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本当にあった怖い話

2009.09.08
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本当に、長々の私の7才の時から始まって、私が32年後に妻が癌になって霊視浄化が
偶然できるようになり、海岸繋がりのエネルギーの全てを浄化するまで計35年間の
月日が経過しました。

結局、私がもし霊視浄化に携わって居なかったのなら、たぶん、ただの怖い話として
私一人の記憶の中だけに終わって居た話だと思います。


これは、私だけに言えることではなくて、それぞれ個々の方々が考えるか考えないか?
または気づくか気付かないかで微妙には違うと思いますが、それぞれの人生において
大なり小なりの私のような経験を皆さんもされているものと思います。

本当に3次元的、エネルギー的な課題多き人生ですよね。


人間は人間として、どう生きるかが重要だと私は思います。

霊界はすべてがプラスイメージです。

そして、人間界は霊界に比べてマイナスイメージと言っても過言ではない
世界です。

エネルギー界はプラスに終わると永遠にプラスが残り、マイナスで終わると
永遠にマイナスが残ります。

ようはそれぞれ個々の方々の生き方の要所要所の終わり方次第、生き方次第
なのです。

プラスのイメージでいかに終われるかが大きな課題でもあるのです。



人間は誰しも自分が特別なものと思っているものです。

それはとても正しいことであると思います。

でも、そのイメージの受け止め方次第では、簡単にマイナスの課題になって
しまうように人間界のシステムはそうなっています。

例えば、人に対する怒りです。

相手がどんなに悪い事をしたとしても、感情的になって怒りをあらわにしてしまった
場合、大きなマイナスが生じてしまう事が多々あります。

もし、部下や自分の子どもが失敗したとします。

親として上司として、その失敗がその部下や会社の将来や子供の未来に対して
後々続かないように建設的に考えて怒ったとしても、それに対して返ってくるのは
叱られた側の感情論なので、1の怒りに対して1のお返りで済むものです。

しかし、自分がイライラしていたとか、自分の都合よく行きたいからと感情的に
部下や子どもを叱ってしまった場合は、自分の感情的な都合が入っている分、
お返しが2にも3にもなってしまうものです。

変な話ではありますが、相手の失敗なのに、いつの間にか自分にも不具合が生じて
しまうようにできているのです。

相手が悪いのに、自分が怒りをあらわにしてしまったからと言って、自分にマイナスが
生じてしまうなんて、人道的にも道徳的にも本当におかしい事ですよね。

しかし、この人道的な意味合いも道徳も実は人間が集団生活を生きるために、
人間の都合で考え出された物なのです。

人間界(3次元界)イメージなのです。

3次元界のイメージで霊界(4次元界)に通じるものは実は、霊界イメージである
人間界を生きながら霊界イメージを感じることなのです。

それが、人間として生きている事の受け止めであり、霊界と同じプラスイメージで
終われることなのです。

もしも私が全て霊のせいにして、悪霊やら呪いやらのせいにして、呪われた海岸の
記憶が残されたとします。

これって、ただの物のせい、人のせいではないでしょうか。

もし、私があの村ははずれの海岸は、江戸時代にあの場所で村人が惨殺された場所で
凄く強力な怨念が何百年もの間消えずに残っているからなどと、もっと自分の都合の
いい理由をつけて、皆様を怖がらせたなら、皆さんの印象はどうだったでしょうか?

マイナスな結末にはマイナスしか残らないですよね。

呪われているかも知れない海岸話が、絶対に危険な呪われた海岸があるという決め付けに
なって、皆様の記憶の中に残ってしまいそうですよね。

私の記憶の中にとどめ切れず、そのマイナスのイメージを皆様まで巻き込んで
しまいかねないのが現実ですよね。

やはり、マイナスにはマイナスなのです。

世間一般の常識とされているスピリチュアル系の霊に関する常識が実はそんな
人間の自己都合的なマイナスイメージが多様にも含まれていると私は思います。

私が霊界通信をして来た経験として、霊界はとてもシンプルな世界です。

人間の自己都合的なイメージは霊界には通じない世界なのが私の経験を通じての
印象です。

今回、私の35年間の人生経験を皆様に知ってもらいたかった理由が実はそこに
あります。


たとえ、何か不具合な問題が生じてしまって、それが人のせい物のせいだったとしても
人間界(3次元界)を生きる上ではしょうがない事も多くあります。

人間界では大きな出来事でも、霊界では意味のあることかも知れません。

何か不具合な問題が生じてしまった時は、自分も含めての何かのせいにするのでは
なくて、人間なんだからしょうがないという受け止めのイメージをもって、そこから
同じ間違いを起こさないなどのプラスイメージをなんちゃってでもいいので持ち
そこからの1歩、という前向きな気持ちに置き換えるテクニックが大切であると思います。

とても難しい事と思うかも知れませんが、なんちゃってでも実は効果大な事ですので
誰にも出来る案外シンプルで簡単なことなのかも知れないです。

人間には完璧な人間はおりません。

ですから、霊界ではなくて、人間として生まれる意味があるのです。

どうせ完璧ではない人間なので、自分として生まれた自分自身をもっと知って
自分自身をもっと好きになって、自然体の自分らしさで居られる人生って
素晴らしいですよね。

そんな自分らしさを磨く事が実は自分の中の霊界波動の上昇につながり、自分の行いが
プラス波動となって、自分の周りに還元されるように出来ているのです。

場所や物、人物など波動の高いものにこだわっている世界でもありますが
本当の波動の高さは、自分の中から平等に湧き出て来るものである事を
自分の体験から知ることも大切であると思います。

私が良くタイガーやイチローの事をブログに書かせてもらっていますが
そんな自分の中で霊界波動をイメージして現実に結果を残されている天才たちだからです。

もし、気が向いたなら過去にはこだわらず、なんちゃってプラスイメージから
始めてはどうでしょうか。

かならず、プラスなイメージに近づける事と私は思います。

本当に、長々読んでいただきありがとうございました。

                    管理者   ゴル 2001





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最終更新日  2009.09.08 18:42:55
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2009.09.07

では、ヤス先輩の奥さんと私の妻は、呪われた海岸の犠牲者だったのでしょうか?

