい表情を見せた。 津波は、パルで開催予定だった祭りの準備行事に参加した、多くの家族連れも飲み込んだ。遺族男性は「警報も情報もなかった」と憤る。国家災害対策庁は3日、同国周辺に設置した22基の津波観測用ブイが、故障などで全て作動しなかったと発表。死者・不明者が22万人を超えた、2004年のスマトラ沖地震の教訓は生かされなかった。 パル周辺では脱獄も発生し、略奪が横行。食料を求める被災者の脱出が続く。2度目の視察へ3日に現地入りしたジョコ大統領は「重機も入り、十分ではないが物資も届き始めている」と忍耐を呼びかけた。また、「経済活動の再開」を州知事らに指示した。 被害が集中したパル市内では4日、一部銀行に加え、市場が半日だけ再開し、少量ながら野菜なども震災後初めて並んだ。 被災前の5倍の価格のガソリンを求め、給油待ちの車列は5時間以上だ。ただ、震源に近い被災地ドンガラには4日、タンカーも到着。車で7時間離れたポソからは、資材を乗せた車両が昼夜、パルに向かって列をなしている。 ジョコ氏は1日、国際援助の受け入れを表明。4日には、支援物資を積んだシンガポールの輸送機がパルの空港に到着した。自衛隊の輸送機も3日夜に日本を出発し、6日にパルへの物資輸送を開始予定。20カ国以上が支援表明している。 インドネシア地震 震源地近くの街の集落、津波で消える インドネシア・スラウェシ島を襲った地震と津波で、被害が集中した中スラウェシ州の州都パルより震源地に近く、道路と通信の遮断により被災状況が不明だった同州ドンガラに3日、入った。同州のカスマン・ラサ地区長は産経新聞の取材に、同日までにドンガラで確認された死者は156人で、多数が津波に流され行方不明になっていることを明らかにした。沿岸の10集落が津波に襲われたという。 ■沿岸は壊滅的状況 パルから約35キロのドンガラ。慌ただしくがれきなどがかたづけられた沿岸の道路を行くと、家の土台だけを残し、壊滅的な状況の沿岸集落が次々に現れた。土埃の中、住民らが箱を抱え、沿道で車やバイクに食料や現金の寄付を募っていた。 そのひとり、主婦のイスマワティさん(35)は、自宅で地震に遭い、直後に足元の海水に気づいた。急いで裏山に逃げ、家族5人は無事だった。「また家を建て、漁師の夫と生活を取り戻したい」。この集落の80世帯が同じ状況で、4人が死亡、多くが行方不明になっているという。 ■30万人、高台へ カスマン氏によると、地震で通信が途絶え、職員は無線とバイクで被災状況を調査。衛星通信設備を立ち上げ関係各所に報告ができたのは1日になってから。住民約30万人のほとんどが、地震直後に「より高台へ」と山に登り2夜を過ごしていたため、被害の把握にも時間を要したという。 家屋3千棟に被害がでたというが、住宅街などは壁が崩落する程度で、パルより被害は限定的にみえた。ただ、水も電気も止まったままで、非常事態が続いていることには変わらない。 道が通じるようになった3日、ドンガラには、リニ国営企業相が閣僚として初めて入り、作業員を激励した。(ドンガラ 吉村英輝、写真も) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Oct 4, 2018 10:06:41 PM
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