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本能寺の変の真実を霊視

2009.08.05
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では、本能寺の変でいったい何があったかについての本題に入りたいと思います。

 歴史的には、明智光秀の謀反であり、ある意味、計画性が乏しく衝動的なイメージが
 印象としてありますが、その真相に焦点を当ててみますと、実際のイメージとは全く
 異なったイメージが伝って来ます。
 
 本能寺の変の計画はその4,5か月前位からはあったようです。

 これはですが、秀吉のイメージがその部分に強くイメージされます。

 その内容はですが、秀吉自体はとてもプライドが高く頭が切れてずる賢いイメージですが、
 内面は、とても小心者で臆病なイメージです。

 小心者で臆病ゆえに、自分のプライドを誇示するために、相違工夫をしている様子が
 伝わって来ます。

 その結果が、秀吉の常識はずれの躍進的なイメージに繋がっているようです。

 そして、自分を守るために特別な忍者のような組織部隊を、秀吉の信頼のおける部下達と
 密かに作っているイメージです。

 その秀吉が作った特殊部隊は、秀吉の護衛と対戦相手や身内のスパイ工作が主な
役割のようで、この特殊部隊が本題の本能寺の変の根本にあるイメージが伝わって来ます。

 (このイメージを伝えてくる方は弥助という外国人のイメージの方であると思います。)


 ここから伝わって来ます、本能寺の変の真相に関する内容ですが、秀吉が高松城に
 出兵しますが、秀吉はそこにはいないイメージです。

 秀吉の兵の本隊は、もっと自分の城に近い場所に待機していたものと思います。

 一部が高松城付近には行っているイメージですが、戦のイメージはまったくないようで
 高松城を落城するというイメージよりも、天下を取るイメージを秀吉はその時点で強く
 意識していたようです。(信長の動きも手に取るように見えているイメージです。)

 これは、秀吉の特殊部隊の中の力のある方が、秀吉に持ちかけている話のイメージで
 その話の内容は、隙だらけの信長の首を取る事はその作戦で確実に出来るという
 イメージです。

 最初はその話自体を怖がっていた秀吉のイメージですが、ある時より天下を取ることを
 意識しだしたようです。

(成果を上げ、結果を充分に残している秀吉に対してのさげすましたような
  信長のあしらい方にかなり怒りをあらわにしているイメージです。)


 そのため、自分の特殊部隊の作戦により信長の援護を少数にし、その中の大半に
 信長が信頼をおける秀吉の部下を忍ばせていたようです。


 弥助のイメージからは、信長に対して護衛をもっと多くするように進言している
 イメージもありますが、本能寺は防備がしっかりしているのと、その当時、信長に
 対して進軍してくる国などない思い込みのような過信が合ったようです。

 では、信長はいったいどうやって襲われたのでしょうか?

 これは、本能寺の外のイメージがあります。

 秀吉の特殊部隊に後ろから襲われているイメージです。

 たぶんですが、その特殊部隊の工作により、本能寺にかなり多くの敵兵が向かって
 いるので本能寺に居たら危険であるという情報が信長に伝えられたと思います。
 
 その為、信長は本能寺から一番近い味方の城(京都?)に10数名程の移動しやすい
 少人数の護衛をつけて向かったのではないかと思います。

 本能寺を出て1時間ほど移動した人目のない場所で、秀吉の策略にはまっている
 イメージです。

 そして、その遺体はすぐに埋められてしまったイメージです。

 
 本能寺に残って生き残った弥助などは、信長が本能寺を出ていることは知らないようで
 信長が本能寺から出て行くのも、襲われたのは見ていないと思います。


 後で、その特殊部隊から弥助が教えられた情報は、信長が先に本能寺を出て
 近くの味方の城に向かっている事を伝えられ、このままでは、信長の親族も危ないという
 情報を聞かされたのではないかと思います。
 (弥助に冷静な判断をさせたくないようなイメージが何故かあります。)