ヤス先輩の奥さんの当時のイメージに入って行きますと、急激な痩せと
片頭痛持ちなのか長い間、頭の痛みがあったようです。

脳出血と言うよりも、脳血管が詰まってしまったような脳梗塞のイメージです。

食生活やストレスなど、生活環境的な因子が原因であったイメージを
ヤス先輩の奥さんのイメージは伝えてきます。

では、何故、小雨が降って居たのに、私達があの海で泳いだり、それぞれの奥さんが
その海岸までついて来ることになったのかについて聞いてみますと
やはり、偶然ではなかったようです。

その伝えて来るイメージに深く入ってみますと、ヤス先輩はただ単に帰省中に
1回だけでも泳ぎたかったようです。

しかし、ヤス先輩の奥さんは体調が良くなく、イライラしているイメージです。

その部分に、ヤス先輩の奥様の母方の女性の方と、父方の女性の方のエネルギーが
成仏できずに憑いていたようです。

その成仏されなかったエネルギーは私の隣の村のヤス先輩の奥さんの実家にまつわる
先祖様で、ヤス先輩の奥さんが墓参りに行っているイメージを伝えてきます。

たぶんですが、ヤス先輩の奥さんは墓参りで自分や家族の事をお祈りしているイメージで
その時からその成仏していないエネルギーの影響を受け、気分的に海について行く気に
なっているイメージです。(体調が悪かったので、気分転換のイメージです。)

私はですが、雨の日に1回だけ泳ぐというのは絶対にありえない行動ですが
1回だけでも泳ぎたいという願望の部分に、ヤス先輩の誘いやそれぞれの妻が行く
という条件がそろって、行こうかなとは思いましたが、やはり、ヤス先輩の奥さんに憑いて
いた2人の先祖エネルギーの影響が大だったようです。

そして、私の妻はですが、やはり自分の最後の夏を予測していたイメージです。

当時の妻のイメージは、一緒に居られるから私と海に行くというイメージを伝えてきます。

(どこか寂しいイメージで、まるで自分の最後が近づいている事を
 予期しているかのイメージです。)


ここまでが、呪われた海岸に関する犠牲者?についての霊視結果です。

皆様もお気づきの通り、呪われた海岸繋がりは、私の恐怖的な負の記憶の部分に
それぞれの浄化されない先祖エネルギーが、影響を与えたことで、霊視の出来ない当時の
私が記憶にして繋がりを持たせてしまったものです。

ただ、T先輩もY先輩もその時に亡くなる事が決まっていたとは言え、私が7才の時に
亡くなられてしまった青年と同じ自動車事故であった事は、偶然のイメージではありません。

何故、同じ自動車による事故であったのかについて深く入ってみますと、もしも
その方々が3次元的に波動の高い生き方をされていたら、または、もっとプラスの
イメージで日々を生活されていたら、最後の運命は違っていたイメージを伝えてきます。

その答えはですが、自分の人生はこんなものと、2人の先輩達が決めつけのマイナスの
イメージを持たれて生活した事によって、その後の世界の光のイメージが全くなくなって
いるイメージです。

そのため、2人の先輩の成仏いされていない先祖様が私やNくんなど、プラス思考で何事に
対しても前向きなものたちに、その光の導きを託しているイメージです。

ですから、生涯に2度しか泳いでないあの海で、私とNくんは泳ぐことになってしまった
ようです。

しかし、Nくんはそれらの負のエネルギーの影響をもろに受け、転勤をして
あまり運動神経が良くなかったのにバイクの免許を取り、大きなバイク事故に繋がって
しまったようです。

私はですが、確かにその頃、人間関係や霊体験はたくさんありましたが
最後は絶対にプラスで終わる性格でしたので、妻の力もあって、ギリギリセーフ
だったようです。

こう言ってしまうと、霊は危険じゃないかと思われる方が多々おられるかも知れませんが
霊界の法則では、人間がこの世に生まれて来る意味があります。

(以前のブログにも書きましたが、ここでも詳しく説明させて下さいね。)


霊界は無限の世界で全てが満たされていますが、人間界では絶対に限界があり
いつかはみんな滅んでしまいます。

そのため、人間の目に見える物理的な課題がたくさんあります。

でも、人間は知性がありますので、目に見える物理的な課題に関しては
全てをクリアする可能性もあるかも知れません。

そのため霊界の法則は、目には見えず、霊界には戻る事が出来ない
エネルギーを人間界にそのまま置くことで、より複雑化した課題を
この人間界の中で構成しています。


そして、この2種類の課題のクリア方法ですが、まず、霊界の法則の根本にある
人間がどう生きるかが重要になって来ます。

その人間界(3次元界)の課題のクリア方法ですが、苦しい人間をいかに前向きに
プラスイメージで生きるかです。それぞれ個々の工夫や努力が必要です。

そして、霊的なマイナスエネルギーのクリア方法ですが、プラスイメージで生きる事も
防御法ではありますが、一番重要なのが、霊界のイメージの受け止めを生きながらにして
イメージする事なのです。

この究極は、人間である事の全てを受け止める事です。

このイメージが私達の魂(中の人)の霊界波動をあげ、私達が3次元に残された
成仏できないエネルギーと霊界の浄化されたエネルギーのアンテナ役となり
霊界への自己浄化へと導くシステムとなっています。

(私はこのイメージで霊視浄化をしています。)

ですから、あの海で一緒に泳ぐ前から、2人の先輩や私やNくんにも霊的な課題は
平等にあったのです。

人生の課題の延長上に、あの海で私達が一緒に泳ぐ必要性は霊的にはあったのです。

結果、その当時成仏されていなかった先祖様のエネルギーが引き寄せた海岸繋がり
そして、自動車事故繋がりだったのです。

(通訳ですので、難しい表現となってしまいましたが、解り易く言いますと
 一番の問題は、私たち4人の生き方が大元にあって、それにマイナスの霊的な
 エネルギーが影響をして、あの海岸繋がりの自動車事故へと繋がって行ったのです。)

そのため、同じ平等な課題をそれぞれがいかにクリアしたかで、未来は違って
いたものと思います。

でも、結果、時間が経過してもそれぞれのエネルギーが浄化されずに、呪われた海岸
という、本当にあった怖い話として私の記憶の中に残ってしまったのです。





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最終更新日  2009.09.08 18:18:16
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2009.09.06

では、次に私の高速道路での居眠りで事故を起こしそうに
なった事についてはどうだったのでしょうか?

