「今昔物語集」(六) 【国東文麿】
巻六は「震旦」編。いまは「しんたん」と読むのが一般的だが、この本の頃は「しんだん」と読んだようだ。 死後蘇生して、地獄の有様、仏教に触れたことによって生き返ることを語るものが目立つ。 巻三。 「参考」に、超越的な禅の教えと道教の尸解《しかい》の術(死んで神仙と化す術)との結びつきが考えられる(p67)とある。言われてみると、死んだはずのものが生きている、というのは仏教説話らしからぬ。生まれ変わる方が仏教らしい。 第六。 玄奘三蔵の話。たどるたどる足の向くままに歩いていると(p98) 「たどるたどる」という語は原文ではどうなっているのかと思ったら、原文も「たどるたどる」だった。 巻末で、各話の表題の「語」を「こと」ではなく「ものがたり」とよむことにしたことについて述べられている。 体系本以来「こと」ととなっていたそうだ。今でもおそらく、「こと」と読むのがい一般的なのだろう。しかし、ここで述べられているように「ものがたり」と読んでいた可能性もあるわけだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