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非常に適当な本と映画のページ

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洋画

2020.01.04
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カテゴリ:洋画

 アメリカのスペースオペラ『スター・ウォーズ』シリーズに於ける実写映画本編の第9作品目。
 レイを主人公とする続三部作(シークエル・トリロジー)の第3章『エピソード9』に当たる。
 また、旧三部作と新三部作を合わせた合計9本の「スカイウォーカー・サーガ(英語版)」を締めくくる完結編でもあるとされている。
 監督は、続三部作の第1章「フォースの覚醒」を手掛けたJ・J・エイブラムス。


粗筋

 30年前に死んだ筈の銀河帝国皇帝パルパティーンが、実は生きている、という噂が銀河を駆け巡る。
 銀河帝国の残党から強大な武装組織へと成長したファースト・オーダー。その新指導者となったカイロ・レン(アダム・ドライバー)は、真偽を確かめる為、奔走していた。
 カイロは、自分こそ銀河の支配者に相応しいのであり、今更パルパティーンの亡霊に邪魔されたくない、と考えていたのである。
 シスのナビゲーター(ウェイファインダー)を手に入れたカイロは、星図に載っていない惑星エグゼゴルへ向かう。そこには、シスの古代寺院があった。
 古代寺院では、パルパティーンらしき肉体が機器により生かされていた。その肉体は、カイロに語り掛ける。ファースト・オーダーを裏から操り、カイロをダークサイドへと誘ったスノークを作り上げたのは、自分である、と。
 カイロは自らの意思でスノークを倒し、新指導者としてファースト・オーダーを率いていたと信じて疑っていなかったが、それも全て自分の思惑通りだった、と肉体は語る。
 カイロは激昂し、肉体を破壊しようとするが、肉体は極秘に建造を進めていたスター・デストロイヤーの大艦隊の存在を明らかにする。自分の要求を呑めば、この大艦隊はお前のものだ、と。
 その要求とは、レイを探し出し、殺す事だった。

 一方、レイ(デイジー・リドリー)は、レジスタンスの指導者であるレイア・オーガナ将軍(キャリー・フィッシャー)の下でジェダイとしての修業を続けていた。
 フィン(ジョン・ボイエガ)とポー・ダメロン(オスカー・アイザック)は、ファーストオーダー内部に潜入しているスパイから、ある情報を受け取る。
 パルパティーンが惑星エグゼゴルで生きているというものだった。しかし、情報はそれだけで、星図には存在しない惑星の行き方までは分からない。
 レイは、ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)が残したノートにより、シスのウェイファインダーさえ手に入れればエグゼゴルに行く事が出来る、というのは知っていた。それについてレイアに話すと、レイアは惑星パサーナの協力者が手助けをしてくれるだろうと告げる。
 レイ、フィン、ポー、チューバッカ、BB-8、C-3POは、惑星パサーナへと出発した。
 惑星パサーナで、一行は反乱軍の将軍で、レイアとは旧知の間柄であるランド・カルリジアン(ビリー・ディー・ウィリアムズ)と出会う。ランドはシスのウェイファインダーの手掛かりがありそうな場所を指摘した。

 カイロは、フォースの繋がりを通じてレイの居場所を突き止め、そこへ出向いた。

 レイ一行は、ランドが示した場所に到着。帝国から重要情報を盗み出したオーチという人物の宇宙船だった。宇宙船には、ウェイファインダーの隠し場所をシスの言葉で示したダガーナイフがあった。
 数百万の言語を理解出来るC-3POなら、直ぐ読めると思われたが、シスの言語を翻訳する事はプログラム的にブロックされ、出来ない、とC-3POは告げる。
 そこへ、カイロが現れる。
 レイは彼と対決するが、その隙にダガーナイフを奪われてしまう。
 レイ一行は、ダガーナイフを手に入れられないまま、惑星パサーナから逃走する。
 ウェイファインダーを手にする手立ては完全に失われてしまった、と思われていたが、C-3POの記憶装置に、ダガーナイフの言葉が残っていた。
 それを引き出す為、ポーは惑星キジミへ行く。惑星キジミには、ポーの昔の仲間がいた。彼らの助けにより、C-3POの記憶から、ウェイファインダーのある在処を引き出す。惑星ケフ・ビァにある、との事だった。
 その時点で、レイはカイロと再会。
 カイロは、レイの正体を、彼女に教える。
 レイは、両親に幼い頃捨てられ、苗字は無いと思っていたが、実は、彼女はレイ・パルパティーンだった。皇帝パルパティーンの孫娘だったのだ。レイの両親は、皇帝に娘を渡すべきでないと考え、娘を惑星ジャクーに隠した後、居場所を教える事を拒否された皇帝に殺害されていた。、
 ポーとフィンとチューバッカは、ファースト・オーダーに捕らわれ、処刑を命じられる。そこに現れたのは、カイロ・レンの副官の役割を務めていたハックス将軍だった。ハックス将軍は、ポーらを解放。
 何故こんな事を、とポーが唖然としていると、ハックス将軍は言う。パルパティーンが惑星エグゼゴルにいるという情報を流したスパイとは、自分だ、と。ハックス将軍は長年ファースト・オーダーに忠実だったが、カイロ・レンと対立している内に、レジスタンスに積極的に協力したくはないものの、カイロ・レンをとにかく邪魔したい、と思うようになっていたのだ。
 レイ一行は、ハックス将軍の助けもあり、惑星キジミから脱出する。
 ハックス将軍は、レイ一行に抵抗され、怪我を負ってまで阻止しようとしたが逃げられてしまった、と弁解するが、上官であるプライド元帥にそんな猿芝居は通用せず、スパイとして処刑されてしまう。
 
 レイ一行は惑星ケフ・ビァに到着。
 レイは、海に横たわるデス・スターの残骸にウェイファインダーがあると考え、そこへ向かう。
 皇帝の玉座の間で、ウェイファインダーを見付けるが、カイロ・レンが姿を現す。彼は、レイが見付けたウェイファインダーを破壊した上で、パルパティーンに彼がとって代わる手助けをしてほしい、とレイに頼む。
 自身がパルパティーンの血を引いていると知ってしまったレイは、一瞬迷うが、カイロとライトセイバーを交えて戦う。
 カイロがレイを圧倒し掛けた時点で、カイロは母親であるレイアの声を聴く。レイアが、フォースの力で、遠く離れた惑星から息子に話し掛けたのだった。
 カイロが気を取られた隙に、レイは彼に致命傷を与える。
 カイロはそのまま死ぬかに見えたが、レイがフォースを使って傷を治し、蘇生する。
 レイは、カイロの戦闘機を奪い、ルークの零体がいる惑星オク=トーへ逃れる。
 一方、残されたカイロは、父親ハン・ソロ(ハリソン・フォード)の記憶と語り合う。ベン・ソロとしての自分を取り戻し、ダークサイドの象徴である自身の赤いライトセーバーを海に投じる。
 レイアは、それを見届ける様に、息を引き取った。

 惑星オク=トーに到着したレイは、ルークと同様、身を隠して一生を終える覚悟を決める。
 パルパティーンの血を引く者が、世に出てはならない、と。
 その時、ルークの霊体が現れ、レイに告げる。お前は自分と同じ過ちを犯すべきでない、パルパティーンと対決して倒すのがお前の運命だ、と。
 ルークの霊体の導きで、レイはレイアのライトセイバーと、ルークの旧型のXウイングを手に入れる。
 レイは、カイロが持っていたウェイファインダーを使い、エグゼゴルへ向かった。その際、レジスタンスが後を追える痕跡を残す。
 シスの古代寺院で、レイは祖父であるパルパティーンの肉体と対面。
 肉体は、お前の両親を殺したのは我だ、その憎しみの心を抱いたまま我を殺せ、そして女帝として銀河を支配しろ、と嗾ける。
 そこへ、ベンが現れ、二人でパルパティーンと対決するが、パルパティーンは彼らの力を吸い取り、復活する。パルパティーンはベンを地の底に突き落とし、レイも殺そうとする。レイは、ルークとレイアのライトセイバーを使い、パルパティーンを倒すが、力を使い果たし、命を落とす。地の底から這い上がったベンは、フォースの力を使い、レイを蘇らせる。ベンは、レイが息を吹き返したのを見届けると、そのまま倒れ、消滅する。
 一方、レイが残した痕跡を辿ってエグゼゴルにやって来たレジスタンスは、苦戦しながらもパルパティーンの艦隊を壊滅させた。

 全てが終わった後、レイは惑星タトゥイーンにあるラーズ夫妻の住居跡を訪れる。ルーク・スカイウォーカーが育った場所だった。レイは、レイアとルークのライトセーバーは住居跡の敷地に埋めた。通りがかりの者に名を聞かれて、彼女は「レイ・スカイウォーカー」と名乗る。



感想

 本作では、旧三部作の最終章で死んだ筈の皇帝パルパティーンが再登場。
 ベイダーに殺されたパルパティーン本人ではなく、クローン技術で再生された別の肉体であるらしい。
 スターウォーズの世界では技術が進んでいる為、これくらいは有り得なくも無いが、シリーズ最大の敵がこうも簡単に復活出来てしまうと、またどこかで復活するんだろうな、という疑念は拭えない。

 復活するパルパティーンだが……。
 やる事が、30年前と全く同じ。
 強力な兵器(デス・スター)を作り上げて、恐怖により銀河を支配する、という計画は失敗したのだから、次は全く別の方法で銀河を支配してやろう、という発想は浮かばないのか。
 スターウォーズの世界を観る限り、中央集権的な帝国やファースト・オーダーでも、辺境の惑星にもなると完全に掌握する事は出来ず、地元住民が好き勝手にやって下層の民を虐げている印象がある。
 巨大な人工衛星や大艦隊を建造する兵站、経済力、そして組織力があるなら、全銀河を巻き込む一大公共事業でも始めて、何百億の民を雇用し、満足に生活出来る様にすれば、恐怖なんかに頼らなくても、民は熱狂的に帝国やファースト・オーダーを支持するだろう。無論、レジスタンスや共和国等目もくれなくなる。
 何故「前回の巨大兵器は失敗に終わったから、次はより大きな兵器を作ろう」という発想に走ってばかりいるのか。
 仮にまた復活するなら、今度はもう少し頭を使って銀河を支配してほしい。統率力はあるのだから、良い方向に向かえば、寧ろ偉大な皇帝になれるだろうに(帝国やファースト・オーダーが強大な勢力になれたのも、巨大兵器の建造により莫大な雇用を生み出し、一部から熱狂的に支持されている、という映画では取り上げられていない功績があるのかも知れないが)。

 レイの正体は、パルパティーンの孫娘、という事実が本作で明らかにされる。
 フォースの力がやけに強いので、それなりの家系なのでは、という思いはあったが、パルパティーンの血を引いている、という展開になるとは予想していなかった。
 展開としては強引過ぎるのでは、と思わないではない。パルパティーンに普通に息子夫婦がいて、更に孫もいた、という所帯めいた様子は、旧三部作・新三部作では全く匂わせていないし、続三部作でも第二章までは「レイの両親は何でもない普通の人間で、酒代欲しさに娘を売り飛ばした」という設定になっていた。
 ただ、最終章に持って行くには止むを得ない措置といえる。

 レイは、続三部作では疑いなく主人公だが……。
 魅力的な主人公か、というと疑問が。
 ルーカスフィルムを買収したディズニーが、「我々ディズニーは女子を主人公とする3Dアニメを制作する事で大成功を収めてきた。スターウォーズでも、女子を主人公にすれが大成功を収めるだろう。スターウォーズシリーズとはあまり縁が無かった女性の鑑賞者を掘り起こせるし、腐ってもスターウォーズなんだから、これまでの男性ファンは文句を言わずに観てくれる」という甘い観測で設定されたキャラとしか映らない。
 レイを全く登場させず、ベン・ソロがライトサイドとダークサイドの狭間で苦悩しながらダークサイドを負かしていく、といった模様を描いていた方が、女性の市場開拓は無理でも、昔からのファンからは支持されていたと思われる。
 万人向けを目論んで、万人から支持されないのは、皮肉。

 スターウォーズシリーズは、登場人物が多い為、一作で重大な役割を果たしていた登場人物が、次の作品では殆ど登場しない、というのも多い。
 第二章でフィンと共に大活躍したローズは、本作ではポツポツと顔を出す程度に留まっている。ローズの受けがイマイチだった為(演じていた女優ケリー・マリー・トランは東洋系という事で起用されたと思われるが、お世辞にも美人とは言えなかった)、止むを得ない措置だったのだろうが、ここまで雑な扱いをされると、ちょっと同情してしまう。

 続三部作の第一章と第二章でファースト・オーダーのトップに近い人物だったハックス将軍も、本作ではプライド元帥という人物が登場する運びになった為、お役御免となってしまったらしく、レジスタンス側に通じるスパイという地位に蹴り落され、呆気無く処刑されてしまっている。
 第一章では新共和国の中枢を殲滅するという悪行を指揮する程だったのに、何故ここまで落ちぶれてしまったのか。

 続三部作では、第一章で旧三部作の主人公の一人だったハン・ソロが死ぬ。
 第二章では、ルークが死ぬ。
 第二章公開時では、第三章でレイアが死ぬのが自然の流れとなったが、第二章公開直後に、レイアを演じていたキャリー・フィッシャーが急死。
 第三章は、レイアというキャラは生きているものの、演じている女優が死去しているという事態をどう打開するのかと思っていたが……。
 続三部作の撮影で使われなかったシーンを編集して、レイアを作品の後半まで登場させる、という離れ業を成し遂げている。「実はキャリー・フィッシャーはとうの昔に死去している」という事実を知らないまま本作を観終える観客も多かったのではないか、と思ってしまう。
 ここまで編集出来るという事は、映画制作では日の目を見る事無くカットされるシーンは多い、というのが分かる。

 復活したパルパティーンと、裏から操っていた武力組織ファースト・オーダーを倒した事で、銀河には平和が戻った、めでたしめでたし、で終わっているが……。
 果たしてめでたしめでたしなのか、疑ってしまう。
 エピソード6でダースベイダーと皇帝をレジスタンスが倒した時は、レジスタンスにはリーダーが何名もいて、、銀和共和国がここから構築されていくんだな、と予感出来た。実際、エピソード7では、一応銀河共和国が成立した事になっている(ファースト・オーダーにより呆気無く壊滅させられるが)
 が、今回、ファースト・オーダーこそ倒せたが、勝利したレジスタンスが銀河に秩序をもたらせる体制を構築出来るか、というと疑わしい。
 レジスタンスの主要メンバーは前作で描かれた戦いで死亡しており、本作では唯一生き残っていた長老的な存在のレイアが死去。経験が浅く、カリスマ的とはお世辞にも言えないポーが、「将軍」に祭り上げられるくらい人材が不足している。
 レジスタンスが銀河を纏め切れず、各惑星がそれぞれ好き勝手にやり、一つの「共和国」となる事無く、無数の勢力が互いに争う戦国時代に突入し、それが永遠に続く、という展開になりそう。
 その模様が描かれる作品の制作は有り得なさそうだが。

