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1

うつのみや遺跡の広場(栃木県宇都宮市)

2017.04.10
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「まとめ」





 広場の南端にいくと、こんな建物があった。

見張り台

 見張り台みたいだね。

 ここさ登れば広場の全体が、見渡せそうだど。


 だどもこれ。ただの見張り台じゃないんだと。

見張り台の案内板

 案内版によると、『復元建物』の構造がわかるように

 こしゃってあるんだって。


 
 へ~。『復元建物』の中は、こんな風に

 四角く柱が建ててあるのか~。

 表からじゃ~屋根しかめーないから、

 わかんないよね。



 すると、上の展望台部分は、

『復元建物』の二階部分と同じ高さに

 なってんのかな?


 展望台って普段はあんまし、登んないんだどもな。

 そういうことなら、登ってみんべ。


 
 おお~! ほんとに広場全体がよくめ~る♪

 だども広すぎて、写真じゃおさまらさいや。


 そだ! 動画にしてみよう。





 ここの広場は 約70×80メートルあって、

 住居や建物群が周囲に広がる

『環状集落』になってる。


 全体の広さは

  東西 約300メートル。

  南北 約150メートル。

 楕円形になってるんだって。


 ちょっと目線が、高くなっただけなんだけど。

 下からみるのとは違うな~。


 建物の位置もよくわかるし、

 建物の全体がみえるから、大きさもよくわかる。


 やっぱし『長方形大型建物』は、めだつね~♪
 
 


 次は展望台の下から、広場全体を見てみる。





 南東部分は未調査らしくてな。

 復元建物も少なくて、ちょっとさびしいな。

 
 
『根古谷台遺跡』は、隣の『聖山公園(墓園)』を

 造営しようとしたときにめっかったものでな。

 ほんとなら、ここは現代のお墓になっちゃう場所だったんだと。


 だども、

 当時の市長だった『増山道保(ますやま みちほ)市長』が英断。

 霊園の造成はやめて、遺跡を残すことにきめたんだと。


 その後

 縄文時代の『長方形大型建物跡15棟』

『方形建物跡10棟』などの遺跡は、

『国指定史跡』に。


『石製の耳飾り』や『丸玉』など32個の出土品が

『国の重要文化財』になったんだって。



 縄文時代(前期5~6千年まえ)の暮らしがわかる

 貴重な遺跡と、みとめられたんだね。

 
 それを、こうして目の前でみられれるのも

 増山さんのおかげ。

 感謝しなくっちゃな。

 ありがとうございます。 



 そうそう。もひとつ見どころが。

『うつのみや遺跡の広場』の西側斜面にゃ、

『約一万株のニッコウキスゲ』が自生してんだと。


 見頃は5月の中頃だそうだから、

 時期を合わせて、見学にきてもいいな。


 縄文時代にも、ニッコウキスゲがあったのかな?

 と想像しながら散策するのも、

 たのしそうだど。

 
 まだ、花が咲くころ、来てみっかな?




 ということで、今回の

『うつのみや遺跡の広場(根古谷台遺跡)』散策話はここまで。


 実物を見るまでは、たいした場所じゃないな、って思ってたんだけど。

 やっぱし、現物はちがうな。


 復元物とはいえ、建物の迫力は写真とぜんぜん違うど。

 縄文時代に興味さある人は、ぜひ。

 見にいってみとこれね~。


 で、城好きな人は、舌状台地の南にある『犬飼城』へ、どうぞw。




 ここはまだまだ、楽しみがいっぱい詰まっそうだな。

『犬飼城』もいってみたいし、

 古墳や城址など歴史に関係する場所も、まだまだありそうだど。

 
 
 次はどんな歴史が、めっかるかな。

 たのしみだな~。


 



 
 《参考》


 よみがえる太古 うつのみや遺跡の広場 (資料館でもらったパンフレット)


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 下野新聞 2016年12月15日に掲載された

 『根古谷台遺跡』の記事。





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 最後まで読んでくれて あんがと~♪ 



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最終更新日  2017.04.10 23:46:29
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2017.03.30
「配石墓」





『根古谷台遺跡』は、約100×150メートルの

 平坦部分にある遺跡でな。

 集落は広場を中心に、楕円形になってんだ。

『環状集落』って呼ばれる形状なんだって。



 集落のほうはみたけんど、広場のほうは、まだだったな。

 向こうはどうなってんだんべ?



