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2019.06.04
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カテゴリ:格闘技
デビューから、ずっと見ていました。。。

本当に残念。。。

志半ばで。。。それもチャンピオンのまま勝ち逃げ。。。

天国で、三沢さんに怒られるぞ!!



御冥福を、お祈りいたします。。。。




青木 篤志(あおき あつし、1977年9月25日 - 2019年6月3日)は、日本のプロレスラー。元自衛官。東京都大田区出身。


高校時代からアマチュアレスリングで活躍。陸上自衛隊(市ヶ谷第32普通科連隊、朝霞駐屯地、青森第5普通科連隊)時代の2000年には、全国社会人オープンレスリング選手権大会69kg級で優勝する。2005年5月、プロレスリング・ノアに入門。秋山準の付き人となった。

プロレスリング・ノア
2005年12月24日に行われた年末興行でデビュー。当時同じく新人だった太田圭則と組み、三沢光晴&田上明組と対戦した。

2006年、スターネスに加入。

2007年12月23日の「SEMful Gift in Differ '07」での秋山との対戦を皮切りに、「青木篤志“閃光十番勝負”」が組まれた。その後、デイビー・リチャーズに勝利するもKENTA、ブライアン・ダニエルソン、小川良成、カズ・ハヤシ、金丸義信、獣神サンダー・ライガー、丸藤正道、2010年2月28日の鈴木みのるの順に敗れ、1勝9敗で終了した。

2009年、新日本プロレス「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」に出場。初戦でタイガーマスクに敗れたものの決勝トーナメント出場を果たし、ベスト4に食い込む。

2010年5月23日、新潟市体育館で行われたAAA世界タッグ選手権で王者組の森嶋猛・石森太二に潮﨑豪とのタッグで勝利し、AAA世界タッグ王座(第6代)を獲得した。同年6月6日、メキシコシティで行われたトリプレマニア18にて、AAA世界タッグ選手権(4WAY MATCH)に敗れ、王座から陥落した。

同年7月11日、新日本プロレス後楽園ホール大会において、プリンス・デヴィットが保持するIWGPジュニアヘビー級王座に初挑戦するも、ブラディサンデーで敗れた。同年10月、第4回日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦にKENTAとタッグを組んで出場し、殆どの試合を自らがフォールを決めるなどしてKENTA以上の活躍をして[独自研究?]優勝。

同年11月23日、後楽園ホール大会において金本浩二&タイガーマスク組が持つGHCジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦するも敗退。同年12月24日、ディファ有明大会にてパートナーを丸藤にして再度挑戦し、金本からアサルト・ポイントで勝利を収め、初のGHCタイトルを戴冠した。丸藤とのタッグで2度防衛に成功するが、丸藤が負傷で長期欠場することになり、これに伴って王座を返上。

2011年4月に鈴木鼓太郎、石森と「ANTI NO MERCY UNION(ANMU)」を結成し、金丸やKENTAら「NO MERCY」との抗争にかかる。5月25日に鼓太郎とタッグを組んで空位となっていたGHCジュニアヘビー級タッグの王座決定戦に臨むが、金丸&KENTA組に敗れた。8月24日のリターンマッチに敗れるものの、10月16日の2度目のリターンマッチで金丸&KENTA組から王座奪取。以後、2012年7月22日にスペル・クレイジー&リッキー・マルビン組に敗れて王座陥落するまで7度の防衛に成功した。

鼓太郎とGHCジュニアタッグ王座を保持している2012年3月には、秋山軍(後のS・A・T)に加入。12月、年内をもってプロレスリング・ノア退団が会社より発表。12月24日ディファ有明大会を最後にノアを退団した。

全日本プロレス

2016年
2013年1月に行われた決起集会で、小橋からバーニングを託された秋山をリーダーに、潮崎、金丸、鼓太郎で再結成した。1月26日、全日本プロレス「2013新春シャイニング・シリーズ」の最終戦に5人で来場し、参戦する事が発表された[2]。4月には鼓太郎とともに、アジアタッグ王座を戴冠。