 本作は、40年にも及ぶシリーズの最終章、という事らしい。
 ルーカスフィルムを買収し、スターウォーズフランチャイズを手に入れたディズニーは、続編を制作し続けるつもりだったが、制作費の割には興行収入が見込めず、鑑賞者の評価もイマイチだった為、打ち止めにするのが適切と考えたらしい。
 本作の続編こそ制作されないものの、サイドストーリーやスピンオフは様々な媒体で公開されるので、シリーズが完全に終わる、という事ではなさそうである。









Last updated  2020.01.10 16:12:50
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2019.11.22
カテゴリ:洋画

「ターミネーター:ニュー・フェイト」は、ターミネーターシリーズの1作。
 ターミネーターシリーズ生誕35周年記念作品でもある。
 シリーズの生みの親ジェームズ・キャメロンが製作に復帰しており、本作は第2作のターミネータ2の正統な続編と位置付けられている。そんな事もあり、本作ではこれまで製作されてきたターミネータ3やそれ以降の「続編」は無かった扱いとなるらしい。
 アーノルド・シュワルツェネッガーが引き続きターミネータT-800を再度演じる。
 また、第1作と第2作に出演したリンダ・ハミルトンもサラ・コナー役で復帰している。
 更に、ターミネータ2でジョン・コナーを演じたエドワード・ファーロングが、デジタル加工により、ターミネータ2の時の少年の姿で登場する。
 監督はティム・ミラー。
 原題は「Terminator: Dark Fate」。


粗筋

 1998年に、T-1000型ターミネーターとの死闘を制し(ターミネータ2)、スカイネットの台頭を阻止してから3年。
 サラ・コナー(リンダ・ハミルトン)と、10代後半にまで成長していたジョン・コナー(エドワード・ファーロング)は、メキシコのビーチにいた。
 そこへT-800型ターミネーターが突然現れ、サラの目の前でジョンを射殺する。
 審判の日は回避されていたが、スカイネットが存在した時間軸が消滅される前に未来から送り込まれたターミネータがもう一体現存していたのだった。
 サラは、審判の日を阻止して数十億人を救ったものの、自身の息子は結局救えなかった。
 任務を完遂したT-800はそのままビーチを後にし、サラの前から姿を消す。

 2020年。
 メキシコに、2体が未来から送り込まれた。
 1体は、T-1000を遥かに凌ぐ能力を持つ新型ターミネーター REV-9(ガブリエル・ルナ)。
 そしてもう1体は、ターミネーターの製造過程で生み出されたサイバネティクス技術を、抵抗軍が人体に応用した強化人間グレイス(マッケンジー・デイヴィス)という女性だった。
 REV-9は到着から間を置く事無く、ダニエラ(ダニー)・ラモスという女性の家に出向かう。
 ダニーは留守だった。REV-9は代わりに応対した父親を殺し、家の中を物色。ダニーが弟のディエゴと共に近くにある工場に勤務している事実を突き止める。REV-9は、自身の変身能力を使い、工場内に侵入する。
 一方ダニー(ナタリア・レイエス)は、ディエゴと共にいつも通り工場内で勤務していたが、そこへ父の姿に変身したREV-9が姿を現す。ダニーを殺そうとするが、同じく工場内に潜入していたグレイスによって間一髪で助けられる。
 ダニーは状況を理解出来ないままディエゴとグレイスと共に工場内から車で逃げ出す。
 REV-9は一行を追跡し、追い詰める。その結果、ディエゴは命を落とす。ダニーとグレイスを抹殺するのも時間の問題と思われた。
 その時、ある女性が現れ、REV-9を爆発物で一時的に無効化する。スカイネットの台頭を阻止したサラ・コナーだった。
 ダニーとグレイスはサラが一体何者なのか全く分からなかったが、彼女の助けをとりあえず受け入れる。
 一行は、モーテルへと退却する。
 モーテルで、グレイスは自分の任務についてダニーとサラに話す。2042年の未来からダニーを保護する為に未来から送られた、と。ダニーは、将来人類にとって重要な人物になるからだった。
 サラも、自身について、二人に話す。「審判の日」を自分とジョンで防いだ事や、別のターミネータによりジョンが結局抹殺されてしまった事。息子を失って生きる目的を失っていたサラへ、何者からかメッセージが送られる様になる。文末には必ず「ジョンの為に」と記載されていた。送り主は不明。メッセージが記した場所に向かうと、未来から送り込まれた別のターミネータがいた。彼女はそれを始末。それ以降、彼女は送られてくるメッセージを基に「ターミネータ狩り」をする様になり、それが彼女の生きる糧となっていた。今回も、同様のメッセージを受け取り、それによりダニーとグレイスの所在が判明し向かったのだと説明した。
 グレイスは、サラが話す「未来」が、自身がやって来た「未来」と異なる事に、戸惑いを示す。彼女の「未来」では、スカイネットやジョン・コナーは存在していなかったからだ。しかし、今の時代で戦うには、サラの助けが必要である事を受け入れざるを得なかった。
 グレイスは、サラの元へ届いていたメッセージの発信源へと向かうべき、と考える。何故なら、未来から送り込まれる際、「危機に陥ったらこの座標へ向かえ」と教えられた場所と一致していたからだった。
 サラとダニーも同行するが、メキシコと米国の国境を越えた直後に、米国国境警備隊により不正入国と見なされ、一行は留置場に拘束されてしまう。
 REV-9は、世界中の監視カメラの映像を入手出来る立場にあった為、一行の居所を突き止め、留置場へと向かう。
 留置場で、ダニーはREV-9に殺されそうになるが、サラの機転により一行はヘリコプターで脱出。そのままメッセージの発信源に向かう。
 発信源は民家だった。そこに暮らしていたのは、ジョンを殺害したT-800本人(アーノルド・シュワルツェネッガー)だった。
 サラは、ターミネータ狩りを仕向けていたのは息子を殺したターミネータだったと知り、激しく激昂。
 グレイスとダニーは、サラを落ち着かせ、T-800から話を聞く。
 T-800は、ジョンを殺害するという任務こそ完遂したものの、スカイネットを勝利させるという目的は果たせなかった。任務完遂後はお役御免で放置状態となる。目的を失ったT-800は人間として暮らすようになり、その過程で人類から様々な事を学習し、良心すら持つようになった。その良心から、サラを助けようと考え、メッセージを送り、REV-9の存在する時代を抹消する手助けしていたのだった。
 サラは、この説明を素直に受け入れられず、「事が済んだらお前を殺す」とT-800へ告げる。
 T-800は、それも自分の運命だと受け入れる。
 サラ、ダニー、グレイス、T-800は、REV-9を破壊すべく、サラの旧知の知り合いの元を訪れる。その知り合いは現役の軍人で、彼からREV-9を破壊出来ると思われる電磁パルス兵器を手に入れた。
 そこへ、REV-9がやって来る。
 一行は軍用機を盗み逃走を図るが、REV-9の執拗な追跡に遭い、折角手に入れた電磁パルス兵器も破壊され、使えなくなってしまった。
 軍用機からパラシュートで脱出した一行は、水力発電所に降り立った。
 グレイスは、ダニーに対し、逃走を続けるよう、進言するが、ダニーはここでREV-9を始末しよう、と決める。逃げてばかりもいられない、と。
 一行は、REV-9と壮絶な戦いを発電所内で繰り広げ、回転タービンの中にREV-9を閉じ込める事に成功する。タービンは大爆発を起こし、爆風によりT-800は機能停止に陥る。一方、REV-9の液体金属は破砕し、内骨格もダメージを受けていたが、機能は完全に停止していなかった。 
 グレイスは、REV-9を完全に破壊するには、強化人間としての動力源となっているエネルギーセルを使うしかない、とダニーに告げる。ただ、エネルギーセルを取り出すと、グレイスは死んでしまう。ダニーは、そんな事は出来ない、と拒むが、グレイスはやるべき事をやるべき、自分は犠牲になる事を覚悟して未来からやって来たのだ、と。
 ダニーは、躊躇いながらもグレイスからエネルギーセルを取り出し、REV-9を倒そうとするが、ダメージを受けているとはいえまだ充分機能出来るREV-9に圧倒される。
 そこへ、機能停止に陥っていたと思われていたT-800が再起動。T-800は、エネルギーセルをREV-9に打ち込み、電流を発生させ、REV-9を破壊。しかし、その過程で自身も破壊してしまう。
 サラとダニーは、完全に機能停止した2体のターミネータを見下ろすしか出来なかった。
 この頃には、エネルギーセルを失っていたグレイスは絶命していた。

 数日後。
 ダニーは、まだ子供であり、生身の人間であるグレイスが、両親と一緒にいる姿を見届ける。
 REV-9のいる未来になったら、あの子供は将来強化人間になって死んでいく、そんな事はさせたくない、とダニーは思う様になる。
 サラは、そんな彼女に、「そうならないよう、準備しなければ」と告げ、共にその場を去る。



感想

 シリーズ生みの親であるジェームズ・キャメロン本人が製作に携わったシリーズ作なので、「正統」と捉えざるを得ないのは理解しているが……。
 これまで製作されてきた続編は勿論、キャメロン自身が手掛けた第1作と第2作を否定するストーリー運びは、あまり納得出来ない。
 ターミネータ2以降の「続編」は、ジョン・コナーを中心に動いていたのに、本作を正統とすると、彼の活躍は全く無かった事になってしまう。
 サラ達の活躍により、スカイネットによる人類滅亡の可能性は無くなった事になっているが、また別の人工知能により人類は滅亡の危機に瀕している、という展開は、サラ達の活動が結局凶悪な人工知能の台頭を数十年遅らせただけの事になってしまい、第1作と第2作の死闘は何の為だったんだ、という疑問を抱いてしまう(同じくキャメロン監督作のエイリアン2と、その続編のエイリアン3と同様の状況)。
 シリーズ生みの親とはいえ、自身が手掛けてきたシリーズ作と、自身が手掛けていないシリーズ作を全てぶち壊していいのかね、と疑問に思ってしまう。

 ジョン・コナーに取って代わる新ヒーロー(ヒロイン)が、これまでのシリーズ作を全てぶち壊してでも登場させる魅力がある、というのなら納得出来るが……。
 ダニーは、サラの焼き直しに過ぎず、退屈では無いものの、今後活躍(続編製作)を期待させるキャラではない。
 これだったら、これまで通りサラ・ジョンの母子の奮闘を描いていた方が良かった。シリーズをずっと追ってきた観客からすれば、お馴染みのキャラなのだから。

 キャメロン監督は、エイリアン2以降は「戦う女性」に執着する傾向が強く、本作でもダニー、グレイス、サラと、戦い捲る女性を3人も登場させている。
 戦う男性(T-800とREV-9)も一応登場するが、最早脇役扱い。
 統計では、そういう設定の方が観客の受けが良く、より高い興行収入が見込める、と出ていて、そう製作せざるを得ないのかも知れない。が、個人的にはこういう設定は説得力を失わせるので(何だかんだ言っても、女性は結局戦えない)、控えてもらいたいと思う。女性戦士をストーリーの設定上加えなければならないなら、1人に留めるべき。

 プロットは、未来からやって来た殺し屋から重要人物を守る為に、同じ未来から戦士がやって来て、死闘を繰り広げるという、シリーズ第1作と同じ運びになっていて、新鮮味は無い。
 時代に合わせたリメークと言える。
 特撮は、第1作と比較すると途轍もなく高度になっている。が、それもここ最近のアクション映画(MCU等)では当たり前のレベルに成り下がっていて、有難味が薄い。

 今回の宿敵REV-9は、鋼鉄の骨格を持つターミネータと、液体金属のターミネータの2つに分かれて活動出来るタイプ。
 第1作と第2作のターミネータを1つにしたかの様。
 反則ではないか、と思ってしまう程無敵でかつ万能っぽい割には、しょぼい理由で標的を殺し損ね、最終的には始末されてしまう。
 これだったら、アナログ感が残っていたT-800の方が、「殺人マシーン」としてはまだマシではなかったかと思う。
 
 本作では、シュワルツェネッガーがシリーズに復帰。
 カリフォルニア州知事だった時代は俳優として活動出来なかったので、ターミネータシリーズにも登場出来なかったが、知事を退任したので、漸く復帰が実現した、という事か。
 ただ、そんなシュワルツェネッガーも、既に70歳。
 初期のシリーズ作では鍛え上げた肉体を惜しげも無く披露していたが、本作では常に着衣状態で、肉体を披露する事は無い。披露出来ない身体になってしまったか。
 シュワルツェネッガーを何が何でも登場させたいが為に、無慈悲無感情が最大の強みだった筈のT-800が、人間と接している内に感情らしきものが芽生えた、という強引な展開になってしまっている。その意味でも、本作は第1作をぶち壊している。
 REV-9と対峙するのは殆どダニーとグレイスなので、シュワルツェネッガー(そしてリンダ・ハミルトン)はあくまでも話題作りだけの為に起用された感が無くも無い。

 リンダ・ハミルトンも、サラ・コナーとしてシリーズに復帰している。
 サラは、第1作では何の取柄も無いウェイトレスで、第2作では人が変わった様に女戦士となっていた。本作では、第2作を引き継いで、女戦士として登場。
 第1作の時は若々しかったが、本作では初老というか、血気盛んなお婆さん、といった感じ。また60代だが、ハリウッドスターにしては老けて見える。あえてそういうメイクで登場したのか、いつもの姿なのかは不明だが、時の流れを感じずにはいられない。
 演技も、ベテランの割には単調というか、気合が入っていないというか、渡された台本の台詞をただ口にしているだけの感じがした。

 ダニーを守る戦士として、マッケンジー・デイヴィス演じるグレイスが登場。
 瞬発的な戦闘能力は第1作の未来戦士カイルをはるかに上回るが、ダニーを守る、という長期に亘るミッションに於いてはあまり有能でなく(強化された肉体は消耗が激しく、定期的に薬物を投入して安定させなければならない)、サラやT-800の存在が無かったらダニーはあっさりと殺されていたと思われる。
 強化人間か何か良く分からないが、もっとマシな戦士を未来は送り込めなかったのか、と疑問に感じた。
 あまりにも感情移入が出来ないキャラだったので、最後に死亡しても「ああ、そうですか」くらいにしか思わなかった。
「『戦う女性』をガンガン登場させた方が観客にウケる」という理由だけで登場させられた感は否めない。
 