 そのため、弥助は逃げるというよりも、信長を探すために援護を集めようと
 していたようです。

 弥助はデマを流すために利用されているイメージです。

 そして、明智光秀はですが、秀吉の策略で、信長が襲われたと同時に信長を襲撃している
 兵が居るという情報を伝えられたようです。

 殿の一大事とすぐに一万三千もの兵をすぐに移動させているイメージですが、
 その移動にも秀吉の計算された策略があったようで、光秀が向かった時点では
 信長が襲われた後で、時すでに遅しのイメージで本能寺自体も燃えつきている
イメージです。
 (本能寺を燃やしたのは、証拠隠滅と時間稼ぎのイメージです。)

 光秀が本能寺に着いて、その情報を調べて得た結果が、信長とその家臣は最後まで戦ったが
 敵の兵の数には到底かなわず、自分の最後を悟って自害したという情報であったような
 イメージです。
 (光秀と弥助は本能寺では出会っていないイメージで、行き違っているようです。)

 そこで意気消沈した光秀に伝えれられた情報が、信長の親族が襲われている
 という情報ではなかったと思います。

 その情報を元に信長の親族を救済しようと、光秀は親族の居るとされる場所に
 向かっているイメージです。

 信長の親族を襲ったのは実は高松城には行かなかった、秀吉の軍の一部では
 なかったのかと思います。

 秀吉軍は何らかの理由をつけて、城に入り、明智光秀の軍である事を名乗り
 そのまま無防備の状態の信長の親族を襲ったのではないかと思います。
 (自害されている方もいるイメージです。)

 そこへ、本能寺で時間をかなり費やしてしまった光秀軍が付いた時には
 時すでに遅しで、光秀に親族襲撃の濡れ衣もきせられ、
 秀吉の特殊部隊によって、信長の兄弟の城を襲ったのは光秀の反逆と
 嘘の情報を世間や信長関連の家臣の方々に伝えられたのではないかと思います。

 当時の下克上と言われた世界では想像の付かない鉄砲よりもはるかに
 強力な、情報操作が作戦として完璧に使われていたイメージが強く
 感じられます。

 (忍者が当時いたのかは私にはわかりませんが、凄く頭脳明晰な集団が
  実在していたのではないかと思います。)

 これが私の霊視的なイメージで見てみた本能寺の変のイメージです。

 そんなのは在り得ないと言われる方が多々おられると思いますが
 私は歴史には全く詳しくなく、あくまでも本当に信憑性はありませんが
 少し違った視点から楽しんでいただけましたら幸いです。





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最終更新日  2012.03.16 11:33:14
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2009.08.04
 

 次に織田信長のイメージに入って行きたいと思います。

 信長に明智光秀の頭をはたいた件について聞いてみますと、そんな事はないと
 伝えてきます。

 では、どんないきさつがあったかについてですが、家康の接待を光秀に
 命じたのは、光秀はとても知識が豊富で、家康をもてなす上での気配りがあって
 信用がおける部下であった事を強く伝えてきます。
 
 (家康はとても大切な客人のイメージで、信長にとっても特別な
  人物のイメージです。そんな特別の人物の接待役を任せられるくらい
  光秀には信頼を持っていたイメージです。)

 では、光秀に対して厳しい言葉をかけたかについてはですが、手柄を立てた家康に
 最高のもてなしをして、絶対に失礼(落ち度)がないようにと強く命令している
 イメージを伝えてきます。

 それに対しての明智光秀の信長の命令に対してはですが、家康にもいいイメージを
 持っているようで、いいもてなしをしようときちんと受け止めているイメージです。

 
 では、明智光秀が本能寺の変の主犯者じゃないといたらいったい誰が
 犯人なのでしょうか?