たいがいの霊体験的なイメージでとらえますと、呪いの海岸の影響が
あったのではないかと思われますが、実はこれはやはり全く関係がなかったのです。

私の疲労と、長い間の運転経験から居眠りは絶対しないという過信があったようです。

では、何故、私の死んだおじいさんが私の名前を呼んだのでしょうか?

スピリチュアル的に考えて、おじいさんが守護霊なのでしょうか?

私の亡くなったおじいさんにその件について聞いてみると、おじいさんはその事は
知らないと伝えてきます。

そのため、当時の運転中のイメージに入ってその声の主が誰であるか霊視してみますと
私のじいさんの後に亡くなったゴルばあさんであると伝えてきます。

ゴルばあさんはNくんの兄貴のT先輩の事故直前のイメージを私に伝えて来たと
言うのです。

ゴルばあさんは私にT先輩の事故直前の危険なイメージを私に伝えることで
私に危険を知らせて来たようです。

では、ゴルばあさんが私の守護霊なんでしょうか?

それも違うようです。ゴルばあさんはその当時成仏できずに、私にずっと付いて
居たようです。

私に付いていることで、未来の浄化の光があった事を伝えてきます。

これは、絶対に自分が成仏できるということではなくて、希望の光程度のもので
ゴルばあさんに対しての浄化された先祖の導きのイメージがそこにあったようです。

ですから、私が危険になった時に私が発した私の命の波動(魂の波動)に
ゴルばあさんの波調が同調して、T先輩の壁に衝突時の危険なイメージをそのまま
ゴルばあさんが伝えて来たのが、私にはゴルじいさんの呼ぶ声に聴こえたようです。


子供達が海で溺れそうになった事についてはどうでしょうか?

その当時のイメージに入って行きますと、今度はサッカー部の先輩のY先輩の
イメージがそこにあります。

Y先輩の亡くなわれたおばあさんと言うかたがその場所におり、その年が
Y先輩の法要(7回忌)のようなイメージを私に伝えてきます。

成仏されているエネルギーには全くこだわりがありませんが、Y先輩はその当時
成仏されていませんでしたので、7回忌であることでY先輩の法要に出られた方々に
自分の存在を伝えようとしていたイメージです。

そのため、法要に出た方々を通じて、私がY先輩の存在を意識した
結果になったようです。(実は私の母親もお手伝いに行っていました。)

では、子供達が海が浅いと思って飛び込んだのは、Y先輩の影響だったのでしょうか?

これは、その何年か前に私の村の海で、女性の方が亡くなわれた事故があったようで
その方が、子供たちに影響を与えてしまったようです。

Y先輩もその女性の方も、子供達の命を奪うなどの強い念のようなものもなく
ただ単に自分の存在を知ってもらいたかっただけである事を伝えてきます。

そのため、子供達のそばに私が居なかったら。という後で考えた時に
自分が身震いするほどの恐怖イメージを私の記憶の中に、自分の存在のシグナルとして
残した事をその女性の方のイメージは伝えてきます。

今となっては、子供が海に飛び込んで私が水中でキャッチした事を笑って話せますが
自分の中ではとても怖い話として、実際には子供達が大きな事故に発展しなかったのにも
かかわらず、あの時に本当に子供たちに何も起こらなくて良かったと、過去を何度も
その時の状況を振り返っては、後悔イメージだけが強く私にはありました。

でも、私が霊視浄化の方法を知り、その女性やもろもろの方々を浄化してからは
その時の子供たちに危険が生じたという記憶自体が薄れて行ってしまったのです。
 
このことから考えてもやはり、呪われた海岸という前からあった恐怖のイメージに
私が勝手にその後の事故に遭いそう繋がりで、

もしかして、呪われた海岸のせい?と自分の都合で考え、呪われた海岸をその後も
気をつけるように、自分の中で認識してしまったものと思います。

(3次元の私の意識の恐怖感繋がりで、4次元的な繋がりは全くありませんでした。)


次で、最終章にしたいと思います。

(長々、読んでいただきましてありがとうございます。)






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最終更新日  2009.09.08 18:18:40
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2009.09.05



Nくんの兄貴のT先輩は何故、事故にあってしまったのでしょう?

そのイメージでT先輩のイメージに入ってみますと、T先輩が小学生の頃に
亡くなっているT先輩のお父さんと、そのお父さんを心配してそばに付いている
おばあさんが、先輩の事故についてしょうがない事と、イメージを伝えてきます。

T先輩のお父さんやおばあさんは、自分達が亡くなっている事は気付いていましたが
私が霊視をする事が解っていたのか、成仏を希望されていましたので
T先輩と一緒に浄化しました。

浄化する前のT先輩は、吐き気と酷い頭痛で苦しんでいるイメージでした。

私は、事故で岩にぶつかった事で苦しんでいるものと思っていましたが
T先輩の苦しんでいるイメージに深く入ってみますと、どうも事故の起こる
1か月以上も前から、頭痛はあったようです。

T先輩の頭痛の原因に焦点を当ててみますと、T先輩には脳腫瘍のような
脳の病気があったのではないかと思います。


そのため、その症状で黒い物体が見えたり、イライラしたり、急に不安になったり
していたようです。

事故のあった当日も、吐き気とイライラが急に出て来たので、気分転換に
外の空気を吸う目的で、タバコを買いに車に乗って出かけたそうです。

しかし、余りにも頭痛と吐き気が酷くなり、車を止めようとしたが
意識が無くなりそのまま事故に繋がってしまったようです。

本人は自分の事故についてははっきり覚えていないようですが、
脳出血なのか脳の病気が急変して、意識が無くなり事故を起こして
しまったようです。

そのため、T先輩の事故に関してはやはり定めであり、T先輩の
2人の先祖様はしょうがない事と伝えて来ます。

では、あの呪われた海岸の影響についてはどうだったのでしょうか?