 序盤で、T-800に殺されるジョン・コナーを、第2作と同じくエドワード・ファーロングが演じていた。アップは無く、数カットしか登場しないが、既に中年になっている筈なのに少年の姿でどうやって登場させられたのか、と思っていたら、身体を他の役者に演じさせ、顔だけデジタル合成した、との事だった。
 エドワード・ファーロングは、第2作に出演した後は役に恵まれず、廃人同然になっていると聞く。デジタル合成での出演にしかならなかったのも、それが理由らしい。もし、順調に俳優としてのキャリアを積んでいたら、本作でも起用され、全く別の映画になっていたかも。その意味では、残念である。
 デジタル加工や合成の技術は日進月歩なので、将来は実在する俳優が一人もいない、という映画も製作可能になるだろう。
 ただしそうなったら、映画産業は衰退すると思われる。

 本作は、ターミネータ2の正統な続編というより、シリーズ生誕35年を祝う為の同窓会、といった印象を受ける。
 その雰囲気は観ている側にも伝わる様で、従来からのファン以外の鑑賞者は少なく、製作費が掛かった割には興行収入はイマイチらしい。

 アクションは、ハリウッド映画とあって派手で、他では到底観られないものに仕上がっている。
 ジェームズ・キャメロンがシリーズに復帰した、何か凄い事をしてくれそう、と大きな期待を抱いて劇場に足を運ぶと肩透かしを食らうが、期待を適度に抑えられるなら、充分楽しめる映画。









Last updated  2020.01.04 17:26:33
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2019.10.19
カテゴリ:洋画

 DCコミックスのスーパーヒーロー・バットマンの宿敵ジョーカーの誕生秘話を描く。
 ジョーカーとなるアーサーを演じるのは、ホアキン・フェニックス。
 第76回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀作品賞の金獅子賞を受賞。
 日本ではR15+に指定された。
 原題は「JOKER」。


粗筋

 財政難に陥り、閉塞感が増し、治安が悪化の一途を辿るゴッサムシティ。
 大道芸人のアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、母ペニーの介護をしながら、毎日を辛うじて過ごしていた。
 アーサーは、緊張すると発作的に笑い出すという病を患っており、それが原因で精神病院に一時入院していた。現在も、福祉センターで精神カウンセリングを受けており、精神を安定させる薬を処方され、服用していた。「人を笑顔にさせる事をしなさい」と母親から常に言われていた彼は、コメディアンになる事を夢見ていて、ノートにネタを書き綴ったり、人気司会者マレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)の番組を観てその振る舞いを真似したりしていた。
 ある日、アーサーは、同僚のランドルから、護身用に、と拳銃を借り受ける。勤務中にチンピラらに襲撃され、仕事道具を破壊されてしまったと上司に報告したところ、上司から「嘘吐くな、お前が壊した道具の弁償代は給料から差っ引く」と告げられた直後だった。アーサーは、精神疾患を持つ自分は拳銃を所持すべきでない、と思っていたものの、また襲撃されては堪らないと恐れ、受け取ってしまった。
 それから間も無く、小児病棟でピエロとして仕事している最中に、子供らが見ている真ん前で拳銃を落とす、という失態を犯してしまう。アーサーは、電話で上司に対し何とか説明しようとするが、上司は言い放つ。お前はランドルに拳銃を譲ってくれとせがんだらしいな、お前は嘘吐きだ、もう面倒を見切れないからクビにする、と。
 帰りの地下鉄で、アーサーは女性に絡んでいたウェイン産業の証券マンらに暴行され、彼らを拳銃で射殺してしまう。アーサーは、ピエロの格好のまま、地下鉄駅から逃げた。

 この事件は貧困層による富裕層への復讐として世間に認知され、ゴッサムシティではピエロの格好でのデモが活発化していく。
 ウェイン産業の社長であるトーマス・ウェインは、自分の会社の従業員が殺害された事に関して、ゴッサムは危機に瀕していると表明し、それを打開する為に市長選に立候補すると宣言する。ただ、この表明も、デモの参加者からすれば富裕層の身勝手に過ぎず、事態の収拾には至らなかった。

 財政難により、市は福祉プログラムを大幅に削減。これにより、アーサーはカウンセリングを受ける事が出来なくなり、薬も買えなくなってしまった。
 ふとした事から、アーサーは隣室の未亡人ソフィーと仲良くなる。ソフィーには、自身をコメディアンとして紹介した。
 ソフィーの信用を得たいアーサーは、コメディアンがショーを行うバーで、初めてコメディアンとして人前に出る。しかし、緊張から、発作で笑い出してしまい、これといった見せ場も無く出番を強制終了させられた。
 その晩、落ち込んだ状態で帰宅したアーサーは、母から、かつて家政婦として雇われていたトーマス・ウェインへ宛てた手紙を託される。ポストに投函してくれ、と。母は、定期的にトーマスへ手紙を送っていた。トーマスは、必ず返事を寄こしてくる、と母は信じて疑わず、手紙を送り続けていたが、返事が戻ってきた事はこれまで無かった。母がウェイン家で働いていたのは30年も前の事なので、当然の事だ、とアーサーは思っていたが、母の介護の一環として、手紙をポストに投じていた。これまで母が書く手紙に興味を持つ事は無かったが、この晩だけは母が実際どんな内容の手紙に書いているのだろうと疑問を抱き、封を開け、読んでしまう。
 あなたの息子であるアーサーと、自分の生活が苦しいので、援助してほしい、という内容だった。
 アーサーは衝撃を受ける。自分はトーマス・ウェインの隠し子だったのか、と。
 真実を確かめに、アーサーはウェイン邸へ赴いた。トーマスの息子ブルースと執事アルフレッドには会う事が出来たものの、トーマスには会えなかった。
 失意のまま帰宅すると、証券マン殺人事件の捜査の一環として訪問した刑事に驚いたペニーが脳卒中を起こし、救急車で運ばれるところだった。アーサーは、母と共に病院で一晩過ごす事になる。
 病室のテレビで、その晩のマレー・フランクリンの番組が流れる。アーサーがバーで大失態を犯したショーの映像が流された。マレーは、アーサーについて、「こいつはステージ上でゲラゲラ笑ってさえいればコメディアンになれると勘違いしているふざけた野郎(ジョーカー)だ」と侮辱する。
 アーサーは、長年親しんできたマレーにも裏切られた、と感じる様になる。
 それから数日後、アーサーはウェイン劇場に侵入し、トーマスと対面する。自分はあなたの息子のアーサーです、と。
 しかし、トーマスは言う。ペニーの手紙は全て出鱈目だ、と。彼女は妄想癖の激しい精神病を患っていて、アーサーがペニーと自分との間に生まれた隠し子、というのも彼女の妄想に過ぎない。そもそも、アーサーはペニーの実子ではなく養子だ、と。そういう問題を度々起こしていたから、精神病院に入れられる運びとなり、解雇された。ペニーから手紙を貰っても返事を出さなかったのも、それが理由だった。
 母親の真相を知り、失意に暮れるアーサーは、ソフィーの家を訪ねる。が、ソフィーは恐怖に怯える表情を見せる。何故ここにいるの、部屋を間違っていないか、と。ソフィーとの思い出は、全てアーサーの妄想だったのだ。
 アーサーは、母が昔入院していたという精神病院へ行き、診断書を閲覧した。そこには、母が精神障害を患っている事、そして身元不明の捨て子を養子に取ったのがアーサーだった事を示す書類が挟まれていた。
 母親からも裏切られたと感じたアーサーは、病室のペニーを窒息死させる。彼女の死は病死と診断された。
 アーサーが自宅へ戻ると、電話があった。マレーの番組担当者からだった。先日アーサーが大失態を犯したショーの場面を流したが、それが予想に反して大好評だったので、ゲストとして出演してくれないか、というものだった。
 不本意な出演依頼だったが、千載一遇のチャンスでもあると考えたアーサーは、話に乗る事に。
 収録当日。
 ランドルが自宅に訪れた。警察がお前を証券マン殺人の犯人だと確実視しているから、犯行に使われた拳銃について口裏合わせしてやるぜ、と話を持ち掛ける。今更そんな話を持ち掛けられてもしょうがない、寧ろお前が銃を渡すからこんな事になってしまったんだ、と激高したアーサーは、彼を殺害する。
 アーサーは、落ち着いてピエロのメイクを施し、テレビ局へ向かう。途中、アーサーを見張っていた刑事らに追われるものの、デモ活動のピエロらに紛れ、追跡を撒く。
 劇場に到着し、楽屋で化粧を直しているアーサーの楽屋に、マレーとディレクターがやってくる。番組の流れを説明するディレクターとマレーに、アーサーは自分をジョーカーと紹介してほしい、と頼む。
 何故ジョーカーという偽名を、と訊くマレーに対し、アーサーは言う。番組で、自分の事を「ふざけた野郎(ジョーカー)」と呼んでいたではないか、と。マレーは既にその事を忘れていたが、了承する。
 フランクリン・ショーの生放送が始まり、ジョーカーとして紹介されたアーサーが登壇する。話の流れの中で、アーサーは証券マンらを殺したのは自分だ、と生中継で告白する。
 アーサーは、マレーが自分をテレビに出したのも、ただの笑いものにする為だけだと主張し、隠し持っていた拳銃でマレーを射殺。駆け付けた警察に逮捕された。
 アーサーの凶行が生放送されたゴッサムシティはデモが暴動と化し、街のあちこちで火の手が上がっていた。

 一家で映画を鑑賞していたトーマスは、暴動を避ける為に裏道へ妻と息子を連れて逃げるが、それを観ていた暴徒により射殺される。妻も射殺され、息子のブルースだけが生き残った。



感想

 アメリカンコミック界では随一の敵役であるジョーカーの誕生秘話を描いた作品、という事になっている。
 ジョーカーは、これまで劇場版バットマンで何度も登場しており、その誕生も既に何度か描かれているが、リブートされているので、作品ごとに誕生の経緯が異なっている。
 本作では、コメディアンを夢見ていたごく普通の男性が、ふとした事でジョーカーになってしまった、という事になっている。
 ただ、本作のアーサー・フレックは小粒で、無能。後にダークナイトでバットマンを手玉に取ってしまう大悪党へと成長する、という設定には無理があり過ぎる感が(ダークナイトと本作はリンクしている、と公式には発表されていないし、製作者側としても別物と考えているので、当たり前か)。
 本作で描かれるジョーカーは、ブルース・ウェインことバットマンを苦しめる事になるジョーカーとは別人物、と捉えるしかない。アーサー・フレックは、あくまでも「ジョーカー」という新タイプの犯罪者を生み出した人物で、バットマンと対決するジョーカーは、その流れを汲んだ別の犯罪者、と考えれば納得がいく。
 本作では後にバットマンとなるブルース・ウェインが登場するが、子供という設定。アーサーは本作では中年男性なので、もしアーサーがバットマンと対決するジョーカーと同一人物となると、老体に鞭打って30近く年下の若造と対決していた事になる。
 
 アーサーは、不器用ではあるものの決して悪い人物ではないが、不幸が重なって犯罪者へとなっていく、という風に、制作者側は捉えてもらいたかった様だが……。
 一部の不幸は、アーサーのせいではないが(妄想癖の母親の介護、冒頭でチンピラに襲われて仕事道具を破壊されてしまう等)、身から出た錆としか言い様が無い部分も多く、完全に同情出来ない部分も多い。
 小児病棟での仕事で護身用に持って来た銃を子供達の目の前で落としてしまい、上司から解雇を言い渡される下りは、自ら招いた失態に他ならない。小児病院に銃を持って行く必要なんて無かったし、持って行くなら持って行くで、もっと上手く隠していればよかった。ピエロの演技で飛び跳ねたくらいで落とすような場所にしまっておく方が悪く、解雇を言い渡されるのも仕方ない(銃社会のアメリカも、流石に銃を持ち歩いてはいけない場所があるらしい)。悲劇として観てください、という方が無理。

 アーサーの言動には意味不明の部分が多いが、周りの登場人物の言動も、意味不明なのが多い。
 アーサーの同僚であるランダルがその一例。
 ランダルは、チンピラに襲われて落ち込んでいたアーサーに、銃を渡す。
 アーサーが仕事先でその銃で失態を犯したと知ると否や、先回りして上司に嘘の報告をする。アーサーが銃が欲しいと俺にせがんだからくれてやるしかなかった、と。
 これにより、アーサーはクビになり、銃を渡した本人はクビを繋いだ。
 クビになった時点で関係は切れたのだから、関りを完全に断てば良かったのに、どうやらアーサーは証券マン殺害事件の犯人らしいと知ると、どういう訳かアーサーの元を訪れ、口裏合わせしよう、と持ち掛ける。
 激怒したアーサーは、ランダルを殺害。
 自分が渡した銃が殺人事件に使われてしまった、と恐れたからかも知れないが、それでも近々逮捕されるであろう殺人犯の自宅を訪れるのは愚かな行為としか言い様が無い。
 まさか自分を殺しやしないだろう、と高をくくっていたのか。

 本作では、善人がとにかくいない。

 ウェイン産業の証券マンらは、地下鉄で女性に絡み、それをアーサーに阻まれると、彼に暴行を加える。
 エリートサラリーマンでありながら、言動は下町のチンピラと全く同じ。
 アーサーに殺されたところで、同情出来ない。

 トーマス・ウェインは、自社の社員が殺害されたとの報を受けると、犯人は努力によって裕福になった者を恨む無知で無能な貧困層の仕業だと一方的に決め付け、自分ならこの街の屑共を一掃出来ると豪語し、市長選に立候補。
 この言動は貧困層の反発を招き、ゴッサムでは暴動が頻発。
 最終的に、ウェインは妻と共に、暴動参加者に殺害されてしまう。
 自業自得、とまでは言い切れないが、自分の言動が原因で巡りに巡って殺された感が否めない。
 たった一人生き残ったブルースは、犯罪者を恨み、バットマンとなるが、本作を観る限りでは、そもそも犯罪撲滅活動の根拠を踏み間違えていなかったのか、父親がもう少しまともに行動していたら殺害されていなかった可能性を考えた事無いのか、と問いたくなってしまう。

