宮じいさんの花紀行

イタリア旅行(10)

※イタリア旅行(10) -2002.11.20- <四日目>

オリエント急行内の服装の注意として、男性はジャ
ケットとネクタイ着用、女性はパーティードレス又は
それに準ずるものとあり、男性は問題ないとして、
女性はなにかと大変だったらしい。 着物の人もい
たが、たしかに着物は国際的な正装である。
旅行中はスリに狙われないように極めてラフな恰好
をしていて、車内ではおめかしし、その落差が大き
過ぎて面白かった。

新幹線に4時間も乗ると言うことは大変なことなの
に、オリエント急行での4時間はあっという間に終
わってしまった。 次回は是非2泊くらいの旅行を
してみたい。 フィレンツェ駅到着はほぼ定刻の
15:00である。

駅前広場からドォウモのドームが見える。
フィレンツェが町の形を整えたのは11世紀のこと
である。 次の12世紀を通じて、主として商業と金
融の分野で発展し、自由都市となる。

その発展の過程で、巨万の富の蓄積に成功したの
がメディチ家であった。 メディチ家は町を実質的に
支配すると同時に、学問、文芸、芸術を保護し、全
ヨーロッパから優れた人々を集めるのに熱心であ
った。 実際、ミケランジェロ(1475~1564)、レ
オナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)といった、
ルネッサンスを代表する巨匠たちは、フィレンツェ
に於いてその才能を開花させ、その後各地に散っ
て行ったのである。

ドォウモは正式にはサンタ・マリア・デル・フィオーレ
という。「花の聖母」という優美な名称で、その名の
通り花の都フィレンツェのシンボルとなっている。
14世紀半ばに完成したこの建築は、均整がとれ
ていて、調和を追求したルネッサンスのひとつの
完璧な帰結をここに見ることが出来る。

近くにある84mの垂直の塔はジョットの鐘楼と呼
ばれている。 ジョットはフレスコ画だけでなく、建
築の設計にも類い希な才能を発揮した。 まさに、
万能のルネッサンス的人物といえる。 完成は彼
の死後の1359年である。

ドゥオモの道を隔てた反対側(西側)に洗礼堂が
ある。 11世紀の建造で、フィレンツェ最古の建
造物のひとつである。 東側のブロンズの扉は
ミケランジェロが「これこそ天国の門(Porta del
Paradiso)だ」と叫んだことで、世界的に知られて
いる。 

ということで、扉の前は観光客で込み合っている。
撮影に苦労する。 ガイドさんが次に移るため、
傘を振り上げて必死にグループを呼んでいる。

次に行ったのは、シニョーリア広場である。 ド
ゥオモがフィレンツェの宗教の中心だとしたら、
ここは政治の中心である。

オリエント急行がサンタルチア駅・ヴェネツィア発車直後
  • DSCF0043.JPG


ヴェネツィア-フィレンツェ間(車窓より)
  • DSCF0059.JPG


  • DSCF0060.JPG


※追加画像は下記をクリックして下さい。

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