T先輩から伝わって来るイメージは、その時私と一緒にあの海で泳げて
楽しかったと伝えてきます。

そして、そのそばでT先輩の亡くなわれたお父さんとおばあさんがの2人の先祖様が
見守っているのがイメージされます。

そして、その2人の先祖様は、すでに成仏されているT先輩の母方の先祖に導かれて
自分たちの成仏の光の方向へと、私が無意識に感じてしまったT先輩の卑しさのマイナスの
部分に憑いて、あの呪われた海で泳ぐことをT先輩の意識に働きかけたイメージです。

そのため、T先輩が私を誘う形であの呪われた海岸で泳ぐ結果となったようです。

私も普段なら子供の頃から怖がっていたあの海岸で、しかもサッカー部のY先輩が
自動車事故繋がりで亡くなっている翌年だったはずなのに、1つしかない海岸なら
まだしも、村中全部の海岸が遊泳区域という環境で、わざわざあの呪われた海岸を
選ぶ意味もなかったと思います。

しかし、T先輩の前向きな誘いでその海岸になったのは、やはり導きだったのかも
知れません。

霊視的にはT先輩の母方の先祖様の導きだったようです。

あの海岸で私達が一緒に泳ぐことが必要だったようです。

私の気持ちの記憶の中の、あの海岸は恐怖というこだわりの部分にシグナルを置くことで
海岸繋がりのT先輩の事故死についての記憶を私の中に残す形をとったようです。


そのため、長い年月をかけても、私の記憶の中からその恐怖のイメージが
消えなかったようです。

次に、その後の呪われた海岸繋がりの恐怖体験について霊視解説をして行きたいと
思います。







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最終更新日  2009.09.08 18:17:19
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2009.09.04


では、呪われた海岸について霊視をしてみたいと思います。

私が7才の時に亡くなった青年についてですが、その青年の母親がとても信心深い方の
ようで、その青年の方はその当時、自分が亡くなっていることには全く気が付かないまま
青年の方が亡くなわれた瞬間の身体の激痛を背負ったまま、その母親の毎日欠かさず
行っている先祖供養の仏壇の前に座って居たようです。

その青年はまるで、地獄のような苦しみをずっと耐えていたようです。

その為、村はずれの事故現場にはその苦しみの念がそのまま消えずに残っていたようです。

私がその青年の方の自動車事故を聞いて幼いながらも私の記憶から消えなかったのも
その青年の母親の日々の自分の息子に対する供養の願いを感じている、その青年の方の
お爺さんと言われる先祖様が私にイメージとして訴えかけていたようです。
(そのお爺さんも成仏してはいませんでした。)

では、この青年の方が、その後に起こった悲しい事故の原因だったのでしょうか?

その青年の方と、その先祖様を浄化して、当時の様子を詳しく聞いてみますと
まず、その方がその場所で亡くなった原因があったようです。

その村はずれの事故現場から一番近い家の土地のエネルギーがかなり影響をしていたようです。

その青年の方は道路工事や橋の工事にはかなり慣れていて、早朝からの工事で注意が
散漫となっていて、まさか自分が事故に巻き込まれるとは思っていなかったようです。

でも、その青年の方の亡くなる運命は最初から決まって居たようで、大型トラックを
運転して居た方の不注意の部分に、その村はずれの家の土地のエネルギーが大きく
影響をして、絶対に減速と対向車の確認をしなくてはいけない場所で、未確認のまま
その青年の車に突っ込んでしまったようです。

その土地のエネルギーと加害者側の「なんでここに車が出て来るんだよ」という事故で
亡くなった相手が悪いと主張する加害者の生き霊の大元である先祖エネルギーを浄化して
初めてY先輩の事故のイメージに入る事が出来ました。



では、サッカー部の先輩のY先輩はこの事故の影響を受けたのでしょうか?

実はこれもY先輩が小学生のころに亡くなっている父親のエネルギーの影響が
あったようです。

Y先輩の父親を浄化して、Y先輩に事故の理由を聞いてみますと
その事故当時は凄くイライラしていて、何をやっても自分の感情が満たされなかった
ようです。

婚約も決まっていたのでは?と問いますと、相手の女性には悪かったけど、どうしても
満たされない自分が居たそうです。

そのため、毎日のように酒を飲んで自分の辛さを満たそうとしたが、酒乱的な人格豹変があり
自分でもどうしようもなかったと伝えて来ます。

起こるべくして起こってしまった事故であると伝えて来ます。

では、私の足元やゴル母の後ろに立ったのはY先輩だったのですか?の問いには

私は光を見ていただけ。何もない暗闇の中から、未来の光を見ていただけというイメージを
伝えて来ます。

(ここには先祖様の希望という導きのイメージが感じられます。Y先輩の先祖様の
 関与があったようです。)

Y先輩もその時に亡くなる運命であった事を伝えて来ます。

そして、酒乱になってしまったこともすべて自分の弱さゆえの結果であったと
伝えて来ます。

自分は口数も少なく、本当は穏やかな自分の気持ちにも素直になれず、いつも社会に対して
意味もなく反感を持って居たそうです。

その表に出せない反感が、お酒を飲む事で開放され、お酒の力なしには癒されない
弱い自分が招いてしまった単独事故であったようです。(若年性のアル中のイメージです。)

では、呪われた海岸の影響ではなかったのですか?