 アーサーは、ソフィという女性と交流を深めるが、実は全て彼の妄想であった事が明らかに。
 母親と同様、妄想癖がある、となると、本作のどこまでが実際に起こった出来事という設定になっているのかが分からなくなってくる。
 コメディアンが自身の腕を披露するバーでデビューを果たし、大失敗するシーンも、本当に起こっていたのか、アーサーの妄想なのか、分からない。バーが、コメディアン志望者全てを何の事前審査も無しにいきなりステージに立たせるとは思えない。事前審査があったとしたら、アーサーはそれを合格し、ステージに立った事になる。ただ、アーサーの有様を見る限りでは、そうした審査を通過出来る術すら身に付いていない気がする。
 後にアーサーは、番組からのオファーを受け、出演を果たす、という事になっているが、この下りも彼の妄想だったのでは、と思ってしまう。
 そもそも、ステージで何の見せ場の無かったシーンの映像が、大ウケするとは思えない。仮にウケたとしても、その人物を呼び出して番組に登場させたところでステージと同様、何も出来ないだろうと番組側は考える筈。
 その意味でも、本作は、「自分はバットマンの宿敵ジョーカーだ」と妄想する精神異常者の幻想を描いたもの、と受け取れる。

 アーサーは、精神カウンセラーに定期的に会い、薬を処方してもらっている。
 アメリカではこうした精神カウンセラーとの面談が何卒多い様だが、日本ではあまり無く、馴染みが薄い。
 精神カウンセラーは、実際にどこまで役立っているのか。
 女性は脳科学的に誰かに悩みを話すだけで気分がすっきりするらしいが、男性は具体的な解決法を望むので、悩みを話しても解決法が提示されないと、より気分が落ち込む。
 精神カウンセリングなんて、カウンセリングを行う側の自己満足っぽい。
 それとも、アメリカ人は男性女性に関係無く、悩みを打ち明ける事ですっきりするのか。
 それだったら、アーサーも少しはすっきりしていなくてはおかしい気がする。

 本作は、日本ではR15+指定。
 精神を蝕まれていく主人公が最終的には凶悪犯罪に手を染める、というストーリーなので、未成年に観せたら真似しかねない、という理由からだと思われる。
 ただ、暴力の描写はあるものの、これまで公開されている暴力的な作品からすれば大人しい部類に入る。また、性描写も無い。
 R15+指定に期待し過ぎて観に行くと、肩透かしを食らう。

 世間では、本作をアカデミー賞受賞確実の傑作、として評価されているが……。
 悪い作品ではないが、そこまで凄いとは思えないし、共感も同情も出来ない。
 そもそも、本作で描かれている悲劇は全て創作。
 アーサーは悲惨な目に遭うが、演じているホアキン・フェニックスは、本作に出演した事でそこらの鑑賞者が一生掛けて稼ぐ額を手に入れたと思われる。次にどんな作品に出演するかは不明だが、そこでも結構な報酬を得るだろう。作中では貧困層を代弁している様に映るが、実際には富裕層の一員なのである。
 鑑賞者が本作を観て鬱憤を晴らした気分になっても、鑑賞代金は巡りに巡って富裕層の懐をより温かくするだけで、劇場から出れば、いつもの単調な生活に戻るしかない。
 それが現実で、寧ろそちらの方が悲劇。









Last updated  2019.10.19 15:24:34
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2019.10.14
カテゴリ:洋画

 イギリスの伝説的ロックバンド「クイーン」のヴォーカル・フレディ・マーキュリーを主人公とする伝記映画。
「クイーン」が1970年代を駆け抜け、1985年に開催されたライブエイドに出演するまでを描いている。
 原題も「Bohemian Rhapsody」。



粗筋

 1970年代初頭のロンドン。
 ファルーク・バルサラ(ラミ・マレック)は、音楽に傾倒する青年。厳格な父とは折り合いが悪く、ペルシャ系移民出身という自身のルーツを嫌って「フレディ」と名乗っていた。
 フレディは、バンド「スマイル」のファンで、ライブを頻繁に見に行っていた。
 しかし、「スマイル」のヴォーカルは、「自分らのバンド活動は限界に達していて、これ以上続けても無駄だ」と突然言い出し、脱退。
 ヴォーカルを失った「スマイル」は、解散の憂き目に遭う。
 状況を知ったフレディは、「スマイル」のギタリストのブライアン・メイとドラマーのロジャー・テイラーの前に現れ、ヴォーカルを買って出る。
 メイとテイラーは、自信満々の青年を勘ぐっていたが、フレディはその場で見事な歌声を披露。驚いた二人は、彼をヴォーカルとして起用する事に。
 ヴォーカル兼ソングライターとなったフレディを加えたバンドは、名を「クイーン」に改める。車を売却した資金で、アルバムを自主制作する。
 レコーディングの様子を偶々見ていたEMIの役員は、彼らをスカウト。ポール・プレンターを担当マネージャーとした。
 クイーンがメジャーデビューし、躍進する中、フレディは恋人のメアリーにプロポーズし、結婚する。
 EMIの重役レイ・フォスターは、アルバムの売れ行きに大いに満足し、ヒット曲「キラー・クイーン」の路線を踏襲するよう、命じる。
 一つのスタイルに束縛されたくないフレディらは、フォスターの指示を無視する事に。
 フレディは、オペラをテーマとしたロック・アルバムを作りたいと提案。そのアイデアを基に、アルバム『オペラ座の夜』が完成する。その中の一曲が、「ボヘミアン・ラプソディ」だった。フレディらはこの曲を一押しするが、フォスターは、「『ボヘミアン』とか『ラプソディ』とかの意味が分からない」「何故オペラなんだ」「6分は長過ぎてラジオで掛けてもらえない」と色々ケチを付け、了承しようとしない。
 フレディらは自らラジオに出演し、勝手に流す。「ボヘミアン・ラプソディ」は、マスコミには酷評されるものの、世間には受け入れられ、大ヒットする。
 ツアーで多忙になる中、フレディは自身のセクシャリティに気付いていき、メアリーに自分はバイセクシャルだと告白する。その結果、彼女はフレディと距離を置く様になる。
 メアリに去られ、クイーンのメンバーらとも馴染めなくなり、孤独を深めるフレディは、パーティー三昧の生活に溺れる。その場でジム・ハットンという男性と出会う。ハットンに恋愛感情を抱くフレディは再会を積極的に希望するが、ハットンは「君が本当の自分を取り戻す事が出来たら再会しよう」と言い残し、去ってしまう。
 フレディは、ミュージシャンとして大成功を収めながらも、誰とも思いを分かち合えなくなってしまった。
 そんな頃、ポールはフレディを独占しようと考え、彼にソロ活動契約の話を持ち掛ける。
 以前のフレディだったらそんな話は蹴っていたが、心の余裕を失っていた彼は、受け入れてしまう。
 これにより、クイーンは決定的に仲間割れし、フレディは脱退する事に。
 フレディが去ったクイーンの新マネージャーに就任したジム・ビーチは、チャリティーイベント・ライブエイドに、クイーンを出演させようと考える。ただ、フレディ抜きのクイーンではインパクトに欠けると感じ、フレディに戻って来るよう、連絡を入れる。
 しかし、実質的にフレディのマネージャーになっていたポールは、折角フレディをクイーンから脱退させる事に成功し、独占出来る立場になったのに、ライブエイドに参加させたら意味が無いと考え、その話を黙殺。フレディには取り次がなかった。
 フレディは、ソロアルバム作成に没頭するが、クイーンの仲間と一緒にやっていた時とは異なり、思う様に進まない。自分の居所はクイーン以外に無いと改めて知ったが、自ら脱退しておきながら今更戻れる訳が無い、と悩む。
 そんな頃、連絡が付かない事を心配したメアリーが、フレディを尋ねに来る。折角ジム・ビーチがライブエイドの話を持ち掛け、フレディがクイーンに戻って来られるようお膳立てしているのに、何故応じない、と問う。ライブエイドの話は全く知らなかったので、フレディは愕然とし、ポールがあらゆる話を黙殺し、自身の孤独感を増長させていた事を悟る。
 フレディは、ポールと決別。クイーンに戻る為、話し合いの場を求める。
 クイーンのメンバーらは、フレディが恐れていた程わだかまりは抱いておらず、戻って来るならそれでいい、と考えていた。
 しかし、ちょっとくらい条件を付けてもいいのでは、と考えたメンバーらが、「今後の曲の名義は個人ではなくクイーンにする事にするなら迎え入れてやる」と半ば冗談交じりで条件を提示した所、フレディは全ての条件を呑むから戻らせてくれ、と懇願。クイーンは、拍子抜けしながらフレディを受け入れる。
 こうして、フレディが戻ったクイーンは、ライブエイドに出演する事を決めた。
 体調不良を感じていたフレディは、検査によりHIVに感染している事を知った。リハーサルの場で、自らの病についてメンバーに告げる。メンバーはその告白に衝撃を受けるが、ライブエイドで全力投入する事を誓う。
 全てを取り戻したと実感したフレディは、ハットンを探し出して再会。
 ハットンは、「本当の自分」を取り戻したフレディを受け入れ、以降交際する。
 ライブエイド当日、フレディはハットンを連れて実家に戻り、家族に「友人」と紹介する。家族は全てを理解し、またフレディも父親の厳格な教えが間違いでなかった事を認め、互いを受け入れる。
 ライブエイドステージに立ったクイーンは、約20分のパフォーマンスで群衆を熱狂させ、チャリティーイベントとしても大成功させて出番を終える。
 ラストで、フレディはエイズを発症して1991年に死去した事、最期までハットンが添い遂げた事、メアリーが友人として支え続けた事、そしてフレディの名を冠したエイズ患者支援基金『マーキュリー・フェニックス・トラスト』が設立された事が語られる。



感想

 ビートルズ、もしくはそれ以上の伝説となったロックバンドを取り上げた映画。
 クイーンの名曲が随所に盛り込まれ、ミュージカルっぽくなっていて、その意味でも観客を楽しませるものに仕上がっている。

 ただ、ブライアン・メイの前に現れた時点では音楽に関しては素人同然だった筈のフレディが(楽器は一切弾けない、と認めている)、飛び入り参加で大成功を収め、その後も特に挫折せず、音楽的には成功し続ける事に関しては違和感を抱いてしまう。
 実際はそれに近かったのかも知れないが、フレディがどこでどうやって音楽について学んだのか、終始不思議に思った(単なる音楽のファンがヒット曲を何曲も作詞できるとは思えない。もしそうだったら、誰もがソングライターになれてしまう。もしくはフレディが音楽について学習していた部分は、作品では単に割愛されたのか)。

 本作では、フレディは様々な悩みを抱えていたり、間違った方向に進んだり、同性愛者であったりした事実が包み隠される事無く描かれている。
 主人公で、しかも故人だから、当然といえば当然。

 一方、クイーンのメンバーで、現在もクイーンとして活動し続けるブライアン・メイとロジャー・テイラーは、本作で音楽プロデューサとして参加している事もあり、あくまでも何の問題も抱えていない「善人」として描かれている。
 ブライアン・メイに至っては、物分かりが良過ぎる程物分かりの良い、「大人」の人物になっていて、破天荒なフレディとは対照的。実際のブライアン・メイは本当にここまで物分かりの良い人物なのかね、と思ってしまう。

 フレディを演じるラミ・マレックは、実際のフレディの特徴を似顔絵イラスト並みに強調した顔立ちで、最初は「ちょっと大袈裟過ぎるのでは」と思ってしまうが、次第に馴染んでくる。
 フレディ・マーキュリーという人物を徹底的に研究した上で演技していたのが見て取れた。海外の映画は、こうした作り込みが丁寧(ライブエイドの再現シーンも、実際のライブエイド以上の映像に仕上がっていたし)。
 邦画は、そうした作り込みがなされていないので、演技や演出が薄っぺらく感じる事が多い。

 フレディ役は、ラミ・マレックが決まる前は、ベン・ウィショーも候補に挙がっていたという。
 007シリーズやメアリー・ポピンズ・リターンズにも出演していたベン・ウィショー版のフレディも、観たかった気がしないでもないが、ラミ・マレックと比較すると顔立ちが大人しく、インパクトに欠けるので(いわゆるイケメン度ではウィショーの方が上回るが)、ヒット作になっていたかどうか。

 代表的な曲の作曲の裏話について触れている点は、興味深かった(どこまでが史実で、どこまでが作品上の演出なのかは不明だが)。

 誰もが一度は聞いた事がある楽曲をスクリーンならではのライブ感で体感出来るとあって、普段は映画を観ない者にもお勧めしたい作品。
 ただ、主人公が同性愛者で、そうしたシーンも多数盛り込まれているので、少なくともお子様や、そうしたテーマが苦手な者向けの映画ではない。









Last updated  2019.10.19 15:04:26
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2019.09.27
カテゴリ:洋画

 ジョニー・イングリッシュ アナログの逆襲は、イギリスのスパイ・コメディ・アクション映画。
『ジョニー・イングリッシュ・シリーズ』の3作目に当たる。
 監督はデヴィッド・カー。
 ローワン・アトキンソンが引き続き主人公を演じる。
 原題は「Johnny English Strikes Again」。


粗筋

 イギリス諜報機関MI7がサイバー攻撃を受け、現役エージェントの情報が漏洩してしまい、諜報機関として機能出来なくなってしまう。
 それと同時に、ロンドン各所でサイバー攻撃によるトラブルが発生。
 サミットを控える首相は、この問題にどう対処すべきか、頭を悩ます。
 MI7は、退役したエージェントらを召集して事態を解決しようと考える。個人情報がデータ化される前に退役したエージェントなら、活動出来る筈だ、と。召集された中には、小学校で教師をしていたジョニー・イングリッシュ(ローワン・アトキンソン)も含まれていた。
 イングリッシュのミスにより、催眠爆弾が作動して他の元エージェントらは眠ってしまう。結局、MI7部長の前にはイングリッシュしか現れなかった。
 止むを得ず、MI7部長はイングリッシュにサイバー攻撃の犯人を探すよう、指示する。
 イングリッシュは情報を得る為、相棒のボフと共に南フランスに向かう。サイバー攻撃は、そこが発信源とされていた。
 2人は、サイバー攻撃の発信源と断定された大型ヨットのドット・カーム号に忍び込む。が、謎の美女オフィーリア(オルガ・キュリレンコ)に見付かり捕まってしまう。2人は船内に発信機を設置した後、ドット・カーム号から脱出する。
 脱出後にオフィーリアと再会したイングリッシュは、彼女から「ホテルのバーで落ち合いたい」と持ち掛けられる。彼はオフィーリアの美貌に夢中になっていたので、応じる事に。ボフは、オフィーリアがどこかの機関の工作員であるのは疑いようが無いので近付くな、と忠告するが、イングリッシュは耳を貸さなかった。そんな事は有り得ない、と。
 オフィーリアは、自身の任務の妨げになるイングリッシュを殺すよう、指令を受けていた。彼女は、あらゆる手段でイングリッシュを殺そうとする。
 が、睡眠薬と間違えて精力剤を飲んでハイテンションになっていたイングリッシュは、彼女の攻撃を無意識の内に退けてしまう。