同年7月5日、全日本プロレスに正式入団。11月より潮﨑、鼓太郎と「Xceed」を結成するも、翌2014年2月にはXceedを脱退。

2014年、ウルティモ・ドラゴンのマスクを剥ぎ、世界ジュニアヘビー級王座挑戦を要求。5月16日、後楽園ホールで行われた「2014スーパーパワーシリーズ開幕戦」にて、ウルティモvs青木vs佐藤光留の世界ジュニア王座次期挑戦者査定3ウェイマッチ30分1本勝負を行ない、アサルト・ポイントで佐藤からフォールを奪い勝利。これに青木が「文句はないだろう?」とウルティモにアピールした。これに対しウルティモは、「このベルト賭けておまえとやろうじゃないか!」と受諾[3]。5月29日、後楽園ホールで行われた選手権試合にて、ウルティモ・ドラゴンを変形腕ひしぎ逆十字固めで破り、第37代世界ジュニアヘビー級王者となる。

7月27日、エボリューションに加入。加入後はやる気のない他選手の批判を続け、佐藤とのタッグでJr. TAG BATTLE OF GLORYに優勝、世界最強タッグ決定リーグ戦出場を果たした。ジュニアヘビー級同士のタッグでありながら、超ヘビー級戦士たちを相手に一歩も引かない戦いを見せた。[独自研究?]

2015年には2年連続でJr. BATTLE OF GLORYに出場、準優勝に終わる。3月27日には鼓太郎に敗れ、世界ジュニアヘビー級王座から陥落(防衛5回)。5月21日にはかねてから舌戦を展開していたXceed・宮原健斗とのシングルマッチに挑んだ。試合は両者持てる技術をフルに使っていたが、試合終盤の宮原のニーリフトを後頭部にまともに食らい、立ち上がれなくなったところでレフェリーストップとなりKO負けを喫した。また、6月4日のエボリューション対Xceedのキャプテンフォールマッチで、キャプテンの諏訪魔が宮原からフォールを取られ負けてしまうが、7月8日のキャプテンフォールマッチ再戦では、青木が相手チームキャプテンの潮崎からアサルトポイントでフォールを奪った。試合後に最終戦でジョー・ドーリングと組んでの世界タッグ王座挑戦をアピールし、7月25日後楽園ホール大会にて潮崎・宮原組の持つ王座に挑戦するが敗退。しかし試合後にはジュニアヘビー級でありながらヘビー級選手に混ざって存在感を発揮したことに喝采が送られた。[独自研究?]

同年6月27日、ハードヒットに参戦し、中学時代の同級生和田拓也と10分1本勝負を行う。結果は10分時間切れとなったが残りロストポイント2-1で勝利した。11月7日、ハードヒットにてダン・セオドアとユニファイドルール・3分1ラウンドで対戦。結果は引き分け。

2016年から2019年まで
2016年1月3日、佐藤光留プロデュースハードヒットルール「隊長vs組長」と題された試合にて、藤原喜明と対戦。試合内容は中盤から藤原が打撃禁止のルールを破り頭突き攻撃を行うなど躍動、高度な腕の極め合いを見せたところで時間切れ引き分けとなった。

同年2月、ドイツ・ベルリンで開催される『GLOBAL WARNING』に、アジア代表として5日 - 6日と連続参戦。またJr. BATTLE OF GLORYで、Bブロック1位橋本和樹の負傷欠場を受け、丸山敦との挑戦者決定戦を勝ち上がってきた佐藤光留と決勝戦を争い勝利。優勝とともに第39代世界ジュニアヘビー級王者となる。また2月28日にはハードヒットに参戦、大江慎を相手にシュートボクシングルールで対戦し引き分け。

同年4月、チャンピオン・カーニバルに出場予定だったジョー・ドーリングに悪性の脳腫瘍が発見され、その代わりにチャンピオン・カーニバル初出場。Bブロックで3勝3敗、得点6に終わる。