これにはY先輩ではなく、Y先輩のおばあさんと言われる先祖様の導きがあったようで
あの海岸で私とたまたま一緒に泳いだ訳は、未来の希望がそこにあったからであると
いうイメージを伝えて来ます。

次にT先輩の事故について、次に書きたいと思います。






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最終更新日  2009.09.08 18:16:56
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2009.09.03


その年の夏に帰省中の小雨の中の海から見た光景は、東京に帰っても私の頭から
離れる事はありませんでした。

そして、何をやってもつまらないと思う自分がおりました。

理由は何故かは解らなかったのですが、ゴルフに行っても、友人と遊んでも
家族とドライブしたりしても、全く楽しくなかったのです。

そして、そんな中で私は何かいい事がないかなとしきりに考えるようになりました。

家族や自分が健康で、好きな事が好きな時間に自分の計画のまま出来て、何不自由ない生活で
あったにも関わらず、もっと何かいい事がないかなと思うのは、どんな状況でも楽しめる
をモットーにしている私にとって、本当に違和感のある考えでした。

しかし、そう考える事がその時の私には一番気楽に居られる状況であったのです。

そんな負のイメージを毎日抱いていた、ある瞬間に思った事を今でも忘れません。

その時も、私が何かいい事ないかなと思っている時の事でした。

「何かいい事って何なんだろう? 妻の癌が再発して命にかかわる事があるとか」

なんて、勝手に頭の中で考えている自分が居るのです。

私は、何をバカなことを。妻あっての人生なのに、そんな大切な宝物が無くなる事を
想像でもしてはいけない。と全否定はしているのですが、

何不自由なく生活出来ていて、自分が何かをしたいという目標がなくなっているなら
自分にとっての最高に悪い事が起きれば、そこから始められるであろうという
イメージも湧いて来るのです。

その後も何度となく、そんな自分では絶対に想像もできないイメージが
湧いて来る瞬間があってそのたびに

「そんな自分の一番大切なものを亡くしてまで自分の都合がいい事を作ろうなんて
 ゴル、お前自身が痛い目にあえばいい。」

と、自分自身を有無も言わせず戒める自分がおりました。(本当に変な体験でした。)


そして、その年の秋の事でした。

ついにその日がやって来てしまいました。

私はちょうど実家にある用事があって電話した時の事でした。

母親が慌てた口調で

「お前の奥さんは大丈夫か?ヤスの奥さんが脳出血で倒れて手術したけど
 植物状態になってしまったってよ。」

と言うのです。

私はその言葉を聞いて、あの夏の小雨の中で海から見た光景が頭から離れなかったのも
ヤス先輩の奥さんの影が薄かったのもこのせいかと思いました。

私は妻にその事をすぐに話、2人で自分たちは大丈夫と心配しないように
勇気づけ合いましたが、嫌な不安感だけが残ったていたのは確かでした。

そして、なるべく嫌な事は考えないようにしてプラスのイメージを持ち続けようと
しましたが、次は・・・・・と悪い予感が私の脳裏をずっと横切り続けていたのです。

そうなんです。私の妻はその後の検査で腫瘍マーカーの値が3倍となり、妻の癌の再発が
確認されることとなり、私がブログで書かせてもらった、「私の妻はB型」にそのまま
繋がって行くのです。

私が7才の時に起きた村はずれの自動車事故で一人の青年がなくなて、
30年間も私の記憶の中から離れずに繋がり続けておりました。

私の妻は癌の再発が確認されてから、ちょうど1年後に亡くなり、ヤス先輩の奥様は
植物状態にまま、ちょうど3年後に亡くなりました。

私はその1年間本当に地獄でした。そして、ヤス先輩もその3年間も地獄だったと思います。

2年先輩のY先輩も婚約が決まって居て、そして、T兄さんも奥さんのお腹には
赤ちゃんが居て、残されたものは私を含めてみな、とても苦しかったと思います。

では、いったい何故こんなことが引き続き起こってしまったのでしょうか?

あの村はずれの海岸は本当に呪われているんでしょうか?

それとも、ただの偶然が繋がっているだけなのでしょうか?

やっと、ここまで書く事が出来ました。

それでは、呪われた海岸繋がりミステリーについて、霊界通信をしてみたいと思います。






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最終更新日  2009.09.08 18:16:25
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2009.09.01


あれは、平成16年の夏の事でした。

その年もいつもの年と何も変わりなく、私は実家に帰省していました。

しかし、その年に限って天気があまり良くない日が続き、大雨が降ったりも
しました。

私の北海道の実家での帰省中にする事は、いつも決まって居て
メインが海で泳ぐことです。

その他、墓参りと妻の実家が私の実家から150キロ離れた所にあり酪農を
していますので、搾りたての牛乳をもらったり、馬鈴薯という北海道では有名な
男爵イモを畑で掘ったり、トウモロコシを取ったり、山に行ってクワガタを捕ったり
子供達の体験的な遊び環境としては、最高に恵まれている環境でした。

しかし、やはり雨が降ってしまいますと、そんな恵まれた大自然が目の前にあっても
子供たちは何もする事がなくて、家でゲームをしたりして、本当にもったいない
夏休みですよね。

そんな天候に恵まれず家での生活が多くなって私もフラストレーションが
ピークになっている時の事でした。

外は小雨の中、私の実家の裏に家がある3才年上のヤス先輩もちょうど帰省していて
私と同じフラストレーションが溜まっていたようで、普段あまり話したことがないのに
突然私の実家の家に遊びに来て、「海で泳がないか?」と言うのです。

私は、小雨は降っていましたが、自分と同じことを考えている
ヤス先輩の言葉がとても嬉しくて、「1回位なら泳げそうだね。行きましょうか。」
と思わず言ってしまいました。

