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黒羽城(栃木県 大田原市)

2011.11.02
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『黒羽』


 黒羽城址公園内を散策していたら、こんなもんを見っけたべ。 

マンホール


 これは黒羽町のシンボルを模した、下水道のマンホールだど。

 杉の木・やまゆり・うぐいす の三つが彫り込んであんだ。

 黒羽町ってのは、黒羽城を中心にした地域の町。元・黒羽藩のことだよ。

 
 
 黒羽藩は、代々大関氏が城主を務めてきたんだ。

 だども、初代から続いていた大関氏は、大田原氏に攻め込まれ、お家を乗っ取られちゃったんだよ。

 天文11(1542)年ごろ、13代藩主・大関増次を打ち取った大田原資清は、12代藩主・宗増に長男の高増を養子にだし、次の藩主にさせたんだ。

 ちなみに、資清は二男も同じ方法で、福原家に養子にだし、福原家も乗っ取った。

 そして、次の狙いは那須氏・・・と続いてくんだけんど、これは別の話になっちゃうんで、やめとくど。

 

 戦国時代には、他にも戦や揉め事があったみたいだけんど、黒羽藩は平和な時期が多かったみたいだべ。

 江戸時代には、改易や転封もなく、大関氏が黒羽藩を納めてたんだと。

 そして明治時代のころ。黒羽藩から黒羽県に替わり、黒羽町になったんだっぺ。


 だども、黒羽町は、今はもう、ないんだど。

 2005年に大田原市と合併したんで、黒羽町は大田原市になっちゃったんだ。

 だから、黒羽城の住所も、黒羽町から大田原市になったんだよ。

 

 あれ? これって、なにか不思議だね。

 合併した理由は知らないど、大田原市の陰謀ってわけじゃあ、ないよね?

 大田原と黒羽って、何か因縁があんのかな~。



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最終更新日  2011.11.02 23:00:10
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2011.10.31
『土塁と橋』


 水掘の先は、空堀になってるんだ。広くって、歩きやすいど。

堀の下

 写真は、振り返って撮った物。だから、あの角の向こうに、水堀があんだよ。



 土塁の下の堀を歩く。なんだか 変な感じだな。

 だってよ。今まで見た城址では、堀の中に入るなんて出来なかったかんな。

 なんか、いけない場所に入り込んじゃったみたい。

 左右に聳える土塁の壁が 落ちてきそう。ちょっと怖い。

 だども、この先に、絶対見逃せない景色があんだ。だから、頑張って歩いたど。



堀の下

 
 これだど! 土塁の下から見上げる橋。


 ええっと。

 右側の土塁が本丸。左側の土塁が三の丸に通じてるんだ。

 橋の向こう側が、紫陽花がたくさん植わってる、土塁の壁だど。

 以前、橋の上から見た写真を、ブログに載せたけんどな。

 下から見た景色の方が、好きだなー。

 見た瞬間、ぞくぞく~としちまったよ。


 そうそう、この橋について、最近わかったことがあんだ。

 戦国時代にお城が現役だったころ。この場所には、橋はかかってなかったらしいど。

 橋は、正面の一つだけだったんだと。

 

「それって、不便だべな。それだと、三の丸から本丸御殿に用事が出来たら、移動が大変だ
ど」


 だって、一端曲輪から出て、ぐるっと回って、正面の橋まで行かなくっちゃなんないんだかんな。
 
 まさか、土塁を滑り下りて、登ってってわけにはいかねえべ?



「あっ、それが、堀の狙いだべな」



 いまさらだども、堀と土塁は お城を守るために築かれたもんだ。

 落っこちたら這い上がれない。登れない。そうやって、お城を守ってんだよね。


 本で読んで知識としては、頭の中にあったんだどもなー。

 やっぱし、実際に見て、体験してみないと、わかんないもんだね。


 ってことは。次は実際に、土塁を登ってみなくっちゃなんないな(笑)。



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最終更新日  2011.10.31 22:49:28
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2011.10.30
『水堀跡』


 さて、黒羽城の見どころ。というか、今回のお楽しみ。

 『水堀跡』 だど。



水堀跡2

 これは、道路の向こう側。駐車場の横に位置する水堀跡。

 後ろに土塁の跡らしい、どでかい土の山があんだ。


水堀跡1

 こっちが城に面した側の水堀跡。



 実は、水堀、見るのはじめてなんだ。

 復元された水堀は、見たんだども、昔の状態のものは 初めて。

 歩いてきた疲れも、吹っ飛んだ。

 わくわくしながら、ゆっくりと近寄った。

 

「池? 沼? これが、堀?」


 期待が大きかったせいか、ちょこっと、がっかり。

 だって、蓮が植わってたし、枯葉も浮かんでたし。

 蛙とか鯉とか いそうな雰囲気なんだもの。



 しばらく、じっとみていたら、横に細道を発見。

 人が一人ぎりぎり通れるぐらいの、細い道だど。

 水堀は 奥まで続いてる。

 

