元阪神・小山正明さんが死去 90歳 急性心不全 「精密機械」抜群の制球力でテスト生から歴代3位の320勝
吉田さんに続いて。。。素晴らしい成績は、分かっておりますが、現役時代の活躍は、直接見てはおりませんやはり、コーチとしての活躍のほうが印象があります私の叔父、福間納投手が、防御率一位を取った年、1983年の投手コーチチェンジアップが、その後の活躍にひと役かったのかとご冥福を、お祈りいたします引退後は阪神(1974年 - 1975年, 1982年 - 1983年, 1998年一軍投手コーチ)、西武(1990年 - 1991年一軍投手コーチ)、ダイエー(1993年一軍ヘッドコーチ→1994年一軍ヘッド兼投手コーチ)でコーチ、合間を縫って朝日放送テレビ・ラジオ解説者(1976年 - 1981年, 1984年 - 1988年)、サンテレビジョン解説者(1989年, 1992年, 1995年 - 1997年)も歴任。2期目には福間納にチェンジアップを取り組ませ、山本和行にはパームを教え、山本がパームを決め球に使うと打者が面白いように引っかかってくれた。元阪神・小山正明さんが死去 90歳 急性心不全 「精密機械」抜群の制球力でテスト生から歴代3位の320勝 小山正明さん 阪神などで歴代3位の通算320勝を挙げた小山正明さんが18日午前、急性心不全のため、都内の病院で死去したことが分かった。90歳だった。葬儀は故人の遺言により、家族葬で執り行われた。 兵庫県出身の小山さんは高砂高から53年にテスト生として阪神に入団。翌54年には11勝を挙げるなど活躍し、主戦投手に。「精密機械」と言われた抜群の制球力を武器に、62年には27勝を挙げ優勝に貢献した。 64年、山内一弘との「世紀のトレード」で東京(現ロッテ)に移籍。73年の大洋(現DeNA)を最後に現役引退。阪神、西武、ダイエー(現ソフトバンク)で投手コーチを務めた。 最多勝(64年)、最多奪三振・沢村賞(いずれも62年)。通算856試合320勝232敗、防御率2・45。2001年には野球殿堂入りした。