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カテゴリ:心の声
「許す」という事は一見心の広い行為に見えるが、よく考えて
みると傲慢な行為だと言う事がわかった。 ・・・してやる。 教えてやる。 心配してやる。 奢ってやる。 相手してやる。 可愛がってやる。 etc・・・・ してやるって事はなんだか恩着せがましい行為だ。 「してくれなくってもいいよ」っと相手は思うのではない だろうか。。 でもしてくれてる方にしてみれば、相手に自分の行為を ちゃんとわかって欲しかったりする。 結局「不安」なんじゃないだろうか。。 相手がちゃんと自分の行為を認識してくれてるかどうか 確認したいんだと思う。 要するに相手に何らかの形でフィードバックして欲しいのだ。 不安で仕方ないから。 「ちゃんと貴方のご好意は認識しておりますよ」 相手を心から信じていれば不安にはならないだろう。 相手の理不尽な好意に落胆したくないから先手を打つ? それとも全てを受け入れて「許す」のか? 許すという行為も「傲慢」な事だ。 許してやるんだから。。 ・・・してやるは、やはり人を上から見下ろして行動、 判断してるんだと思う。 表面的にどんなに礼儀正しく、常識的でも心の傲慢さって 相手に伝わるんじゃないかな。 見えない波動のキャッチボールで・・・ 相手を信じられない状態でいい信頼関係は生まれない。 見返り期待するより、自分が行動を起こした時点で 完了形にしてしまおう。 「あー楽しかった」がいつも身近にあるように心がけて。。 笑顔はマジック。 ある意味流されて生きるのも波に乗ってる事なので 素直になるって意味としていいことだと思う。 理不尽な行為と相手を攻める事もある意味傲慢な事だ。 人をコントロールすることは出来ないのだから。 それより自分が変わる方がよっぱど簡単でプラスへの近道。 毎日ってドラマチックだな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.02.06 10:44:27
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