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2019/10/23(水)22:09

10月23日はシモンチェリの命日です。

レース(259)

10月23日はシモンチェリの命日です。 もう8年ですね まだ、24歳、これからでした。。。ついてないとしかいいようがない事故でした。。。 今年も、事故もなく、シモンチェリの分まで、すばらしいレースを見せてくれることを祈ります。 【MotoGPマレーシアGP】シモンチェリが事故死 23日、マレーシアのセパンで開催されたロードレース世界選手権マレーシアGP、MotoGPクラス決勝レースで、マルコ・シモンチェリ(ホンダ)が事故死した。24歳。 2列目5番手スタートのシモンチェリは4番手走行中の2ラップ目、11コーナーで転倒、後続車と接触、頭、首、胸を強打した。医療班が事故現場に到着した時はすでに意識不明で、ただちにサーキット医療センターへ搬送された。移動の救急車中から心肺蘇生がほどこされたが、手当のかいなく、約45分後の16時56分に死亡が宣告された。 レースは事故直後に赤旗中断、キャンセルされた。 MotoGP、マルコ・シモンチェリの事故死の状況を説明 2011年10月24日MotoGPのレースディレクションは23日、セパン・インターナショナル・サーキットのプレスカンファレンスルームで、第17戦マレーシアGPの決勝レースで事故死したマルコ・シモンチェリの状況に関して共同会見を行った。 レースディレクションの代表であるポール・バトラーは、「この記者会見の目的は、マルコ・シモンチェリの悲劇的な死亡の状況を検証することです」と説明を始めた。 「皆様がご存知のように、我々レースディレクションのメンバー全員がここに出席します。FIM国際モーターサイクリズム連盟の代表であるクロード・ダニス、ドルナスポーツの代表であるハビエル・アロンソ、ライダーの代表であるフランコ・ウンチーニ、そして私はIRTA国際レーシングチーム連盟の代表兼レースディレクションの代表です。ミケーレ・マッキアゴデーナは我々のメディカルディレクターであり、彼が死亡に関して状況を説明します。」 マッキアゴデーナは、「友人であるマルコ・シモンチェリの死亡に関して報告するために、ここにいることは大変悲しいです。他のライダーたちに激突したレース中の転倒でした。彼は頭部と首、胸部に深刻な外傷を負いました。」 「我々のメディカルスタッフが彼のところに駆けつけたとき、彼は意識不明でした。心停止だったことから、救急車で、CPR(心肺蘇生)を始めました。」 「緊急に、メディカルセンターでクリニカモービルのスタッフと地元医師の助けを借り、挿管を施行し、胸部から少量の血液を吸引することが可能でした。」 「我々は彼を助けるために治療を尽くし、可能だと考えて、CPRを45分間継続しました。不運にも彼を助けることができず、現地時間の16時56分に死亡を宣言しなければいけませんでした」と、状況を説明した。 バトラーは、ヘルメットが外れたことに関する質問に対して、「他の機会に答えることができると思います。事故の状況や結果を徹底的に調査します」と、事故検証を実施することを説明。 コーリン・エドワーズの負傷状態に関して、マッキアゴデーナは「肩を脱臼しました。麻酔を受け、正しい位置に戻りました。彼は大丈夫です」と説明。 「我々は彼の家族に同情します。可能な限り、あらゆる点を示したい」と、バトラーは付け加え、会見を締め括った。 マルコ・シモンチェリ 経歴1996年から2000年にかけて地元イタリアのミニバイク選手権で活躍し、2年連続のチャンピオンに輝く。01年にイタリア選手権125ccクラスのホンダ・トロフィーに参戦。翌02年には、欧州選手権の125ccタイトルを獲得するとともに、ロードレース世界選手権(WGP)にも出場。03年からWGPにフル参戦を開始し、05年には125ccで総合5位と躍進すると、翌年から250ccにステップアップを果たした。08年には250ccのタイトルを獲得し、09年は、最終戦までライバル青山博一選手とタイトル争いを繰り広げ、総合3位となった。2010年に最高峰のMotoGPにステップアップ。参戦2年目の2011年、第17戦マレーシアGP決勝レースにおけるアクシデントで負傷し、サーキットのメディカルセンターで救命処置が行われたが同日逝去。享年24歳。 故マルコ・シモンチェリが21人目のレジェンドライダーに 故マルコ・シモンチェリが21人目のレジェンドライダーに 2011年10月にレースアクシデントにより事故死した故シモンチェリが、アゴスチーニ、ニエト、ドゥーハン、ヘイルウッド、リード、マング、ローソン、レイニー、ロバーツ、スペンサー、シーン、加藤、ストーナーらに続き、21人目のレジェンドライダーとして殿堂入りすることが決まった。 ドルナスポーツは3日、2011年10月23日にセパン・インターナショナル・サーキットで開催された第17戦マレーシアGPの決勝レースで事故死した故マルコ・シモンチェリをレジェンドライダーとして殿堂入りすることを発表した。 2008年10月19日に同地で開催された第17戦マレーシアGPの決勝レースで3番グリッドから3位に入り、250ccクラスのチャンピオンに輝き、2010年から最高峰クラスへの挑戦を開始。事故の1週間前には自己最高位となる2位を獲得していた。 レジェンドライダー就任のセレモニーは、ムジェロ・サーキットで開催される第6戦イタリアGPで実施される。 レジェンドライダーリスト ジャコモ・アゴスチーニ アンヘル・ニエト マイク・ヘイルウッド ミック・ドゥーハン フィル・リード ジム・レッドマン アントン・マング カルロ・ウビアリ ジョン・サーティース ジェフ・デューク エディ・ローソン フレディ・スペンサー ケビン・シュワンツ ウェイン・レイニー ケニー・ロバーツ バーリー・シーン ワイン・ガードナー ヤーノ・サーリネン 加藤大治郎 ケーシー・ストーナー Tags: MotoGP, 2014 故・シモンチェリ、ムジェロで21人目のレジェンドライダーセレモニー 故・シモンチェリ、ムジェロで21人目のレジェンドライダーセレモニー Marco Simoncelli - MotoGP Legend Marco Simoncelli MotoGP Legend 元250ccクラス王者で、2011年10月の第17戦マレーシアGPで事故死した故シモンチェリがレジェンドライダーに就任した殿堂入りのセレモニーが、第6戦イタリアGP開催中のムジェロで行われ、ドルナスポーツの代表から父親パオロに記念のメダルが贈呈された。 ドルナスポーツは30日、第6戦イタリアGPの開催地、ムジェロ・サーキットのプレスカンファレンスルームで、故マルコ・シモンチェリがレジェンドライダーとして殿堂入りするセレモニーを実施した。 2月3日、2008年に250ccクラスのチャンピオンに輝き、2011年10月23日にセパン・インターナショナル・サーキットで開催された第17戦マレーシアGPの決勝レースで事故死した故シモンチェリの殿堂入りを発表。当社CEO最高経営責任者のカルメロ・エスペレータが父親パオロにレジェンドライダーのメダルを贈呈した。 レジェンドライダーリスト ジャコモ・アゴスチーニ アンヘル・ニエト マイク・ヘイルウッド ミック・ドゥーハン フィル・リード ジム・レッドマン アントン・マング カルロ・ウビアリ ジョン・サーティース ジェフ・デューク エディ・ローソン フレディ・スペンサー ケビン・シュワンツ ウェイン・レイニー ケニー・ロバーツ バーリー・シーン ワイン・ガードナー ヤーノ・サーリネン 加藤大治郎 ケーシー・ストーナー

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