しかし、後から考えたらヤス先輩の泳ぐ場所はいつも決まっていて、
あの村はずれの呪われた海岸だったのです。

私は、一緒に泳ぐことを約束はしてしまいましたが、どうしようか悩んでしまいました。

そのため、妻に相談してみたところ、

「あなたがいつも泳いでいる場所で泳ぐように誘ってみればいいじゃない。」

と言ったので、そのままヤス先輩に伝えると

「お互いに慣れているところの方が安心だから、泳いでいる場所は近いし
 別々でもいいんじゃない。」

と言うので、最初はヤス先輩と2人で一緒に泳ごうかと思いましたが
お互いに300メートルくらい離れている場所で泳ぐことになったので
相方の妻も一緒に連れて行く事にしました。

旦那のわがままなストレス解消に、何も文句を言わずに小雨の中に付いて来てくれる
妻たちは心強いですよね。

そんな妻たちに感謝しながら、小雨の降る中海で泳いでいる時の事でした。


私はいつも泳いでいる場所は呪われた海岸の南の方で、絶対に呪われた海岸の
方へは泳いで行かないようにしていました。

しかし、その日に限っては、ヤス先輩の手前全然別々に泳ぐというのも
なんだか寂しい気もして、ヤス先輩に声だけでもかけようと思いヤス先輩の
泳いでいる所へ、近づいて行った時の事です。

今まで海で泳いでいて考えた事がなかった呪われた海岸での出来事が頭に浮かんで
来たのです。

私は、海で泳いでいる最中に縁起でもないと思い、考えないようにしましたが
頭からその海岸の事が離れないのです。

それほど気持ちが悪いとは思いませんでしたが、泳いでいる最中に何かあっても
嫌だと思い、違う事に集中することにしました。

そのため、泳ぎながら私の妻に視線を向けると、小雨の降る中帽子一つで
妻はツブ拾いをしていて居ました。

私は嫌々妻が私に付いて来ているのでは?と気にしていたので、そんな妻の
ツブ拾いの光景を見て、「さすがは我が愛妻。」なんて恥ずかしい事は
思いませんでしたが、そんな妻を見て、とても嬉しくなりました。

そして、ヤス先輩の奥さんはどうしているのかな?と思い見てみると
傘をさし、呪われた海岸に近い場所の砂浜に座っている光景が見えました。

ヤス先輩の奥さんはヤス先輩とは高校の頃から付き合って居て、そのまま結婚した
方です。

3年先輩と言う事もあって、実は私がヤス先輩の奥様を見たのは、その海岸で傘を
さし座っているのを見るのが初めてでした。

とても不思議な感覚なのですが、私が想像していたヤス先輩の奥さん像とは
全然イメージが違っていて、どう表現したらいいのか解りませんが本当にこの人が奥さん?
というような印象が強くあったのは、とても不思議でした。

何だか全然知らない赤の他人がその海岸で座っているような感覚だったのです。

本当にその時見た妻のツブ拾いの光景と、ヤス先輩の奥さんが実際にその海岸に
いるのもかかわらず、ヤス先輩の奥さんではないかのような、何かまるで赤の他人が
小雨の降る中に傘をさし海岸に座ったまま、こちらをじっと見ている少し異様な感覚の
光景は、私の脳裏で写真を撮ったかのように、私の記憶の中にそのまま書き込まれて
しまったのです。

(私が霊界通信ができるようになって、浄化するまでしっかり残っている光景でした。)


その海では、特に問題もなく、私とヤス先輩のストレス解消遊泳は無事
終了しました。

そして、ついにその時は来てしまったのです。

それは、その年の秋の事でした。

(本当に、連続ドラマ風な終わり方で申し訳ないです。)

                   管理者 ゴル(かなり久々です)






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最終更新日  2009.09.08 18:15:59
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2009.08.31

そして、それから数年後の夏でした。

毎年のように実家に帰省している時の事でした。

私の子供も小学生となり海で泳ごうと、朝からゴムボートを出したり
大騒ぎをしていたのです。

その日に限って私は何か気の乗らないような、理由はなんだかは解りませんが
何か嫌な予感がしていました。


そして、はしゃぎ回っている子供が転んで、擦り傷で血が出ていたのにカットバンを
張ろうとした時の事でした。

子供の膝から血が少量出ているのを見て子供に「まっか、まっか出ているね。」と
私は無意識に言いました。

すると子供が「まっか、まっかって何?」と私に聞いて来たので、私も自然に出た言葉に
あることを思い出しました。

まっか、まっかとは実は事故で亡くなったサッカー部のY先輩がサッカーの試合で
膝をすりむいて血が出た時によく使っていた言葉でした。

(まっか、まっかとは真っ赤、真っ赤の意味で、子供が怪我をして血が出た時に
 びっくりしないように、柔らかく血が出ている事を子供に伝える言葉で
 私も使ったことはなかったんですが、その時初めて私の口からその言葉が
 不思議と自然に出ていました。

 後で思えば、その日の朝は、サッカー部の先輩のY先輩と村の外れで一緒に
 泳いだ時の感覚や、その夏過ぎに朝方に私の足元に若い男性が立っていた
 感覚と一緒だったと思います。)

そうなのです。霊視が出来るようになってから、その嫌な予感がした朝のイメージに
入ってみますと、Y先輩の浄化されないエネルギーが私のそばにずうっと
立っていたのです。

海で泳いでいる時もずうっとでした。

そのため当時の私は霊感は解りませんが悪い予感がありましたので、何が起きても
危なくないように、足の届くような水深の深くない場所で素潜りをして遊んでいました。

子供たちはと言うと、一緒に帰省していた中学生の親戚の子と
ゴムボートに乗り、夢中になって遊んでいました。

子供たちはその当時はまだ泳げなかったので、ボートからは絶対おりない約束で
何かあったら、私を呼ぶように言いつけておりました。

私は子供たちとは50メートルくらい離れている場所で泳いでいたのですが
その時たまたまなのですが、水中のゴムボートの底から子供たちを驚かそうと思って
子供たちに見つからないように、子供達の乗っているゴムボートにそっと近づいて
行ったのです。

そして、ちょうど10メートルくらい手前から潜って、子供達のゴムボートの
近くまで潜って行った時でした。

水深5メートルくらいある場所の、1.5メートルくらいの水中の中所で
サンダル履きの水着を着た子供2人が暴れているのが突然視界に入りました。
(2人の子供が水中に飛び込んだような音は不思議なことに
 私の耳には全く聞こえなかったのです。)