墓跡1

 広場は落ち葉で、埋め尽くされてた。

 ほんとは芝でも植えてあんのかな?


 春になったら、おべんと広げてピクニックとか、

 昼寝したら気持ちよさげな場所だな。



 ん? よくみると、

 細長い石っこがあちこちに置いてあるな。


 だども、広場全体にあるわけじゃない。

 10個ぐらいがまとまって、あちこちに

 ちらばってるど。



墓跡2

 住居に近いとこにも、ある。

 あれは、なんだべな?




 案内板によると、どうやらこれは、

『配石墓』を復元したものらしいど。

配石墓案内板



 お。これが縄文時代のお墓なんだ。

 資料館でみたど。


 へ~。実物は、こったらふうになってんだ。

 表面だけだと、石っこが置いてあるだけにしかめ~ないな。


墓跡案内板


 案内版によると、広場の中にゃ

 320基近くの墓跡がめっかったんだと。


 とすると、石っこが置いてないとこにも、

 お墓跡があるかもしんないんけ?


 人様の頭の上をふんずけてるみたいで、
 
 広場ん中さ、歩けないど。

 昼寝するどころじゃないな。

 


墓跡3


 ここは、『墓坑』を復元したとこ。

『墓坑』ってのは墓穴のことだな。


 ここに、耳飾りなどの装身具や

 石器などの副葬品と一緒に

 埋葬されてたんだな。



墓跡4


 ひとつの穴は、こんな感じ。
 
 落ち葉で隠れちゃってるけんど、

 少しちいさめだな。


 資料館の模型じゃ、もちっと大きく感じたんだけんどな~。

 これじゃ、大人は入れないかもしれないな。


 縄文時代の人は、現代人よりも

 小柄だったんだべか。


 それとも復元した『墓坑』は、

 落っこちないように、ちいさめになってるのかな?




『墓坑』のなかに、うんまく遺体を納めたら、

 土を被せて石を立てる。

 盛り土をせず、目印の石を奥くだけの

 シンプルなお墓だったらしいど。


 
 だもんで、広場にゃぽつんぽつんと

 石っこがたってる状態になるんだね。


 
 そういや~、時代劇なんかで簡単なお墓をこしゃるときも

 盛り土の上に石っこ置くね。


 石っこを置く習慣は、縄文時代のころにゃ、

 もうあったんだね。


 
 なんだか親近感を感じるな。








 《参考》


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最終更新日  2017.03.30 23:19:01
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2017.03.26

「その他の建物」






『うつのみや遺跡の広場(根古谷台遺跡)』には、こんな跡もある。


建物跡1

 ゾウリムシ?

 
 あ、案内板。ふむふむ。これは、

『長方形大型建物(7号)』の跡らしいな。

建物跡2


 こないだ紹介した復元建築の

『長方形大型建物』とおんなじものらしいど。


 建物を支える10本の柱と、

 壁ぎわの柱を復元したものなんだって。



 屋根をとっぱらっちまうと、こったら感じになるんだね~。

 なんだか、屋根がないと広く感じるな。



『うつのみや遺跡の広場(根古谷台遺跡)』では、

 全部で15棟の『長方形大型建物』が

 めっかってるそうだどもな。


 全部復元したら、集合住宅みたいに、綺麗にならぶんだべか?

 ちょっと面白いな。




 こんなのもある。

建物跡3

 これは『掘立柱建物の跡』なんだと。

 
 こないだの『竪穴住居』とはまた、違う形の建物なんだな。



 案内版によると、

建物跡4

 ここでは17棟の『掘立柱建物の跡』がめっかってるらしいど。

 ぜいぶんたくさん、出て来たな~。

 こったら狭いとこに、17棟もあったんけ?

 ぎゅうぎゅうになっちゃうな。


 あ、『聖山公園』のほうも、はいってるのかな?

