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ゴルさんの究極の修行(キツネ憑き)

2010.05.15
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 ではラップ音や物を不浄化霊が動かす事という
 4次元エネルギーが3次元物理に関与することについてですが

 これも実は3次元側の発想である事に皆さんはお気づきですかね。

 もしも霊視浄化に携わる人間がこの発想を元に心霊世界に入ったとします。

 霊界イメージは私達の魂を見通すシンプルかつシビアな鏡でありますので
 霊界イメージ以外の3次元都合イメージはすべて自分の都合として
 返って来てしまうことは確実なのです。

 ラップ音や物を不浄化霊が動かすという物理は、人間が心霊話的に楽しんで
 いる分にはいいのですが、霊感を自分が強いと思い込んでラップ音を敏感に聞くため
 に聞き耳を立てたり過剰に神経を当て過ぎたりすると、人間はその代償として物理的に
 いったいどうなるでしょうか?

 3次元の世界(人間の世界)で霊界イメージと同じ構造を持つものは人間の心理、心に
 あるようです。

 心の大元は物理的に脳の思考が中心ですので、ここに不具合が生じることとなるのです。

 世間一般で言われています、霊能力がつくといろいろな物をもらって大変になるという
 噂や、最初は心を持った人間がカルト集団化するなどという結果に繋がるようです。

 では人間特有の人間側の都合で作られた疑似霊界や、そんな3次元界特有のイメージを
 見分ける方法や、不具合なく簡単にその違いを判断する方法は?ですよね。

 これが超スピリチュアルナビゲーションたるゴル2001のイメージ世界に繋がるのです。
 
 (少しカッコよく言ってみました。・・・・・汗)

 
 霊界は物理的な形も質量もないエネルギーが無限にある世界です。

 人間は形も質量も弱者な身体で自然界を生き抜くための知識を持っており有限です。

 その共通性は何か?

 霊界でも人間界でも不変に存在する魂だけなのです。

 魂イメージ、霊界イメージの共通な点は、受け止めとプラスイメージです。

 ようは人間界でもこの受け止めとプラスのイメージを持てれることが自己浄化に
 繋がることは、私のブログの中で何度も話して来ました。

 ラップ音がした。していいんじゃないですか。

 物が動いた。自然現象、または超常現象でいいのではないですか。

 人間は五感で誤作動を起こす動物です。時には誤った認識をしたり恐怖心などの
 本能を中心に、脳が判断してそれを答えとしてしまう場合もあります。

 そして自然界もまた人間がまだまだ確認していない現象も多々あるものと思います。

 人間にとって完璧でもなく完全でもない世界。それがこの世界のようです。

 人間は何でも完璧、完全を求め、自分を守ろうとする所に人間としての課題が
 あるようです。

 ラップ音や超常現象を心霊世界探索のそして霊界認識の理由に、
 そして言い訳にしてはいけませんよね。

 霊界から伝わって来ますイメージとして、この人間界でいろいろな事が起きた時に
 2通りの考えがあるようです。

 1、その現実に起きた物事に依存して、時間を止めてしまうのか?

 2、その現実に起きた物事を発見として未来に進めて行くのか?だそうです。

 ようは人間が勝手に作り出した3次元的心霊世界(オカルト)は人間の世界で楽しむ事が
 大切で、それを4次元世界の心霊世界に当てはめようとするところに無理があり
 不具合が生じるものと言う事です。

 3次元の都合や言い訳は物理の世界で処理して、目に見えない魂レベルの課題は
 4次元イメージで処理をする。

 霊界的な心霊世界と人間界的な心霊世界の違いをはっきり作ることもまた、人間側都合の
 形になるようです。(霊界は形がないですから)

 ここでなんちゃってプラスイメージがようやく登場です。

 人間界で霊界を感じるための一番のポイントは、欠点だらけ、
 弱点だらけの人間だからしょうがない。

 自分は大丈夫という安心感の形を作って、それを頼りにそしてその形を言い訳に      
 しないことがポイントなのです。

 すべてなんちゃってイメージでいいのです。両刃の剣とも言える自分を守るための
 形なんて実はいらないのです。

 形を作らなければいけないのは自然界です。

 霊界はプラスイメージだけで形なんていらない世界。

 これが自己浄化を行う上で一番重要かつ絶対に不変のイメージなのです。


 見えるか見えないかは人間の目で。

 信じないか信じるかは人間の脳で。

 これは人間の物理の部分で超3次元の感覚ではないのでしょうか?

 私のイメージします霊界イメージとはみんなが平等に持っています
 魂レベルで感じるか感じないかがすべてです。

 3次元レベルでの体感物理を重視する心霊体験は形をこの世に作って
 しまうだけなのです。

 そこに4次元はないのです。

 前回のクラス会でも説明しましたが、不浄化エネルギーの世界でもある
 マイナス3次元界になんちゃって感情レベルの形を作っているイメージに
 過ぎないということになるようです。

 これで実際に結果を出したとしても、一時の思い込みであったり
 その結果がプラスとして長く続く事はないイメージを霊界イメージは
 伝えて来ます。

 
 クラス会の課題として3部作に分けて長々霊界から伝わって来ます重複イメージを
 あえてそのまま書かせてもらいました。

 ちょっとマニヤック過ぎますかね(汗) 

 
 第2回クラス会はその部分をもっと解り易い様にみなさんの体感として
 感じられる実験も交えて開催をイメージしています。

 いよいよ明日ですね。みなさんよろしくお願いします。

                ゴル2001





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最終更新日  2010.05.15 23:47:45
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(明日はクラス会なので霊視浄化イメージを少し深く書かせていただきますね。)

 エネルギーの世界でもある心霊世界と人間の都合が作り出したであろうオカルト的
 心霊世界の違いの気づきの始まりでもありました。


 簡単に言いますと

 自己浄化は霊界、人間、不浄化エネルギーの3者間で行われます。

 この3者の共通点は何か?すべて霊界エネルギー(4次元エネルギー)なのです。

 私達人間の霊界エネルギーと言いましたら、魂ですよね。

 霊界エネルギーは3次元界に不浄化として残ってしまったエネルギーに直接の関与は
 出来ませんから、私達人間の魂が霊界と不浄化エネルギーのアンテナとなって
 浄化に繋がると言うイメージですが、

 ここで大きな課題となって来る事が、人間は4次元界の魂と3次元界の身体を持っている
 という事なのです。

 人間が自然界を生きるためには、現実の世界での経験がとても重要です。

 この現実世界の経験的な思考が、4次元も同じ目線で考え認識してしまう事に
 
 自己浄化に一番重要なポイントとも言える魂レベルの視点が出来なくなって
 しますのです。

 現実世界での思考はあくまでもこの3次元界で力を発揮するもので、霊的な4次元界の
 世界では力を発揮すると言うよりも、その大元が鏡となって現実の世界に返って
 来るだけなのです。

