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カテゴリ:洋画
新スターウォーズ三部作の第三作目。アナキン・スカイウォーカーがダース・ベーダーになっていく過程を描いている。 本作はエピソード2の続編で、1980年代に製作された旧三部作に引き継がれ、ストーリー的に完結する。 粗筋 邪悪なシスのリーダー、ダース・シディアスは、銀河を支配する為の策略を着々と進めていた。 その一方で、銀河の平和を守る為の組織ジェダイは、シスの気配を感じつつも、正体を掴めないでいた。 そんなところ、ジェダイの有望な騎士アナキン・スカイウォーカーは、自分の恩師パルパティーン銀河共和国議長こそダース・シディアスだ、と知る。しかし、アナキンはその少し前に夢を見ていた。秘密裏に結婚(ジェダイは結婚できない、という掟がある)していた妻パドメが、赤ん坊を産むと同時に死ぬ、という予言めいた夢を。 アナキンに対し、ダース・シディアスは語る。妻を死から救うには、シスの力を利用するしかない、と。ジェダイ評議会は自分を信用していない、と感じるようになっていて、妻を何が何でも救いたかったアナキンは、ダース・シディアスの言葉を受け入れる。 パルパティーン銀河共和国議長は、銀河帝国皇帝を名乗り、自分を亡き者にしようと企んだジェダイは銀河の敵だ、と宣言。 ダース・ベーダーと化したアナキンは、皇帝の命令でジェダイ狩りを開始した……。 感想 本作は、旧三部作への橋渡し的な存在で、新三部作の完結編。製作者ルーカスは今後シリーズ作の映画を製作することはない、と宣言したので、本作が映画としては最後のスターウォーズである。 アナキン・スカイウォーカーがダース・ベーダーとなった瞬間や、パドメが後にルーク・スカイウォーカーとレイア姫となる双子を産む瞬間や、パルパティーンが皇帝となる瞬間を描いている。 莫大な予算を投じて製作したとあって、CGなどは非常に迫力がある。 最後の場面に不人気キャラのジャー・ジャー・ビンクスを製作者の意地(あるいは執念、もしくは単なる嫌味)で登場したり、エピソード2でジャンゴ・フェットとして登場した人物がクローン兵として登場したり、ヨーダがライトセイバーを振るったりするなど、スターウォーズファンにとっては見所の多い作品になっている。 ただ、本作は旧三部作という既に存在する映画の橋渡し役で、「どんな展開でもあり!」という訳にはいかず、全ての展開が予想の範囲内で、ストーリー的に窮屈。 善のジェダイが敗北を記し、悪のシスが勝利する、という展開を描くしかないのだから。 悪のシスは狡猾でやること全てが思惑通りに進み、善のジェダイは間抜けでやること全てが裏目に出る。 見ていて非常に歯痒い。 新三部作と、旧三部作を振り返ってみると、不可解な部分が多く、解けた謎の数より、新たに生じた疑問の数の方が多い: ・ジェダイは、フォースを操れるという者の集団。強い力を持っている。にも拘らず、パルパティーンこそシスの頭領だと手遅れになるまで気付かないのはおかしい。パルパティーンが完全に裏から工作しているならともかく、元老院の議長の座に収まるなど、積極的に活動しているのだ。パルパティーンは、フォースを悪用できるほどの力(光線を手から放つことができる)を持っていた、となれば尚更である。 ・ジェダイの人材育成は明らかにおかしい。エピソード1では純情な少年アナキン・スカイウォーカーが、エピソード2ではひがみっぽい青年に。本作エピソード3では少しは治っているのかと思いきや、ますますひがみっぽくなっていた。ジェダイは、なぜアナキンの不満を察して、教育を修正するなどしなかったのか。アナキンがあそこまで幼稚な理由でシスに身を投じることを決意するなんて、ちょっとがっかり。 ・ジェダイが、アナキン・スカイウォーカーとパドメの関係(ジェダイの掟では禁じられている結婚)に全く気付かなかった、というのはおかしい。気付いていたが、無視したのか? なぜ無視したのか。 ・アナキンがパルパティーンを師とすることにしたのは、妻パドメを救う為。しかし、パドメは死んでしまった。アナキンは、パルパティーンを師とする必要はなくなった筈。それなのに、なぜパルパティーンの側に留まることにしたのか。 ・ジェダイの頭領ヨーダは、パドメが産んだ双子を別々にして、ダース・ベーダー(アナキン)から隠すことを決めた。それはそれで悪くはないのだが……。