 そんだったら、倍ぐらいの面積になっから、

 17棟ぐらいあっても、よさげだね。



 特に、復元されてる『掘立柱建物(J-4号)』は、

 変わっててな。

 直径90~140センチメートルの、大きな柱穴があったらしい。

 その柱穴が、楕円形に配置されてたんだと。


 ちょうど集落の中心部にあるし、

 建物跡と墓域を繋いでいるような位置にあるもんだから、


 葬送や宗教的儀礼に使われた神聖な場所、

 ウッドサークルのような、

 象徴的な建築物だった可能性もあんだって。

 


 さらに、こんなのも。


建物跡5


 あ、後ろの『竪穴住居』じゃないど。

 手前の案内板があるあたり。

 空き地になってるとこ、だど。


 近づいてみると、こんな風になってる。

建物跡6

 ここは『長方形大型建物の跡』を

 発掘調査をしたときの状況を

 再現してあんだって。


 中央には、柱を支える10個の穴が・・・あるらしいんだけど。

 枯葉に埋もれて、わかりません。


 周囲には壁がたっていた証拠の溝が

 再現されてるそうなんだけど。


 枯葉が溜まってるとこが、溝? なんかな?


 きれいに枯葉が詰まってるw。

 おかげで位置が、わかりやすいな。



『根古谷台遺跡』では、3種類の建物がめっかってんだね。

 時代によって建て替えも、したらしいど。


 だもんで、全部の建物がおんなじ時期に

 全部あったわけじゃないらしいんだどもな。


 一番多い時代にゃ、どんだけあったんだべな~?

 壮観だな。







《参考》


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最終更新日  2017.03.27 00:06:57
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2017.03.21



「竪穴住居跡」






『長方形大型建物』の裏には、こんな建物もあるど。

建物1

『竪穴住居』を復元したものだど。


 ぱっと見たろこじゃ、『長方形大型建物』と

 あんまし変わんないな。


 だけんどこっちは、地面が盛り上がっててな。

 建物が埋もれてるようにもめ~るよ。


 もっと近くで、みてみんべ。

 

とんがり屋根

 屋根の端っこ。とんがった部分。

 光を取り込む部分だな。

 ふ~ん。

 木で格子さこしゃって、窓みたいになってんだね。



建物2

 側面は、あれ? 屋根?

 壁はないんかな?


『長方形大型建物』にゃ、木を立てかけたような壁があったんだけど。

『竪穴住居』にゃ、壁はないんだね。


 屋根がそのまま地面まで、繋がってるみたいになってるんだ。

 だから、建物が埋もれてるように、め~たんだね。


 建物がある場所も、ちょっと高くなってるど。

 これは、復元の都合かな?

 それとも、昔も高くなった土台の上にあったんだべか?


 高いと雨水が入らないから、

 家ん中がびしょびしょになんなくて、いいね。




建物3

 ぐるっとまわって、正面にきた。

 たぶん、こっちが正面だべな。


 うらっかわとおんなし、尖がり屋根だけんど。

 なんか、凝った柱がつっくいてるし、案内板もあっかんね。



 だども、ひとつ。疑問があんだけど。

 この『竪穴住居』、どっから中さ、入んだべ?


『長方形大型建物』の場合。

 ちゃんと入口があった。


 本でみた『竪穴式住居』も

 横に出入り口があったはずなんだどもな~。


 ぐるっとまわってみても、それらしい場所はなかった。

 
 怪しい、といえば、ここ。

 正面の三角屋根んとこ。

 飛び出した木の柱と、ぽっかり空いた空間が

 唯一中を覗けるとこ、みたいなんだけど。


 ここが入口? なんけ?

 

 
 あ、案内板。

 こったらときは、解説読むのが一番。

 なになに?

案内板


 まず、この『竪穴住居跡』は、

『根古谷遺跡』の中で27軒も発見されてんだって。

 その中で中規模のものを、復元したんだと。


 公園の地図でみると、全部で3つ。

『竪穴住居』が復元されて、配置されてるど。




 建物の高さは、床面からはかると 7.7メートルあるらしい。

 だども、図面でみると、下の部分は地面に埋まっちゃってるからな。

 目にめ~る部分は、ちっと低め。


 んで、土盛してあるとこが、壁になるんだな。


 建物の長さは、約11.1メートル。

    幅は 約4.7メートル あんだって。

 
 屋根は『入母屋』。

 妻の上部に出入り口をとる構造にした、って書いてあるど!