 ですから霊視浄化などの尊い世界という名ばかりの自己顕示的な意味合いの結果として
 ありのままの形として、3次元的に返って来るようです。

 
 オカルト的なという言葉は本当はあまり使いたくはないのですが、説明しやすいので
 そのまま使わせてもらいます。

 あくまでも霊界的な4次元的なイメージはですが、

 オカルト的な心霊現象はその未知的な不思議感を楽しむことは何も問題はないようです。

 ただし、その現象に意味を持たせ依存してはいけないようです。
 
 何を持っての依存かと霊界イメージに聴いてみますと、3次元的には何も問題がなくても
 不浄化エネルギーや人間の念のような3次元界に関与する霊的な課題イメージが
 目に見えない課題としてこだわりとなって行くようです。

 その霊的なこだわりイコール依存というイメージのようです。

 ようは人間には目に見える課題と目に見えない霊的な課題があって、目に見える課題に
 対しては何も影響はないが、目に見えない霊的な課題を新たに引き付ける、または
 作り上げる事で、その不具合に3次元的に依存と言う形を取るという事のようです。


 ここからはそのイメージについて霊界より伝わって来ますイメージのまんまに
 書いてみますね。(いつもくどくど長い文面で申し訳ないです。)

 私の妻が亡くなってからの3年間での私が痛い目にあったその違いの気づきこそが
 私の人生経験の中では経験がなかった心霊世界の受け止めの始まりでも
 実はありました。

 人間はやはりこの3次元世界を生き抜くために人間都合の形を、目に見える課題そして
 目に見えない霊的な課題に対して分け隔たりなくその形を作るようです。

 例えば心霊世界という目には見えない霊的な世界であっても、現実の世界を生きる
 人間目線で自分が、または人が理解できる形として、3次元色豊かないかにも霊界的な  
 都合の良い形を作るようです。

 恐怖心を抱いている時は恐怖感満載に、そして不思議感や好奇心を抱いている時は
 不思議感や神秘性を満載に。
 
 想像や空想は無限ですからね。どんな形だって思うがままですよね。

 人間が作り出す擬似霊界イメージの形には人間ならではの人間特有の形が
 実はあるようです。

 その人間ならではの人間特有の形って?

 簡単に言ってしまいますと、人間を生きるための都合的な意味あいがそこに存在するという
 霊界(4次元界)では全く意味を持たないのに、人間側は必死になって意味を持たせようと
 する所に、人間(3次元界)ならではの形ができるようです。

 雲の上に家を建てようとしても無理ですよね。

 でも雲自体を知らない人間の時代は雲の上にも家を作ろうとしていたようです。

 これって人間主体の想像の家ですよね。
 

 そんな世間一般に常識的に広まっています、人間都合が常時混在する3次元的な
 スピリチュアル常識ともなっているオカルトに近い世界を、私達生きている側の
 
 人間がその人間側の特有の都合に捉われずに、3次元的に見分ける事に自己浄化に繋がる
 大きなヒントが実はあるのです。
 
 この見分けこそが、私がプラス3次元(魂レベル)で霊視浄化に携わるイメージとして
 一番重要にしているポイントでも実はあります。

 霊界はとてもシンプルな世界ではありますが、霊界通信をしたり霊視浄化をする上で
 霊界イメージとは異なった3次元界の都合を当てはめて行くと、シビアな形となって
 即座にその答えが返って来るようになっています。

 特に霊界波動が高い方ほどそのお返しが即座かつシビアなようです。

 私は何度も痛い目にあっています(汗)でもただでは転ばないゴルさんでした(笑)

 (実際には自分の目では見ることは出来ない信じるか信じないかの世界でもあって
  常識的に答えがあるようで実はまったく解答がなような世界ですからね。
  霊界チャリンコにただの看護師さんが乗るためには、自分が何度も転んで自分の
  経験として体感するところに答えはあるものと私は自分の経験としてそう思っています。)

 
 そんな実際経験の繰り返しの結果が、私の経験としてブログにも書かせていただきました
 キツネ憑きや生き霊の真相について等のイメージであることは確かです。
 

 霊界イメージは私達の魂をシビアに見通す鏡。

 私はそんなイメージで霊視浄化に携わっていることは確かです。




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最終更新日  2010.05.15 23:47:27
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2010.05.14


コメント相談より、霊視浄化に関するとても重要な質問がありましたので
その質問について書きたいと思います。

(特に自己浄化する上ではとても重要なイメージです。)


<コメント質問内容です。そのまま載せちゃいますね。>

自分も昔は霊は怖いものと思ってました
社会的な風潮でもありましたし・・
TVで有名な霊能者さんのおかげで霊ってそんなに怖いものでも
ないじゃんって思えるようになりました。

さらにゴルさんのおかげでその恐怖心も全くと言って良いほど無くなり
不具合のその殆どは自らが作りだしたり、未浄化エネルギーが気持ち的な
後押しをしているだけの構造で

「全ては自分自身のありかた」という三次元構造が理解できて来た気がしているのですが

ここで少し疑問が湧いてきました

映像で霊が見えたとしても3次元的には何も変わってないのは解かります

心に不安を煽ったお陰で人間の体が物理的に悪い方向に向かうのも元は
自分自身のマイナス要素からなのだという事も解かって来た気がしてます。

しかしラップや物を動かすという事は未浄化のエネルギーが単体でその意志を
3次元物質を動かし伝えている行為であり

これがあってはならないのではないのかな?と思います。

まだまだ全体の把握が未熟であるが故の疑問なのかも?ですが御教授願えれば幸です。


→不浄化エネルギーが単体でその意志を直接3次元物質を動かして
 伝える行為は、4次元エネルギーが3次元の物理に関与できるという事ですよね。

 世間で言われています心霊現象の中にはそんな3次元物理に関与しているとされる
 心霊話や、その世界では常識的にもなっている心霊世界(オカルト世界)が
 多いようです。

 私も5年前に妻が亡くなって霊的なイメージを最初に持てるようになった時の
 最大の壁とも言える難題が、実際に存在する霊界的な心霊世界と、
 人間界では常識となっている、霊界とは関係なく人間界の都合的な形として
 混在するオカルトの世界の問題でした。

 4次元的(霊界)な心霊世界と3次元界的(人間界)なオカルト世界の違いって
 みなさん解りますかね?またはイメージできますかね?