同年6月19日、佐藤光留との防衛戦に敗れ、世界ジュニアヘビー級王座を手放す(防衛3回)。

同年12月29日のハードヒットでは平直行と対戦。7月16日、ハードヒット・新木場大会でキックボクサーの前口太尊と対戦。

2017年11月頃より、マスクを被り試合をするようになる(コスチュームもツーショルダーのロングタイツに変更)。ただしリングネームは本名のまま変えておらず、またマスクを被る理由も明らかにしていない。

2018年2月3日、TAJIRIに勝利し第47代世界ジュニアヘビー級王座を戴冠(自身3度目)。4回の防衛に成功するも、同年8月26日に岩本煌史に敗れ、王座陥落。

2019年、真霜拳號の負傷欠場を受け、チャンピオン・カーニバルに2度目の参戦。Aブロックで4勝4敗、得点8に終わる[6]。

2019年5月20日、後楽園ホールで、岩本を破り、世界ジュニアヘビー級王者に返り咲く(第51代)。

2019年6月2日、神戸サンボーホールでの、6人タッグマッチが最後の試合となる。


2019年6月3日22時33分頃、バイクで走行中に首都高速都心環状線外回りの千代田トンネル出口付近で側壁へ衝突し、転倒。都内の病院に搬送されたが同日22時41分頃、死亡が確認された。41歳没。同月18日に佐藤光留との世界ジュニアヘビー級初防衛戦を控えていた矢先の事故死であった。

得意技
アサルトポイント
レッグロック・スープレックスと同型の変形バックドロップ。
オブジェクト
相手の左太股越しに相手の右手首を左手で掴んで仕掛けるリストクラッチ・アサルトポイント。初出は2011年7月30日に行われた日テレG+杯の優勝決定戦。
ノーザンライト・スープレックス
一度決めてから一回転し、もう一度仕掛ける連続式や下記の腕ひしぎ逆十字固めへ繋ぐ連携技もある。
腕ひしぎ逆十字固め
通常形であるグラウンド状態の相手に仕掛けるタイプ、飛びつき式、ミステリオ・ラナのように肩に乗ってから反転しつつ決めるタイプ、上記のノーザンライト・スープレックスから連携でかけるタイプの4タイプを使いこなす。
トラップオーバー
相手の右腕、首を自分の両足で極めた半うつ伏せの状態で左腕に仕掛ける変形腕ひしぎ逆十字固め。
ミサイルキック
通常のものとは違い、リング内に背を向けてコーナートップに上り、振り返りざまに放つものである。2007年のヨーロッパ遠征を終えた頃から使い始めた。
スパイラルポセイドン
腕極め式のノーザンライトボム。命名は丸岡いずみ。オリジナルは藤田ミノルの「サスケだましセグウェイ」。
ムーンサルトプレス
2012年7月22日の両国国技館大会のGHCジュニアタッグ王座の防衛戦に備えて、小橋建太に指導を仰ぎ習得した技[11]。
チキンウィングアームロック
脇固め
アームブリーカー
ヘッドバット


タイトル歴
全日本プロレス
世界ジュニアヘビー級王座 - 第37代、第39代、第47代、第51代
アジアタッグ王座 - 第92代、第99代、第101代(パートナー:鈴木鼓太郎→佐藤光留)
Jr. BATTLE OF GLORY - 2016年優勝
JUNIOR HYPER TAG LEAGUE - 2013年優勝(パートナー:鈴木鼓太郎)
Jr. TAG BATTLE OF GLORY - 2014年、2015年、2016年優勝(パートナー:ともに佐藤光留)
プロレスリング・ノア
GHCジュニアヘビー級タッグ王座 - 第13代(パートナー:丸藤正道)、第15代(パートナー:鈴木鼓太郎)
日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦 - 2010年優勝(パートナー:KENTA)、2011年優勝(パートナー:鈴木鼓太郎)
AAA
AAA世界タッグチーム王座 - 第6代(パートナー:潮﨑豪)
ハードヒット
グラップリングトーナメント - 第2回 優勝