 
 あらためて。屋根さ見上げて、観察してみた。

 
 ・・・え~と? どうやって入るんかな?


 ちっとば~り高すぎないけ?

 現代の建物でいえば、二階部分から出入りするようなもんだべな。

 この辺、大雪、積るとこなんだべか?


 ほれ、雪国だと冬場は一階部分が雪で埋もれっちゃーから、

 二階から出入りするって話があんべ?


 この辺も、雪が多けりゃ、そったら使い方ができんべな~って

 思ったんだ。


 だども、それだと、夏場は不便だな。

 どうすんだ~?



 どうやらその辺も、ちゃんと考えてあるようだど。


 別の復元建物にゃ、こんなのがあった。


梯子つき


 梯子付き!

 どうやらこの『竪穴住居』は、

 梯子を使って、上の穴まで登って

 そっから内部に入る形式になってるみたいだべ。


 ん~。けんど、梯子斜めになってて、登りにくそうだな。

 それともこれは、見学者が登って悪戯しないように、

 わざっと斜めになってんかな?

 昔はもっと登りやすい梯子だったんだべか?


 家さ入るのも、命がけだな。

 落っこったら、あぶね~ど~。



 落っこちる、といえば。

 家の内部はどうなってんだろ?

 さっきの解説だと、家の高さは7.7メートル。

 出入り口が、真ん中ぐらいとすると

 だいたい床は、3~4メートルぐらい、下にあるはず。


 現代の建物でいえばまさに、

 二階から一階までの高さとおんなしくらいあるど。

 そのまんま下までジャンプ! 

 ってわけにゃ~いかね~ね~w


 それに運よく怪我せずに、降りれたとして。

 外にでるときゃ、どうすんだ?

  って話になっちゃ~ね~。



 中にも梯子があんだべか?

 それとも『長方形大型建物』みたく、

 二階部分があんだべか?



 そういや~、『資料館』に

 復元した建物の内部を説明する

 模型があったな~。


 あそこに答えも、提示されてたんだべか?

 う~ん。もっとよく見とけばいかったな~。


 




《参考》


 よみがえる太古 うつのみや遺跡の広場 (資料館でもらったパンフレット)







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最終更新日  2017.03.21 23:36:11
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2017.03.17

「長方形大型建物」




 今回は

『うつのみや遺跡の公園・根古谷台遺跡』の中で

 一番大きな建物を見てみる。


長方形形大型建築1

『長方形大型建物』だど。



案内板によると

長方形大型建物案内板

 長さ 23.1メートル

 幅 9.8メートル

 高さは 8.8メートル

 あんだって。


 日本でも、最大級の平面規模を持つ建物なんだと。


 
 入口は正面にひとつ。

 中に入れるようになってるど。


 足元に気をつけながら、そろ~っと覗くと
 
長方形大型建物内部

 あ、真っ暗じゃないよ。

 周りから光がもれてるせいか、

 なんとな~く、柱がめ~る。


 へ~。中は広いんだな~。

 8畳間ぐらいありそう。

 外からみたよりも、広く感じるな。


 細目の凸凹した木を組んで、柱にしてあんだな。

 そして、2階もある。

長方形大型建物二階

 上は、三角の窓から光が差し込んで、

 あかるそうだべ。


 二階部分は、右と左にあってな。

 真ん中で別れて、吹き抜けになってるど。


 
 現代の建物に比べると、

 ちょっと2階の床が低いかな。

 頭がぶつかりそうだったもんな。



 階段は、ないんだな。

 上にあがるときだけ、梯子をかけたんだべか。




 そんでな。

 『長方形大型建物』は、『根古谷台遺跡』のなかで、

 一番大きい建物なんだけど。

 人の住む、住居じやなかったらしいど。


 住居というより、『集会所』のような場所だったらしいんだ。




 理由は、

 1)炉の跡がない。

   住居なら、米や木の実を煮たりするので、

   炉があるはず。でも、ここにゃない。


     
 2)地表面が軟らかい。

   住居なら、毎日人が暮らしていて、

   地面を歩いたり、ねっころがったりする。

   だもんで、地面が固くなるんだな。

   でも、ここの地面は軟らかめだったらしい。



 3)出土品が少ない。

   住居なら、生活に使った甕とか土師器とか

   出てくるはずなのに、あんまり数が

   出てこなかったってことだな。


 
 など、住居とは違う特徴があるようだど。


 ここに集まって、死者を慰める祭りをしたり、

 埋葬の準備をしたり、したんかな?