 実はこの違いが一番重要かつ簡単そうで簡単ではなく、とてもシンプル世界である
 スピリチュアル世界を、 人間界視点的に難しくしている部分でもあるようです。

 
 ではまず、ラップ音などの説明からして行きたいと思います。

 まずはラップ音に関してですが、
 
 私も実際に経験的にラップ音を聞いた事がありますが、ラップ音を普段から常時
 聞いている訳ではありません。

 ラップ音を聞くためにはある条件が私の中にはあります。

 その条件とはですが、うとうとして眠りに入る時。

 そして心霊話をしたり、自分が何らかの形で恐怖心を抱いている時に、普段は聞き耳を
 立てない自然音も、自分の恐怖、不思議的に霊現象と結びつけたりしてしまう時です。

 ただもう一つこれとは違うのですが、ふとした瞬間にはっきり耳で聴こえているわけでは
 ないのに、手の音がパチンと聴こえたような感覚になるときや、数秒経ってから今、
 音が聞こえなかった?今の音は何?と思うことがありました。

 その感覚も私は私の経験としてラップ音として来ました。

 次に不浄化霊が物を動かすという物理現象についてですが、私の経験として実際に
 経験したのが夜中に病院の詰め所でお化けの話をしている時に、天窓がバーンと
 開いた事ですかね。

 でも常時開け閉めしている鍵のかからない天窓ですからね。

 お化け話もピークに達した時のグッドタイミングな血の気もよだつサプライズ効果
 現象でしたので、後もゴルさん心霊経験話で効果抜群の演出経験となりましたが

 結局、冷房の効いた詰め所でたまたま偶然、天窓が開いただけなんですよね。

 あとはテレビをつけたまま仮眠したはずなのにテレビが消えていたり
 した事が何度かありましたが、自分が寝ぼけて消した可能性は大だと思います。
 
 (物を物理の力以外で動かすという事が出来るのはやはりマリックさんだけなのでは
  ないかとマリックさん大好きの私は個人的にそう思います。)

 こんな自分の過去にあった不思議体験のその真相を知りたがり屋の私は、
 霊界側からの回答として妻との霊界通信で何度もその霊的体験疑問について
 聞いた事が実は、

 エネルギーの世界でもある心霊世界と人間の都合が作り出したであろうオカルト的
 心霊世界の違いの気づきの始まりでもありました。





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最終更新日  2010.05.15 23:46:59
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2010.05.09


私は霊の世界などの不思議世界に対してはとても興味がありましたし
実際に霊体験と思われるような体験を子供のころからして来たことは事実です。

しかしその信憑性に関してはどれも証明することができませんでしたし
寂しがりやでお化けはとても怖い存在であったため、霊視したり霊と会話が出来ると言った
霊能者には絶対になれないと思って居た自分がおりました。

妻の闘病生活を支える上で心が折れそうになって、亡くなった父親と祖父母の写真を
枕の下に置き「いつでもお化けとなって出て来て、妻の癌の真相を教えてください。」と
寝た夜の時でさえ

私の中の本音は、本当に出てきたらどうしようという臆病風を吹かしそうになっている自分と
絶対に私には入れる世界ではないと思って居た自分がおりました。

たぶん誰が考えても、40年も人生経験を積んで来たただの看護師さんが、妻の癌を皮切りに
突然に霊の世界に目覚めるなんてあり得ない話だと思ってしまうだろうと思います。

私も実際にその時はそう思っている自分が居て、期待は全然していなかったのもまた
事実です。

しかし霊界イメージは人生における偶然の繰り返しの受け止めは、必然を呼ぶもののようです。

どういう事なのか?具体的に言ってみますと、この人生を生きる中で
霊界より与えられた課題を、限界のある人間として受け止められた先に
ちゃんと結果として必然は待っているようなのです。

必然とは人間界の損得勘定的な人間の都合が望む結果では決してないようです。

あくまでも霊界が霊界的に意味を持って導くままにこの世界に形として表している
結果のイメージなのです。

私の偶然は生い立ち、そして妻との出会い、妻との間に3人の子供に恵まれたこと
そしてどんな都合の悪い屈強も、家族みんなで同じ意志を持って望もうと努力出来る環境が
あった事です。

私一人の力ではどうすることも出来ない人生課題の現実を、自分としてこの世に生まれて
霊界より導かれしべくその偶然の積み重ねを、何度も転んでは立ち上がり、ただでは絶対に
転べない、1歩でも前に繋ぐ気持ちで居られた田舎者のまんまの自分の生き方に

その結果としてたまたま私の望むべく形となって、霊能力に気が付けた私がここに居た事実が

繰り返される人生課題と言う偶然の受け止めの先の、必然だったようです。


霊界イメージはとてもシンプルで、人間世界は自己責任において自己中心を重んじる
世界である事を変わらず伝えて来ます。

タイムスリップして過去を正す事など、誰も出来ないのです。

自分の身体にハンディや劣等感があってもリセットする事は出来ないのです。

人や周りの環境が悪いせいにしたり言い訳しても、その現実を生きるのは
一つの身体と一つの命を持った自分でしかないのです。

霊界は破壊、殺傷以外はすべて自己責任における自己中心を人間としての人生の大きなテーマを
与えているだけに過ぎないようです。

ようはいつかは絶対に最後がある自分としてこの世に生まれた霊界的には意味のある偶然を
今を生きる自分の目に見える結果として、この世を生きる自分としての身体一つで
必然に出来るのもすべて自分次第なのです。


ただの看護師さんだった私が、最愛の妻との別れの後にどうやって生きて行ったら
いいのか?本当に先の見えない未来に対する期待や希望が、挫折、苦悩、そして地獄に
即座に繋がる日々が、平成16年の時には現実な大きな問題として私にはありました。

しかしあれから数年後の未来に霊能者となっていろいろな方々との出会いを感じられる
前向きな自分がここに居られる事は、当時の私の心境では絶対に想像できなかった事です。

私は生まれ育った生い立ちから、そして妻との出会いから、そしてそんな最愛の妻の間に
生まれた3人の子供の生きる強さから、軟弱な自分の内面の部分と真正面から向き合える
勇気をもらいました。

妻の地獄のような苦しみも私の勇気に。

そして、子供たちの大切な「母ちゃん」を亡くした現実を受け止めようと頑張っている姿も
私には軟弱な自分の内面の部分と真正面から向き合える大きな勇気になりました。

妻が激痛の中に頑張って居るのに。子供たちが一番大切な「母ちゃん」を失っているのに。

何も浴する所なく、何も求めず、そして言い訳せず、前を向き、
1歩でも前に繋げようとしている同志が私の身近に、そしてそこに居るんですものね。

「ただでは絶対に転んではあげない。絶対に逃げたいなんて思ったりしてあげない。
 絶対に泣いてなんかしてあげない。絶対に・・・絶対に・・・」

私が妻との別れの後に何度も繰り返し続けた、軟弱な私の内面に対して誓った
言葉でもあります。


私は妻が亡くなってから3年間はずっと世間一般の常識とも言える人間主体の霊世界イメージと
妻が伝えて来る霊界イメージの大きなギャップを、この世に生まれた軟弱な自分として日々
真正面から受け止めて来られたのも

みんながこんな軟弱な私に与えてくれた精一杯の勇気の還元として、こんな弱い自分でも
真正面から受け止めようと、自分が進めなかった部分に進む事を誓えたのです。

それがただの看護師だった私が霊能者になった真相です。

そんなのはたまたま、偶然、絶対にあり得ない。と思う方も多々おられるものと思います。

そうなのです。

絶対にあり得ないことを人生の結果として必然に出来るのも私のこの数年間の経験のように、

霊界課題の偶然の繰り返しの受け止めの先にあるようです。



最後に、私は妻が亡くなってすぐに気づき始めた霊能力を、自分の中でもっと
確個たるものにしようと周りの人に積極的に公表して行った時期がありました。

周りの方々の大半の方は、妻が亡くなって3人の子供を残されて気がおかしくなった?と
思われたのも事実です。

私は軟弱な自分の弱さの部分に誓いを立ててまで妻との霊界通信を確個たるものにしようと
自分がおりましたので、そんな周りの同情や批判的興味に対しては全然興味はありませんでした。