 一方、サイバー攻撃に悩まされ続ける首相は、IT企業を立ち上げて一代で財を成した若手大富豪のジェイソン・ヴォルタと知り合う。
 ヴォルタは、イギリスのシステム管理を自分の会社が一元化すれば、全て解決すると提案する。
 首相は、その提案を受け入れる事にした。

 ロンドンに戻ったイングリッシュは、ヴォルタがサイバー攻撃の犯人であると報告するが、決定的な証拠は無けば何の手も打てない、と言われる。
 証拠を手に入れる為、イングリッシュはヴォルタの屋敷に潜入しようと考える。
 ヴォルタ邸に潜入したイングリッシュは、オフィーリアと再会。彼女がロシアのスパイだと知る。
 2人は、ヴォルタが犯人である証拠をスマートフォンで撮影するが、イングリッシュのミスで気付かれてしまう。
 イングリッシュは教習車を奪い、ヴォルタ邸から脱出。
 首相とMI7部長に、ヴォルタがサイバー攻撃の犯人である事を裏付ける証拠として、イングリッシュはスマートフォンを提出。撮影した映像を見れば一目瞭然だと。しかし、スマートフォンは脱出の際に同乗した教習者のを取り違えて持って来てしまったものだったので、肝心の映像は無かった。
 激怒した首相は、イングリッシュを無能呼ばわりする。
 また、捜査の過程で様々なトラブルを起こしていた事が発覚し、イングリッシュはMI7を追い出されてしまう。
 ショックを受けたイングリッシュは去ろうとするが、ボフに説得されてG12サミットが開催されるスコットランドに向かう。
 イングリッシュは、ボフの妻リディアが艦長を務める旧型潜水艦を利用してサミット会場に潜入する。
 会場で、首相はイギリスの全システム管理をヴォルタが経営する会社に委託する事に正式に同意。
 ヴォルタは、イギリスのあらゆるシステムを掌握する事となった。
 この時点で、ヴォルタは本性を現す。システムを全停止してイギリス国内を混乱させ、他のG12首脳にも同意書に署名するよう、迫った。
 イングリッシュは、携帯電話でMI7部長を呼び出そうとするが、手違いでリディアの潜水艦のミサイル発射命令を出してしまった。
 ミサイルは、イングリッシュがドット・カーム号に潜入した際に仕掛けていた発信機に誘導され、ドット・カーム号に命中。撃沈してしまう。
 ドット・カーム号が破壊された事で、サイバー攻撃は中断され、ヴォルタの計画は失敗する。
 ヴォルタはサミット会場から逃亡しようとするが、イングリッシュによって阻止され、逮捕される。
 イギリスを救ったイングリッシュは小学校に戻り、生徒らから英雄として迎えられる。



感想

 007のパロディ映画として制作された本シリーズも、既に3作目。
 第1作が公開された時点では、ここまで続編が制作されるとは想像していなかっただろう。

 3作目とあって、キャラもストーリーもギャグも安定しており、安心して観られるが、その一方でマンネリも感じられるようになってしまっている。
 007シリーズは、主人公を演じる俳優を変えて、シリーズをリフレッシュさせる、という手が取られているが、本作ではそういう手段に打って出られないと思われるので、このマンネリをどう打破するのか。
 下手に長引かせるより、シリーズを打ち止め、という手段に出た方が賢いかも。

 全体的なストーリーは、本家007に通じる部分があり(事実、ダニエル・クレイグ主演作「スペクター」と似ている)、シリアスな展開も充分有り得るが、主人公がジョニー・イングリッシュとあって、シリアスな部分はほぼ無い。

 ジョニー・イングリッシュは、敏腕エージェントに成り得る要素を偶に見せるが、ネジが2、3本抜けている行動により、全て裏目に出る。それでも、最終的には丸く収めている。
 007シリーズも、ボンドが失敗を重ねながらも最終的には任務を全うする、というストーリーの流れが多い。
 真剣に立ち向かっているにも拘わらず失敗が続く007、間の抜けた行動で失敗が続くイングリッシュ。
 どちらも任務は完遂するから、見方によってはイングリッシュの方がエージェントとしては腕が上、という事になる。

 IT系の事業家がテロを自作自演して国家を混乱に陥れ、救世主を装って現れて権力を掌握しようと企む、というストーリーは、007シリーズでは既に「トゥモロー・ネバー・ダイ」「スペクター」で取り上げている為、本作のストーリーに新鮮味は無い。
 IT事業家が披露する技術レベルは、「トゥモロー・ネバー・ダイ」と比較して大幅アップしているが。
 実際のIT事業家が、政府を乗っ取ってどうのこうのしようと企むとは思えないけれども。IT事業は既に国境を越えて展開するのが当たり前。政府そのものを乗っ取ってしまうと、活動の場が乗っ取った国々に限定されてしまい、収益も見込めなくなってしまう可能性が高い。
 政府を大っぴらに乗っ取るより、裏工作で影響力を行使して、表に出ない方が、よっぽども収益が見込めるだろうに。

 邦題は、「アナログの逆襲」の副題が付けられている。
 確かに、イングリッシュはアナログ技術を重視し、最終場面でヴォルタをアナログな手段で倒すが、一方で先進技術も結構使うので、「アナログの逆襲」という副題は必ずも正確ではないような。
 邦題は、あくまでも国内の宣伝向けに付けられるから、そこまで気にする必要は無いのかも知れないが。

 ジョニー・イングリッシュ・シリーズは、イギリス等では主演のローワン・アトキンソンが高い為、興行成績が高いが、それ以外の地域ではアトキンソンの知名度がそう高くないので、興行成績はイマイチだったらしい。
 アメリカは、イギリスと同じ英語圏なので、そのまま上映出来るという利点があるにも拘わらず、興行成績は期待以下だったという。
 日本でも、ローワン・アトキンソンの知名度がアメリカより高いにも拘わらず、全国公開はされなかった様で、自分が本作について知ったのは、機内映画として提供されていたから。
 機内映画の一覧に無かったら、本作の存在について全く知る事は無かっただろう。
 自分としては、いくら宣伝されても観る気が全く起こらない邦画より、こうした洋画の宣伝をしてくれた方が、より映画館に足が向くのだが。









Last updated  2019.10.14 22:10:27
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2019.09.05
カテゴリ:洋画

 1964年に公開されたミュージカル・ファンタジー『メリー・ポピンズ』の続編。
 今回、主人公のメリー・ポピンズを演じるのは、エミリー・ブラント。
 原題は「Mary Poppins Returns」。


粗筋

 前作から25年後。
 ロンドンは大恐慌時代の真っ只中にいた。
 ジェーン(エミリー・モーティマー)とマイケル(ベン・ウィショー)は大人になっていた。
 マイケルは3人の子供、ジョン(ナサナエル・サレー)、アナベル(ピクシー・デイヴィーズ)、ジョージー(ジョエル・ドーソン)の子宝に恵まれたが、妻を失うという悲劇に遭う。
 その傷が癒えないまま、今度は沢山の思い出が残る自宅を手放さなければならない、という危機が迫る。
 度重なる悲劇で、心の余裕を失っていくマイケル。
 3人の子供らも、明るさが無くなっていった。
 そんな彼らの前に、メリー・ポピンズ(エミリー・ブラント)が再びやって来る。
 25年も経つのに、容姿が全く変わっていない事に驚くジェーンとマイケルだったが、メリーを子供達のナニーとして雇う事に。
 3人の子供らは、自宅を手放さなくて済むよう奔走する父親を手助けする為に、自分らなりに考えて行動を起こす。メリーは、それを魔法で手助けする。
 マイケルは、今は亡き自身の父親と同様、銀行で勤務していた。
 銀行の頭取ウィルキンズ(コリン・ファース)は、マイケルの父親が銀行の債券を持っていた筈なので、それを探し出せれば自宅を手放さなくて済む、と伝える。
 マイケルは、自宅を引っ掻き回して、亡き父親が残した筈の債券を探すが、見付からなかった。
 3人の子供らは、メリーが付き添う冒険の中で、ウィルキンズは悪人で、いかなる手段を取ってでもマイケルの自宅を奪おうと画策している事を知る。3人はそれを父親に伝える。が、マイケルは、昔からお世話になっている銀行の頭取を務めるウィルキンズが、そんな事をする訳が無い、と聞く耳を持たない。
 そうこうしている内に、返済の期限が迫って来る。
 余裕をますます無くし、子供には勿論、メリーにも叱責するようになるマイケル。
 その時点で、3人の子供らは自分らの思いを父親に伝える。思い出が詰まった家を失うのは辛いが、それ以上に父親の事が心配だと。
 それを聞いたマイケルは、我に返る。子供らは母親を失ったばかりで、悲しみで一杯の筈なのに、父親である自分の事をここまで心配してくれている。自宅を守るのは重要だが、それ以上に子供を守るのが自分の役目ではないか。思い出が詰まった自宅を守った所で、子供の思いを汲み取ってやれない様では、本末転倒ではないか、と。
 その時点で、マイケルは開き直る。
 自宅を手放さなければならないならさっさと手放し、引っ越し先で子供達と一緒に人生をやり直そう、と。
 マイケルは、ジェーンの助けを借り、引っ越しの手続きを進める。
 引っ越しの荷物の一つに、子供の為に作った凧があった。凧は、破れた部分を、紙で塞いであった。その紙は、画家を目指していた自分が描いた家族の似顔絵を使っていた。自身が描いた懐かしい似顔絵を見て、子供達と一緒に思い出話にふける。
 その紙を透かして見ると、ある事に気付く。似顔絵は、債券の裏に落書きされたものだったのだ。
 漸く債券を見付けたマイケルは、家族と一緒に銀行へ急ぐ。
 マイケルは、ウィルキンズに、凧ごと債券として提出。
 期限ぎりぎりに提出出来たと喜ぶマイケルに対し、ウィルキンズは冷たく言い放つ。債券は完全な状態でないので、無効だと。
 その時点で、マイケルは気付く。子供達の忠告は事実で、お世話になっていたと思っていたばかりの頭取は、最初から家を奪う算段だった、と。
 怒ったマイケルは、家をそんなに奪いたいならくれてやる、自分には家族さえいれば充分だ、と言い、頭取室から出ようとする。
 そんな所、前の頭取ドース・ジュニア(ディック・ヴァン・ダイク)が現れる。年老いて引退した、とウィルキンズは説明していたが、実は元気そのものだった。
 ドース・ジュニアは、ウィルキンズに対しお前は経営者として失格だとし、解雇を伝える。そして、マイケルに対し、家を手放す必要は無い、とも伝えた。
 晴れて自宅も家族も取り戻したマイケル。
 子供達とジェーンと共に自宅に戻る途中、公園でカーニバルが開催されているのを知る。
 風船売りから風船を一つ選ぶよう促されたマイケルは、風船を一つ選ぶと、身体が浮き上がり、空を飛び始める。心の余裕を取り戻した瞬間だった。
 マイケルに続き、ジェーンも子供達も風船で空を飛び、自宅まで戻る。
 マイケル一家が明るさを取り戻した事を悟ったメリーは、風に乗って帰って行く。



感想

 続編である本作は、第1作から54年後に公開されている。
 ここまで期間が空いてしまったのは、原作者パメラ・トラバーズが、第1作で描かれているメリー・ポピンズが自身がイメージしたものと全く異なる、ミュージカル仕立てになっているのが気に入らない、アニメとの合成が原作のイメージに合わない等といった不満を持ち、それらをカットするよう、ウォルト・ディズニーに直談判したものの、全く取りあってもらえなかったから(ウォルトからすれば、当たり前の対応だったが)。これに腹を立てた原作者は、続編の話が何度も持ち掛けられたにも拘わらず、拒否したという。
 映画が、原作者の手を完全に離れ、名作と絶賛される様になった事態が、ますます原作者の気分を損ねたらしい。
 原作者は1996年に死去しているが、遺言状が続編制作を阻む内容になっていて(アメリカ人を一切使うな、等々)、なかなか続編の制作には至らなかった。
 しかし、没後20年以上が経過し、遺族も流石にディズニーの要望を拒否し切れなくなり、本作の制作に至ったらしい。

 最早古典的名作に列せられる作品の続編を制作するのは、あらゆる意味で危険を伴う。
 偉大な名作を超えるのはほぼ不可能だし(冷静に観ると名作を上回る出来になっていたとしても、名作は実際より美化され、客観視を超える存在になっている)、下手すると続編のお蔭で名作の評価まで落ちる可能性がある。
 第1作を観たのは子供の頃だったが、現在は大人に成長している鑑賞者と、本シリーズを初めて見る子供の鑑賞者双方を納得させるのは非常に難しい。
 スターウォーズシリーズも、旧3部作(エピソード4-6)は子供向けだったので、新三部作(エピソード1-3)も子供向けにしようとしたら、旧3部作をリアルタイムで観た後に大人へと成長していた鑑賞者から、「何故こんなお子様向けの代物にした?」と反発された経緯がある(リアルタイムで観た頃はあんたらもまだ子供だっただろうに、という理屈は通用しない)。
 その結果、エピソード1は子供受けするキャラが登場し(間が抜けているもののヒーローになってしまうジャー・ジャー・ビンクス等)、ストーリーも子供受けする展開になっていたのに(幼いアナキン・スカイウォーカーが大活躍)、その後制作されたエピソード2からはそうした要素が排除され、ひたすら大人向けのダークな映画となってしまった(お陰で、今度は「旧3部作と比べてダーク過ぎて夢が無い」という批判が挙がった)。
 スターウォーズシリーズは子供向けの要素を排除する事が可能だったが、メリー・ポピンズではそうした対策は取りようが無い。
 本作に至っては、割り切って子供向けにし、大人の鑑賞者に対しては「メリー・ポピンズですから」という態度を取ったと思われる。
 その結果は、第1作を大幅に超えるものにはなっていないかも知れないが、より現代的で、第1作について全く知らない子供が観た場合、充分観賞に耐えうるものに仕上がっている。

 第1作は、悪人らしい悪人が登場せず、勧善懲悪の展開は無かったが、本作では悪人が登場し、勧善懲悪の展開もある。
 無論、子供向けの映画なので、悪人といっても極悪人ではなく、懲悪も勤務先から解雇、という程度で済ませている。
 それでも、こうした展開になっているのは、前作を知っている者からすると違和感が。