入場テーマ曲
Fight it Out - 現在使用中
ホテル・カリフォルニア / TOO CLOSE TO SEE
My First Kiss / Hi-STANDARD

鈴木みのる「まじか」武藤、棚橋も…青木篤志さんを悼む声続々




青木篤志さん

 3日夜、首都高速道路でのバイク事故により亡くなった、全日本プロレスのプロレスラー青木篤志さん(41)の訃報を受け、SNS上にはレスラー仲間から続々と悼む声が上った。

 青木さんとタッグを組み、シングル戦線でもライバルとして切磋琢磨していた佐藤光留(38)=パンクラスMISSION=は「青木さんが突然、遠くへ行っちゃいました。ずっと青木篤志&佐藤光留のタッグを応援してくれた皆さん、本当にありがとうございました。今、とても混乱しています。でも大丈夫です。少し時間をください。何らかの形で自分の中の事を話します。少しだけ、時間をください」とツイートした。

 また、佐藤と同じ団体の先輩にあたる鈴木みのる(50)=パンクラスMISSION=は「青木。つい先日店に来てくれたのに。まじか…」と驚きを隠さず、「朝早い時間に佐藤が電話で知らせてくれた。泣きじゃくってた。そりゃそうだ…いつも横にいたやつが突然…いたたまれない。ご冥福をお祈りします」と後輩の心中を思いやりながら青木さんの死を悔やんだ。全日本に参戦していた元WWEのスーパースター・TAJIRI(48)=フリー=も「世の中って、なにが起きるかわからないなあ…なにも言えない」と言葉を失っていた。

 さらに武藤敬司(56)=WRESTLE-1、棚橋弘至(42)、永田裕志(51)=ともに新日本プロレス、丸藤正道(39)=プロレスリングNOAH=など、他団体やフリーランスのスター選手からも青木さんの死を惜しむ声が寄せられた。




棚橋弘至も「青木篤志選手のご冥福をお祈りします」 突然の死に関係者の惜しむ声続々
2019年06月04日 13時22分 J-CASTニュース




プロレスラーの青木篤志さんがバイク事故で2019年6月4日に死去した。41歳だった。

各社報道によると、3日午後10時半ごろ、東京都千代田区の首都高速道路のトンネル内で事故にあった。その後搬送先の病院で死去した。

須藤元気「レスリング部の同期で試合もしたことのある仲間でした」
青木篤志さんの死を受けて、追悼を寄せる関係者の声が相次いだ。

2010年にタッグマッチで青木さんを破った経験のある新日本プロレスのエース・棚橋弘至さんは「青木篤志選手のご冥福をお祈りします」とツイッターに投稿。

元総合格闘家の須藤元気さんは「青木篤志選手はレスリング部の同期で試合もしたことのある仲間でした。残念です。心よりご冥福をお祈りいたします」とツイッターにて思いを綴った。

プロレスラーの鈴木みのるさんはツイッター上で「青木。つい先日店にきてくれたのに。まじか。。。」と唖然。続けて「朝早い時間に佐藤が電話で知らせてくれた。泣きじゃくってた。そりゃそうだ。。。いつも横にいたやつが突然...いたたまれない。ご冥福をお祈りします。。」と深い悲しみをあらわにした。

2011年青木さんとタッグマッチを組んだ、現在DDTプロレスリング社長の高木三四郎さんは「先日、サービスエリアでお会いしてご挨拶したばかりなのに... 僕らのスタイルに賛同してくれて本当に嬉しかった。ありがとうございます。 青木篤志選手のご冥福を心よりお祈りします」

アメリカのプロレス団体WWEに所属のKUSHIDAさんも「青木篤志選手 心よりご冥福をお祈り致します」と追悼の意を述べた。

所属する全日本プロレスのホームページによると、青木さんは元自衛官で2000年にプロレスデビュー。5月20日には、全日本の世界ジュニアヘビー級王者になったばかりだった。






最終更新日  2019.06.04 21:48:10
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