 もしかしたら現代の、

 葬儀場みたいな役割をしてたんかもしんないね。




 ゆっくりと、外にでる。

 光が入るっつっても、外と中じゃ、光の量が違うかんな。

 目を慣らさないと、くらくらしちゃうど。


 ふうむ。縄文人は、くらっときたり、しなかったんだべか?

 あかりは、どうしてたんだろうね?


 謎、増えちゃった。






《参考》


 よみがえる太古 うつのみや遺跡の広場 (資料館でもらったパンフレット)







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最終更新日  2017.03.17 23:41:00
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2017.03.12

「聖山1号古墳の石室」




『根古谷台遺跡』に入る。

 中は、きれいな公園になってるど。


 右のほうには復元された建物が

 ぎっちり並んでる。

入り口右



 左の道も、建物がみっちり。


入り口左


 さ~て。どっから見学したらいいんかな?

 決められたルートはないみたいだから、

 どっから見ても、問題なさそうだけど。



 ん~。あ、そうだ。

 忘れないうちに、古墳みとこ。

 入口を通って、左側の斜面にあるらしいんだけど・・・


復元古墳1


 あ! あった。


 これは、古墳の『石室の一部』を復元したものなんだよ。


 ゴミ収集所じゃないどw。




復元案内板

 案内板によると。

『聖山公園』を造成したときに調査した

『聖山古墳1号』のものなんだと。

 古墳の形は、円墳だったみたいだな。


 どうやら『将軍塚古墳の石室』も

 こんな形になってるらしいんだどもな。
 


復元古墳2


 なんか物足りないな~。

 もう一息! がんばって、入口まで復元したら、

 『石室』っぽくなんじゃないけ?


 周りの盛土がないから、物悲しく感じるよ。


 それとも、発見された時にゃすでに、

 ぼっこれてたんかなぁ?

 だから復元古墳も半分ぼっこれてんのけ?



 古墳時代はこったらとこに、埋葬されたんだね~。

 ちょっと狭くて息苦しくなりそうだけど。


 死体は文句、言わねべな。
 


 隅っこにあって、見逃されそうだけんど。

 忘れずに見ておきたい、古墳だど。


 






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最終更新日  2017.03.13 00:20:30
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2017.03.10
「犬飼城」




『うつのみや遺跡の広場』。

 入口にゃ『根古谷台遺跡』って書いてあるど。

入り口

 どうやらこの辺りの地名が『根古谷』っていうらしいんだ。


『根古谷』っつうと、

 武士の住居があった場所をさすらしいんだけど。

 なんか、お城を想像しちゃうね。


『舌状台地』も、左右は堅固な崖。

 そして崖下には『姿川』と『武子川』。

 城を築くにゃいい条件がそろってるよ。


 近くに城址がある可能性は、高いべな~。



 と、思ってたら、ほんとにあった!


『犬飼城』っつってな。

『小山義政』のが築いた城なんだと。

 住所は 栃木県宇都宮市上欠町根古谷。


『根古谷台遺跡』から南の方向に、

 約0.6キロほど進んだとこに、あんだって。

『舌状台地の突端部分』になるみたいだな。



『犬飼城』は

 康暦元年(1379)。

『祇園城(小山市城山町)』の支城として築城されたらしいど。


 そして 元亀4年(天正元=1573)。

『犬飼康義(いぬかい やすよし)』が城主になったんだどもな。

 宇都宮氏に攻め込まれて、滅亡。

『犬飼城』は廃城になったらしい。




 だども『とちぎの古城を歩く』っつう本によると、

『犬飼城』は、小山氏の城じゃなくて、

 宇都宮氏が築いた城だったんじゃないか、って説もあるんだと。



 まずは築城された年代だどもな。

 このころ、宇都宮氏と小山氏の関係は最悪な状態だった。


 次の年、康暦2年(1380)にゃ、『裳原(もばら)の合戦』があってな。

 土地の境界線を争って、大きな戦が起こってる。


 当時の『宇都宮城主・宇都宮基綱(うつのみや もとつな)』は

『小山義政』に打ち取られちゃって、

 さらに騒動は大きくなっていったんだよね。

 
『小山義政の反乱』の発端になったって言われてる戦だど。

 
 