今冷静に自分のこの数年間を振り返ってみますと、自分らしさを追求できる自分で居られる事。

そんな自分を信じて妻の面影を追いかけることなく前しか見ないで来た数年間であったと
思います。


今回のテーマである「ただの看護師が突然、霊能者に」を最後まで

読んでくださいましてありがとうございました。






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最終更新日  2010.05.09 10:58:24
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2010.05.08


私の人生の中には偶然が沢山あると思います。

北海道の山と海に囲まれた人口が1000人に満たない漁師町に生まれたこと。

海と山に囲まれて、子供の頃の遊びと言ったら大自然がいつも相手だったこと。

私をマザコンにしてしまう程の面倒見がいい母親と、いつでも笑って末っ子の私を
自由気ままに出来るように目一杯甘やかしてくれた祖父母、父、兄、姉、家族が居たことこと。

小学校の同級生が19人しかおらず、しかもそのうち女子15人でいつもクラスの決めごとは
女子に負けたこと。

など生い立ちだけでも言い出したら切りがないくらいの偶然があります。

えっ、それのどこが偶然なの?と思われる方がほとんどであると思います。

しかし、私は今までの自分の人生を振り返りその一つ一つに今の私の生き方に繋がる
何層にもなったを基礎が積み重なって居ると思います。

その基礎の積み重ねが、ただでは絶対に転ばない事。

絶対に言い訳しないで同じ間違いは2度繰り返さない努力工夫をする事。

感情的行動はプロ意識を持った計算的行動の1回のフォローだけでは
絶対に不具合が生じるために、2倍以上のフォローが必要であること。

末っ子の背伸びしただけの嘘であってもいつかはその事実を本当に出来るように努力すること。

自分の得た喜びを自分だけの心の栄養に一人占めすることなく、自分の大切な周りの人に
その喜びを還元し、周りの人の喜びとそんな喜びを還元出来る自分がその場に居られる事で
ちっぽけな私一人の喜びが無限大になって広がりまた返って来る喜びを感じられる
自分が居ること。

人から変な人と言われる人でもその人のいい所を探せる自分が居ること。

どんなにつまらない環境であっても何か一つ自分の興味を持ち、その環境自体をその一つの
興味から楽しめる環境に出来る自分で居られる事。

自分の行動に対して結果がすぐには出なくても、いつかは絶対に自分のプラスイメージに
なんちゃってでも繋げられる、自分らしさの価値観をしっかり持ち続けられるしつこい性格で
居られる事。

小1の時に上野動物園でパンダ館が休みだったのに、田舎に返ってから同級生にパンダを見たと
思わず嘘を言ってしまって、11年後に東京に就職上京して小1の時に思わず付いてしまった
嘘を本当にするために、初めての休日に1番に行ったのがパンダ館で。

パンダの名前は変わって居たけれど、誰に話す訳でもなくちゃんと小1の時に自分が付いた嘘を
本当に出来たことを喜べた自分が居て。

人から見たらなんてくだらない事をこだわり続けて、かなり神経質なしつこい性格と思われるかも
知れません。

でもいいのです。こんなくだらない事でも人から見たらどうでもいい事でも、
私の生き方にとってはすべて必要な事だった。それでいいのです。

人間という知能を持った動物が集団生活を生きる上では社会的規制や道徳は必要なものだと
思います。

他の動物に比べたら力も弱く知能が発達しているため、集団を選び社会を形成することで
その身を自然界の中では確固たるものにして居ます。

しかし人間は本来、一人で自然界を生きて行く動物でもあります。

自分をまず最初に守れるものは、人間と言う動物が集まった集団社会では実はないのです。

どんなに化学が発達して自然界の中では頂点に居るとされる人間社会の現代においても
自分の身は自分で守るしか実はないのです。

自然界をただ単に生きるだけなら目に見える危険だけに注意をすべきなのだと思います。

しかし人間と言う動物には目には見えない想像力、知能という力があるのです。

その力は現代の地球上に置いては他の動物の力に比べて絶大なものです。

しかしその力には実態が実はないのです。そして無限なのです。

個々の考え方、そして捉え方一つで良くも悪くもプラスにもマイナスにも無限に広がって
行くものなのです。

もしもどこかのカルト集団のような団体があっちにもこっちにも居たらどうでしょう?

ヒットラーのような歴史上の人物が世界に何人も居たら?

マイナスに考えて行ったら動物としてはひ弱な本能を持っている人間として考えると
キリがないですよね。

ですから私は人から見たら、末っ子で田舎者でしつこくてくだらないこだわりを持ち続けている
欠点だらけの人間と思われても、それがひ弱な自分を人生の中で維持できる自分らしさなので
それでいいのです。


人間の歴史は人間の集団生活を守るために後付けで人間独自の社会規制を作りました。

人間独自の社会規制は万人がこの世界を共存出来る完璧なものでは決してありません。

しかし個々の人間の心が潤ったらどうでしょうか?

そしてその個々の潤いが周りに還元されて世界に無限に広まったとしたら。

まずは自分の人生を納得出来る自分で居られる事が私は一番大切であると
思います。

課題多き人生において自分の気持ちにゆとりが持てたら、周りにも優しく出来るし
人間の都合で作り出した決まりもちゃんと守る気持ちにもなれますものね。

そんなイメージを40年も変わらずに自分が持ち続けられた偶然が実は

最愛の妻が癌という私の人生最大の危機に直面してその事実のすべてを全身全霊に
受け止めて挫折、苦悩、葛藤を必死になって乗り越えようと前向きな自分で居られた先に

霊能力に気づけたただでは転べない自分が、必然としてそこに居たのです。






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最終更新日  2010.05.09 01:29:43
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2010.05.05


その当時の日々は妻も私も本当に毎日が綱渡りのような日々でした。

妻の卵巣癌が大腸へ転移してその手術直後より抗がん剤や癌の進行により
腸の癒着が始まり、それに伴う妻の過酷な腹部の痛みは日々増すばかりでした。

妻を応援してどんなに私が家事を率先して行っても、
そして、日々妻がプラスになるように勇気付けるような励ましをしても、

後悔だけはしたくないと日本でもトップクラスの名医に妻のその身を委ねても、
妻の痛みは日に日に増すばかりで、


妻の病気に対する私達の「期待、希望」とういう言葉でさえ

当時の私達にとっての現在進行形の超現実の世界では
アリ地獄の中に落ちてしまったアリがまるで「期待、希望」というロープが
いつかは絶対に投げ込まれるあろうことを想像してだひたすら飢えを凌いで
歩き回っている抜け殻のような夫婦アリ状態だったと思います。