 この部分は、いろいろな方々の思いやイメージが長い歴史の間に交錯しているイメージで
 霊視的にはいろいろな事が伝わって来るため、その真相について入って行くのは
 とても困難なイメージです。


 そのため、信長のイメージに入って推理という形から、深くその真相について
 入ってみたいと思います。

 当時の時代に織田信長の存在が一番邪魔で、信長が居なくなったら誰が得をするのか?
 そこに答えがあるとイメージを伝えてきます。

 結局、本能寺の変後に誰が何も苦労もなく得をしたかですが、それは、
 豊臣秀吉だったのではないかと思います。

 信長の言葉を借りますと、サルめというイメージを伝えてきます。
 
 (当時、信長が秀吉さんをサルと呼んでいたかは定かではありんせんが
  そんな、こんちきしょう的なイメージを伝えてきます。)

 信長はあまり秀吉の事が好きではなかったイメージです。

 ずるがしこいというよりも、ずるいというイメージを持っています。
 
 信長に対しての忠誠もまったく信じていないイメージです。

 秀吉に対しては、秀吉がどんなに実力をつけても所詮、秀吉程度の
 イメージで、秀吉を下げてみると言うよりも、いつでも捻り潰してやる的な
 イメージです。

 (このイメージは秀吉にとってもかなりの脅威があったものと思います。)

 それに対して、信長から見た明智光秀は、豊臣秀吉のイメージはまったく
 正反対のイメージです。(従順的な家臣のイメージです。)


 
 本当に織田信長のカリスマ性はその当時の脅威に近い存在だったのではないかと
 思います。

 誰も信長に謀反を犯すなどと言う事は考えもしなかったものと思います。

 そんな織田信長の誤算が、誰にも絶対に負けないという思いが強すぎて
 自分の周りを守る細かい配慮が足りなかったようです。

 自分の力を自負し過ぎていたようなイメージで、過信ではなく慢心であったと
 信長のイメージは伝えて来ます。






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最終更新日  2012.03.15 20:15:16
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2009.08.03


本能寺の変について、ゴル風の霊視的なイメージで
その真相について解き明かして行きたいと思います。

ただし、信憑性はまったくありませんので、皆さんのイメージの
中で楽しんでいただきましたら幸いです。


(天王寺の変の説明より)

天正10年(1582年)夏、信長は四国の長宗我部元親攻略に、三男・神戸信孝、重臣・丹羽
長秀、蜂屋頼隆、津田信澄の軍団を派遣する準備を進めていた。

同年3月11日、北陸方面では柴田勝家が富山城、魚津城を攻撃(魚津城の戦い)。
上杉家は北の新発田重家の乱に加え、北信濃方面から森長可、上野方面から滝川一益の
進攻を受け、東西南北の全方面で守勢に立たされていた。

同年5月15日、駿河国加増の礼と武田征伐の戦勝祝いのため、徳川家康が安土城を訪れた。
そこで信長は明智光秀に接待役を命じる。光秀は15日から17日にわたって家康を手厚く
もてなした。

家康接待が続くなか信長は、備中高松城攻めを行なっている羽柴秀吉の使者より援軍の
依頼を受けた。「毛利氏が大軍を率い、高松城への救援に向かう動きがある」との
ことであった。

信長は光秀の接待役の任を解き、秀吉への援軍に向かうよう命じた。のち『明智軍記』
などによって江戸時代以降流布される俗説では、このとき、光秀の接待内容に不満を覚えた
信長は小姓の森成利(森蘭丸)に命じて光秀の頭をはたかせた、としている。

信長は5月29日、中国遠征の出兵準備のために上洛し、その後は本能寺(在京)に逗留して
いた。ところが、秀吉への援軍を命じていたはずの明智軍が突然京都に進軍し、6月2日に
本能寺を襲撃する。この際に光秀は部下の信長に寄せる忠誠の篤きを考慮し、現に光秀への
忠誠を誓う者が少なかったため、侵攻にあたっては標的が信長であることを伏せていたと
いわれる。100人ほどの手勢しか率いていなかった信長であったが、初めは自ら槍を手に
奮闘したとされている。しかし圧倒的多数の明智軍を前には敵わず、居間に戻った信長は
自ら火を放ち、燃え盛る炎の中で自害したと伝えられている。享年49(満48歳没)。