 第1作から25年後、という設定なので、当時子供だったキャラが大人として登場。
 そんな事もあり、前作ではメリーに押されっ放しだったマイケルが、本作ではメリーを叱責するシーンがある等、「あの可愛い子供がここまで成長してしまったか」と時の流れを感じさせる。
 007でQを演じたベン・ウィショーが、こういう役も演じられるとは意外だった。というか、Qの役が彼にとっては特別で、こちらが本領発揮、て事か。

 マイケルとジェーン姉弟の両親はとうの昔に亡くなっている等、登場していても不思議ではない人物が他界している、という設定になってしまっているのは、悲しいといえば悲しい。
 本作を観た後、第1作を観直した場合、「このキャラは25年後には他界している」という目で観てしまう。 

 第1作で原作者との揉め事があったからか、本作のメリーのキャラは、前作と比較すると原作寄りになっていて、可愛げが無いのは問題といえば問題。
 第1作の愛らしいメリーを知っている者からすれば、「何故こんな愛想の無いキャラになってしまったんだろう」と思ってしまう。
 これでも、原作のメリーと比較すると、まだまだ甘いが。原作のメリーは、お高く留まった自己中心的なキャラで、映画を観てから原作を読むと、不愉快極まりない。見方によっては、ウォルト・ディズニーは原作のどこを気に入って映画化の話を持ち掛けたのか、と思ってしまう。

 第1作でお馴染みとなったキャラが多数登場するものの、第1作から50年以上経ってから制作されているので、同じ役者が演じている、というキャラは一人もいない。
 第1作で登場し、本作にも登場している唯一の俳優が、ディック・ヴァン・ダイク。第1作ではメリーの相手役であるバートを演じ、本作では銀行の年老いた頭取を演じている。無論、同じキャラではない。在命中だったのが何より。
 第1作で主人公のメリーを演じたジュリー・アンドリューズも在命中で、彼女にもカメオ出演のオファーがあったらしいが、「自分が出たらエミリー(本作でメリーを演じた)の映画にならない」という理由で固辞したらしい。尤もらしい理由だが、単に年老いた姿で、別のキャラで登場するのが嫌だった、という理由もあったのかも知れない。
 
 第1作と本作で、特撮の差はそう感じられず、逆に50年前に制作された第1作の特撮技術のレベルに驚く。 

 更なる続編が制作予定との事だが、流石にそれはどうかね、と思わないでもない。









Last updated  2019.09.27 20:35:44
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2019.07.14
カテゴリ:洋画

 アベンジャーズ/エンドゲームは、2019年のアメリカ合衆国のスーパーヒーロー映画。
 アベンジャーズの実写映画シリーズ第4作。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のシリーズ作としては第22作目に当たり、アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー(MCU第20作目)の続編となっている。
 原題はAvengers: Endgame。


粗筋

 2018年、インフィニティ・ストーンを全て手に入れる事に成功したタイタン星人サノス(ジョシュ・ブローリン)により、全宇宙の生命の半分が消し去られてから3週間。
 宇宙を漂流していたトニー・スタークことアイアンマン(ロバート・ダウニー・Jr)とネビュラは、アベンジャーズに合流していたキャロル・ダンヴァースことキャプテン・マーベル(ブリー・ラーソン)の助けで地球に戻る事が出来た。
 スティーブ・ロジャースことキャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス)を始めとするアベンジャーズの生存者らと、キャロル、ロケット、ネビュラは、失った者らを取り戻す為に、ある惑星で隠遁していたサノスを急襲する。しかしインフィニティ・ストーンはサノスの手で既に破壊されており、失った者らが戻って来る手立ては失われていた。ソー(クリス・ヘムズワース)の手でサノスに留めが刺され、戦いの区切りこそ付くが、空しさだけが残った。
 それから5年後の2023年。
 偶然にも量子の世界から抜け出したスコット・ラングことアントマンは、アベンジャーズに接触を図る。スコットは量子の世界が既知の時間の概念を超越している事を伝え、量子力学を用いたタイムトラベルを提案する。タイムトラベルで過去に舞い戻り、サノスが手に入れる前にインフィニティ・ストーンを手に入れてしまおう、と。
 ハルクことブルース・バナー(マーク・ラファロ)がタイムマシンを製作し、タイムトラベルの準備が整う。
 トニーは、当初はアベンジャーズとはもう関わりたくないと考えていたが、愛弟子のピーター・パーカーことスパイダーマン(トム・ホランド)を取り戻すべく参加した。酒浸りになっていたソーも、ブルースとロケットに連れ戻される。家族を失い自暴自棄に陥っていたクリント・バートンことホークアイ(ジェレミー・レナー)も、ナターシャ・ロマノフことブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)に説得され舞い戻る。
 アベンジャーズは、3つのグループに分かれ、それぞれ過去へと飛んだ。

 2012年、チタウリとの決戦の舞台となったニューヨーク。
 ブルースはエンシェント・ワンに出会い、タイムライン(時間の流れ)を分岐させる危険性を警告されながらも、各時代にインフィニティ・ストーンを返却する事を条件にタイム・ストーンを譲り受ける。
 スティーブは、過去の自身と決闘した末にマインド・ストーンを回収する。
 一方、スコットとトニーは、スペース・ストーンの奪取に失敗する。トニーとスティーブはピム粒子とスペース・ストーンを回収する為、更に過去となる1970年を訪れて陸軍施設からそれらを盗み出す。
 2013年、ダークエルフ侵攻直前のアスガルド。ソーとロケットは、ジェーン・フォスターに宿っていたリアリティ・ストーンを回収する。ソーは母との再会で自信を取り戻し、破壊される前のムジョルニアも回収する。
 2014年、ピーター・クイルが訪れる直前の惑星モラグ。ローディとネビュラがクイルを待ち伏せしてパワー・ストーンを回収するが、ローディがストーンを持って現代へ戻った一方、ネビュラは2014年のサノスに囚われ、2014年のネビュラが代わりに現代へ時間移動する。
 ローディらと2014年に移動したクリントとナターシャは、この時代のヴォーミアへ向かい、ソウル・ストーンを入手する為ナターシャが自ら命を投げ出す。生き残ったクリントの手に、ストーンが渡った。

 2023年にトニーらが戻り、全てのインフィニティ・ストーンが揃うと、ブルースは新たなガントレットを嵌め、指を鳴らした。
 ブルースの右腕と引き換えに、サノスによって消え去った者らが全てこの世に舞い戻った。
 しかしその直後、2014年から訪れたネビュラの手引きで未来へ侵入したサノスが、アベンジャーズ施設を破壊する。
 スティーブ、トニー、ソーの3人はサノスに挑むが、3人掛かりでもサノスを倒せない。その間に、サノス配下の軍が地球への侵攻を開始する。
 追い詰められたアベンジャーズだったが、戦場にスリング・リングのゲートが開き、蘇ったヒーローらが加勢し、サノス軍との全面対決が始まる。
 戦局が二転三転する中、サノスはインフィニティ・ガントレットを回収する。しかし、隙を突いてストーンを手中に収めたトニーが、自らの指を鳴らしてインフィニティ・ストーンの力を発動させる。
 これにより、サノス軍はサノスを含め消滅。
 しかし、その代償として、トニーは致命傷を負い、死亡する。
 トニーの葬儀後、ソーはヴァルキリーを新たなアスガルドの王に任命し、自らはガーディアンズ・オブ・ギャラクシーと旅に出る。
 スティーブは、エンシェント・ワンとの約束を守るべく、ムジョルニアとインフィニティ・ストーンを元の時代に戻すタイムトラベルを決行。そして仕事を終えた後は過去に残り、ペギー・カーターと人生を共に過ごす事を決める。
 そして年老いた後に元のタイムラインに帰還したスティーブ・ロジャースは、サム・ウィルソンに自身のトレードマークであった盾を渡した。



感想

 アイアンマンから始まった一連のMCU映画シリーズの集大成。
 本作で、初期からシリーズに関わってきたアイアンマンとブラック・ウィドウは死亡。
 キャプテン・アメリカは死にはしないものの、ラストで老人となった姿で登場するので、引退、という運びになっている(演じているクリス・エヴァンスも、本作を以ってキャプテン・アメリカの役から降板すると表明している)。
 その一方で、インフィニティ・ウォーのラストでサノスにより消滅したアベンジャーズのメンバーや、関係するヒーローは全て戻って来るので、製作者側からすればアベンジャーズの世代交代を果たした、という事になる(消滅前にサノスに殺されたソーの弟ロキやヴィジョンは、戻って来ないらしい。ヴィジョンは、MCUにおいては、全くと言っていい程活躍しないままシリーズを離れる事に)。

 紆余曲折はあり、何名かは他界するものの、全体的な流れはアメリカ映画らしい、ハッピーエンドになっていて、期待を裏切らない。
 今後もMCU映画が制作され続けるのが予想出来るエンディングになっている。

 ただ、MCU映画シリーズをほぼ全て観ていると、本作と前作や前々作との連携が取れていない面が見受けられる。

 インフィニティ・ウォーでは、冒頭でアスガルドの生き残りを乗せた宇宙船がサノスにより襲撃され、破壊される。これにより、アスガルドの生き残りはソーだけで、アスガルドの者は全て死亡した様に描かれていた。
 現に、インフィニティ・ウォー直前の出来事を描いていたマイティー・ソー/ラグナロックで大活躍したヴァルキリーは、インフィニティ・ウォーでは全く登場していない。
 にも拘わらず、インフィニティ・ウォーから5年後の出来事を描く本作では、当たり前の様に登場。しかも、地球に「新アスガルド」という地区が制定され、アスガルドの生き残りがそこで暮らしている事になっている。
 インフィニティ・ウォーで全く登場しなかった、ソー以外のアスガルド人らはどこで何をしていて、どうやって地球に辿り着いたのか、と不思議に思う。

 本作では、タイムトラベルが当たり前の様に行われ、様々な事件が起こるが、アベンジャーズが勝利し、インフィニティ・ストーンをそれぞれ元の時代に戻す事で、全てめでたしめでたしで終わる事になっている。
 ただ、考えてみると、これには問題点が多い。
 サノスは、2014年の世界から、2023年の世界にタイムトラベル。そこで2023年のアベンジャーズと戦い、消滅する運命に遭う。
 となると、2018年の戦いはそもそも全く無かった事になってしまう。また、サノスが2014年から2018年までに破壊し捲った様々な惑星の文明も、破壊されない事になる。
 2014年から2023年までの出来事をここまで乱しながら、インフィニティ・ストーンをそれぞれ元の時代に戻す程度で「めでたしめでたし」になるのか。
 また、タイムパラドックスも生じている。
 2014年のネビュラは、2023年にやって来て、サノスを未来に連れて来る事に成功するが、2023年のネビュラと対決。その結果、2014年のネビュラは死亡。となると、2023年のネビュラは存在しない事になってしまうが、引き続き登場している。

 スーパーヒーローが何人も登場するので、本来ならば一本の映画の主人公になっているキャラが、脇役扱いになってしまっているのは、残念といえば残念。
 既にMCUシリーズ作として単独で主役を務めたドクター・ストレンジは、本作ではラストのバトルで登場するだけで、サノスに歯が立たない。
 本作とインフィニティ・ウォーの間に誕生編が公開され、そこでは主役を演じ、無限の力を発揮したキャプテン・マーベルは、冒頭から登場するものの、それ以降は大した活躍はせず、最後のバトルで漸く姿を現してサノス軍の宇宙船を破壊するという大役をこなすが、サノスとの一騎打ちでは呆気無く退けられてしまう。
 インフィニティ・ウォーで消滅したスパイダーマンも、ラストのバトルで復帰し、それなりの活躍を見せるが、MCUシリーズの次回作への繋ぎ感が否めない。
 ソーは、これまで何作かで単独で主役を務めていて、サノスと対等に戦える力を持っているとされるのに、本作では不摂生によりぶくぶくと肥った姿を披露し、タイムトラベル作戦でも大した事が出来ず(亡くなった筈の母親との再会を果たし、子供の様に涙を流す)、ロケットに叱責される情けなさ。ラストのサノスとの決闘でも、アイアンマン(スーツを着用していなければただの人間)を手助けする程度しか出来ない。
 ハルクは、バナーの人格と共存する形で登場していて、バナーの知性にハルクの超人的な力という、本人も述べている様に「両方の長所」を活かした存在になっている。ただ、ラストのバトルではサノスとの直接対決はほぼ無く、パワーの持ち腐れに。
 登場人物を主役扱いしていたら上映時間が何十時間にもなってしまうから、止むを得ないのかも知れないが。

 意外だったのは、アベンジャーズから離れ、降板したのかと思っていたジェレミー・レナー演じるホークアイが、本作で復活していた事。
 作中で、重大な役割を果たす。
 この為に温存していたのか、と思ってしまう。
 ただ、その役割を果たした後は、脇役扱いになってしまうが。
 このホークアイに、真田広之演じるヤクザが殺される。真田広之は、海外映画で出演する機会が増えている様だが、未だにこうした扱いを受けるらしい。

 本作でも、サノスの無敵振りには驚かされるが(何故ここまで強いのか、とにかく不明)、結局何をしたかったのか、最後まで分からない悪役だった。
 あれだけ無敵だったのに、最後は呆気無く消滅するし。

 MCUシリーズを追っていた者からすれば、充分以上に楽しめる映画。
 一方で、MCUシリーズを全く追っておらず、初めてMCUシリーズ作を観る、という者だと、登場人物や、全体の流れが全く理解出来ず、派手なバトルシーンを見せられるだけで終わってしまう。









Last updated  2019.07.14 19:51:47
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2019.04.26
カテゴリ:洋画

  DCコミックスのスーパーヒーロー・シャザムの実写映画。
『DCエクステンデッド・ユニバース』の7作目。
 変身後のシャザムを演じるのはザッカリー・リーヴァイ。


粗筋

 1974年。
 兄と共に父親が運転する車に乗っていたサデウス・シヴァナは、突如謎の神殿に召喚される。
 神殿に住む魔術師シャザムから、俺の後継者となれ、と命じられるが、神殿に封印されていた七つの大罪の魔物の誘惑に負けそうになる。
 純粋な心を持っていないので、勇者となる資格が無いと魔術師シャザムから宣告され、現実世界に引き戻される。
 車中に戻ったサデウスは、自分の体験を兄と父親に話すが、当然ながら取合ってもらえず、兄と大喧嘩する羽目に。それに気を取られた父親が運転を誤り、交通事故に遭ってしまう。
 兄に「お前のせいだ」と罵られたサデウスは、玩具の占いボールに浮かび上がった「我らを見付けろ」というメッセージを目にする。