後にレイア姫となる女児の隠し場所は納得できる。しかし、後にルークとなる男児の隠し場所には首を捻ってしまう。アナキンの故郷である惑星タトゥーインにいる母親の再婚相手の親戚に育てさせるのだ。銀河共和国には、惑星が文字通り腐るほどある筈。その中で、なぜアナキンと関係が深い惑星を「隠し場所」に選んだのか。ダース・ベーダーが探しに来るかも、と考えることはなかったのか? 子供の名も、「ルーク・スカイウォーカー」と名乗らせている。父アナキンと同じ苗字では、隠した内に入らない。ルークはいわば見付かってもよい「餌」で、レイアの方を隠したかったのか? その「餌」を30年以上探し出せなかったダース・ベーダーは、相当間抜け。 本作は、疑問以外にも、不満に感じる部分が多い。 最初の不満は、ドゥクー伯爵の最期。エピソード2ではアナキンを手玉に取ったのに、本作では序盤であっさりと倒されてしまう。 パルパティーンの策略によって、ジェダイは粛清されるが、粛清のされ方が非常に呆気なく、「ジェダイ、て結局大したことないじゃないか」と感じさせた。一人くらい生き延びる模様を描いてもよかったと思うが。 エピソード1ではダース・モール、エピソード2ではジャンゴ・フェットなど、格好いい悪役が登場するが、本作では「こいつは格好いい!」と惚れ惚れする悪役は登場しない。 パルパティーンや、悪役となるアナキンなど強烈なのがいるからか。パルパティーンは見かけからして格好いいとはいえないし、アナキンも見てくれはそう悪くないが、性格的には「単なるわがままなガキ」といった感じで、格好いいと思えない。魅力ある悪役がいないと映画、てこんなに物足りないのか、と実感させる。 エピソード1では大活躍するものの、エピソード2では名前が少し出ただけのクワイ・ガン・ジン。本作は最終作とあって、一場面くらい顔を見せてくれるのかと期待していた。が、また名前が少し出ただけで、本人は登場しなかった。クワイ・ガン・ジンを演じたリーアム・ニーセンは本シリーズに出演したことを本当に後悔しているらしい。 CGは、CGと人物の合成や、CG全体の質の低さがやけに目立っていたローレライよりマシだったが、「これはどう見てもCGとの合成だな」と思われる部分も多かった。迫力はあることにはあるが、映画というより、自分でコントロールできないパソコンゲームを見ているような気分になり、感動が半減。CGを多用するのは悪くないが、多用し過ぎるのも問題である。 問題というより、うざいな~、と思うのが、民主主義に関するパドメの発言。 ルーカスは彼女を通じて民主主義の重要性を訴えたかったのだろうが……。 このやり方では逆効果。 本作で完結となったスターウォーズ・シリーズだが……。 全体的に観てみると、パルパティーンが皇帝となり、民主主義が崩壊するきっかけを作ったのは、民主主義の重要性を説いていたパドメ。 エピソード1でパルパティーン(この時点では一元老院議員に過ぎなかった)にそそのかれて共和国議長に不信任決議案を突き付け、パルパティーンの議長就任を許したのはパドメ。議長の不信任決議案を提出するようそそのかした本人が次の議長に納まったのだから、相当警戒しなければならないのに、パドメはその様子を見せなかった。 エピソード2では、共和国の権力がパルパティーン議長に集中させる決議案が出されるが、この決議案を提出したのは、パドメの代理となって元老院に出席していたジャージャー・ビンクス。もしパドメがジャージャー・ビンクスに注意していたら、ジャージャー・ビンクスは決議案など提出していなかった筈。 ここまでパルパティーンの権力掌握を後押ししながら、エピソード3で「民主主義崩壊は結局拍手で迎え入れられた」などとほざくパドメの見識を疑いたくなる。 崩壊させたのはお前だろうが……。 本作で特に印象に残ったのは、整備ロボットR2-D2の戦闘能力。エピソード4-6ではそんなのは見られなかった。退化してしまったようだ。 総論としては、偉大なストーリーの完結編を観た、というより、「既に優勝(シス側)が決まったペナントレースの消化試合を観た」が率直な感想。 関連商品: スター・ウォーズ クローン大戦 VOLUME ONE お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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