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hongming漫筆

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日本の古典

2010.02.04
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カテゴリ:日本の古典
 いよいよ最終巻。
 平家討伐に活躍した義経は頼朝に追討されることになる。
 有名な「静御前」が登場するのはたった一回。「白拍子の娘の静という女」が義経のために働く場面が一回あるだけ。
 平家の物語だから、と言ってしまえばそれまでなのだが、こちらとしては物足りない。
 「義経記」では重要人物として活躍するらしい。
 義経の悲劇は、朝廷の定見のなさにも原因がある。
 十一月二日には頼朝に背くよう下し文があり、同じ月の八日には義経追討の院宣が出される。
 ただ義経を利用しただけなのだ。
 「平家物語」では義経の最期については語られない。京を脱出して北を目指したところまで。
 署名の「平家物語」にふさわしく、生き残った平氏の最期が次々に語られ、建礼門院の晩年を語って終わる。
 「平家物語」は語り物だったので、筆録されたものはいくつか種類があるのだが、それだけ好まれたということなのだろう。
 成り上がる話よりも、滅びていく話の方が好まれるのだ。

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Last updated  2010.02.04 23:59:19
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2010.02.01
カテゴリ:日本の古典
 義経の進撃が続く。
 しかし、後の不運の伏線が張ってあり、「逆櫓」で梶原景時と対立する。
 「嗣信最期《つぎのぶさいご》」で初めて義経の来歴が、相手の口から、
平治の合戦に父が討たれて孤児となったが、鞍馬の稚児になり後には金商人に従って、食糧を背負い奥州へ放浪して下った

と語られる。

 山場の一つは那須与一が扇をいるところ。
 解説によると「与一」は「余一」で、十一番目の子という意味なのだそうだ。
 見事に扇を射落とすところまではいいのだが、その後、それに感心した平家側の男が、船の上で舞い出すと、それまで射殺してしまうのはいただけない。


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Last updated  2010.02.02 00:21:09
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2010.01.26
カテゴリ:日本の古典
 一の谷の合戦以来、平家は衰える一方。源氏の進撃が描かれるのか、と思っていたら、平家側の話が多い。もっとも「平家物語」なのだから当然だ。
 源氏にとらえられた重衡、屋島から脱出して出家した維盛の話が続く。

 あまり「身分」というものを意識させる話はなかったのだが、「請文」で、時忠が、法皇からの使いの顔に焼き印を押すのには驚いた。
 「藤戸」では、土地の者に浅瀬を案内させた佐々木三郎盛綱が、ほかの人に地形を教えられては困る、と、その者を殺してしまう。戦功を競っているとはいえ、あまりにも非道だ。

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Last updated  2010.01.27 10:41:31
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2010.01.24
カテゴリ:日本の古典
 義仲追討の軍が進撃し、「宇治川先陣」「木曽最期」「坂落」「忠度最期」「敦盛最期」と山場が続く。
 源氏側、平家側それぞれに悲劇がある。
 「三草勢揃」ではじめて「武蔵房弁慶」が登場する。
 一の谷と鵯越《ひよどりごえ》はどうしても結びついてしまうが、実際には、鵯越は一の谷に接しているわけではないそうだ。
 「越中前司最期」では、敵に情けをかけたために越中前司はだまし討ちにあって命を落とす。これが戦争なのだ。

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Last updated  2010.01.27 10:22:52
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2010.01.21
カテゴリ:日本の古典
 木曾義仲の進撃と平家の都落ち。
 合戦の場面が多く、面白くなってきた。

 「名虎」の段において「相撲の節」がある。
 今の相撲とは違って、遠くへ投げている。柔術に近いものなのだろう。

 その次の段の「緒環《おだまき》」に登場する維義《これよし》の出精にまつわる話は、その段の名の通り「おだまき型」の話。

 源氏も平氏も、それぞれの武将は恩賞を求めて戦うはずなのだが、物語の中ではそういうことにはなっていない。
 武士としての名誉、後世に名を残したいという思いで命をかけて戦う。
 従って、敵であっても、すぐれたものには賞賛を惜しまないし、その武士の命を助けられなかったと残念に思う。(「瀬尾最期」)