そんな中で私は誓うしかなかったと思います。

そして私は誓ったのです。



「妻の私に対する頑張りと、妻と一緒になれた人生の大切な瞬間を
 全身全霊の自分の身体を持って絶対に未来に繋げる・・・・と

 自分もいつかは終わりがあるんだから、終わった先の行き場所のはずの
 心霊世界なんか怖くない。

 子供達を育てなければいけないので命はかけれないけど、
 誰からも好かれて人間的に絶対に落ち度がない生き方をしている妻をこんな酷い状態に
 している真相を、悪霊がその場所にいようがどんなイバラの道であろうと
 心霊世界にその真相と言える意味があるのなら、自分を守るちっぽけな臆病の部分は捨て
 
 「お化けが居るんなら出て来い。」

 弱気なんて妻の存在そしてその人生の意味に比べたらそんなちっぽけなこだわりなんか
 すべて捨てて、全身全霊で我が人生を生きてやる」と。

誰に向けて誓ったのか?はその時はよくは解りませんでしたが
ゴル少年時代から自分を維持するための術として頑なに守り続けて来た
自分自身の弱さに、前人全霊の勇気を持って挑む事を、しっかり約束として
誓いを立てた自分が居たのだと思います。

そして、その瞬間から私の心霊世界に臆病になっている制御バーが完全にはずれたのです。



本当にマンガのような話です。

自分でもそんな自分の都合のいいように霊能力に目覚めるなどという
絶対に霊能者的なその道に進むはずはないと思っている自分もおりました。

しかし人生はやはり成せば成るなのかも知れないですね。

今、現実的にこうして霊視浄化に携わっている自分が居て、信じるか信じないかではない
感じるか感じないかの霊的世界に何も臆病風を吹かせる事なく居られるのも
妻の前向きな人生の後押しがあるからなのだと思います。

今でも亡くなってから妻の存在をハッキリと感じた日の事を鮮明に覚えています。


当時一番下の子は小学1年生で末っ子という事もあって、妻に対しては本当に甘えん坊で
家族の中で妻の存在が一番必要であったと思います。

しかし、本人が知る由もなくある日の朝に最愛なる「母ちゃん」が突然居なくなったのです。

一番下の子は本当は悲しかったと思います。

でも私や上の兄ちゃん達(中2、小6)に気を使って、
いつもは「母ちゃんは?どこに行ったの?」と聞いて来るのに
最愛なる「母ちゃん」の葬儀を境に「母ちゃん」の名前を出すことも
そして「母ちゃん」の話をする事もしなくなったのです。

私も少しでも子供たちの記憶から妻の存在が自然に距離を置けるように
子供たちが妻の話をするまでは私からは妻の名前も話題も出さないようにしていました。

当時を思えば一番下の子も上の子たちも、一番大切な「母ちゃん」が突然
居なくなったのですから、大切な「母ちゃん」が居なくなった現実を受け止めるのに
精一杯だったと思います。(妻の事を子どもたちは「母ちゃん」と呼んでいました。)

みんな家族にとって一番大切な「母ちゃん」を忘れてしまったからでは
絶対にありません。

一番大切だった「母ちゃん」という存在の大きさを日々忘れることなく

「母ちゃん」の話題に触れ、「母ちゃん」の思い出に触れ、ポッカリ空いた悲しみの大穴を
少しでも埋めたかったのだと思います。

私以上に、そして、亡くなった妻以上にその子供たちの思いは強かったと思います。

しかし、誰一人、「母ちゃん」の話題に触れる事はなかったのです。

私を含めて子供たち全員「母ちゃん」の存在を忘れて居た訳では決してありません。

ひと時も「母ちゃん」の存在を忘れることがなかったからこそ、
「母ちゃん」という名前を出すことで、ギリギリの部分で支えていた自分の気持ちを
失いたくはなかったのです。







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最終更新日  2010.05.05 23:51:54
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2010.05.02


しかし、ある時に私は気づいてしまったのです。

人に証明する以前に私の心霊体験自体が実は私の思い込みであったり、眠っている時に見る
夢の延長だったのではないか?

心霊批判をしている科学者が言うように実は人間の心理の世界が作り出した
想像の産物?

それも在りなのかな?

心霊世界について私がそう考え出した頃でした。私にある大事件が勃発したのです。

そのある大きな大事件と言うのが、最愛の妻の癌だったのです。

その事に関しましては詳細にこのブログ内で書いていますが
実は私の中では霊能力に目覚める大きなきっかけがあったのです。

その大きなきっかけとはですが、私は心霊体験を作り話と否定した友達にその証明を
したいと目標があった反面、夜に一人では怖くて眠れないという臆病者だったのです。

霊の事は知りたいけど、霊の事を深く知ろうとすると絶対に何か不具合があると
誰から言われた訳ではないのですが、子供の頃からそう信じ込んでいる自分が
おりました。

私が心霊世界が尊い世界だからと信心深かったからでは絶対にありません。

私は無意識的に中途半端な気持ちでは絶対に入ってはいけない世界であり、
私の感覚では絶対に理解できない怖い世界なのだという暗示を自分に掛けて
なるべくその世界とは距離を置くようにしていた自分がいたのです。

こんなもう一人の自分が私の中に居るなんて、心霊世界や不思議世界には子供のころから
とても興味があって好奇心旺盛に追求するタイプの私であるはずなのに
とても矛盾している話ですよね。

でもそれが今の私のこの霊能力に目覚めてからの5年間の経験を
振り返ってみたらですが実は良かったようです。

私の心霊世界に関する恐怖感が、自分の人生においてのセーフティバーに
ちゃんとなって居たようです。

私は妻が癌にならなければ、そして妻の癌の進行が日々最悪になっていかなかったら
そのセフティバーを解除する事は私の性格上絶対になかったものと思います。

私は最愛の妻が癌と闘っている現状にあるにも関わらずいつも現実からは逃げ腰だった
自分がおりました。

私は妻の闘病生活を精一杯応援し自分で出来る限りの事をしていると強く思うように
していましたが、実はどこかでこれ以上やったら自分が倒れて自分でなくなってしまう
という不安からの逃げの部分があって、いつも余力は残して精一杯頑張ったフリの位置に
居る自分に気がついておりました。

(そしてそんな自分を維持するのもまたギリギリだったと思います。)

そんな世間や周りの人から見たら絶対にあってはならない心理の裏側を持ちつつ
最愛の妻の苦しい表情や最愛の妻との別れを予感すべく

「妻のために自分は精一杯頑張って居ます。だから今回だけは勘弁してください。」

と、夜中に泣きながら必死になって、何度も神頼みをしている自分が幾度となく
おりました。

しかし、その度に反作用を起こすかのように妻の癌は悪化して行き、
願うたびに祈るたびにそして努力するたびに最悪の形となって、私の心の裏側の誰にも
気づかれたくはない、私のセーフティゾーンの気持ちを日々侵食して行ったのです。

最愛の妻が現実に苦しんでいるのに本音の自分は全力になれないという私の罪悪感は、
自分を常時安定し余力を持った位置から行動できる私のセフティーゾーンの部分を
ズタズタにして行ったのです。

