解禁日に当てを拵える
Thursday,December 4, 2025 午前3時起床。晴れ。強風だった北西の季節風、今日は弱まりました。夜明けまで書斎に過ごしました。3日間、夜のお勤めを控えました。そのせいで寝起きの頭は冴えている感じ。調べ物が進みました。 白みはじめ、散歩に出かけるか。午前6時半前、勝手口を出ました。一人歩きの友はTBSラジオ、森本哲郎スタンバイです。聞きながら早足。おっ、Mさんちのイチゴハウス、今日もあかりを灯しているぞ。ボイラーの音も聞こえました。中を暖房、結実を促しているのでしょう。 その時刻、振り返ると、九州百名山の一つ、元越山(もとごえさん)の稜線はこんな感じでした。 20分後、鯉に餌を与えた後、同じ稜線にレンズを向け、再度シャッターを切ると、オレンジ色が消え、こんな写真になりました。CanonコンデジG15、極彩色モードは面白い。 さて、アルコールは今日解禁。と言っても上に書いたとおり、3日間我慢しただけでしたが。午前10時前、お米券を持ち、何時ものスーパーへ。当てを仕入れに、でした。小鯵1パックと潤目を2パック。全部で1ラー余りでした。お米券を1枚使い、200円ほど追いを打ちました。写真は求めたウルメイワシです。 昼前までこれらにかかりきり。台所に立ちました。が、「そんなことより」お米券です。ブロ友さんから「早くもお米券?」というコメントを頂戴しました。そうでしょう。これ、令和7年度の国補正、大型経済対策予算の中に含まれるそれではありません。令和6年度の経済対策予算、その繰り越し分を使って佐伯市が配布したものです。自治体により配ったり配らなかったり。 余談です。流行語大賞、「働いて働いて働いて・・・」になりました。この言葉、流行したのかな。杣夫は、古古古米やクマ被害を押しますが。大賞には締め切りのあって、対象外なのでしょうけど、間に合えば「そんなことより」が受賞したかと。 あっ、杣夫はサンデー毎日です。「働いて働いて働いて・・・」なんて関係ありません。「そんなことより」今夜のつまみです。出来ました。 潤目の煮付け。 こちらは酢締め。どちらも上手に出来ました。 加え、小鯵の刺身も。これで当ては十分です。準備万端。 さてと、明日は施設に入所の父を覗こう。羽布団や羽織るものを、妻が父の家に行き、見繕ってくれました。足りないものは彼女が買いだしへ。写真は父の家、庭の築山に実をクロガネモチです。赤い実、鵯は食べに来ないのかな。 杣夫は羽布団や洗濯したシーツ、セーターなどを干しました。 陽が傾きました。午後の散歩に出かけるか。Rさんを誘いました。何時ものコースを30分。彼の家に戻って彼曰く「お前、今日が解禁じゃろう?これをやるわい。1本は奥さんにだぞ」有り難うございます。その場で早速プシュッ。クワワワワァ~、もちぇん。 今日の写真は、父が描いた画です。油彩。100号位かな。左は杣夫の祖父、中が祖母。右がサイパン島で戦死の伯父です。祖父母にとっては長男。祖父は、長男に徴兵を免れることのできる教師になることを勧めた、ということを聞いたことがあります。伯父はそれを聞き入れず、満州の夢に惹かれ、国内の不景気から飛び出したのでしょう。結果として、南洋の小島で若い命を散らすことになりました。その辺りも小説の機微になるのです。それにしても息子の戦死を祖父母はどの様、受け止めたのか。 思うのです。時代背景、なされた教育に違いあることは承知ですが、自分の子が徴兵され、命を落とすことを想像すると、いけません、理屈はどうであれ、反戦平和です。 父の家、玄関の手摺りに秋茜が留まっていました。特攻隊員は蛍になって戻ってくるという映画がありましたが、この赤蜻蛉、もしかして伯父なのかも(なんちゃって)。