 最後の「法住寺合戦」で、やっと「九郎冠者義経」が登場する。

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Last updated  2010.01.21 11:01:21
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2010.01.14
カテゴリ:日本の古典
 木曾義仲の進撃と、都落ちしていく平家。
 合戦の場面も多い。
 時代が違うと感じさせるのは「篠原合戦」で、十八歳の若者が、一度は命を助けられながら、その相手の高橋判官長綱を討つところ。すぐれた敵であれば、討ってしまうのだ。
 斉藤別当実盛の活躍も生き生きと語られる。
 老武者として侮られたくない、と、髪を黒く染めての出陣というのは印象に残る話だ。
 平家の都落ちでは、貴族化している平家の様子がわかる。
 俊成に歌を託していく薩摩守忠度《さつまのかみただのり》、名器である琵琶をもとの持ち主に返しに行く経正《つねまさ》。
 とらえていた東国のものたちを「心は東国にあるのに、魂の抜け殻ばかり西国へ連れて行ってもしょうがない」と逃がしてやるのも印象に残る。

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Last updated  2010.01.14 10:17:47
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2010.01.04
カテゴリ:日本の古典
 電車の中でしか本が読めないので、仕事が始まってやっと読み終えた。

 高倉院と小督《こごう》という女性との悲恋が語られるが、それもまた、入道の横暴を語る挿話となっており、こんなに非道なことをしたから、ひどい死に方をするのだ、ということになる。
 木曾義仲が挙兵し、入道は高熱を発しながら死んでいく。
 清盛入道は悪行を重ねた者だったということになっているのだが、なぜか、その死を語ったあとに、じつは慈恵僧正の生まれ変わりである、という話になっている。

 驚いたのは、
伊予国より飛脚到来す。(p106)

で、この頃から「飛脚」というものは存在したのだ。

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Last updated  2010.01.04 18:53:09
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2009.12.22
カテゴリ:日本の古典
  時は治承四年。いよいよ頼朝の挙兵。富士川の合戦(というか、平家の勝手な敗走)や東大寺・興福寺の焼失など劇的な出来事が続く。
 読んでいて意外だったのは、常磐御前の話が出てこないこと。これから義経にかかわる話のところで出てくるのだろうか。
 解説によると、「方丈記」の記述をそのまま、あるいは若干つくりかえてとりいれている部分があるそうだ。
 言われてみれば、まさに「平家物語」の時代を生きた人なのだが、「方丈記」には源平の抗争の話はなかったような気がする。
 「五位鷺《ごいさぎ》」の名の由来が、まさに「挿話」として語られている。(p100)


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Last updated  2009.12.22 21:29:21
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2009.12.14
カテゴリ:日本の古典
  源頼政の挙兵によって平家との間に戦闘が繰り広げられる。
 僧兵を味方に付け、平家と闘うが敗戦。
 戦闘の場面は躍動感がある。
 「長刀に乗らんととんでかかるが、乗りそんじて、ももをぬひだまにつらぬかれて」(p113)
など、実際にありそうな戦いぶりだ。
 太刀の使い方にも名前が付いていて、
「蜘蛛手《くもで》、かくなわ、十文字、とんぼ返り、水車、と自由自在にかけまわって、八方すきなく斬りまくった」(p206)という具合。
 面白いのは浄砂房という僧兵の論理で、合戦の中で思いのままに奮戦し、満足すると、去ってしまう。
 集団で生死を共にするという武士の倫理とは異なる行動だ。
 頼政がヌエのような鳴き声の怪物を射止める話はこの巻の終わりにある。

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Last updated  2009.12.15 08:47:38
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2009.12.10
カテゴリ:日本の古典
  巻第三は、前巻末で簡単に述べられていた、鬼界が島に「赦文《ゆるしぶみ》」が送られることになったきっかけから、一人残された俊寛の失望、その俊寛を訪ねて行って再会し、帰京して娘にその最期をつたえる有王の話と、ここだけで物語になっている。
 解説によると、「平家物語」の他の系統の本では、赦免の使者が訪れる場面は異なった描かれ方もするそうだ。
 他の二人が赦免されるのは、信仰を失わなかったため、というのが中世文学らしい。
 そのあとはまた、清盛の専横、次々に失脚していく平氏以外の公卿たちの話が羅列のように続いていく。
 失脚・左遷が続く中で、突然「行隆《ゆきたか》之沙汰」というところで、それまで貧窮にあえいでいた左少弁行隆という人物が現れて、この人だけはなぜか地位を上げられ、家中こぞって大喜びという話が挿入される。他の公卿の没落との対比なのかもしれないが、解説によると、この人物は、
「平家物語」の成立に関係ふかい一族であることは判定できそうである。(p233)

とのことだ。

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Last updated  2009.12.10 09:29:27
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