光秀の娘婿・明智秀満が信長の遺体を探したが見つからなかったため、密かに脱出し別の
場所で自害した説がある。また信長を慕う僧侶と配下によって人知れず埋葬されたという
説もある。なお、最後まで信長に付き従っていた者の中に黒人の家来・弥助がいた。
弥助は、光秀に捕らえられたものの後に放免となっている。それ以降、弥助の動向に
ついては不明となっている。

平成19年(2007年)に行われた本能寺跡の発掘調査では、本能寺の変と同時期にあったと
される堀跡や大量の焼け瓦が発見された。これにより、城塞としての機能や謀反に備えて
いた可能性が指摘されおり、現在も調査が続いている。


→難しい内容だとは思いますが、ようは織田信長が明智光秀に徳川家康の接待役を
 命じたが、接待内容に不満を覚えた信長が森蘭丸に光秀の頭をはたかせた事で
 織田信長に恨みを抱いて、秀吉の援護のために出兵した兵士1万3千人で本能寺に
 宿を取って居た信長(160人)を襲撃したという話です。

この事は歴史で習った事がありますが、天下の英雄、織田信長と、
 裏切り者の明智光秀と私も記憶していたものと思います。

 でも、近年になっていろいろな説がささやかれていますよね。

 では実際はどうなのか?霊視してみたいと思います。
 (信憑性はありませんがチャレンジしてみたいと思います。)

 
 まず、明智光秀のイメージから入って行きたいと思います。

 1番最初に考えておきたいのは、頭をはたかれたから天下人信長を簡単に敵に回す
 事が出来るかと言う事です。

 明智光秀のイメージに入って行きますと、とても真面目で、殿からの命令は
 絶対のイメージがあります。

 そして、部下に対しては一本筋が通っているイメージで、織田信長の言葉なくしての
 行動や判断は絶対に行わないくらいの忠誠心が伝わってきます。

 そのため、頭をはたかれた以外の信長に対する恨みはあるのかに関しては
 
 信長はいろいろなことで自分勝手な行動をするようなイメージな方であるようです。

 部下の中でかなり実力のある方々にもそんな自分勝手な嫌なイメージを与えていた
 ようですが、戦に勝利するなど、その行いの結果をちゃんと残しており
 活躍した武将には褒美もケチることはなく与え、飴とムチを上手く使い分けて
 いたイメージです。

 明智光秀のイメージから信長を見てみますと、天才で心ある人物に見えていた
 イメージです。(これは絶対にゆるぎないイメージです。)

 そして、家族の中で大事な方を信長に送れるほど、忠誠心を誓っているイメージです。

 たぶんですが、信長に死ねと言われたら何も反感も持たずに自決出来るくらいの
 覚悟を持っての忠誠のイメージを伝えてきます。

 では、こんなイメージの方が何故、一万三千もの兵士を連れて、たった100人の
 護衛しか付いていない本能寺に向かってしまったのでしょうか?

 もしも、織田信長を打倒したとして、その後の事は考えなかったのでしょうか?

 織田信長を頂点とする兵の数は、その何倍も居たと思います。

 特に、秀吉や家康といった歴代の武将が敵になる可能性は大にあったと思います。

 しかも、明智光秀が率いた一万三千の兵は織田信長の正規軍だという話です。

 誰が、明智光秀の命令を聞くのでしょうか?

 ましてや、兵を騙す事が出来たとしても、織田信長の暗殺が知れた時には
 すべての兵をその時点で敵に回してしまうものと思います。

 こんなリスクしかない事は、知将明智光秀が予測できない訳がなかったと思います。
 
 頭をはたかれたくらいの腹いせに、織田信長を襲撃しようと、天下の知将明智光秀が
 考えるでしょうか?

 とてもおかしい話だと思いませんか?

 では、誰か違う武将との裏での繋がりや、指示があったのでは?についてですが
 そんな計画的な時間をかけるほどの時はなかったイメージです。

 本能寺に向かう明智光秀のイメージは一刻も早く向かわねばというイメージだけが
 伝わってきます。

 
 


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最終更新日  2009.09.25 09:45:22
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