 ところが『犬飼城』がある場所は、宇都宮氏の領土内。

 いつ戦が始まってもおかしくないほど険悪な状態で、

 敵の領土内に、支城を作れるもんなんだろうか?


 ってとこが、引っ掛かってるみたいだど。



 それと、『犬飼城』の北西に2キロほどいくと、

『深津城(鹿沼市深津)』があってな。


 ここは 『宇都宮氏の家臣・小林氏』が築いたものらしいんだけど。

『犬飼城』から丘陵の尾根伝いに、

『深津城』へ通じる古道があるんだと。



 それらの情報から推測すると『犬飼城』は、

『祇園城の支城』じゃなくって、

 宇都宮氏が南西の方向を守らせるために

 築いた支城なんじゃないか、

 って説が出て来たみたいだな。



 でもな~。

『深津城』が築城されたのは

 永禄年間(1558~69)ごろって話だど。

『犬飼城』の築城よりも、ずっと後だな。

 
 
 築城された年代は言い伝えで、はっきりしないそうなんだけど。

 ちょっとズレが大きすぎるね。



 あ、もしかしたら、

 最初に築城したのは『小山氏』だけど、攻め落とされちゃって。

『深津城』をこしゃるとき、再利用したのかも。


 
 くわしい資料が残ってない城だかんな。

 いろんな想像が出来きて、たのしいな。



 いつか発掘調査や資料がめっかったりして、

 真実がわかるといいな。





 

 


《参考》


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最終更新日  2017.03.11 00:33:35
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2017.03.05


「資料館」




『うつのみや遺跡の広場』の入口近くに、案内板があったど。


案内板2

 全体図は、こんな感じだな。

 真ん中辺に丸い広場があって、

 周辺に『復元された建物』が、配置されてる。


 他に『資料館』と『お手洗い』があるね。



『お手洗い』は、こんな感じ。

お手洗い

 縄文時代の建物を、意識してんだべな。

 屋根の端っこが、尖がってる。


 中は現代っぽくてな。綺麗だど。

 そうそう。

 ここは『トイレーナ』っつう簡易水洗トイレなんでな。

 使い方にちょこっと、こつがあるんだよ。


 みたとこ、普通の和式トイレなんだどもな。

 横にレバーがあってな。

 操作すると、便器に水がためられるようになってんだ。


 大便の時に使うんだと。

 へ~。おもしろいね。



 
『お手洗い』の隣りには、『資料館』がある。


資料館

 こっちも縄文時代を意識してんだな。

 ちょっと丸っこい感じで、めめっこいな。

 
 中には『将軍塚古墳』から出土した『土師器・須恵器』が

 展示してあるど。


 他に『根古谷台遺跡』から発掘された『耳飾り』もあったな。

 あ、『根古谷台遺跡』っつうのはな。

『うつのみや遺跡の広場』のメインのとこ。

『縄文時代の遺跡』のことだど。

 この辺の地名から、ついたんだべな。



 で『耳飾り』の話だどもな。

『耳飾り』の付け方が、イラスト入りで解説されてたんだ。


『けつ状耳飾』は 薄くて丸い円盤みたいなやつでな。

 細長い切れ込みが入ってる。

 この切れ込みを、耳たぶの穴に通して使うんだと。

 
 でっかいピアスみたいな感じかな?