私は妻の闘病生活を一緒に闘う中で、これ以上ない限界の部分まで追い込まれて
行ったのです。

本当に人生においてこれ以上どうしようもない状態まで誰かの意図、思惑が作用している
かのように追い込まれて行ってしまったと思います。

そんな限界に近い極限状態であった時に私が思ったのが、「誓い」でした。

私も妻も前向きな人間です。

私も妻も好奇心旺盛で人を喜ばせることはしても、クヨクヨ過去を考え悩むことは
絶対にしない生き方に価値観をお互いに置いて居ました。

そんな二人の関係であったにも関わらず、妻の癌が悪化する現実を否定することで
私も妻も先の見えないあまりにも苦しい状態の生き地獄を日々見て居たのです。

私は妻を尊敬しており、妻が居れば他に何もいらないと思って居ました。

それほど妻は私にとって本当に大きな存在でした。

ですから思ったのです。

そんな大切な最愛の妻が一番苦しんでいる現状の中で、妻の癌は治るというその場限りの
ような慰めの気持ちを持って日々の時間をごまかして生きて行く事の悲しさを。

そして、もう一人の私の自分が生涯逃げ続けることの悲しさを。

本当に臆病者の気持ちを勇気を持って立ち上がる時はこの瞬間しかなかったのです。

私はもう怖がらず逃げないと思ったのです。

そして誓ったのです。






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最終更新日  2010.05.08 10:08:24
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2010.04.30


私の仕事は看護師です。

北海道の人口1000人に満たない漁村で生まれ育ち、先行き不透明の漁師という職だけには
絶対になりたくはないと東京に上京して、20数年経ちました。

私が何故40歳と言う年齢で霊能力に急に目覚めたのか?

そして霊界通信など、いろいろな不思議な力に目覚めることが出来るようになったのか?

実は「亡くなった妻との霊界通信を自分の生涯をかけて絶対に出来るようになる」
という目標のために、自分の人生を通じて絶対に出来なかった、そして自分を守るためにも
絶対にしては行けないと思っていた口約をしてしまった事がきっかけだったのです。


今回は、そのきっかけについて書きたいと思います。


私はこの超スピリチュアル体験記でのブログでも何度も書かせていただいていますが
子供の頃から自分の中では不思議と思えるような体験を周りの友人と比べても
多く体験して来たと思っています。

しかし、その体験の一つ一つのどれをとってもどれ一つ他人に対して証明できる体験は
なかったのも実は事実です。

例えば、金縛り体験をしてベッドの下から大人と子供の手が出て来て握ってみたら
握り返され、手首の下がなく、頭の中では海で遭難した人達が助けを求める
光景が浮かんだり。

実際に現実的にあった話なのですが、夜に港の灯台の下に魚釣りをしている灯りが
見えたので何か釣れているのかなと思い、家から500メートルくらい歩いて
灯台に行って見ると

100メートルくらい離れた所からもちゃんと釣り人の灯りはずっと見えていたのに
その灯りを目標に実際に行ってみると、そこには人っ子一人おらず、
急に真っ暗な堤防の先の灯台の下に一人で居る孤独な自分に気づき、
ビックリして家に戻ろうとした時に大波が自分の立っている防波堤を飛び越えて来て
流されそうになった時など、

なんで海がシケなのに灯台で釣りをしている灯りが見えたんだろう?
しかも怖がりの自分が何で灯台の先に居て、大波に流されそうになっているんだろう?と
超恐怖の中、我に返った時がありましたが、

後日、そんな出来事を友達に話しても、友達の反応は様々で
信じて怖がる友達も居れば、そんなの本当にあったの。作り話でしょう。
と全否定する友達も多々おりました。

(因みに自然相手の遊びしか知らなかった超自然児ゴルさんの視力は18歳まで
 ずっと2.0でした。サンコンさんの自称視力の半分くらいは見えるくらい
 視力は良かったんです。今は品川レーシックさんのお陰で1.5です。)

私は子供の頃から末っ子の背伸び根性として嘘はたくさんついていましたが
自分が経験した事を全否定されるのはとても嫌いでした。

とくに霊に関する体験に関しては、話を大きくしたり体験しても居ない事を
体験したなどと嘘をついてしまうと、私の心霊世界に関する世間一般の知識として
霊障をもろに受けるのではないかと思い、霊に関する体験では自分が実際に
体験した事しか人には絶対に話せませんでした。


しかし、霊の話や体験に関しては、数多くの体験談が世界各国にあったとしても
実際に証明できる事は出来ないんですよね。

心霊系のテレビ放送などの主流は心霊写真から始って、音声や動画に霊を実在させようと
しましたが、どれをとっても無理があって、近年はCGが発達しているのでいろんな不思議系の
動画が数多く出るようになって来ましたが、所詮、演出を中心とした作り物感がメインの
イメージです。

結局、どんなに科学が発展しても心霊世界に関しましては今も昔も信じるか信じないのか
の世界なのではないかと私は思います。

この地球上において、どんなに凄いと言われている霊能者さんであっても、
どんなに凄いと言われている宗教家であっても、その信憑性を私達のこの目で感じる
感覚としての証明が出来ない以上、近代科学を重んじる科学者の目から見たら
やはり思想的な想像論と言われてもしょうがないのかもですね。

話はいつものように随分とそれてしましたが、

結局子供の頃から何に関しても末っ子丸出しの私は、背伸びしていつも嘘を付くのにその反面、
嘘つきと言われる事が一番嫌なことだったのです。

自分が実際に体験した心霊体験のその証明も、とても無謀な考えだったのですが
誰の目から見ても「いつかは絶対に現実的に本当に証明。」が

ただでは転べない少年ゴルさんの生涯目標でもありました。

しかし、ある時に私は気づいてしまったのです。






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最終更新日  2010.05.08 10:08:03
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2009.12.30


そもそもキツネ憑き、キツネと言うのは何なのでしょうか?

ヒントは物の怪のキツネもまた人間の自分を守るための都合が作りだした
エネルギーのようです。

人間の作りだしたエネルギーと言ってしまいますと、生霊やマイナスの念のイメージに
思えてしまうと思います。

しかし、私のこの5年間の経験では3次元的な発想の生霊やマイナスの念のイメージでは
深い霊視もそして浄化に関してもどんどん不具合になって行ってしまうのです。

霊界の法則の伝えて来ますイメージに沿った、スムーズな霊視浄化を実行する上で
ここに最大の難関があったのです。

何を言って居るのか?解らない方が多々おられると思いますので、年末大サービスで
なるべく解りやすいように説明して行きたいと思います。


まずは人間かい側から見た、人間の心理をヒントに考えてみましょう。

キツネは力があって、それを祭る事によって富や成功に繋がるという人間独自の
自然界で生きる動物としての弱さを補うための他力本願的な偶像崇拝のイメージが
あるとします。

この実態のないキツネなるものは力が本当にあるのでしょうか?

この人間が祭り上げるキツネなるものが実際はどうやって人間の力になって行くので
しょうか?