私は、子供が溺れていると思って、そのまま2人を抱きかかえ海面に持ち上げました。

そして、2人に対して、何をやってるの大丈夫?と聞いてその2人の子供を
よく見て見ると、なんとその2人の子供たちは私が驚かそうとしていた
私の2人の息子たちでした。

私は、余りにも一瞬の出来事で、何が何だか解りませんでしたが、危なかったという
印象も不思議となく、たぶん、私が潜って近づいているのに気づいて、ボートから
飛び込んだんだろうと単純に思いました。

そして、子供たちを抱えたまま足の立つ所まで連れて行くと、子供達が急に
私に向って「あれ、オヤジだったの?なんでここに居るの?」と聞くのです。

私は、何を言っているの?とは思いましたが、私の子供たちに、何で泳げないのに
ボートから海に飛び込んだのかを聞いてみました。

すると長男が、「足が届くかと思って」と言うのです。

そして、次男も「兄ちゃんが行くって言うから」と言うのです。

当時の長男の性格は、凄く怖がりで、石橋を叩いて渡るどころか、石橋も叩けない
性格でした。

そんな長男が何で、水深1、5メートルの水中の中に。しかも次男と一緒にいるなんて。

考えられないですよね。

子供たちと一緒にボートに乗って遊んでいたはずの親戚の子はボート乗りに飽きて
全然、違う場所で泳いでいました。

そして、その海岸には大人は居たには居たのですが、50メートル以上離れた場所で
あったので、もしも私が偶然に子供たちを驚かそうと思って近づかなかったら、
一瞬でわが子を失くす瞬間だったのかも知れません。

本当に不思議な事なのですが、その時は、何も危ない出来事と焦りもなく居られた
自分がそこにおりました。

しかし、後日その日の出来事を考えてみると、その日の朝からの不安感や
もし子供たちに気が付かなかったらを考えると、何もなかったから良かったような
物で、もしも子供たちの身に取り返しが付かない事が起きてしまって居たら
悔んでも悔やみきれないほど後悔したことであったと思います。


霊界中央分離帯ではないですが、私の人生歴の中では、天と地の差ほどある
出来事だった事は確かでした。(めでたしで本当に良かったです。)

そして、それから5年後の事でした。

ついに呪われた海岸の最後の犠牲者が出てしまったのです。





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最終更新日  2009.09.08 18:15:33
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2009.08.30

Mくんとの嬉しい再会もあって、その年の夏は何事もなく過ぎました。

そして、秋になったある日の事でした。

朝に私がテレビのニュースを見ていると、日光で紅葉が始まったという
紅葉情報が流れました。

私と妻はその日はたまたまの休みの日でしたので、私は妻に

「紅葉だって、今から行こうか?」といつもの思いつきのノリで言うと

妻も「うん、行こう。行こう。」と即答しました。

私が妻の好きな所は、私がどっかに行かない?と聞くと、絶対に断らず一緒に
行動してくれるところなのです。

このため、行動的な私の衝動的な思いつき旅行は、子供が小学生になるまでは
ほぼ毎月のように、妻が1度も断ることなく実行されました。

いつも家族での移動は車で行っていましたので、その頃の年間走行距離は車を
通勤に全く使っていないのにもかかわらず、2万キロ以上走って居たゴルさんでした。

そして、毎年のように実家への帰省で片道850キロを一人で運転していましたので
長距離運転には凄く慣れておりました。

そして、2年間で地球を1周するくらい自動車を運転していましたが
一度も事故を起こしそうになる事はなかったのです。


しかし、その秋の朝に紅葉のニュースを見て日光に行った帰りでした。

関越道を運転中に、私は急に眠くなってしまったのです。

それまでにそんなに眠くなった経験はありませんでしたが、余りにも急に眠く
なってしまったので、サービスエリアで休もうかなと思った時でした。

「ゴル」と急に私の名前を耳元で呼ぶ聞き覚えのある声が突然したのです。


私は、「えっ、ゴルじいさんの声?」と心臓がドキンとして前を向くと、真っ直ぐ
走っていたはずの私の車が、カーブで中央分離帯に向っていたのです。
(ゴルじいさんは、私が上京をした年の7月に亡くなっています。)

私は余りにも一瞬の出来事で、いったい何があったの?と思いました。

もし、ゴルじいさんの呼ぶ声が聞こえなければ、時速100キロ以上で
走行していたので、そのままブレーキなしで中央分離帯に衝突している所でした。

ギリギリセーフでした。


私は自分では起きていたはずでしたが、いつの間にか一瞬で
眠ってしまっていたようです。

そして、私は思いました。

これって、2人の先輩と同じ事故?もしかして、自分も狙われた?

(私は、実は前日から朝方にかけて金縛りになっており、お腹の上に黒い影のような
 物体が居た事をその時に急に思い出しました。そして、T兄さんのカーブを曲がり
 切れずの事故の事をその時すぐに思い浮かべてしまいましたが、何も予感がなかったし
 気のせい気のせいと負の連鎖に繋がらないように、自分の気持ちに必死に言い
 聞かせました。)


その当時はシートベルト装着義務もなく、エアーバックもなく、愛車もボディが
弱さそうな貧租な車だったので、そのままブレーキなしで事故っていたらたぶんですが
私はここに居なかった可能性大です。

本当に一瞬のできごとで、三途の河・・・ではなくて、霊界中央分離帯のあっち側の
人になるところでした。

その時は、亡くなったゴルじいさんに感謝するばかりでした。

(私は今まで20年以上運転していますが、志賀高原のスキー帰りに車がスリップして
 スキーのように車を滑らせて止まり切れずに、ちょっとだけガードレールにキッスをした
 初体験はありますが、その時以上に危ないと思うほどの、ドライバー人生最初で最後の
 居眠り運転だった事は確かです。)
 