 手のひらぐらいの大きさで、現代の物より重そうだけど、

 まあ、なんとな~く、理解できるかな。


 だどももう一個。こっちがよくわかんない。

 ま~るくて、厚みがあって、中に細かい細工がしてあんだ。

 ペットボトルの蓋をイメージすると、近いべか。

 
 これはそのまま、耳たぶの穴に突っ込む。

 最初は小さな穴から初めて、だんだん大きくしてくんだと。

 そうすっと、穴も大きくなって

 大きな飾りをつけられるようになんだけど。


 耳たぶも、びよーんっと伸びっちゃう。

 
 瓢箪がぶら下がってるみたいだなw。



 そこまでして、つけたいものなんかな?

 身分を示す象徴だったとか?


 だども痛そうだな~。

 真似したくないな。




 あとは、模型がいっぱいあるど。

 復元建築の骨組みや内部が見れるもの。

 遺跡から出土した墓壙のようすを再現したものは、

 勉強になるど。


 
 一番のおすすめは、『遺跡の広場周辺地形』の模型。

『舌状台地』の形がよくわかる。

 ほんとに舌みたいな形、してんだ~。

 
 現代の模型だな。

 田圃や建物、道路や川の位置も細かく再現してある。


 今どこかな~?
 
 なんて探しながら、じっくり眺められるど。



 遺跡広場の移り変わりを再現した模型も、興味深いな。


 最初は小さな空き地だったとこに、

 家が建って、だんだんと広がっていくんだ。



 よくこんな細かいの、こしゃったな~。

 
 それにしても、考古学ってすごいね。

 どの建物の跡が、どの時代にあったのか、

 わかっちゃうんだもの。


 そんで、どんなふうに村が発達していったのか、

 ってとこまで、わかっちゃうんだもんな。




 ここの『資料館』は学校の教室みたいは雰囲気でな。

 あんまし大きくないけんど、

『根古谷台遺跡』の基礎知識がばっちり納めてあっかんな。

 見学まえに、立ち寄ってみとこれね。


 入場料は無料、だかんね~。


 事前に見ておくと、

 遺跡見学が数倍、おもしろくなるど。






《参考》


 よみがえる太古 うつのみや遺跡の広場 (資料館でもらったパンフレット)









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最終更新日  2017.03.06 00:31:41
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2017.03.02
「将軍塚古墳」





『うつのみや遺跡の広場』の駐車場に車を止めると、

 目の前にぽっこりとした山がめ~る。

将軍塚古墳

『将軍塚古墳』だど。

 まずはこっから、探索してみんべ。



案内板

 案内板によると、

 墳丘 約30メートル

 周溝周り 約35メートル

 高さ 約2.4メートル


 7世紀前半ごろ(約1,400年前)の

 『円墳』なんだって。



 なので、反対側からみても、

将軍塚古墳

 同じ形w。


 じっくりみようと近づくと、

将軍塚古墳2


 深い堀になってる。

 ここが『周溝』だな。

 
 昔もこったら深かったんだべか?

 それとも、古墳時代はもちっと、

 地面が低かったんかな?





将軍塚古墳通路

 お! 道がある。いってみよっ。




上から

 ここの『墳丘』は、2段になってたのかな?

 下のほうに平な部分があるよ。


反対側

 反対側も。


 まるで帽子のつばみたい。

 あったらとこに埴輪とか

 土師器をならべたんだべな。


 発掘調査の結果じゃ、『土師器』や『須恵器』、『鉄器』などが

 発見されててな。

 公園内の資料館に展示してあんだって。


 埴輪は、なかったみたいだね。

 ちょっとがっかりだな。




 祠
 
 頂上には『祠』があった。

 神様として、大事に祭られてんだね。



 この辺りには昔、4~5基の古墳があってな。

 この古墳は中でも一番大きくて、立派だったんだと。

 だもんで、『将軍塚』って呼ばれてたんだと。


 他の古墳は『聖山公園』の増設や開発で、なくなっちゃったみたいだど。


 どの辺にあったんだべな。


 
 他にも

『舌状台地』をず~っと北へ向かうと、

 いくつか古墳があってな。


『将軍塚古墳』と関係があるのかどうか、

 研究されてるみたいだど。


 
 細長い古墳群が、あったのかなぁ。

 どんな人たちが住んでたんだべな。

 わかるといいな。





 
 
 
 
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最終更新日  2017.03.03 00:14:53
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2017.02.26