 現代。
 幼い頃に母親と離れ離れになり、孤児となっていたビリー・バットソン(アッシャー・エンジェル)は、新たな里親が運営するグループホームに入居する。そこには足が不自由なフレディ、抱き付き癖のあるダーラ、大学進学を控えたメアリー、ゲーマーのユージーン、無口なペドロという少年少女も住んでいた。実の母親に会いたい一心で家出を繰り返すビリーは、ここでもまた馴染めずにいた。

 壮年となったサデウス(マーク・ストロング)は、父の経営する会社の研究所を使い、かつての自分と同じく魔術師シャザムに召喚された人々についての研究に執着していた。
 研究の結果、神殿に行く方法を漸く発見したサデウスは再び神殿へ行き、魔物達の力の源である魔法の目を封印から解き放ち、魔物らの力を得る。
 老いたシャザムは、勇者となる素質を持った人間を探し続けた。

 フレディ達と学校に通い始めたビリーは、フレディが虐めっ子らに暴行される現場に出くわす。最初は無視していたビリーだったが、虐めっ子らが「お前に母親はいない」とフレディを罵ったのを聞いて激怒し、虐めっ子らに殴り掛かる。
 虐めっ子らから逃れ、地下鉄に乗ったビリーは、突然神殿に召喚される。
 魔術師シャザムは、ビリーに対し俺の後を継げと一方的に切り出し、勇者シャザムへの変身能力を与える。勇者に変身したビリーを見届けた魔術師シャザムは、安心し切って消滅した。
 勇者シャザムの変身が解けないまま現実世界へ戻ったビリーは、ヒーローオタクであるフレディに助力を求める。色々試した結果、「シャザム!」と唱えるだけで元の姿に戻る事を知る。
 自在に勇者シャザムに変身出来ると知った2人は、動画共有サイトへアップロードしたり、悪人を退治したりする等、シャザムの能力を楽しみ始める。

 一方、魔物の力を得たサデウスは、父の会社の役員会議を強襲し、積年の恨みを抱き続けていた父や兄らを殺害。
 その直後、「新たな勇者が生まれた」という魔物の言葉を聞き、その力を得る為、シャザムを探し始める。

 シャザムの力を楽しんでいたビリーとフレディだったが、フレディは虐めっ子らに「スーパーヒーローは自分の親友だ。明日会わせてやる」と宣言してしまう。
 学校では目立つ行動は控えるべきだと考えるビリーと、虐めっ子らをとにかく見返したいフレディの間ですれ違いが生じ、喧嘩別れになる。
 見物客らに超能力を披露する事で小銭を稼いでいたビリーは、誤ってバスを事故に巻き込んでしまう。バスの乗客らを救出したが、駆け付けたフレディとまたも言い争いになる。
 そこに、サデウスが現れる。
 ビリーは、超能力を持っている自分なら、訳の分からないオッサンくらい問題無く倒せると思っていたが、サデウスは魔物の力を完全に扱える状況にあった。
 まだ自身の能力を完全に理解していないビリーは、サデウスに圧倒されてしまう。変身解除のどさくさに紛れ、何とか危機を脱する。

 グループホームに戻ったビリーに対し、メアリー達が「ビリーの母親を見付けた」と告げる。
 ビリーはこれまで自分と同じ苗字の女性を虱潰しに訪れていたものの、母親には出会えなかった。それもその筈、母親は旧姓に戻していたのだ。
 ビリーは、情報を基に、急いで母親の元へ向かい、念願の再会を果たす。しかし、母親は既に再婚しており、またビリーと離れ離れになったのも、ビリーを育てる自身が無いから、という理由によるもので、息子との10数年振りの再会を全く歓迎していなかった。
 実の母親と再会さえすれば本当の家族を得られると信じて疑っていなかったビリーは、現実を突き付けられ、落ち込む。
 その時、フレディのスマートフォンを使ったサデウスから、「戻って来い」との電話が。
 シャザムに変身し、ホームに戻ったビリーを、魔物でフレディらを監禁したサデウスが出迎える。
 サデウスの脅迫に屈し、ビリーは彼と共に神殿へ向かう。
 サデウスと魔物に取り囲まれるビリーだが、フレディらの助けで神殿を脱し、現実世界へと戻る。
 クリスマスのイベントが行われている遊園地に逃げ込んだビリーらを、サデウスと魔物が襲う。
 またもフレディ達が人質に取られてしまった。
 サデウスは、シャザムの力を自分に寄越せ、と要求。
 要求を呑まざるを得なくなったビリーだったが、魔術師シャザムの言葉を思い出す。フレディらにシャザムの杖を持たせ「シャザム!」と叫ばせると、フレディらもスーパーヒーローへと変身した。
 力を合わせてサデウスを撃退し、魔物を封印したビリーらは、神殿を自分らの隠れ家にする事にした。
 血で繋がっていても絆がある訳ではないし、血が繋がっていなくても絆は築けると思い知ったビリーは、ホームでの生活を受け入れ、フレディらと家族になる事を決意する。



感想

 これまでのDCエクステンデッド・ユニバース作品は、ダーク、もしくはシリアスなものばかりで、ユーモアとは掛け離れたものしかなかったが、本作はユーモアがたっぷりで、軽い気分で観られるものに仕上がっている。
 これはこれで悪くないが、これまでの作風とはかなり異なるので、戸惑う者も多いかも。
 全体的なノリは、1980年代のテレビや映画を彷彿させ、そういうものを観てきた者からすれば、「そもそもスーパーヒーローという荒唐無稽なストーリーなのだから、寧ろこのくらいのノリで丁度いいのではないか」という事になるのだろう。

 全体的には、普通の高校生が、いきなりスーパーヒーローの力を手に入れ、それをどう受け入れ、どう使うかを学んでいく、というストーリー。
 何の説明も無く手に入れてしまう(というか押し付けられる)ので、自分がどういった能力を持っているのかさっぱり分からず、色々試しながら発見していく、というのがミソ。
 本作は、シャザムというキャラを初めて映画として実写化したもの。スーパーマンやバットマンと比較して馴染みが無いので、この新キャラを説明するのに終始している感じ。
 サデウスという敵こそ登場するものの、これといった活躍はしないで終わる。

 ストーリーを細かく検証すると、おかしいというか、ご都合主義的な部分が多い。

 魔術師シャザムは、自分の後を継げる者を探し求めていた、という事になっているが、その探し方があまりにも雑。
 子供を現実世界からいきなり呼び寄せては、特に説明もせず自分の後を継げと命じ、魔物の誘惑に負けそうだと知ると「お前は俺の後を継ぐには相応しくない」と勝手に決め付け、現実世界に返す、の繰り返し。
 何故きちんと説明しないのか。
 きちんと説明していれば、サデウスも最初に訪れた際、受け入れていたかも知れないのに。
 一方で、ビリーを呼び寄せた時は、詳しく説明している(それも完ぺきではないので、超能力を得たビリーは結局苦労するが)。何故跡継ぎになるには素行が良くないビリーの時に限って手間を掛けたのか。
 呼び寄せる子供らをどういう基準で選んでいたのかも、結局分からない。

 登場人物らも、設定の年齢より幼稚な者が多く、共感し難いのが多い。

 フレディは、自身を虐めている連中を見返す為に、スーパーヒーローの姿で学校に来い、とビリーに頼み込む。それが拒否されると喧嘩別れ。
 小学生なら理解出来るが、14歳というから、アメリカなら高校生。
 虐められてどうのこうのとか、スーパーヒーローの友達である事実が明らかになれば学校の連中を見返せる、という年齢ではなかろう。

 虐めを繰り返す二人の男子の言動も、よく分からない。自動車を運転しているので、最低でも16歳(アメリカでは16歳で運転免許を取得出来る)の筈だが、虐め方が幼稚で、これもまた小学生の様。
 また、この二人は、後の遊園地のシーンで、二人でつるんでいるのが明らかにされる。こいつらは同性愛者という設定なのか、と疑ってしまう。

 敵役のサデウスも、強面の割には、行動が幼稚。
 子供の頃に見た幻想を事実だと信じ(実際には事実だったが)、それを中年になっても追い求めるというのは、幼稚以外何でもない。
 魔物の力を入れた後、仲の良くない父親や兄を殺すというのも、よくよく考えてみれば幼稚。物凄い超能力を手に入れながら、やるのは結局その程度かよ、と思ってしまう。
 それだったら、魔物の力なんか手に入れる事に執着するより、自動小銃でも購入して乱射し、父親や兄を抹殺する方がより現実的で、手っ取り早かっただろうに。
 もし魔物の力を手に入れられなかったら、老人になるまで父親や兄に対し劣等感を抱き、恨み続けていたのだろうか。

 冒頭のシーンは1974年が舞台、となっている。
 ただ、シヴァナ一家が乗っていたキャデラックは、1970年代後半から1980年代初期のモデルだった。
 5年くらいずれている。
 この頃のアメリカ車は大体似てるし、100%正確でなくても物語には影響しない、という意見があったのかも知れないが……。
 何十億も掛けて製作している映画なのに、こうしたディテールの詰めの甘さは納得し難い。
 少なくともジェームス・キャメロンだったら許さないだろう。

 今後の展開も気になる。
 子役を多く使っているので。
 子役は当然ながら成長が早いので、あっと言う間に子役でなくなってしまう。
 そうなったら、「見た目は大人、中身は子供」というキャッチコピーは使えない。
 といって、別の子役をあてがう訳にはいかないだろうから、今後制作されるDCエクステンデッド・ユニバースでは、どういう扱いになるのか。









Last updated  2019.04.26 21:33:02
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2019.04.11
カテゴリ:洋画

 マーベルコミックスの実写版。
 マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のシリーズ作としては、第21作目となる。
 女性がスーパーヒーロー役を演じるのは、MCUとしては本作が初(DCに於いては、既にワンダーウーマンが公開されている)。
 キャプテン・マーベルを演じるのは、ブリー・ラーソン。
 キャプテン・マーベルがMCUで取り上げられるのは、本作が初。
 MCU第19作目のアベンジャーズ/インフィニティ・ウォーは、ニック・フューリーが消滅する直前に通信機で発信すると、キャプテン・マーベルのマークが画面に現れる、という場面だけで終わっていて、キャプテン・マーベルの登場を示唆するものの、どういったキャラなのか全く明らかにされていなかった。
 本作は、アベンジャーズ/インフィニティ・ウォーと、MCU第22作目となるアベンジャーズ/エンドゲームを繋ぐ内容になっている。


粗筋

 銀河を支配するクリー帝国。
 クリー帝国の特殊部隊スターフォースに所属するヴァース(ブリー・ラーソン)は、繰り返し見る悪夢に苛まれながらも、ヨン・ロッグ司令官(ジュード・ロウ)の指揮の下任務を遂行する日々を送っていた。
 ヴァースは、クリー帝国の宿敵スクラル人が潜伏する星での救出任務中、スクラル人の司令官タロスによって囚われる。タロスは、過去の記憶を蘇らせる装置で、ヴァースから情報を得ようとする。
 その過程で、ヴァースの脳裏で別の人生と思われる記憶が蘇ってきた。
 ヴァースは隙をついてスクラル人の宇宙船から脱出し、付近にあったC-53という惑星に降り立った。
 クリー帝国がC-53と呼ぶ惑星は、地球だった。
 戦略国土調停補強配備局(S.H.I.E.L.D.)のエージェント・ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)と、新人エージェント・フィル・コールソンが、ヴァースと接触する。
 自分は宇宙からやって来た、スクラル人という別の異星人が地球を侵略する恐れがある、スクラル人は遺伝子レベルで他人に化ける事が出来る、といったヴァースの話を「荒唐無稽」と一蹴するフューリーだったが、逃走した敵を追うヴァースを追跡中、コールソンがいつの間にかスクラル人にすり替わっていたのを知る。
 フューリーはS.H.I.E.L.D.長官ケラーと共に倒したスクラル人の解剖を行い、結果としてヴァースの話を信じざるを得なくなった。ケラーは、フューリーに対し、ヴァースを探し出すよう命じる。が、このケラーも、スクラル人が化けていた。要するに、スクラル人はフューリーを使ってヴァースを探させる事にしたのだった。
 ヴァースを探し出せたフューリーは、意見交換を行う。ヴァースの蘇ってきた記憶を手掛かりに、アメリカ空軍秘密施設へ向かう。
 その施設で、ヴァースは、悪夢に登場する女性ことウェンディ・ローソン博士(アネット・ベニング)が設計したライトスピード・エンジンのテスト中に死亡したとされる女性パイロットが自身ではないかという推理に至るが、何故クリー人の自分が地球人として生きていたのかは、まだ分からなかった。
 フューリーが独断で援軍を呼んだ結果、ケラーに化けていたスクラル人の襲撃を受けるヴァースとフューリーだったが、ローソン博士が隠していた猫のグースと共に脱出する。
 ヴァースは、ローソン博士について知っていて、更に地球人だった自分を知っていると思われる元空軍女性パイロットのマリア・ランボーに会いに行く。
 そこで、ヴァースは、地球ではキャロル・ダンヴァースという女性パイロットであった事を知る。が、その時点でも、何故自分が地球人として生きていたのかは分からなかった。
 その時点で、タロスが現れる。
 ヴァースは、タロスを倒そうとするが、タロスは自分は戦いに来たのではない、話し合おう、と切り出す。
 タロスにより、ローソン博士とキャロル・ダンヴァースが飛行テスト中の事故直前までの経緯を記録していたブラックボックスを回収する。その記録を聞いて、ヴァースの全ての記憶が蘇ってきた。
 空軍女性パイロットのキャロル・ダンヴァースは、ライトスピード・エンジンを搭載した航空機で飛行テスト中、謎の飛行物体に襲撃され、墜落してしまう。航空機は大破するものの、キャロルもローソン博士も生還出来た。
 ローソン博士は、襲撃者にライトスピード・エンジンを奪われないようにしなければならない、と言い出し、完全に破壊しようとする。が、襲撃者により殺されてしまう。
 訳が分からないキャロルの前に、ヨン・ロッグ司令官が現れる。ローソン博士は実はクリー人で、彼女が開発したエンジンは自分らのものだ、と言い出す。
 ヴァースは、相手が何者なのかは分からなかったが、エンジンを奪われてはならぬと判断し、ライトスピード・エンジンを破壊。その際、爆発によるエネルギーを吸収し、強大なパワーを得る事となるが、同時に記憶を喪失し、意識を失った。
 ヴァースがライトスピード・エンジンのエネルギーを吸収した事を知ったヨン・ロッグ司令官は、彼女を攫い、クリー帝国へと連れて行く。記憶喪失になっていた事を良い事に、彼女を「自分はヴァースというクリー人」と信じ込ませていたのだった。
 米空軍は、ローソン博士が開発したライトスピード・エンジンを無かった事にし、キャロルは単なるテスト飛行中に死亡したとして、この件を隠滅した。
 クリー帝国での記憶こそ嘘で、ヨン・ロッグ司令官こそ自分の敵だと知ったキャロルは、ローソン博士の遺志を継ぎ、ライトスピード・エンジンのエネルギー・コアがあるとされる秘密基地を探し出す為、フューリー、タロス、ランボーを連れ宇宙空間へ出る。
 秘密基地は、地球を周回する宇宙船だった。そこで、エネルギー・コアを回収。その正体は、ローソン博士が四次元キューブと呼んだ、インフィニティ・ストーンの一つである「スペースストーン」だった。
 無人と思われた秘密基地には、ローソン博士が匿ったスクラル人が多数いた。
 クリー帝国は、自分らに屈服しないスクラル人らを全滅させようと動いていた。残り少なくなったスクラル人は、ローソン博士の助けを借り、ライトスピード・エンジンで遠い銀河へ逃亡しようと計画していた。
 ローソン博士は、その過程で殺されたのだった。
 匿われていたスクラル人の中に、タロスの妻と子もいた。タロスがローソン博士について執拗に知りたがっていたのは、家族と再会し、共にクリー帝国の手から逃れたかったからだった。
 そんな所、スターフォースが秘密基地に到着。彼らはスクラル人とフューリーを捕らえ、キャロルをクリー帝国の支配者スプリーム・インテリジェンスに接触させる。
 キャロルは、スプリーム・インテリジェンスと対峙する中で、自身の全ての能力を開花させる。スターフォースを倒し、仲間らと共に地球へ帰還する。
 キャロルは、銀河の二倍の距離まで届くよう改造を施したフューリーのポケベルを彼に返却。そしてスクラル人の新天地を求め、宇宙へと旅立つ。
 宇宙には普通の地球人では対処出来ない敵がいると知ったフューリーは、キャロルの様な特殊能力を持ったヒーロー達を集める計画を立案する。その計画により発足したのが、アベンジャーズだった(空軍パイロットだったキャロルのコールサインが「アベンジャー」だったので、そこから取った)。
 ローソン博士のクリー人としての名前が「マー・ベル」で、その意思を継ぐ者という理由で、スーパーヒーローとしてのキャロルに、フューリーは勝手に「キャプテン・マーベル」という名を与える。

