「昭和国民文学全集(15)山手樹一郎集」 【山手樹一郎】
昭和国民文学全集(15)(著者:山手樹一郎|出版社:筑摩書房) 「桃太郎侍」と「鬼姫しぐれ(又四郎行状記第一部)」収録。 初めて山手樹一郎を読んだ。桃太郎侍といえば高橋英樹のドラマしか知らなかったが、全く違う話。 どちらも新聞に連載されたもので、山場の連続。途中から読み始めた人にも分かるように、という配慮なのか、説明的な文章が多く、又、心理描写もたっぷり。 解説によると、「山手樹一郎は、自分の作品を家族を養い食べさせていくためのもので、ほんとうに自分が書きたい作品はべつにある、と考えていたようである」ということだ。 山手は、山本周五郎の世話になったことがあり、山本周五郎が、自分のグループに入れと勧めたが、「山手は自分は家族を食わせる作品を書かなくてはならないからと断った、という」とある。 しかし、「家族を食わせる」ためと割り切って、こういう長いものが面白く書けるものなのだろうか。 桃太郎侍も又四郎も、若く、二枚目で、明るく、とにかく剣の腕が立ち、女にもて、生まれつき備わった他を圧する気品がある。 いってみれば「若様」の理想像なのである。実にわかりやすい。 初めはそれが鼻についたが、読んでいくうちに、「これはお手本を示した小説なのだ」という気がしてきた。 武士に生まれたらこうあるべきだ、町人に生まれたこうあるべきだ、というそれぞれの環境に応じた理想像を示しているのである。 悪を憎み、弱きを助け、体を鍛え、頭も使う、というお手本を示しているのである。皆が皆、子供の頃から、こういう登場人物をヒーローとして親しんでいれば、世の中少しはよくなるかもしれない。 今の、規範が欠如した社会に求められるのは、屈折した主人公ではなく、こういう単純な主人公なのだ、という気にさえなった。