「聖山公園」





 今回は『うつのみや遺跡の広場』さ、行ったときの話だど。

 ここには『縄文時代の遺跡』と

『うつのみや遺跡の広場資料館』が、あるんだど。


 探索日は 2016年12月10日。

 風っこ強くてな~。寒かったど~。


 場所は 栃木県宇都宮市上欠町151-1。

 宇都宮市の中心部からだと『楡木街道』をまっつぐ西に。

 鹿沼市の方向へ向かってくと、楽にいけるど。


 
 そうそう。ここは、見学できる時間がきまっててな。

 午前9時~午後5時(4月1日~10月31日)

 午前9時~午後4時30分(11月1日~3月31日)


 入園は閉園30分前まで、なんだって。



 月曜日と祝日の翌日、年末年始(12月29日~1月3日)

 が、休みなので、公園内にゃ入れません。


 入園料は無料なんだけど、見学できないときがあるので、

 気~つけとこれね。



 さてと。
 
『うつのみや遺跡の広場』は、『舌状台地』っつう高台にあるんだ。

 だもんで、台地を上がりきるちょこっと手前で、左折する。


 脇に入る坂道があってな。

『聖山公園』って看板があっから、

 そこさ向かって、曲がってくど。


『うつのみや遺跡の広場』は『聖山公園』の奥。

 南のほうに、あるかんな。

『聖山公園』の横さ通り抜けると、近いんだ。


 らくがき地図さ、描いてみた。

 こんな感じだったかな?


遺跡公園の地図


 イメージなんで台地の形がちょっと違うかもしんないけんど、

 こったら雰囲気のとこだよ。




 今回は、迷うとこなかったな~。

 と、安心してたら、とんでもない。


 この細道が、急なんだ~。


 両脇は、切り立った土壁でな。

 道もぐいっと勢いよく曲がってて、直角に近い。


 きっと道を通すために、掘り下げたんだろな。

 高い壁が迫ってくるようで、おっかなかった~。




 坂道を上りきると、『聖山公園』の正面にでる。

 ほっ。一安心だな。

 と言いたいとこだども、ま~だ困難は残ってた。



 実は『聖山公園』っつうのはな。

 ピクニックを楽しんだり、運動をして

 リフレッシュするような公園じゃないんだよ。


 何かっつうと、『市営墓園』なんだ。

 だから、半端な数じゃないお墓が

 ずら~っと並んでる。


 幸いなことに、墓地の周辺は木で囲まれて、

 直接中は見れないんだけんど。

 気まずいな~。


聖山公園

 これは『うつのみや遺跡の広場』からみた『聖山公園』。

 卒塔婆がめ~るね。

 こりゃ、間違いなく、お墓だ・・・。


 綺麗に整備されてるから、鳥肌のたつような恐怖は、

 ないんだどもな。

 な~んか、変な感じ。落ち着かないな。

 どうも、現代のお墓は、苦手だなぁ。



 ここは、片側通行になっててな。

 車は時計回りにしか進めない。

 だもんだから、丸く設営された墓地を、

 時計回りに、とろとろ進む。


 あんましスピード出すと、

 墓参りや散歩に来てる人がいた場合、危ないかんな。


 それに、左っかわも、危ない。

 崖になってんだよ。


『舌状台地』の高さは、約15メートルあんだって。

 車ごと落っこったら、死ぬかもなぁ。
 


 右手に墓地。左手に崖。


 どきどき、どきどき。


 こりゃ、いやでも運転が慎重になっちゃうよ。



『聖山公園』をほぼ半周したところに、ちいさな山をめっけた。


将軍塚古墳


『将軍塚古墳』だ!

 これさえ見っければ、目的地は目の前。


『将軍塚古墳』の横に設置された駐車場に車をとめれば、

『うつのみや遺跡の広場』が、目の前に!


 公園の柵越しに、復元された建物がめ~るよ。



 やっと、到着~。

 道にや迷わかなったけんど、神経が疲れたよ~。

 

《参考》


 よみがえる太古 うつのみや遺跡の広場 (資料館でもらったパンフレット)



 
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最終更新日  2017.02.27 00:38:07
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