「おし!いってみよう」


 落ちないように、そろそろと堀にそって歩いていく。


 振り返って見ると

  
水堀跡3

 

 水堀の左右は、15m近い土塁。

 堀はカーブして ちょうど入口が見えなくなった。

 ちょっと土塁の側に寄り、水掘を覗いてみる。

 敵を待ち伏せしている、侍になった気分だべ。

 やって来た敵は、槍で突いて、水堀に叩き込む。



「これは、ありだな」



 空想して にんまりしちまったどw。



 想像していたような、なみなみと水を湛えた堀じゃなかったけんど。

 おもしろい体験を出来て満足! だべな。




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最終更新日  2012.04.11 22:30:12
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2011.10.29
『神社と土手っこ』


 黒羽城の近くに、稲荷神社があった。

 立ち入り禁止じゃないみたいなんで、ちょこっと覗いてみた。

 赤い鳥居と、両脇に土手っこがある。

 どのぐらいの高さだったかな。大人の背丈ぐらいはあったかな。


稲荷神社

 
 赤い鳥居をたどっていくと、小さな広場に出た。

 神社って言うよりは、物置みたいな建物が一つあるだけ。

 なのに


「な~んか、妙な雰囲気が・・・するべ」


 どうにも落ち着かないんで、足早に退散。
 
 賽銭箱も見当たらないんで、一礼して帰って来たんだ。

 帰り際に、土手っこの切れ目の向こう側に、お墓が見えた。



「たぶん、史跡じゃないべ、。ってことは、現役のお墓・・・」



 怖がりと小心者の血が、一気に騒ぎ出しちゃった。

 歳をとっても、怖い物は怖い。お墓と幽霊は・・・苦手だっぺよ。

 平気な顔を装いながら、明るいとこ目指して、急いだど。


 

 だどもな。周りの土手っこは、土手っこじゃなかったんだ。

 ネットで黒羽城を調べていたら『稲荷神社の側にも、土塁の跡がある』って書いたあったんだよ。

 
 そうなんだ。赤い鳥居の両脇の土手っこ。あれが、土塁の跡だったんだよ。

 他にも駐車場の側にあった、崩れたような小さな土手っこ。

 道の脇の崖。

 これも、全部、土塁の跡らしい。


 しまった!もっとよく見て、写真をいっぱい、撮っとくんだった~。

 変なもん(幽霊・物の怪)が写っちゃーやんだーって、遠慮するんじゃなかったべー。



 (栃木弁:注) 土手っこ=土手。
         やんだ=嫌だ。
         

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最終更新日  2011.10.29 23:36:53
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2011.10.27
『芭蕉の道』

 「芭蕉の広場」から、山の中を散策できる散歩道がある。

 通称「芭蕉の道」。途中には芭蕉さんの句碑があるらしいんだ。

 体力に余裕があったんで、行ってみた。


芭蕉の道1

 竹林を眺めながら、歩いていく。小さな看板があった、ような気もしたけんど、そのまま歩いて行った。


芭蕉の道2

 古びた門を発見!


「この先には何があるんだべ?」

 首を伸ばして覗いてみた。建物は見えない。

「ってことは、神社じゃないのかな?」

 見えないとわかると、余計にみたくなっちゃうもんだべ?

 だから、もっとよく見ようと、門に近づいていったんだ。

 そしたらな。門のとこに、大きな蜘蛛がいたんだ。まるで見張り番みたいに、門に大きな巣を作って、待ち構えてる。

 蜘蛛を追い払ってまで、中に入る勇気はなかった。だもんで、ゆっくりと退却。

 また、元の道に戻ったんだ。


 だどもな~。この辺りで、やっと気が付いたんだけんど、どうやら道を間違えたらしいんだ。

 事前に調べた「芭蕉の道」は山の中を進む道だったはずなのに、どうも山には向かってないみたいなんだ。

 
「変だべな?」

 頭を傾げていたら、民家の裏に出ちゃった。

 そのまま、民家の隙間を通り抜けると、車道へ出た。

 正しい道なら、車道に出ると、近くに大雄寺(だいおうじ)って立派なお寺が見えるはずなのに、ない。



 大雄寺には、黒羽城主・大関氏と関係者のお墓があるんだ。大田原市の指定文化財なんだよ。

 ただね。お墓の辺りは、大震災の影響で亀裂がはいっちゃったらしく、お墓や燈籠が倒れっちまったんだって。

 先月の下野新聞で、「やっと復旧作業が始まったけど、4か月はかかりそうだ」って載ってたど。



 道を間違えたのは、たしかだども、車道を下っていけば、大雄寺に出るんもたしか。

 さて、どうすべか。

 考えて、今回は戻ることにした。


 行っても、見られるかどうかわかんないしな。復旧してから、行くことにしたんだ。

 それよりも、目の前に小さな神社らしきものが見える。


「そっちにいってみようかな」

 ってことで、稲荷神社に足を向けたんだ。


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最終更新日  2011.10.28 00:08:29
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2011.10.26
テーマ:城跡めぐり(967)
『石の広場』