 それから数年後の現代。
「インフィニティ・ウォー」で、全宇宙の半分の生命が消滅していた。
 運良く消滅から免れていたアベンジャーズメンバーのスティーブ・ロジャース、ナターシャ・ロマノフ、ジェームズ・ローディ、そしてブルース・バナーは、この事態をどう打開すべきか探っていた。
 彼らは、フューリーが消滅直前にアクティブにしたポケベルを回収していた。
 しかし、ポケベルがどこの誰に対し通信していたのか、何故フューリーがポケベルをアクティブにしたのか、全く分からなかった。
 その時点で、4人の前にキャロルが何の前触れも無く姿を現し、フューリーの所在を尋ねる。



感想

 キャプテン・マーベルという、マーベルコミックスのヒーローでありながら、あまり馴染みの無いキャラ。
 女性ヒーローなので、尚更。
 本作は、キャプテン・マーベルというMCUにおいては新キャラを紹介し、MCUの次回作に登場させる為の地ならし的なものになっている。
 これまでのMCUのヒーローらを演じている俳優らも段々歳を取っていて(アイアンマンを演じるロバート・ダウニー・ジュニアは既に50代)、いずれは降板させなければならないので、新キャラに交代させる為の役割を担うとも思われる。

 本作は、アベンジャーズ/インフィニティ・ウォーとアベンジャーズ/エンドゲームの繋ぎ役なので、前作のインフィニティ・ウォーを観ていないと、その背景が分かり辛い。
 また、終わり方も、単独作品として観ると中途半端なので、エンドゲームを観ざるを得ない。
 MCUの商売根性は凄いと思うが、こちらがいつまでそれに付き合えるか、分からない。
 1作で完結していて、他のMCU作品を観る必要は無い、というのは製作しないのか。それだとマーベルスタジオのビジネスモデルに反するから、出来ないのか。

 キャプテン・マーベルは、初めて観るキャラではあるが、クセが無いので、すんなりと受け入れられるものになっている。
 物凄い能力を持っている割には面白味に欠ける、という側面も無くも無いが。
 これから面白味のあるキャラになっていく事を期待したい。

 宇宙人と思われていたヴァースが、実は地球人だった、という事実以外は、これといった捻りの無い、単純なストーリーなので、付いていくのは楽。
 胸糞が悪くなるシーンや、後味の悪さも一切無い。
 強烈な印象を残すものでもないけど。
 あくまでもシリーズを構成する1作に過ぎず、更に娯楽作品に徹しているMCUならではの展開。

 CG満載の特撮は、今となっては真新しさは感じないが、映像的に破綻していない。
 CGもここまで進化したか、と改めて感じる。
 少し前だったら「こんな凄い映像が本当にあっていいのか!?」と感動していただろうに、この程度を当たり前と受け止められてしまうのは、ある意味悲しい。

 本作のオープニングは、つい先日亡くなったマーベルの編集者スタン・リーに功績を讃えるものになっていた。
 スタン・リーが今後カメオ出演しなくなるというのは、ある意味寂しい。

 シリーズ全体を見渡してみると、特殊能力を持ったヒーローが地球に集中し過ぎている感があるが、これは止むを得ないのか。
 地球とは全く関わりを持っていないヒーローを登場させる予定は無いのかね、と思ってしまう。

 キャプテン・マーベルという名前のキャラは、元々別のコミック会社が登場させたが、スーパーマンと似通っていた為、スーパーマンの版権を持っていたDCコミックスに訴えられ、「シャザム」に変更せざるを得なくなる。
 そうこうしている内に、「マーベル」のラベルでコミックを展開していたマーベルコミックスが全く別の「キャプテン・マーベル」を世に送り出し、現在に至っている。
 元祖キャプテン・マーベルの「シャザム」は、係争相手だったDCコミックスに版権が移る。スーパーマンやワンダーウーマン程ではないにせよ、それなりに成功し、最近になってDCシネマユニバースの1作として実写化。
 アメリカンコミックの流れは、よく分からない部分が多い。


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Last updated  2019.04.26 21:24:31
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2019.02.22
カテゴリ:洋画

「DCコミックス」のアメリカン・コミック『アクアマン』の実写映画。
「DCエクステンデッド・ユニバース」シリーズ第6弾でもあり、時系列的には「ジャスティス・リーグ(第5弾)」の後の出来事、となっている。
 本作では、他の「ジャスティス・リーグ」のメンバーは登場しない。
 アクアマンことアーサー・カリーを演じるのは、「ジャスティス・リーグ」に引き続きジェイソン・モモア。
 原題は「AQUAMAN」。


粗筋

 1985年。
 アメリカ東岸に位置する灯台の管理者トム・カリーは、岩場の海岸に打ち上げられた女性を発見し、救出する。
 彼女は、海底国アトランティスから逃亡した女王アトランナ(ニコール・キッドマン)だった。
 アトランナはトムの妻となり、二人の間に子供が生まれる。その子はアーサーと名付けられた。
 数年後、アトランティスの追手がアトランナの下にやって来て、連れ戻そうとする。アトランナは追手を倒すものの、自分の居所を相手が掴んでいる以上、また新たな追手がやって来て、トムやアーサーを危険にさらす、と判断し、自らアトランティスへ帰る。
 残されたアーサーは、トムに育てられる事になる。それと同時に、アトランティス王族の側近であるバルコ(ウィレム・デフォー)が秘密裏にやって来てはアーサーに武術を指南した。

 現代。
 アーサーの異父弟にしてアトランティスの王オーム(パトリック・ウィルソン)は、隣国ゼベルの王ネレウス(ドルフ・ラングレン)と同盟を結ぶ。
 オームは、海を荒らす地上人に戦争を仕掛けようと考えていた。海底全ての軍事力を動員出来る様、海底の七つの国を支配する「海の覇王(オーシャンマスター)」になる、という野望を抱く。

 一方地上では、アーサーはアクアマンとしてデイビット・ケイン(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)率いる海賊を撃退していた。故郷に戻り、トムと盃を交わす。その帰り、突如発生した大津波に二人は襲われる。アーサーは無事だったものの、トムは溺れて、意識を失う。トムは、ネレウスの娘である王女メラ(アンバー・ハード)の超能力によって一命を取り留める。
 メラは、オームの暴走を止めるにはアトランティス王の血を引くアーサーが王になるしかないと訴る為、秘密裏に海底からやって来たのだった。
 アーサーは、アトランティスに戻った母親が裏切り者として処刑された、という話をバルコから聞いていて、アトランティスと直接関わりは持ちたくない、と思っていた。が、父親の命を救ってくれたメラの懇願を無視する訳にもいかない。渋々メラに連れられて、アトランティスへ向かう。二人をを迎えたのは、バルコだった。
 バルコは、アーサーが王になる為には、初代アトランティス王アトランが持っていた伝説の矛トライデントが必要だと説明する。その直後、アーサーはアトランティス兵に捕まり、オームの下へと連れられる。
 アーサーは、オームに対し、地上への侵攻を中止するよう決闘を申し込む。伝統に則り、アーサーとオームの決闘が始まるが、アーサーは劣勢に陥ってしまう。そこにメラが助けに入り、二人は死を偽装して地上へ逃亡する。
 アーサーとメラは、かつてアトランティスが地上にあった頃に栄えていた王国の跡地であるサハラ砂漠に行き、トライデントの在り処のヒントがイタリアにある事を突き止める。イタリアに到着した二人は、次の目的地が七つの海底国の一つ・海溝の王国にあると知るが、そこにオームから武器を渡され、ブラックマンタとなったケインが強襲する。何とかケインを撃退した二人は、海溝の王国を目指す。

 異母兄のアーサーを決闘で負かし、名実ともにアトランティスの王となったと宣言していたオームは、脅迫により魚人の国を傘下に収めた。次の目標を甲殻類の国に定める。甲殻類の国を屈服させれば、海底の国々全てを支配出来る事になっていた。

 海溝の国に辿り着いたアーサーとメラは、地球の核に近い「隠された海」を発見する。そこで二人は、海溝の化け物の生贄になって死んだ、と伝えられていたアトランナと再会する。アトランナの導きで、アーサーはトライデントを守る伝説の怪物カラゼンと対峙。
 アーサーは、カラゼンに殺されそうになるが、その時点でアーサーはカラゼンと意思疎通出来る事が明らかになる。海の生物と意思疎通出来る能力は、子供の頃から持っていたので、アーサーにとってはごく当たり前の事だった。が、この能力は海底に住むアトランティス人でも持っていない特殊能力で、これまではアトランティスの初代の王アトランしか持っていない、と思われていた。
 カラゼンと意思疎通が出来たアーサーは、トライデントを手に入れる事に成功した。

 オーム率いる同盟軍と、甲殻類軍が激突する。勝利を確信するオームの前に、トライデントを手にし、カラゼンを従えたアーサーが現れ、海の生物と共に両軍を圧倒する。
 アーサーとオームは再び決闘する事となり、今度はアーサーが勝利する。
 アーサーは、海底国の王らに、真のアトランティス王として認められる。これにより、地上と海底との間で戦争が勃発する事態は回避された。



感想

 DCコミックスに於いては、スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマン等にも引けを取らない古参のキャラの一人だが(1941年に初登場)、これまで映像化されてこなかったアクアマン。
 水中が舞台になるので、映像化すると制作費が嵩むからだったと思われる。
 その問題も、CGの進化により漸く克服されたらしい。
 アメリカコミックスの実写版らしい、スケールの大きいスペクタクル作に仕上がっている。
 スペクタクルになってしまったからか、クライマックスになかなか到達しない。退屈こそしないが、間延びしている印象を受けた。
 当然ながら、上映時間も結構長め。アメリカコミックスは本来子供向けで、実写版も子供による観賞を想定している筈だが、本作では子供が観ている途中で眠ってしまいそう。

 アクアマンの生い立ちや背景が分かる様になっていて、また他のジャスティス・リーグのメンバーらが登場せず、他のシリーズ作と無理矢理繋げようともしていないので、単独で観ても充分以上に楽しめる。
 無論、DCコミックスについて、ある程度の事前知識を持っていないと、何が何だか分からなくなるだろうが。

 本作では、海の底には地上の人間が想像する以上の文明がある、という事になっているが……。
 海底の調査は、火星や月面の調査程にも進んでいないのが事実だとしても、受け入れ難い。
 壮大なファンタジーとして受け入れなければならない。

 アクアマンの身体能力が、普通の人間をはるかに上回る事が、本作で判明。
 流石にスーパーマン程不死身ではない様だが、ロケットランチャーから放たれたロケットの直撃を受けても「痛い」程度で済ませられるとは知らなかった。
 海底人が皆ここまで強靭なのかは不明。

 本作では、ニコール・キッドマン、ウィレム・デフォー、ドルフ・ランドグレン等、結構著名な俳優がサポート役として登場。
 主演のジェイソン・モモアが、まだあまり認知度が高くないので、それを補う為らしい。
 本作により、ジェイソン・モモアの認知度はかなり上がりそう。

 ニコール・キッドマンがこの手の娯楽映画に出るとは正直思わなかった。
 重大な役割を演じ、アクションシーンもそれなりにこなしている様に映った。
 50代とは思えない。

 ウィレム・デフォーは、トビー・マグワイヤ主演のスパイダーマンシリーズでグリーンゴブリンを怪演していたので、DCコミックスの映画に出演した事に関しては驚きは少なかったが、それでもここまで大人しい役を演じるのは観た事が無い気が。
 こういう役も演じられたのか、と失礼ながら思った。

 ドルフ・ランドグレンの役割も、これまで演じていた役柄からすると、大人しい。
 アクションシーンには一切絡まない。
 何故こんな役を引き受けたのか、と思う。
 というか、制作者らは何故ドルフ・ランドグレンを起用しよう、と考えたのか。

 アクアマンは、コミックスでは上半身がオレンジで、下半身がグリーンの特徴的なコスチュームになっていた。
「ジャスティス・リーグ」ではそうでなかったので、実写版はコミックスにそこまで忠実にしない事にしたのか、と思っていたが……。
 本作のラストで、アクアマンがコミックスと同様のコスチューム姿で登場。
 こういう流れになっていたのか、と妙に納得。

 アクアマンに関しては、本作でやり尽くした感があるので、今後単独での続編映画が制作されるのかは分からない。
 伏線は残しているが、それだけでまた映画を制作するには不充分な気がする。









Last updated  2019.02.22 23:34:36
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