自宅に帰ってから、いろいろと村の外れ海岸繋がりのことも考えましたが
私は私が上京をしてから亡くなった、父も祖父も祖母も私を絶対に守ってくれると
強く信じる事にして、運転中に自分が眠らなきゃいい問題とプラスに考える事に
しました。

その後は、そんな経験はありませんでした。

それから、数年後の夏の事でした。




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最終更新日  2009.09.08 18:15:06
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2009.08.29


話が随分空いてしまいましたので、これまでどんな経過があったのか書きたいと思います。

まず、私が小学1年生の時に、村はずれの道路工事と一緒に橋の工事をしている時に
大型トラックと自動車が正面衝突して、一人の若い男性が亡くなりました。

車どうしの事故で村内で亡くなわれたのは、後にも先にもその事故が最初で最後です。

私はその当時からその事故の事が何故か頭から離れず、その村はずれの海岸でだけは泳がない
ようにしていました。

しかし月日が経ち、私が上京して数年経ってからの帰省中のことでした。

友達Mくんの誘いもあって「自分も大人になったし」、という軽い気持ちでその事故の
あった村はずれの海岸で泳ぐことにしました。

すると、その年の秋に一緒に泳いだ2つ上のY先輩が酒酔いで、50キロ規正道路を
120キロ以上で走り、カーブを曲がりきれずそのままガードレールを破り、
海に飛び込んでしまい頭を打って重体となり、数日後に亡くなってしまいました。

そして、翌年に懲りずにその海岸で泳いでしまった結果、その年に一緒に泳いだ2年上の
T先輩がカーブで岩石にそのまま衝突して、亡くなってしまいました。

そんな事もあって、その翌年には絶対にその海岸では泳いではいけない事をT先輩の弟の
Mくんに伝えようとしましたが、Mくんも私とその海岸で泳いだ事が影響をしたのか
Mくん自身もバイクで運転中に大型ダンプに巻き込まれて、重症を追い入院して
しまいました。

Mくんとはその後音信不通となり、事故の原因や身体の予後や生死についても
不明のままでした。

私は本当にあの呪われた海岸で泳いでしまったばっかりにと悔やみ、
そして「次は自分かも?」などと、いつ何時自分の身に降りかかるかわからない見えない
恐怖を意思せざるを得ない日々でした。

そしてそんな中、ついにその日はやって来ました。

それは、Mくんの連絡先もわからずに3年経ったある夏の日のことでした。

実は私は、そのころには、その呪いの海岸の恐怖はすっかり忘れておりました。

そして、Mくんのことも内心は一生会えないものと、諦めていた自分がおりました。

(やはりそれほど、自分の周りでは滅多に起きない次々起きてしまった自動車事故死が、
 その当時20歳半ばの私には衝撃的な出来事であったと思います。)


私が実家に居ると、玄関で「ゴル、帰って来たか。」というやけに聞きなれた懐かしい
声が聞こえて来たのです。

その聞き覚えのある懐かしい声はまさしく、私の待ち望んでいた声でした。

そうなんです。Mくんは生きていたのです。

(ゴルさんはまる5年ぶりにMくんと再合する事が出来たのです。)

私はその声の懐かしさと、まさかの驚きの中、当初は幻覚?それとも夢?と思ってしまう
自分がおりました。

しかし、私が玄関に飛んで行って見ると、Mくんがそこに立っていて、両足もちゃんと
あったんです。

私は嬉しくて感動のあまりMくんに抱きつこうかと思いましたが、そんな風習は長い歴史の
友人関係の間にはなかったので、絶対に会えないであろうと諦めていた友人との久々の感動的
再会は握手だけに留めておきました。

(田舎者のゴルさんはは恥ずかしがり屋さんです。)

そして、私は思わず「トラックに巻き込まれたって聞いたけど、大丈夫だったの?」
とMくんに聞きました。

Mくんは
「酷い事故で入院やらリハビリやらで大変だったよ。ようやく普通に生活が
 できるようになったよ。」

とダンプに挟まれ方次第では命も危なかった事を詳しく説明してくれました。


しかしMくんはやはりゴルさんの友達ということもあって、1度や2度のオイタでは
懲りないタイプです。

そんなバイク事故後の後なので、今年は実家で大人しくしていると思いきや

「今年は、何年ぶりになってしまったけど、これから海で泳ぐぞ」

と笑いながらMくんが言うのです。

その為私は、この数年間で起きてしまったあの海岸でまつわる自動車事故の事を
Mくんに詳しく話しました。

そして、今年は海で泳ぐのを避けたほうがいいのでは?という疑問をMくんに
投げかけました。

しかし、私の話をMくんは聞いて、少しビビリが入ったように青ざめてはいましたが

「それは、凄く危ないね。あの海岸はやばいからやめとこうね。
 でも、違う海岸なら大丈夫だよね。」

と、相変わらず、泳ぐ気、満々でした。

私は5年ぶりにMくんに合いましたが、そんな、まったく変わらないMくんの
言動にとても感謝しました。

「Mくん、生きていてくれて、ありがとう。」


その後、Mくんの兄の事故当時の不審行動があった事も、教えてくれました。

その内容は、Mくんの兄のTくんが事故を起こした頃に、部屋の中に黒いものが居ると
突然言い出し「あっちへ行け」とか「また来たな」と怒りながら、お茶をその黒いものに
掛けた事が何度かあったそうです。

そして、事故当日に突然タバコを買いに行くと行って外に出て、絶対に事故を
起こさないような見通しが利くいつも走りなれた道路で、絶対にありえない事故で
壁に激突して亡くなったそうです。

女性の方と同棲生活をしていて、結婚も決まっていて、その女性の方のお腹には
T先輩とのお子さんが妊娠していたそうです。

本当に、T先輩の自動車事故は何が原因であるかわからない事故であったそうです。

いったい、何が原因だったのでしょうか?霊視をしてみたいのは山々なのですが、
まだまだ話はその後も続いたのです。






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最終更新日  2009.09.02 09:55:46
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