 
 「芭蕉の館」の隅に、細い階段があった。

石段

 人が一人通れるかどうか。

 急な階段で、手すりはあっけど、たよりないど~。


  「バランスを崩したら、落っこちるべな~」

 
 と思いつつ、そろそろと降りる。

 なんかね。こんな石の階段を見ると、先に行ってみたくなっちゃうんだな。

 降りた先は広場になっていた。


石の壁


 広場の隅に、謎の石壁を発見!

 
「お城の一部かな?」


 好奇心いっぱいで近寄った。けど、違った。

 自然の石みたい。

 石はまだまだある。たどっていくと、川のようになっていた。


石の広場2


 なんかね。庭園の一部みたいだど。川の淵取りと橋のかわりか、大きな石が据えてあった。

 新しいものみたい。遺構じゃなくて、公園用に作ったものかもしんないね。

 そして、作られた川の向こうにも、石の群れがあった。

 だども、こっちは、雰囲気が違うど。なんか、不自然。なんか、ありそう。


石の広場1

 
 これが、謎の石。全体を写真で写そうとしたら、どこからか煙が漂って来た。

 ゴミもし してるみたい。煙い。おかげで、写真もけむっちゃったべな。


 ええと。話がづれちゃったけんど、この謎の石は侍屋敷が立っていた敷石の跡らしいど。

 他の場所から移築してきたらしいんだけど、維持できなくって解体されちゃったんだって。

 お城に詳しいホームページに載ってた情報だから、確かだと思うよ。


 だどもなあ。説明用の看板が欲しいべな。簡単なもんでいいから、立ててくれっと、うれしいな~。




(栃木弁かな?注)ゴミもし=ごみを燃やしている。焚火をしていると「ゴミもし してんの?」と言われることもある。


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最終更新日  2011.10.26 23:30:26
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2011.10.24
『芭蕉の館』


木の扉

 木の門を潜り抜け、三の丸跡へ!


 階段を上がると・・・

芭蕉像

 松尾芭蕉と思われる銅像が、お出迎え。



 手前が三の丸跡の広場で、奥が『芭蕉の館』だど。

三の丸


 建物の半分が松尾芭蕉の資料で、半分が黒羽城の城主を務めた大関氏関係の資料館になってんだ。



 松尾芭蕉の展示コーナーの最後に、こんな俳句が飾ってあった。



『旅に病み 夢は枯れ野を 駆け巡る』



 松尾芭蕉が旅先で、病に倒れた時の句らしいど。

 俳句はわからないんだけど、なんだか気になって・・・

 私の心が、枯れ野を、駆ける。

 いんや。黒羽城を、駆け巡る。



 離れていても、いつでも、心は、旅の中。

 松尾芭蕉さんは、今頃どこを旅しているのかな~。

 


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最終更新日  2011.10.24 23:18:13
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2011.10.23

『二の丸の跡?』

二の丸跡?2

 橋を渡ると、二の丸跡って言われてる広場にでた。

二の丸跡?1


 曲輪にしては小さい広場だど。

 建物を建てたとしても、小さい小屋ぐらいしか建てられそうにないな。



芭蕉の館への階段

 広場の端から、見たとこだべ。正面にみえるのは『芭蕉の館』。

 松尾芭蕉と黒羽城主を務めた大関氏の資料が展示されてんだ。


 ところで。これは、崖っていうのかな。土塁なんかな。

 階段を見てもらうとわかるとおもうけんど、急角度でな。おっこちそうだど。



 「山城っていうのは、急な山道や坂がおおいんだな」

 今までは、平らな場所の城ばっかりだったから、驚いたど。

 自然の地形を、うんまく利用してんだな。


 こうやって地形を利用して、どこに本丸を置くか。

 土塁や塀をどう配置するかって決めることを、「縄張(なわばり)」って言うんだって。



 だども、実際の工事はどうやったんだべな?



 人数はどんぐらい? お金は? 資材は? 日数はどんぐらい? 

 当時はどいうやってこの坂を下ったんだろう? 階段はあったんかな?

 縄張を張ったのは誰?


 まだまだ、知らないことが多すぎる。

 城って、勉強しだすと、奥が深いんだね~。


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最終更新日  2011.10.23 23:45:23
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2011.10.22
テーマ:城跡めぐり(967)
『本丸・屋敷址』



 黒羽城・本丸址に到着!