自然界の神様が実在して、実はその自然界の神様がキツネに化けて、またはキツネと
呼ばれるものが自然界の神様で、人間の頑張りや願いを叶えてくれるのでしょうか?

人間の中にある念力のような念のようなエネルギーが何年も積み重なって
キツネなる形となって意志を持ち、自分を祭り上げるものに富や成功をもたらして
居るものなのでしょうか?

そして、キツネなるものは飽きっぽくてその場所に居るのが飽きたり、自分の意に
そぐわないような祭り方や願いに対して災いをもたらしてしまう者なのでしょうか?

自然界のキツネのようなイメージの行動を取るというキツネ憑きなるものは
動物界のキツネにまつわるエネルギーのせいによるものなのでしょうか?

このような質問攻めをすると、何か共通なものが見えては来ないでしょうか?

私はイメージの中でこんな質問攻めで答えを求めようとせずに、シンプルに頭の
中で思い描き、霊界イメージに送ってみる事で、その霊感ソナーに反応した魚群のみに
焦点を当てて、さらに深いイメージを霊感ソナーで感知するようにしています。

しかし、私の霊感ソナーで一番感度を悪くしているものは何か?

想像出来ますでしょうか?

それが実は霊界の法則が作りだした、霊界的にはとてもシンプルな3次元と4次元の
大きな壁となる、人間側から見れば最大の難関とも言える課題なのです。

理屈で解った振りをしても、所詮人間の行動は物理に反する事は無いのです。

3次元界でどうやって偶像崇拝をしても人間の課題からは絶対に逃れられないのです。

では逆に霊界側からみたらどうでしょうか?

ここに大きなヒントがあるのです。


私は私の思い込みの強さと、自分の暴走で何度も痛い思いをした教訓から、人間界側からの
視点ではなく、霊界のイメージに入って霊界側から霊感ソナーを物の怪のキツネのエネルギー
に当ててみることにしてみたのです。

そうすると、今まで感知しなかったとてもシンプルな実態がそこにあるではないですか。

なんとキツネのイメージは人間の分身のような、人間の心を鏡に映した
その物体だけでは何の影響もない無機質なキツネ様と名前を書いた
ワラ人形のようなものだったのです。

人間の強い念が形になったものでも何でもないのです。

キツネの存在もまた霊界側から見れば、自然界では生きる事で弱気な人間の心の部分を鏡に
映しだした姿だったです。

私は妻の地獄のような闘病生活の時にお世話になった宗教団体の大物キツネ様にも
妻の姉に憑いているキツネや生霊にも、何にも影響を受けて居た訳ではないのです。

私の弱気な自己都合が作りだした、私の心をそのままの形で映しだした
私の心の鏡の中の世界だったのです。

私は救急外来のベッドの上で、第三者の存在を自分の心の弱さゆえに作り上げ
周りのすべてを敵にして、四面楚歌という状態を作り上げてしまった自分がおりましたが。

実は自分の心の弱さを自分の手鏡に映し出し、一つの手鏡では自信がなかったので
全面鏡張りの世界を作り出してしまっただけだったのです。

その鏡の中心には、自分の心の弱さの部分がポツンとあっただけだったのです。

こう言ってしまうと世間でいろんなキツネ憑きなる現象の証明にならないのでは?
という疑問が生じてしまうのではないかと思いますが、

霊界側から見たイメージは、キツネ憑きなる行動をしているもの
そして、その行動を目の当たりにしているものすべての人間に共通する言い訳的な
人間という動物界では弱い動物である本能の心の弱さを補うためのイメージが
鏡に映しだした不具合のイメージなのです。

そして、このイメージですと霊視浄化も瞬時にしかもスムーズに行えるのです。


私は過去に霊界の自分なる存在を何度か説明した事がありますが、

人間界側からの視点は人間の身体五感によるものです。

そして、霊界側からの視点は霊界に居る自分のエネルギー視点によるものなのです。

霊界の自分をイコール、魂とイメージを伝えた事がありますが、4次元界は場所も
大きさも何もなくエネルギーのイメージのみが存在する世界ですので、魂と言った
人間視点のイメージでも実はないのです。

私の行っています霊視浄化のイメージは、あくまでも霊界の自分のイメージを
大切にしています。

この霊界の自分の存在について、何をバカな事をという方も多いとは思いますが
霊界の自分に関してのイメージは、全人類に平等に存在する霊界エネルギーであると
私は霊界イメージを通じてそう考えております。

(私はこの霊界の自分のイメージを通じて霊視浄化を実はしているのです。)

キツネなる存在を作る事は、課題多き人間として私は悪い事では決してないことだと
思います。

霊界の伝えるイメージでは人間は自己中心で良いようです。

自分の行いがそのまま自分に返って来るように霊界の法則は万人に共通してあるようです。

プラスに終われば霊界イメージと同じくプラスイメージがそのまま返って来て
課題クリアとなり、更なる段階の課題が現れるようです。

そして、マイナスに終われば人間界課題の延長的なマイナス課題が返って来ます。

どちらにしても人間界は霊界には存在しない課題だらけの修行の場であるようです。

生霊も実はキツネと同じイメージなのです。

自分がプラスイメージで居られると、何の影響も実は無いのです。

しかし、人間に完璧はありません。目に見える3次元課題や、目に見えない4次元課題が
あっての修行の場なのです。

霊界の法則はシンプルな課題として、人間の弱さを補うために自然界随一の知能を
人間と言う動物に授けました。

自然界随一の知能の力は実は大きな無限の想像力と言う力はあっても
実は実態がないのです。

人間は自分の弱さを補うためにその実態を作り出そうとして、目に見えるもの見えないものに
関わらず、色々な形を作り上げ、自分を守ろうとしているようです。

霊界の法則の奥の深いところが実はそこにあるのです。

人間の弱さを補う者は実は、力でも形でも何でもなかったのです。

それが自然界では弱い人間として生まれた自分と言う弱い実態をそのまま
受け止める事なのです。

霊界の法則は受け止める事だけを実は伝えて居るのです。

しかし、人間の生をまっとうするにはご飯も食べなくてはいけませんし、大自然界を
生き抜く必要があります。

ですから人間として生まれた自分らしさで、霊界イメージの受け止めを心に据えて
この世界を修行の場としてプラスで終わることが、霊界イメージのシンプルな課題でも
あるようです。

信じる信じない。そして楽しむ楽しまない。そして今を生きるすべての権限は
自分のみに存在するようです。

周りのせいにして足踏みする自由も、周りのすべての課題を自分らしさで受け止めて
前に進むのもすべて自分の実力のみぞ知るところのようです。

あなたならこの霊界より与えられた自分ならではの人生課題を、
どうやってクリア行くのでしょうか?

答えは万人共通ではないようです。


そこが楽しい所でも辛いところでもあるようですが、自分だったらどう考える?

そんな霊界メッセージが、今回のキツネ憑き(憑依)の真相のイメージです。


最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。

(何かヒントになれば幸いです。)





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最終更新日  2009.12.30 01:31:50
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2009.12.29


私は霊の世界に対する一般的な常識に関する私の思い込みと、師匠の教えと自分流に
アレンジした霊視法(呼吸法)を武器に、自分ならでは無謀とも言える霊的な世界の
経験をして来たものと思います。

その答えでもあり最終的に行き着いた場所が、師匠が一番最初の講習会の中で教えてくれた
受け止めだったのです。

私はお稲荷様と呼ばれるキツネ様も、龍神様と呼ばれる龍の化身も凄く力のある神様だと
子供のころからそう信じておりました。

そして、家を守るために祭っているお稲荷さんを粗末にするとキツネ様がその祠を
抜け出して家の者やその親族に悪さをするものと、誰から教わったのかは覚えて
いませんがそう思い込んで居る自分がおりました。

そのため、お稲荷さんの祭っている家で病人や家族間に何か問題が生じたりしますと
キツネが悪さをしているという事を度々耳にするたびに、キツネはちゃんと祭らなければ
怖いものと勝手に思い込んでおりました。

この思いが私のキツネ憑き(憑依)の真相の根本にあったのです。

私は波動整体に通い始めて間もない頃に、エネルギーの浄化は誰でも簡単に
できるという事を師匠に習いました。

そして霊視の仕方も伝授してもらいました。

師匠の言われる、誰でも霊視浄化は簡単に出来る事は、私の経験からも本当だと思います。

しかし、師匠が波動整体の一番大事な基本として、受け止めの気持ちを持って高慢に
なっては、絶対に霊視も浄化も出来ない事を何度も教えてくださっていたのです。

私が究極に追い込まれた状況時の実際は、高慢になってないふり、そして受け止めたふり
だったので、そのまま自分の行動が3次元鏡の写しとなって、自分に返って来てしまって
居たのです。

妻が亡くなった朝に宗教団体の力のある大物キツネ様も、自分が勝手にキツネは悪いもの
そして力のある怖いものという私の思い込みが作りだした、3次元的な恐怖キツネ批判の
エネルギーだったのです。

そして、それまで威勢の良かった戦いに負けてしぼんでしまった龍もまた、自分の思いこみ
そして高慢なイメージが作りだした3次元的な欲望のエネルギーだったのです。

霊界大戦争もまたすべて私の思い込みと、霊視浄化の基本しか解らない私の無謀な
暴走による行き過ぎた部分のお返しだったのです。

ただ、一つ不思議な事があったことも実はあったのです。

私は救急外来で担当のお医者さんに点滴を失敗されて2個の注射跡が残ってしまったの
ですが、後でビックリした事がありました。

それは、その2つの注射痕が内出血して、1つは龍の飛んでいる形で顔もちゃんとあって
一つはキツネの頭だけの顔で、互いに睨みあっているような内出血痕になって居たのです。

職場の後輩にも見せましたが、注射痕の内出血痕にしては龍とキツネの戦い後に
出来た偶然?とは思えない霊的な現象の証拠と意味づけるような痕でした。

私はうすうす私の自爆によるものだとは気付いては居たのですが、その注射痕の件が
いつまでも引っかかる点でした。

実はそこに入って居たのが、私を担当して注射をしたお医者さんの成仏されない女性の
先祖エネルギーだったのです。(外来で亡くなられた方も3名一緒におりました。)

その方々を浄化しますとその注射痕の疑惑もスムーズに解決されました。

その浄化の後にその当時の記憶が鮮明に湧いて来たのです。

私は眠って居ないのと水分不足や疲労などで私の血管はかなりもろい状態であったのです。

ですから注射をするのに血管もモロく外れやすくなりますし、そのあとに酒精面やテープ
固定の毛細血管の内出血しやすいという意味で、痕も付きやすくなって居たようです。

1回目にその医師が外した部分は止血のための酒精面固定痕がキツネの顔。

2回目の点滴ルート固定が龍の胴となって、点滴後に止血のために酒精面固定した部分が
龍の顔になったようです。

霊界大戦争の痕が残ったのではなくて、マイナス的な体力免疫低下という私の体の
物理的な注射痕に、そのお医者さんの先祖様方が自分の存在を伝えるために、私の記憶の
印象として、強くその注射痕が残ってしまったのです。

ここからが霊界イメージの上級者レベルの話となりますが、そもそも私の騒動の原因は
自分の暴走による自己責任による自分の作りだしたマイナスのエネルギーが根本に
在りましたが、単純に世間で言われています物の怪のキツネとは何なのでしょうか?


私の体験はゴルさんの自虐的なおバカ話というオチで終わるものでは実はないのです。

私はただでは転ばない貧乏症な人間です。

私の暴走も私の自爆も実は大きな意味があったのです。

世間でまるで霊界の常識のように言われていますキツネ憑き(憑依)に関する真相を
生きる人間と言う目線から私は自分の経験を通じて実体験させていただいたようなものだと
勝手に思って居ます。

そのため、霊能者さんや世間一般の常識とも言われる生霊や物の怪の浄化も
何の問題もなく霊視浄化している私がここに居るのも、浄化後の結果が現実的に
ちゃんとあるのもその証拠だと思います。

(そうでなければ、大物キツネに目を付けられた私が普通に生きて居られる
 訳がないですよね。)

では、世間一般で言われていますキツネ憑き(憑依)とはいったい何なのでしょうか?

キツネとはいったいどんなエネルギーなのでしょうか?

そのイメージでキツネというイメージに霊界的なイメージを当ててみますと
その存在は無なのです。

無と言っても尊い霊界的なイメージはまったくなく、その実態も霊的なエネルギーも
何も存在しないのです。

ではよくキツネ様を祭っていると言われています、稲荷神社などの大きなイメージの
お稲荷様はどうでしょうか?

これには前に座敷わらしの霊視をした時に近いプラスのイメージと、形だけの人間都合の
なんちゃってイメージが強くあります。

プラスのイメージは細々と積み重ねて行った努力と喜びをみんなで分かち合って、
喜び合うための場所というイメージです。

そして、形だけの人間都合的ななんちゃってイメージは、お稲荷様と言う願いの場を作り
個人の未来の希望をその場に願いとして置く事で、自分の将来の不安やマイナスイメージ
的な気持ちをプラスにリセットできる空間のイメージがあるようです。

お稲荷様はキツネ様を祭っているという事をよく聞きますが、お稲荷様のプラスの
イメージはあっても、やはりここにも実は物の怪のキツネのエネルギーはないのです。

ではキツネっていったい何なのでしょうか?

(長々申し訳ないです。次回ようやく最終話となります。)







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最終更新日  2009.12.29 01:04:10
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アホですか?あなた(笑)@ Re:坂本龍馬の暗殺の真相を霊視(最終話) 奇跡への階段(10/01) 何が霊視だよ。龍馬の言葉は九州弁か?(笑…
ゆみこ@ まおさんとアユ太さん 私はゴルさんに霊視・浄化して頂いたお蔭…
丁度今@ Re:伊勢エビ詐欺?(通勤途中の怪) 奇跡への階段  後編(03/07) 遭遇したので検索してみたところたどり着…

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