 秋の城址は、ちょっと寂しい感じだな。

 芝を刈りこんだ跡とか。

 枯れた葉っぱが、あちこちに落ちてたよ。


本丸 1

 

 正面に見える建物は櫓。現在は立ち入り禁止になっている。

 周りをぐるりと取り囲んでいる土塁。

 上に上がれる階段が何か所かあんだけど、こっちも立ち入り禁止になっている。

 原因は震災て崖が崩れたためだべな。

「土塁の上からは、那珂川の流れが見渡せて、絶景だよ」

 って、ガイドブックやホームページに書いてあったんで、楽しみにしてたんだどもな~。


本丸 櫓



「こっそり、登っちゃおうかな」

 階段の端っこから覗き込んでみた。見える範囲に危険はなさそう。

 こんときは、まだ、裏の崖が崩壊してるって知らなかったから、いけそうな気がしたんだ。


 だども、後で裏へ回った時、無理しないでよかったな~って、思ったど。

 かなりの範囲で、土塁の崖が崩れてたかんな。知らないで、ほげほげ歩いてったら、落ちてたかもな。

 昨日のブログでも書いたけど、ここの土塁や崖は15m~30mあんだ。

 楽しみに来たのに、怪我したらつまんないべ。

 

本丸 2

 これは、広場にあった建物。屋敷の再現物かな? と思ったら、何かの舞台みたい。

 紫陽花祭りとか、お祭りの催し物で使う建物みたいだ。

 ちょっとがっかり。


本丸 館地図


 広場の隅でこんなものをみつけたど。

 『御本城御住居全図』

 御殿様は、こんな屋敷に住んでたんだね。

 写真じゃあ、わかりづらいけんど、廊下やら厠やら、細かいとこまでしっかりと描かれてる。


 黒羽城には地図とか書物がたくさん残ってるから、こんなに細かいとこまでわかるんだ。

 おっと、長くなっちゃったんで、この辺の話はまたこんど だべ。



  (栃木弁:注) ほげほげ=のんびり。気楽な様子。


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最終更新日  2011.10.22 23:16:23
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2011.10.21
『橋と堀』


 黒羽城の本丸に入る方法は2つ。

 1つ目は、駐車場側の虎口を抜け、橋を渡って行く方法。

本丸の橋


 この橋は後から、観光客用に懸けられたものだべな。人が大勢で渡っても、びくともしないコンクリートでつくられた頑丈な橋だど。



 2つ目は、「芭蕉の館」っていう資料館が建っている、三の丸方向から入る方法。

 こっちからだと、堀あとみたいな崖を登って、橋を渡らなくっちゃなんない。

本丸の橋2

 
 こっちは木を使ってるけんど、やっぱし観光客用に作られた橋だべな。
 
 補強もされてっから、安全性は問題なさそうだべ。

 そんでも、足で叩いてみる。

「よかった、揺れない」

 ほっと胸をなでおろし、前進!だっぺ。



 橋以外に入れる場所はないみたいだね。
 
 今回は、震災の影響で、崖が崩れてて、見れなかったんだけんど、本丸の周りは30メートルほどの崖になってんだ。

本丸 外側の崩れた土塁

 もし、崖が崩れていなかったとしても、こっからの侵入は無理そうだど。

 

 そうすっと、橋の重要性が、さらに高くなんな。
 
 守る側からすれば、橋を落としてしまえば、敵は簡単に侵入できなぐなる。 

 攻めるがわからすっと、橋を抑えてしまえば、敵を逃がす心配がない。

 兵糧攻めって手もあんな。



 橋の下はどうだんべ?

 思い切って、下をのぞきこんでみた。高いとこは苦手なんだ。だから、手すりを握って、遠くから、ちら見した。


 橋の下は深い堀になってる。これは、駐車場に近い橋の下。

 10メートルぐらい、あんのかな。

橋の下の堀1


 こっちは、木の橋の下。

 黒羽城の堀は一番深いとこで15メートル近くあんだって。

 きっとこの辺りが一番深いとこだね。

堀4

 反対側の土塁の壁には、紫陽花が植えてある。

 今の黒羽城は、紫陽花が綺麗で有名な公園なんだ。開花の時期には、大勢の花見客が来るんだよ。

堀3



 だども、戦国時代。城として使われていた時代は、紫陽花もなかった。だから、紫陽花を伝って、土塁を登るなんて出来なかったよね。

 胴衣や槍も持っていただろうし、こったら深い堀は、登り越えるんは難しいべな。

 第一、のんびり登ってたっくれ、頭の上から敵が攻撃してくっと。


 
 実際に黒羽城が戦場になったかどうか。

 まだ、勉強しはじめたばっかしなんで、わかんないけど、攻め落とすには手ごわい城だったろうな~。

 なんてことを、橋の手摺りにつかまって、考えてたんだよ。



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最終更新日  2011.10.21 12:52:26
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